夢のまた夢
[4]
来栖のお父さんは、お母さんが亡くなってから程なくしてすっかり変わってしまった。
あれから忌引きで一週間ほど休んだあと学校に来た彼は少しやつれて見えた。僕は心配しながらも見守りつついつも通りを心がけながら毎日話しかけた。クラスメイトはそんな僕らを遠巻きに見ているだけ。
ある日の朝、学校に来た来栖の顔を見た僕はもうダメだと悟った。彼はあのお通夜の時と、同じ表情をしていた。いや、それに加えて目は本当に何も写していないようだった。
僕は一言彼に断りを入れ、手首を掴み必死に保健室へ走った。誰でもいいから来栖を助けてほしかった。
一時間目が始まるチャイムが鳴り響く。この時初めて二人とも授業をサボった。
保健室の先生は急に開いたドアに驚いていたようだったが、来栖の顔を見た瞬間ベッドへ誘導した。
「蒔希、話がある」
ベッドへ向かわず声を上げたのは来栖だった。
「……ん、どした?」
「父さん、おかしくなった。弱いのにお酒を飲んで酔っ払うようになったし、やったこともないギャンブルにハマって……最近はパチンコで大負けしたらお酒に走るようになった」
「うん」
「だから……だから、もう俺の家に来ないで」
何も返せなかった。相槌すらもできなかった。
家に来るな。その拒絶はひどく僕を打ちのめした。
「来栖くんは、そのお父さんの状態を見せたくないってことかな?」
助け舟を出したのは僕らを見守っていた保健室の先生だった。
「はい……あ、いや……」
言い淀んで口を閉じたのち、諦めたかのようにため息を一つつき、また言葉を綴った。
「今の父さんは、何を仕出かすかわからないんです。酔っ払った時の父さんは父さんじゃないみたいで、聞いたことないくらい口調も強くなって……。物にも当たるようになったんです。最近の夜は、存在感を消すようにしています。……俺にはもう父さんしか居ないから、だから、蒔希が父さんと鉢合わせたらもしかして……」
「わかった、わかったよ来栖。お父さんには会わないようにする。お前の家に行く回数も減らす。でもせっかくの友人を無くしたくないし、いつかまた雑誌の貸し借りもしたい。お前の歌も聴きたい。それもわかって」
ーーお願いだから、僕からせっかくの特別な友人を取り上げないで。
来栖は僕の目をじっと見つめたあと、目を閉じて項垂れたように頷いた。
大事にしていたCDを壊されたと聞いたのはそれから少ししてからだった。
僕はまた彼の家に遊びに行くようになった。それは決まって彼のお父さんが居ない時間帯だった。スマホに来栖からのメッセージが飛んでくる。内容は『父親が出かけた』や『今は居ない』といったもの。それを確認してからお邪魔することがルール化された。
「僕の家に、来栖の大事なものを避難させようか」
そう提案したのは三回目にお邪魔した時のこと。CDを壊されたと聞いた時から考えていたことをついに言ってみた。
意外なところで思い切りの良さを発揮する彼は、普段は色々なことを遠慮したり迷惑になるのではないかと考えてしまうタイプで、だからこそこの提案は拒否されるかもしれないと思うとなかなか口にできなかった。
けれど既に実害がでているのだから、これ以上犠牲になるものがないように彼の大事なものを守りたかった。
「……いいのか? でも、たくさんあるから、今日中に全部避難させるのは無理だと思うけど」
「じゃあ今日は"これだけは壊されたくない"ってモンを避難させよう。そのほかの大事なモンはまた追々移していこう。僕の家にあれば、来栖が遊びに来た時に安心して読んだり聴いたりできるっしょ」
「……ありがとう」
そう言った彼は珍しく目元が濡れていた。
来栖のお父さんは、お母さんが亡くなってから程なくしてすっかり変わってしまった。
あれから忌引きで一週間ほど休んだあと学校に来た彼は少しやつれて見えた。僕は心配しながらも見守りつついつも通りを心がけながら毎日話しかけた。クラスメイトはそんな僕らを遠巻きに見ているだけ。
ある日の朝、学校に来た来栖の顔を見た僕はもうダメだと悟った。彼はあのお通夜の時と、同じ表情をしていた。いや、それに加えて目は本当に何も写していないようだった。
僕は一言彼に断りを入れ、手首を掴み必死に保健室へ走った。誰でもいいから来栖を助けてほしかった。
一時間目が始まるチャイムが鳴り響く。この時初めて二人とも授業をサボった。
保健室の先生は急に開いたドアに驚いていたようだったが、来栖の顔を見た瞬間ベッドへ誘導した。
「蒔希、話がある」
ベッドへ向かわず声を上げたのは来栖だった。
「……ん、どした?」
「父さん、おかしくなった。弱いのにお酒を飲んで酔っ払うようになったし、やったこともないギャンブルにハマって……最近はパチンコで大負けしたらお酒に走るようになった」
「うん」
「だから……だから、もう俺の家に来ないで」
何も返せなかった。相槌すらもできなかった。
家に来るな。その拒絶はひどく僕を打ちのめした。
「来栖くんは、そのお父さんの状態を見せたくないってことかな?」
助け舟を出したのは僕らを見守っていた保健室の先生だった。
「はい……あ、いや……」
言い淀んで口を閉じたのち、諦めたかのようにため息を一つつき、また言葉を綴った。
「今の父さんは、何を仕出かすかわからないんです。酔っ払った時の父さんは父さんじゃないみたいで、聞いたことないくらい口調も強くなって……。物にも当たるようになったんです。最近の夜は、存在感を消すようにしています。……俺にはもう父さんしか居ないから、だから、蒔希が父さんと鉢合わせたらもしかして……」
「わかった、わかったよ来栖。お父さんには会わないようにする。お前の家に行く回数も減らす。でもせっかくの友人を無くしたくないし、いつかまた雑誌の貸し借りもしたい。お前の歌も聴きたい。それもわかって」
ーーお願いだから、僕からせっかくの特別な友人を取り上げないで。
来栖は僕の目をじっと見つめたあと、目を閉じて項垂れたように頷いた。
大事にしていたCDを壊されたと聞いたのはそれから少ししてからだった。
僕はまた彼の家に遊びに行くようになった。それは決まって彼のお父さんが居ない時間帯だった。スマホに来栖からのメッセージが飛んでくる。内容は『父親が出かけた』や『今は居ない』といったもの。それを確認してからお邪魔することがルール化された。
「僕の家に、来栖の大事なものを避難させようか」
そう提案したのは三回目にお邪魔した時のこと。CDを壊されたと聞いた時から考えていたことをついに言ってみた。
意外なところで思い切りの良さを発揮する彼は、普段は色々なことを遠慮したり迷惑になるのではないかと考えてしまうタイプで、だからこそこの提案は拒否されるかもしれないと思うとなかなか口にできなかった。
けれど既に実害がでているのだから、これ以上犠牲になるものがないように彼の大事なものを守りたかった。
「……いいのか? でも、たくさんあるから、今日中に全部避難させるのは無理だと思うけど」
「じゃあ今日は"これだけは壊されたくない"ってモンを避難させよう。そのほかの大事なモンはまた追々移していこう。僕の家にあれば、来栖が遊びに来た時に安心して読んだり聴いたりできるっしょ」
「……ありがとう」
そう言った彼は珍しく目元が濡れていた。