5話 犠牲

 静寂に包まれた部屋の中で、アリアは独り、膝を抱えていた。

「……私は、どうすればよかったの?」

 自分の心がわからない。結弦の心もわからない。
 彼は私を愛していると言った。それはきっと本心なのだろう。けれど、その愛し方が、どうしようもなく間違っている気がしてならない。

(私のために傷ついて、痛みに耐えることが、彼の愛なの?)

 それを否定するのは簡単だった。間違っていると、叫びたかった。
 でも、それを否定したら、結弦はどうなってしまうのだろう?
 結弦は、きっと───

(私が必要としなければ、いられない人……)

 彼を拒絶すればするほど、私の中に残る痛みが深くなる。結弦が苦しむたび、私の心も壊れていく。
 なら、いっそこのままでいいと、思ってしまえば楽なのに。
 けれど、それはできなかった。
 
 結弦の笑顔を思い出す。
 あの、穏やかで、満ち足りたような微笑み。
 でも、どこか哀しくて、儚くて……

(あの笑顔は、本当に幸せな人のものだったの?)

 アリアは、胸の奥にうずく痛みを抱えたまま、じっと床を見つめた。何も変えられないまま、時だけが過ぎていく気がした。


 結弦は、もうずっと屋敷の裏庭の隅に腰を下ろし、膝を抱えている。
 手元に残る、小石の感触が消えない。感情を持て余し、どこにもぶつけられないまま、ただ考えていた。

(俺は、お嬢様を愛している)

 それだけは、確かだった。
 でも───

(お嬢様は、俺の愛を受け入れてくれない)

 アリアは拒絶した。
 それはつまり、俺の愛し方が間違っているということなのか?けれど、どうすればいい?

(俺は、どうやって愛せばいい?)

 結弦にはわからなかった。
 自分を犠牲にすることしか、彼女を愛する方法を知らなかった。
 もし、それを否定されたら───

(俺には、もう何もない)

 結弦は、ぎゅっと拳を握りしめる。
 指の間から、微かな震えが伝わってきた。

 ───お嬢様が、俺を必要としなくなったら?
 ───お嬢様が、俺を愛していないと言ったら?

(それでも、俺は……)

 思考の隙間に、ふと浮かんだのは、やはりアリアの婚約者のことだった。彼女に相応しいのは、天花寺一敬なのだろうか。そんな嫌なことばかり、頭に浮かぶ。

「そんなこと……あるはずがない」

 結弦は、無意識にそう呟いていた。
 たとえ彼がどれほど立派で、ふさわしい相手だったとしても、アリアが、彼のものでいいはずがない。アリアは、自分が守る。
 それが、何よりも正しい愛し方のはずだった。

(……そうだろ?)

 けれど、胸の奥の痛みは消えなかった。

 この愛し方が正しいのかどうか。
 結弦はそれを知る術を持たなかった。

 互いに、相手を思いながら、それでも二人は、ただ無為に時を過ごした。
 互いの愛が、どこへ向かうのかも知らないままに。
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