雛菊の章 しごとはじめ
ベルはとん、とん、と音を立て、雛菊を刻んでいく。これを仕事にしているのだから、刻む量はなかなかに多い。けれど、魔女の少女の手つきは慣れたもので、細かく細かく丁寧な手の中で葉と茎の緑と、花の白と黄色が小さくなっていく。飾りのための花びらはより小さく、小さく。やがて全てを刻み終わった時には、作業場には植物油のふわりとしたかぐわしい香りが満ちていた。
「ソフィ、できたわ」
「こっちも温め終わったよ。さ、骨の花を入れて。湯煎、ひとりでできるか?」
「できるわ、がんばる。弱火でていねいに、ことこと、よね」
「そう。よく覚えてたな」
「ふふ」
「落ち着いてやってみなさい」
「ええ!」
黄金色の植物油に刻んだ雛菊を入れる。熱しすぎないよう、かといって冷ましすぎないよう、ゆっくりとかき混ぜていく。ここからは根性比べだ。雛菊を湯煎していくこの作業にかかる時間は一時間ほど。けして焦ってはいけないのだ。
ソフィが後ろで軟膏を入れる陶器の瓶を準備している小さな音が聞こえる。ベルは振り返らず鍋を見つめながら、ソフィが近くにいてくれることに安心していた。ベルはソフィに対してはおしゃべりな少女であったが、仕事をしている時はとても集中をすることができるのであった。いくらでも静かにすることができる。
ことり、とたまに木べらが鍋の内側に当たる音を聞きながら──時間が経った。この次は、濾して油だけの状態にしていく。そして、蜜蝋を合わせて再び湯煎するのだ。水分が入らないように、慎重に。ベルはそっと鍋を傾けて油を濾していく。入れて良いのは白い花びらだけだ。油の黄金色にちらちらと白が散る。蜜蝋を準備していたソフィは、その様子を見て「綺麗じゃないか」と微笑んだ。
「ふふっ。……でもまだできあがってないわ。うまく蜜蝋と混ざるかしら」
「そこは、魔女の腕の見せ所だ。これも、できるかな? 疲れたなら僕と代わろうか」
「だいじょうぶ! できるわ。ソフィは小瓶のよういをして? 全部でいつつ分!」
「ああ、わかったよ」
すっかりしんなりして用済みとなった葉と茎、そして花びらの黄色い部分を除け、濾した油を再び鍋に入れた後、蜜蝋を入れていく。それはとろりと溶けていき、甘い蜂蜜のような香りを醸し出していった。油の匂いと混ざって、ただ甘いだけではない、大人びたものになっていくのを、ベルは丁寧にかき混ぜながら楽しんだ。
「おくすりって、薬草だけじゃなくて……いろいろな材料のちからをかりてできるのね、ソフィ」
蜜蝋だって、みつばちが作るでしょう? と、ベルはこぼす。小瓶の中をゆっくりと拭いていたソフィはその言葉を聞いて頷いた。
「そう。そのいろいろな材料を、丁寧に丁寧にひとつにしていってできるのが、町のみんなが頼る魔女コレーの薬」
「そっか……」
「良い仕事は、小さなものを丁寧に、繰り返し、積み重ねて、できるものだよ、ベル」
「ていねいに、くりかえし、つみかさね……わたし、できてる?」
「できてるとも。……さあ、そろそろ瓶に入れていこうか」
「よおし」
とろとろとした黄金色と白。ベルはそれらをまたゆっくりと小瓶に入れていく。瓶がいっぱいになったら、ソフィがきゅっと栓を締めていく。
それを繰り返すうちに、軟膏が入った瓶が五つ生まれた。
「できたわ! あとはかたまったら完成ね!」
「ああ、上手くできたな」
「町のひとたち……つかってくれるといいな。もちろん。怪我がないのがいちばんだけれど」
「そうだね。でも、きっと喜んでくれるよ」
嬉しそうに目を細めるベルの頭をソフィは撫でた。今度は労うように。
「さてと……次は魔除け草のお茶ね!」
「ああ、待ってベル」
「? どうしたの、ソフィ」
「おやつの時間にしよう。休憩も大事」
「まあ! すてき」
ぴょんとベルは子うさぎのように跳ねてソフィに飛びつく。ソフィはそんな彼女を抱き上げた。年不相応にしっかりしていて、けれど年相応に幼い。相反する顔を持ちながらも、それでもソフィに対してはどちらの顔でも甘えん坊なのだ。
「お菓子はおとといつくったファッジかしら」
「うん。それと、紅茶を合わせよう」
「やった。ファッジって、とってもあまくて夢みたい。それに、おとといつくったものはナッツとマシュマロ入りよ。わたし、だいすき」
「あれは美味しくできたな。紅茶も濃く煎れて、ゆっくり休憩しよう。ベル、魔除け草のお茶作りは僕に任せても良いけれど……どうする?」
少女はほんの少し考えると、ぎゅっとソフィの首に抱きついた。
「まだまだげんきよ! わたし、やるわ!」
そう言ったベルの髪は、ほんのり蜂蜜の香りがしていた。
窓の外の森には雪割草が咲いている。冬を耐えた花が、春の訪れを告げている。自分の手で誰かを助けられる薬を作ることができた。それが、大きな自信に繋がると信じて。ふたりは作業場のドアを閉め、しばしエプロンを脱ぐのであった。
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