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アルベールと雨

彼と喋っている時に気づいてしまった。まるで、頭の中のもやもやが胸の底にストンと、確かな質量を持って落ちてきたかのように。

地雨じあめに馳せる

彼の家で旅行の算段をしていた。ソファに隣通し座り、顔をくっつけ寄り添いながら、色々な場所を特集している旅行雑誌を広げている。
「サクはどこに行きたい?」
聞かれて私は考えるふりをしてから、よくわからないと答えた。よくわからないのは本当だ。ここではないどこかには行きたいが、具体的な場所は出てこない。
彼は穏やかに笑った顔を崩さないまま、けれど少し困ったような表情かおをした。
「じゃあ要望は? こんなところがいい、とか」
「……強いて言うなら、暖かいところ」
おっけー、と軽く返事をした彼は、ニコニコと微笑みながらパラパラと雑誌をめくる。私は彼と雑誌から目を逸らし窓の外にぶつかる水滴を眺めた。しとしとと鳴る軽い雨音と雑誌をめくる音に耳を澄ませて、つい視界を閉じる。それだけで『ここではないどこか』へ行ける気がした。
「サクはさ……。いつも、どこを見ているの?」
雨音と雑誌の音に紛れて、掠れた低めの声が耳の中に滑り込む。ハッとして閉じていたまぶたを、思わず最大限にまで開いて横にいる彼を見た。けれども彼はいまだに雑誌を眺めていた。ただそれは、内容を頭に入れているというより、文字通り眺めているだけのようだった。
「……ヒロ?」
「サクは、ふとした時に遠くを見てる。最初は故郷を思い出しているのかな、とか空を見ているのかなとか思っていたけれど」
目が、違うんだよ。そう言われて気づいてしまった。視界を閉じた時に感じた、でも無意識に目を逸らした『行きたいところ』。
「サクは……、どこに行きたい?」
頬を伝う一筋の水気を感じながら、音にした。
ーーー強いて言うなら、
「……ニューカレドニア」
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