夢のまた夢
[2]
来栖の家は少しだけ複雑だ。僕は平々凡々と言われるような家庭に属しているけれど、来栖は傍 から見ると心配になるような家庭に属している。それでも少し前までは僕と同じような平々凡々な家庭であった。
彼の母親が亡くなるまでは。
交通事故だった。
三年に上がり桜が葉桜に移り変わる季節、仲良くさせてもらっていたよしみでお通夜に参列した僕は来栖本人から聞かされた。
「横断歩道の信号待ちで……スピード違反をした車に撥ねられた。とんでもないスピードが出てたのと打ちどころが悪かったみたいで……即死だったんだって」
あの時の何も見えていないような彼の顔はいつになっても忘れられない。
[3]
僕は彼のお母さんがまだご健在だった時にもお邪魔したことがある。来栖と話すようになってすぐの頃の休日だった。今日のようにお互いの好きなアーティストの話や音楽系の雑誌の貸し借りをする為に家にあげてもらった。
リビングに一度顔を出した時、和やかな挨拶を返してもらい、穏やかな家庭の印象が強く残ったことを覚えている。お母さんからは「茶葉じゃないけれど」と申し訳なさそうに一言付け加えながら出された紅茶と、たまたまあったからと良いケーキ屋で買ったらしいクッキーを貰った。
来栖の自室でそれはそれは熱く音楽の話をし、気付けば十八時になっていた。夕飯も一緒にどうだと誘われたがそこまで世話になるわけにはいかず、丁重にお断りをし帰宅した。
彼はあの日、真剣な目で言った。
「俺は、大好きな音楽で食っていきたい」
作曲は勉強しないといけないけれど、歌には自信があるから。
自分でそう言っていたとおり、彼は心を奪われるほど歌が上手かった。初めて聴いた時に涙が一雫 ポロッと溢 れてしまったほどだ。聞けば小さい頃から声や歌を褒められることが多く、最近では独学で歌の練習をしているらしい。
それからというもの、お互いバイトの合間を縫うようにカラオケへ行くことも増えた。
「蒔希、お前も歌上手いじゃん」
彼は最初のカラオケで僕にそう言ってくれた。例の如く落ちそうなほど目を丸くして。
デュエット曲を歌おう、そう提案されてお互い知っている歌を二人で歌うことにした。来栖の声を聴き、曲のメロディとを鑑みて自然と主旋律とハモリに別れた時は背筋がゾワゾワと何かが走り抜けた。歌い終わって来栖はすかさず口を開いた。
「ねえ、蒔希。将来二人で組まないか? 一緒に音楽で食っていける気がするんだ」
壁かけディスプレイから次に予約していた曲が流れている中、真面目な顔で僕を誘った。ふざけているわけではなく、本気で彼は言っていた。
だからこそ、僕も本気で答えなければいけなかった。
「少し考える時間、くれない?」
将来のこと、二人で組んだ時の生活費のこと。それから、僕と組んだことで今後、来栖の良さがなくなるのではないか。諸々考える時間が欲しかった。
僕はまだ、あの時の答えがしっかり出ていない。
来栖の家は少しだけ複雑だ。僕は平々凡々と言われるような家庭に属しているけれど、来栖は
彼の母親が亡くなるまでは。
交通事故だった。
三年に上がり桜が葉桜に移り変わる季節、仲良くさせてもらっていたよしみでお通夜に参列した僕は来栖本人から聞かされた。
「横断歩道の信号待ちで……スピード違反をした車に撥ねられた。とんでもないスピードが出てたのと打ちどころが悪かったみたいで……即死だったんだって」
あの時の何も見えていないような彼の顔はいつになっても忘れられない。
[3]
僕は彼のお母さんがまだご健在だった時にもお邪魔したことがある。来栖と話すようになってすぐの頃の休日だった。今日のようにお互いの好きなアーティストの話や音楽系の雑誌の貸し借りをする為に家にあげてもらった。
リビングに一度顔を出した時、和やかな挨拶を返してもらい、穏やかな家庭の印象が強く残ったことを覚えている。お母さんからは「茶葉じゃないけれど」と申し訳なさそうに一言付け加えながら出された紅茶と、たまたまあったからと良いケーキ屋で買ったらしいクッキーを貰った。
来栖の自室でそれはそれは熱く音楽の話をし、気付けば十八時になっていた。夕飯も一緒にどうだと誘われたがそこまで世話になるわけにはいかず、丁重にお断りをし帰宅した。
彼はあの日、真剣な目で言った。
「俺は、大好きな音楽で食っていきたい」
作曲は勉強しないといけないけれど、歌には自信があるから。
自分でそう言っていたとおり、彼は心を奪われるほど歌が上手かった。初めて聴いた時に涙が
それからというもの、お互いバイトの合間を縫うようにカラオケへ行くことも増えた。
「蒔希、お前も歌上手いじゃん」
彼は最初のカラオケで僕にそう言ってくれた。例の如く落ちそうなほど目を丸くして。
デュエット曲を歌おう、そう提案されてお互い知っている歌を二人で歌うことにした。来栖の声を聴き、曲のメロディとを鑑みて自然と主旋律とハモリに別れた時は背筋がゾワゾワと何かが走り抜けた。歌い終わって来栖はすかさず口を開いた。
「ねえ、蒔希。将来二人で組まないか? 一緒に音楽で食っていける気がするんだ」
壁かけディスプレイから次に予約していた曲が流れている中、真面目な顔で僕を誘った。ふざけているわけではなく、本気で彼は言っていた。
だからこそ、僕も本気で答えなければいけなかった。
「少し考える時間、くれない?」
将来のこと、二人で組んだ時の生活費のこと。それから、僕と組んだことで今後、来栖の良さがなくなるのではないか。諸々考える時間が欲しかった。
僕はまだ、あの時の答えがしっかり出ていない。