骨まで融かして
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翌日、飛段は朝からデイダラとイタチと角都にメールを送り続けた。
ヒマだったからだ。
“朝食肉入れてほしかった。しかも、あんま美味くねーし量も少ねーんだぜ”
“角都は元気?”“そっち楽しい?”
“今日の授業ってなんだっけ?”
“せっかくペインの授業休みなのにー”
“メロンパン、売ってたらこっち持ってきてくれよ”
返信を待っている間は「ヒマだ、ヒマだ」と歌うように言っている。
いつまで経っても返信が返ってこなかったときは電話をかける。
用もないのにかけることはたまにしかなかった。
「病院内で携帯電話は使わないでください」
「あ―――」
結局、見つかって取り上げられてしまう。
この病室は個室なため、話す相手もいない。
たまに看護師が病室に入ってくるのだが、なんだか怖い。
たまに用もないのにこちらを覗いたりしてはキャッキャと女子みたいに騒ぐ。
そんな怪しい行動をするのは、ひとりやふたりだけではないのだ。
「……………」
伸びをしようとして失敗する。
骨折していたことを忘れ、腕に痛みが走って呻いた。
痛がって体を捩じらせたら新たな痛みが走る。
「ゲハ―――!」
我慢を知らない飛段は、しばらく、よじっては痛みよじっては痛みを繰り返した。
窓から逃げ出したくても、脚も骨折しているため、動くことができない。
吊るされた脚を忌々しいとばかりに睨みつけた。
松葉杖はあるにはあるが、それで移動できるほど、飛段は器用でもない。
「はぁ…」
青筋を浮かべたままため息をついた。
「病院がこんなクソつまんねーとこだとは知らなかったぜ。ただ寝てるだけなんて退屈すぎる」
携帯は取り上げられたが、無意識に指の動きがボタンを押している動きになっている。
「超…ヒマ…」
あと数週間もこの状態が続くのかと思うと気が遠くなる。
「飛段さーん、お薬の時間ですよー」
また別の看護師がやってきた。
薬と聞いて飛段は露骨に嫌そうな顔をする。
「骨折してんのに薬ィ?」
「鎮痛剤ですので」
看護師は笑みを向け、飛段に水の入ったコップを渡す。
飛段は首を振ってコップを返そうとした。
「いいって。オレ、薬嫌いだしィ」
(子供みたいな人ね)
看護師は内心で呆れるが、
「あ、それより牛乳くれよ。牛乳」
「…へ?」
「牛乳って骨にいいんだろ? なら、骨折もあっという間に治るだろ」
素で言ってるのだ。
正しくは、牛乳は骨を丈夫するものであって、折れた骨を治すものではない。
高校生にもなって牛乳さえ飲めばどうにかなると信じている飛段に、看護師は、
(か…、カワイイ!!)
ツボった。
「馬鹿が」
「!」
飛段と看護師がほぼ同時に扉の方に顔を向けると、白い紙袋を手に提げた角都が立っていた。
「角都ゥ!」
一気に飛段の顔がパッと明るくなる。
途中で「ん?」と視線を上に上げ、歯を剥く。
「いきなり来て「馬鹿」ってなんだよ! 毎回思うけど、それはてめーなりの挨拶…」
角都はズカズカと病室に入り、飛段と看護師の手から薬とコップを取り上げた。
「薬はオレがやっておく。飛段と話がしたいので外してもらえるか?」
「は…、はい…」
見下ろす視線とともに素の低い声で言われ、看護師はある意味ドキリとした。
そのまま、角都の言われるままに病室を出る。
角都はコップと薬をベッド脇の小棚に置いたあと、扉に近づいて鍵を閉め、誰も入ってこれないようにした。
(他人と関わらせたくなかったから個室に指定したというのに、油断できんな)
角都は飛段のベッドの脇にあるパイプ椅子に座り、紙袋からリンゴ(1個59円)と包丁を取り出してリンゴの皮を剥き始めた。
「着替えと授業のプリントと宿題も持ってきてやった。おまえはさっさと持って帰る下着を出せ」
皮を剥きながら角都が言うと、飛段は折れてない左腕を広げて言う。
「角都、ついでにオレもお持ち帰りして!!」
「殺すぞ」
リンゴから顔を上げた角都は包丁の刃先を飛段に突き付けた。
「だってヒマで死んじまいそうだしィ」
「絶対安静にしていろ。早くここから出たければな」
皮を剥き終え、リンゴを切っていく。
種をとったあと、それを指でつまんで飛段の口元に向ける。
「ほら」
「あーん」
飛段はリンゴを角都の指ごと口に含んだ。
角都は飛段の口から指を引き抜き、リンゴの汁と飛段の唾液がついたそれを舐め、「つまようじを持ってくるべきだったな」と呟いた。
「でさ…、角都…、オレの部屋…見た?」
見なければ着替えが取りに行けない。
角都は「ああ」と言って、飛段の部屋を思い出した。
足場のないほど散らかっていた。
だから見せたくなかったのかと思えばそうではない。
壁には角都の写真が貼られてあったのだ。
思いっきり引き延ばされていたため己の写真でも酷く驚いた。
カメラ視線ではないので、隠し撮りだろう。
どの面下げて、「これ、思いっきり引き延ばしてください」と言ったのだろうか。
「…あれは2年の時のオレか」
まだ飛段と付き合っていない頃である。
それを聞いた飛段は左手で顔を覆い、「あー…」と恥ずかしそうに呻いた。
「やっぱ見られたァ…。超恥ずい」
「恥ずかしいのはこちらだ馬鹿者。帰ったらすぐに剥がせ。客が来たときどうする。「芸能人です」と説明するのか」
「う…」
耳まで真っ赤にした飛段はうつむいた。
そのまま黙ってしまったので、角都はどう声をかけていいものかと迷う。
「へ…、部屋に飾る写真は…、オレとおまえが一緒の方がいいだろう。引き延ばさなければ自然だ」
(なにを言ってるんだオレは…)
引き延ばさなくても不自然ではないか。
だが、引き延ばされていない写真でも、自分ばかりなのでどこか寂しさを感じたのは事実だ。
隣にいるべき者がいなかったから。
「…退院したら、一緒に撮ってくれる?」
飛段の視線が不安げにこちらを見上げる。
「ああ」
角都が頷くと、飛段は笑みを浮かべた。
「じゃあ…、早く治す」
「…ああ」
(空席を見るオレの気持ちにもなれ)
言葉に出さず、角都は飛段の頭を撫でる。
「よし、薬を飲むぞ」
それから小棚に置いていた薬とコップを手に取った。
飛段ははっとし、首を横に振る。
「早く治したいけど、薬だけは…」
角都は薬と水を口に含み、飛段のアゴをつかんで口移しする。
「んーっ」
苦い薬と水が送られているはずなのに、飛段はそれを熱く甘く感じた。
喉を通り、体の中が溶かされていくようだった。
.To be continued