冬の頁

 目覚めたミーティアが望んだことは、甘いホットミルクを一杯部屋へ運ばせることであった。
 食欲は無いと告げた。ミルクならばお腹に入りそうと言い、使用人を頷かせたのだ。運ばれてきたティーカップは金色の花柄の模様が入った白地のもので、真っ白なホットミルクが入っている今は見えないが、内側には蝶の模様が入っていることをミーティアは知っていた。お気に入りのものだ。
 そそがれたミルクからは湯気とともにふわりとまろやかな香りがした。そっとカップに唇を付けると、熱すぎない飲みやすい温度で、舌をふわりと包み込む優しい甘みがミーティアの心をほっとさせた。

 同時に、目覚めた時から、ミーティアは自身の体が不調を強く訴えてきていることに知らないふりはできなかった。目がかすみ、体が鉛のように重いのだ。ミルクを飲み終えた後、彼女はベッドに倒れ込み、そして天井を見つめたまま動けなくなってしまった。じわり、と透明な涙が彼女の目から溢れる。あたたかいミルクを飲んだばかりだというのに、その涙は冷たかった。

「ルカ……わたし、もうあなたに会いに行けないかもしれないわ」

 言葉にしてしまったことで、より深く自覚してしまったのだろう、ミーティアの涙は止まらず、彼女は両手で顔を覆い嗚咽を漏らした。
 そのとき、こんこんとノックの音が響いた。ミーティアはそれに急いで涙を袖で強く拭い、「どうぞ」と返した。入ってきたのは、いつもの一番仲良しの使用人の女性だった。

「失礼いたします、お嬢様。体調はいかがでしょうか……?」
「……。……良いとは言えないわ」
「そう、ですか……」

 短いやり取りを交わし、使用人はティーカップをそっと回収する。そして、ああ……と思い出したように、ミーティアにこう言った。

「お嬢様を、またあの黒い妖精が抱いてこの屋敷まで来たのですよ」
「……! まあ……」
「ひどく冷える日でしたから、お茶でもと思ったのですけれど……走って行ってしまわれて」
「……ふふ。そういうひとだから、あのひとは」
「……大好きなのですね」

 その言葉に、ミーティアは枕の上で頭をもぞりと動かした。頷いたのだ。

「……ええ。あのね、お願いがあるの」
「はい、何でしょうか?」

 使用人が優しく彼女を覗き込む。ミーティアが微笑むと、拭ったはずの涙がつうと頬を伝った。

「春になったら、窓を開けていてほしいの。わたし、きっと外へ出られなくなってしまうから……」
「……お嬢様、そのようなことは……」
「いいの、わかるのよ。今までわがままを言って、外へ出させてくれてありがとう。でも、きっともう、あのひとに会えなくなるわ。でも……会いたいの」
「……あの妖精は、お嬢様に会いに来てくださるのですね」
「きっと、そう。信じてる……だから、窓を開けて? 春の風を感じながら、あのひとを待っていたいのよ」
「……かしこまりました。お嬢様」

 使用人も、涙がこぼれそうであった。彼女はハンカチでミーティアの涙をそっと拭い、そして、羽毛が詰まった掛け布団を掛けた。

「お嬢様が幸せなら、私は幸せです。お菓子も、シロップも、用意しましょうね」
「ありがとう。わたし、あなたのことも大好きよ」
「ふふ、ありがとうございます。……おやすみなさい、お嬢様」
「ええ、おやすみなさい」

 使用人は、お辞儀をして部屋から去って行った。

 ミーティアは目を閉じる。そのまま目覚めることがなかった、なんてことがないように、彼に……ルカに会いたいと、祈りながら。
 そして、夢を見た。ルカと、満月の夜の下、あの光る花──アステリシアの花畑で、ダンスを踊る夢を。思えば、出会った時もふたりで手を繋いで踊った。想いが通じ合ってからも、踊った。

(やっぱり、あなたはわたしの王子さまなのよ。ルカ)

 そして、夢の中で、ふたりはそっと唇を重ねた。甘いミルクの味? 春に飲んだハーブと果物のシロップの味? ……曖昧なのは、夢だからか。それでも、やわらかな感触は、忘れない。
 そっと目を開ける。外は明け方の薄明るい色をしていた。そして、ミーティアの体は相変わらず重く、息をするのもはくはくと乱れ苦しい。それでも、それでも……。

「ルカ……わたし、あなたともう一度、キスがしたいわ」

 少女の願いは、冬の空へ溶けていった。
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