春の頁

「ルカ! ……ルカ……! ねえ、いるかしら……!?」

 森の中を今度は靴を履いて歩き、しばらく経ったところでミーティアはくるりと辺りを見渡し呼びかける。あの時の夜の森とは違い春の森は見上げれば緑色と咲き誇る花の薄桃色に覆われていて、やわらかな命の甘い香りが降り注いできた。

「いいにおい……これが春のにおいなのね」
「……ミーティア」
「……!」

 ミーティアが肺いっぱいに春の空気を吸い込んでいると、彼女の横から声がした。ミーティアがそちらを向くと、黒い髪に白いツノを戴いた少年が足音もなく歩いてきていた。目と目が合うと、彼……ルカはふっと目をそらした。

「本当にまた来るなんてな」
「本当に待っていてくれたのね」

 すると、ルカはむすっと「待ってなんていない」なんて言うのだ。ミーティアにはそれが何だかいとけなさを感じる仕草に見えて、彼女は口元に手をあてて微笑んだ。

「あのね、ルカ。パンとお菓子を持ってきたの。約束通り。わたしのお気に入りの味のシロップも一緒よ」
「約束なんてしていないだろう。お前が勝手に言っただけだ」
「あら? でもあなたはあの時うなずいてくれたわ」
「う……」
「ね? 一緒に食べましょう?」

 視線を足元に外していたルカが、ミーティアを見つめた。そして、言葉を紡ぐ。

「お前、よく『お前には敵わないな』って言われないか?」
「え……。そう言われてみると、そういうときもあるわね。お父さまとか」
「ほら。わがまま、強引」
「まあ! ひどいこと言うのね」
「そうだ。僕はひどいやつだ」
「でも、敵わないんでしょう? わたしには」
「はあ……。もう少し奥に行きたい。ついてこい」
「うふふ」

 くるりと踵を返すルカに、ミーティアは弾む足取りでついていった。ふと、彼女の近くに美しい真っ白なレースのような翼の蝶が舞う。歩きながらそっと指を差し出すと、蝶はミーティアの指を休憩場所にするかのように止まった。

「ルカ、見て。ちょうちょよ」

 ミーティアが前を歩くルカに声をかけると、彼は足を止めて振り返った。そしてミーティアの指に止まるひらひらとした存在をなんてことのないように見る。

「……羽衣蝶はごろもちょうなんて珍しくもないだろう。派手な羽を見せてくる人なつっこい虫だ」
「あら、わたしは見るのも触れるのも初めてよ」
「……ミーティア。お前、どんなところで育ったんだ」
「わたしの話? それは、食べながらお話するわ」
「……そうか」
「ええ」

 ふわりと羽衣蝶は休憩をやめミーティアの指から飛び立つ。踊るように飛んでいくそれは、そよ風に揺れる花が咲く空に溶けるように見えなくなっていった。
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