夏の頁

 深い深いここら一帯の森は、夏になっても、その木陰で息づく者や訪れた者を燦々と輝く日の光から守ってくれていて、涼しいくらいであった。
 天から舞い降りた夏の神は、地上の命をその歌声で活き活きとさせる。命の祭り。それが、この季節──夏である。


「お嬢様のお体のことはお嬢様が一番理解しておられると思いますが……」

 ミーティアの月色の金髪を櫛で梳かしながら使用人の女性は不安そうな声で彼女に話しかける。

「そんなに、妖精と遊ぶことは楽しいのですか?」
「ええ、とっても!」
「ま、まさか妖精とは嘘で、本当は森の中で逢い引きを……」
「や、やだ! そんなわけないでしょう」

 はわわ……と勝手に盛り上がる使用人に、ミーティアはドレッサー越しに手をぶんぶんと振ってその言葉を否定する。否定はしたものの、逢い引きという言葉にミーティアの白くまろい頬が赤くなる。

 出会ってから数ヶ月が経った。

 体がよく動くときに会いに行って、夕暮れまでずっと一緒にいる……妖精のように不思議で、けれど妖精ではないらしい"彼"のことを思うと、逢い引きというのもあながち間違っていないような気がしたからだ。

「そうですか? ほ、本当に……?」
「本当よ。安心して?」
「むむ……。今日はほんの少し霧雨が降っていますからいつもより涼しいですけれど……暑さには気をつけてくださいね?」
「それも大丈夫よ。ちゃんと飲み物、持って行くし。木陰をえらんで歩きますっ」

 ミーティアのその言葉を聞いてやっと、使用人はほっとしたような顔をした。そして、「失礼しますね」と彼女のたっぷりとした髪を持ち上げ、濃い青色のリボンで一つに結んだ。いわゆるポニーテールだ。いつもの下ろした髪型よりうなじがいくらか涼しくて良い、とミーティアは思った。

「お嬢様。先週街で仕入れた木苺がどうにも酸っぱくて……砂糖漬けにしたら美味しくなったのですが、おやつに持っていかれますか?」
「木苺の砂糖漬け……! すてき、食べたいわ」
「よかった。妖精もよろこぶでしょうか?」
「ええ、きっと!」

(……でも、きっとあの子はわたしがどんなお菓子を持って行っても物珍しそうに食べてくれるわ)

 ミーティアはそう考えると、どことなく体がうずうずとして、今日の霧雨が降るあいにくの薄い曇天も晴れてしまうような、そんな楽しい気持ちになるのだ。

「……っ! けほっ、けほっ」
「あ……! お嬢様!」
「大丈夫よ! むせただけ……」
「そう、ですか……」

 ふと、ぐっと胸を締め付けられる感覚がしてミーティアは小さく咳き込む。病の発作だ。このところ増えている気がするのだが、ミーティアは努めて元気そうに振る舞った。これくらいのことで動けないでいたら、自分は本当に何もできなくなってしまう、誰にも会えなくなってしまう。そう考えていたからである。
 それに、自分と会わない間、"彼"──ルカは何をしているのだろう。木々や動物……それこそ、妖精と話しているのだろうか。もしかしたら、ひとりでずっと待っているのだろうか。彼のことを考えると、会いたくて会いたくてたまらなくなってしまう。ひみつの友達、ルカに。だから、彼女は病の苦しさを感じている暇などなかったのだ。
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