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アルベールと雨

人間は、それぞれ流れる時間が違うという。寿命が統一されているわけでもなければ、胎内に居る期間も違うし、睡眠時間も人それぞれ。ばらばらだ。でもそれはなにも人間に限った話ではない。
そう、ねこの寿命もそれぞれだ。
ぼくは、つい少し前に路上で産まれ落ちた。
そして、既に死に瀕していた。

地雨に馳せる

暖かい胎内から、気付けばからだがブルっと震えそうな寒い場所に放り出されていた。からだにはぽつぽつと何かがぶつかる感触があった。何もみえないけれど、なんとなくの気配で周りにぼくと同じようなねこがたくさん居るような気がした。兄弟だろうか。それとも赤の他人というやつだろうか。
周りからこえが聞こえる。おかあさん。おかあさん。のどがかわいた。さむいよ。さむい。
ぼくも呼びかけたくて、意思表示したくてこえを出そうとするけれど上手く出せない。ぼくはここにいるよ。でも出たのは掠れた、声にならない"おと"だけだった。それは地面にぶつかるぽつぽつ音に紛れて消えた。
少し経ち、なんとなく気が付いた。ぼくは周りのねこよりずっと小さいことに。産まれることはできても、上手く動くこともままならない。
ああ、だれかたすけて。おなかすいた。さむい。さむいよ。だれか、ぼくにきづいて。

さむい。それもそうだ、産まれ落ちてから何も摂取していないのだから。ぼくを産んでくれたおかあさんは暫くそこに居てくれたと思うーーみえていないからなんとなくだけれど。でも少し前にどこかへ行ってしまった。周りには他のねこの気配もない。はなも効いていないのかすごく変な匂い以外何もわからない。
産まれてからどれだけの時間、または日にちが経っているのかまったくわからない。さむい。おなかすいた。うごけない。こえがだせない。もうすこしで、しんぞうがとまる。わかることはこれだけだった。
だれかたすけて。もうすこし、いきたいよ。
最後の気力を振り絞って、おとを響かせた。
「あれ、猫ちゃんが居る」
今まで聞いたことのない音が微かに聞こえた。ねこのこえではないこれは、なんの音だろうか。
ぱしゃぱしゃと音が聞こえる。多分、何かが近づいている。まさか、ぼくに気付いてくれたのか。
ここだよ、ぼくはここ。
明らかにおかあさんではない気配だけれど、この際そんなことはどうでもいい。初めてぼくに気付いてくれたかもしれないのだから。
「やっぱり猫ちゃんだ。でもすごく小さいね。……うわ冷たい! 早く病院に行こうね」
よくわからないけれどきっと話しかけられたのだろう。そのままぼくは抱き上げられた。産まれてから久しい、まるで胎内のような温かさを感じて酷く安心して、意識が暗闇に堕ちた。

あれからぼくはどうやら"病院"と呼ばれるところに連れて行かれ"検査を受けた"ようだった。意識がなかったのだから本当のところはわからない。ぼくを抱き上げてくれた彼がそう話していたから、きっとそうなのだろう。
ぼくは生きのびた。食べられなかったご飯も貰えた。かなりの時間がかかったけれど、みえるようにもなった。からだも大きくなった。
ぼくに気付いてくれてありがとう。愛してくれてありがとう。ねこらしいこえが出るようになってすぐ、ぼくは彼に感謝の言葉を口にした。多分、言語の違う彼には届いていないかもしれないけれど、伝えたいその一心で毎日朝晩こえにしている。それはもはや習慣化していて、でも気持ちは削がれることなく日に日に肥大化していく。
ありがとう。
どこの国の言葉で書かれているのかわからない本を読んでいる彼に、今日も感謝する。彼はぼくの声に気付いてこちらを振り向き笑ってくれた。
「僕のほうこそ、生きててくれてありがとう」
撫でられながらなまえを呼ばれた。途轍も無く嬉しくて、目尻になみだが溜まった。これは生理的なものではない、間違いなくこころから来るものだった。

ぼくと君は流れる時間が違うから、いつまでも一緒に居ることはできないけれど。ぼくが生きている間は、今度はぼくから君に愛情を返していくからね。
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