金と銀と黒
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暁高校の入学式、オレは車で正門まで送られた。
当然周りからの注目を浴びる。
小学生の時から、送り迎えが当たり前のようになっていた。
オレは体があまり丈夫ではない。
小学生は休みがちだった。
今は体も落ち着いて送り迎えは無用だというのに、父の心配性には困ったものだ。
1-A組がオレのクラスだ。
担任は鬼鮫先生である。
教室に入っても、オレは視線を浴び続けた。
女子はともかく、男子は面白げもなさそうにこちらを睨むように見つめている。
その視線は中学生の時の奴らと同じ視線だった。
相手を疎む視線。
同じ中学だった奴が言いふらしたのか、早くも敵視されている。
窓際の一番前の席に座っているオレは、気にせずに窓の向こうを見つめる。
あと1分もしないうちにHRだ。
ふと後ろを振り返ってみると、後ろの席とその横の席に生徒が座っていないことに気付いた。
入学式初日から余裕のある奴らだ。
鬼鮫先生は自己紹介をし、生徒のひとりひとりの名前を呼び、自己紹介をさせた。
オレの番がまわってきて、オレは席から立ち上がり、簡単な挨拶をする。
「うちはイタチです。よろしくお願いします」
そう言っただけなのに、女子がなんだか騒がしい。
オレは静かに着席する。
鬼鮫先生はこちらに微笑みを向けたあと、オレの後ろの席を見て怪訝な顔をし、出席簿を見た。
「デイダラさんと飛段さんは来てないのですか?」
その名が出たとき、教室はまた騒がしくなった。
「飛段だって?」
「デイダラ君もいるんだって!」
顔を蒼白にする男子もいれば、嬉しそうにはしゃぐ女子もいた。
その教室の様子にさすがにオレも首を傾げた。
まだ入学したばかりだというのに、飛段とデイダラは有名人のようだ。
どういうやつらなのかと考えたとき、慌ただしい音が廊下の方から聞こえた。
その音は他の生徒達にも聞こえたのか、教室が静けさに包まれる。
廊下の騒がしい音がこちらに近づいてくる。
ドタドタという足音ともに、教室の後ろのドアから2人の生徒が息せき切らして飛びこむように入ってきた。
「見ろ! オレが先に入ったんだからな!」
「いーや、オイラが先だったぞ! うん!」
「オレの足先が先に入ったの、見てただろ!」
「オイラの手が先に教室に入った!」
「オレのクセ毛がそれより先に入った!」
「オイラの髷が…」
2人は言い争いを始めた。
いや、教室に来る前から争っていた様子だ。
金色の髪と銀色の髪の派手な2人が睨み合い、幼稚な口喧嘩をしている。
それをおさめたのが鬼鮫先生だった。
「デイダラさんと飛段さんですね。席に着いてください」
笑顔だ。
普通なら叱り飛ばすだろう。
「今忙しいんだ!」
「先生はどっちが先に入ったと…」
飛段とデイダラが言い返したとき、
「一生廊下でやってますか?」
「「……………」」
笑顔を含めたその迫力に2人は同時に青い顔をして、「座ります…」と返した。
他の生徒も顔が青い。
オレも思わずビビってしまった。
暁高校の教師は普通ではない、と父が話していたのを思い出す。
まあ、オレの叔父がここの校長の時点で普通ではないことはわかっていた。
2人はムスッとした顔で空席を埋めた。
オレの後ろが飛段、その隣がデイダラである。
まさか、この険悪なムードで、これから先つるむようになるとは、この時の2人は思わなかっただろう。
無論、オレも思わなかった。
普通の学校生活が送りたい。
小学生の時も中学生の時も、オレの願いは叶わなかった。
小学生の時は、学校が休みがちで、中学生の時は、家のせいで先生達に贔屓されて、友人はできなかった。
思い出しても、脳裏に浮かぶのは孤独だったオレと、オレを疎む周りの連中の視線だけだ。
せめて、高校生活だけは。
けれど、オレはそんな小さな願いも今まさに諦めかけていた。
さっそく、呼び出しを食らってしまったのだ。
先生ではなく、3年の先輩達に。
呼び出し場所は学校裏の倉庫前。
5人組のガラの悪い集団が固まって倉庫前に座り込んでいた。
「噂のおぼっちゃまが来たぜ」
ひとりが冷やかし、周りの奴らが下品に嗤う。
オレは小さなため息を漏らし、携帯の待ち受け画面の右上端にある時計の時刻を見た。
「あと5分で授業ですので、なるべく早く用件を済ませてください」
その言い方が気に入らなかったのか、先輩達の顔が険しくなった。
一番背の高い先輩がこちらに迫り、オレの胸倉をつかむ。
「おぼっちゃんが気取ってんじゃねーぞ、ああ?」
先輩の顔が迫ると、微かにタバコの匂いがした。
オレはため息をつきそうになるのを耐える。
これ以上、この人たちのために寿命を1秒でも減らしてなるものか。
あと4分か。
オレは無表情で目の前の先輩の顔を見つめる。
「今からオレが行うのは過剰防衛です。先輩がこの手をあと3秒で放さなければ、仕方がないのでそれを実行します。せっかくの学生生活の時間を無駄にしたくありませんので」
1、
「ああ!?」
2、
「てめー、3年ナメてんじゃねーぞ! この1年坊…」
3。
「おおお!?」
ドン!
背負い投げ1本。
先輩は背中を強打してのたうっている。
他の先輩達も立ち上がり、一瞬浮足立ったが、3年としてのプライドがあるのだろう、入学したての1年に負けてなるものかと迫ってきた。
集団なら勝てると錯覚している時点でナンセンス。
1分が経過。
先輩達は全員、最初の先輩と同じように地面でのたうっていた。
「では…」
先輩達の用件を済ませ、オレは校舎へと戻る。
ここでも同じなのか…。
オレはこれからのことを考え、若干憂鬱になる。
先程の先輩達が簡単に諦めるはずがない。
また報復に来るだろう。
だが、やり返さなければ、オレがここで過ごしていくのは難しい。
それに、オレにだってプライドはある。
負けず嫌いなのは、オレだって同じだ。
だから、ようやく回復した体を鍛えていたのだから。
それが余計なことだと後悔はしていない。
*****
翌日、オレの靴箱は妙なことになっていた。
靴箱の中は女子からの手紙でいっぱいで、上履きの中には画鋲が入っていた。
オレは人差し指に突き刺さる前に気付き、上履きを取り出し、近くのゴミ箱の中にバラバラと落として履く。
手紙はカバンの中に入れた。
捨てるようなことはしない。
これは中学の時もそうだった。
捨ててはいけないと思いつつも、手紙に指定された通りに動いたことはない。
オレの返事は決まっていた。
だが、手紙の主のために時間を割くほどオレはヒマではない。
我ながら、冷たいと思う。
笑ってしまうほど、同じだ。
ここでもオレは1番かもしれない。
自惚れじゃない。
1番になる努力をしているのだから。
なのに、周りの連中はそれを面白くないと思っている。
努力を理不尽だと思っているそれこそが理不尽だとなぜ気付かないのだろうか。
「お」
「あ」
その声に振り返ると、あの2人がいた。
確か、飛段とデイダラだ。
2人が靴箱の扉を開けると、バラバラとオレと同じくらいの手紙が雪崩のように落ちていた。
飛段は「あーあ」と手紙を見下ろして苦笑を漏らし、デイダラはこちらを見て「み、見んじゃねーよ。うん」と手紙を拾いながら睨んだ。
オレの中にゆっくりと湧きあがるこの感情はなんなのか。
驚き?
いや、たぶん、もっと別のものだ。
きっかけに過ぎないなにかだ。
オレは完全な1番じゃなかった。
体育では飛段が1番。
美術ではデイダラが1番。
たとえ1つでも、オレを越える奴らがよりによってこの2人だ。
最初は関わらないようにしていたオレだが、いつの間にか興味を持ってしまった。
だが、肝心の2人の仲は、
「なんだよ」
「ハァ? そっちが先にこっち見たんだろ?」
最悪だった。
目を合っただけで喧嘩腰だ。
それに、
「なんだよ、てめーもこっち見んな。うん」
オレはなぜかデイダラに嫌われていた。
オレはやはり嫌われやすいタイプなのだろうか。
放課後、またヒマな先輩達の相手をしたあと、部活へと向かった。
部活と言っても、同好会だ。
甘味処同好会。
全国の甘味処を研究したり、実際に和菓子を作ったりする同好会だ。
1年はオレしかいなかったが、ここの先輩達は優しい。
まあ、ほとんど女子ばかりなのだが。
オレの趣味は甘味処巡りだから、ぴったりな部活だと思う。
この同好会を設立した先輩に感謝したいくらいだ。
今日は水まんじゅうを作った。
作り過ぎて余った分は洗った弁当箱に入れて持って帰ることにする。
だが、帰ろうとしたとき、正門で固まっている先輩達がいた。
関わると面倒だ。
時計を確認したオレは屋上へと向かった。
そこからもう一度正門を見下ろす。
先輩達はまだいる。
空気は殺気立ち、下校する生徒達を睨みつけていた。
飽きて帰るまでここにいるか…。
幸い、水まんじゅうもあることだし。
食べながら時間を潰そう。
そう決めた時だ。
「よぉ」
「!」
周りを見回すが、人影はない。
「こっちこっち」
ふと見上げると、屋上へのぼるためのペントハウスの上から白い手が振られた。
それからひょこっと顔を見せる。
飛段だ。
まさか声をかけられるなんて。
まともに話したことすらないのに。
「イタチィ、下校時間過ぎたのにどうしたァ?」
「おまえこそ、なぜまだここにいる。サボる授業もないというのに」
嫌みになってしまったが、実際飛段は授業をほとんどサボっていた。
先生達の間では問題児である。
飛段は嫌みを気にすることなく、「ゲハハ」と笑う。
「オレも先輩達に目ェつけられてるからよォ。帰るまでここにいるわけ」
「その痣は先輩達に?」
飛段の右頬には、殴られたのか、青い痣があった。
肌が白いため、とても目立つ。
「先輩達より腹立つ奴にやられたァ。やり返してやったけど」
飛段はまた笑いながら言った。
オレの脳裏にデイダラの顔がよぎる。
「おまえとデイダラはなぜ喧嘩を…」
「さあな。相性が悪いからじゃねーの?」
まるで他人事だ。
飛段は頬を擦ったあと、オレの通学用カバンをじっと見つめた。
「……………」
カバンに火がつくのではないかと思うくらいじっと見つめられ、観念したオレはカバンから水まんじゅうの入った弁当箱を取り出した。
それを差しだした途端に、ぱっと飛段の顔が明るくなる。
「一緒に食うか?」
「マジか!?」
オレもペントハウスに上がり、飛段の隣に座り、弁当箱を開けた。
小さな水まんじゅうが4個入ってある。
飛段は早速そのうちの1個をつかみとり、己の口へと運んだ。
「うめー!」
その子供のような笑顔にオレは思わずふっと笑みを浮かべる。
「それはよかった」
「おまえって頭いいだけじゃなくて菓子も作るのうめーのな」
「菓子作りはただの趣味だ」
男が菓子を作っていることに飛段は嗤いもせず、「そりゃスゲー。また作ってくれ」と言った。
それからオレと飛段は少しだけ語った。
入学してからのことと、これからのことだ。
互いのそれ以上の過去は語らない。
まだ早すぎる気がしたから。
先輩達がいなくなっても、オレと飛段は途中で語ることをやめなかった。
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