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夢のまた夢

[5]
彼から預かったロッキンの入った通学用カバンを一撫でし、かなり早い時間だがバイトへ向かうことにした。その道中のこと、カバンの中のスマホが鳴った。急に不安が過ぎり、性急にスマホを取り出した。
来栖からの着信履歴が一つ。
ーー来栖からのエスオーエスだ。
直感でそう悟った僕は振り返り来た道を駆けて戻った。道行く人がはけて通り道を作ってくれるものだからよっぽど僕はすごい形相で走っているのだと勘づいたがそんなことは気にしていられない。

彼の家に近付くと、中から怒声が聞こえてくる。
「来栖!」
インターホンを鳴らすのも忘れ、玄関のドアを思い切り引くと、鍵がかかっていないのか勢いよく開いた。
「やめろ……やめてくれ、父さん!」
「うるせえ! おめぇがあんなものにはまりやがるからあかりが、灯が死んだんだ!」
来栖の声が止んだ。
彼の母親ーーー灯さんが亡くなった理由、それは新聞にも載っていたので僕も知っていた。僕は普段新聞など読まないが、お母さんが見せてきた。そこには"どのような状態で亡くなったか"と、近くに邦楽のCDがラッピングされて落ちていたと書かれていた。『母さんは邦楽よりも洋楽を好む』。これは来栖が言っていたことだ。亡くなる数日後は来栖の誕生日でもあった。すなわちこのラッピングされたものは母から子への誕生日プレゼントだった。その帰り道がたまたま車通りの多い道だっただけだ。
ーーあいつは、何も悪くないじゃないか!
「やめろ!」
僕は来栖の部屋に飛び込み、錯乱状態で今にもしゃがんだ彼に殴りかかりそうな父親の前に立ち塞がった。
彼を守りたかった。CDよりも雑誌よりも、何よりも彼を避難させたかった。
急に飛び出してきた僕に一瞬驚いたものの、振り上げた拳は止められなかったようで、そのまま僕の腹にクリーンヒットした。
息が詰まる。思い切りみぞおちに入ったらしい。そのまま僕もうずくまるが、彼のことは何がなんでもこの父親の前に出してはいけない。その正義感だけで来栖を覆い被さるようにしがみついた。食らいついていた。
その時遠くから正義のラッパが聞こえてきた。どんどんと近付き、それはこの家の前で鳴りやんだ。近所の誰かが通報したのだろう。
ピンポーン、とインターホンが家中に響く。最初は無視していた父親は二回、三回と続けて鳴らされ、苛ついたように玄関へ向かった。
話し声が聞こえるが、会話の内容までは聴き取れず、それがひどくもどかしい。一か八か、僕は声を張り上げた。
「たすけて! だれか、たすけて!」
来栖はもう顔を上げることすらなかった。何を思い、考え、どんな表情をしているか僕には何もわからない。
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