5話 犠牲

(お嬢様に、拒絶された)

 結弦の胸の中は痛みでいっぱいだった。
 すたすたと俯いて、誰に声をかけられようとも無視をして、彼は屋敷の裏口から外に出て、物陰に隠れるように座り込んだ。そして、思い出すのはアリアの白くやわらかな肌。
 アリアというあの美しい存在は、どこも傷ついてはならないのだ。結弦は、そう思っていた。けれど、自分を見るアリアの目は、痛みに傷ついた者の目そのものだった。怯え、恐怖、怒り、悲しみ。あの淡青色の瞳に、それら全てが滲んでいた。
 そうだ、自分が罰せられることでアリアの反省を促す。命じられたのはそういう関係だったじゃないか。アリアの心が傷つかなければ、この関係に意味はない。アリアの心が繊細で優しいから、この関係に意味がある。だが、結弦はそれさえも許せなかった。アリアには、痛みも悲しみも、負の感情を何も感じないでいてほしかった。
 そしてそれは、許されない想いであった。

「……笑っていてほしいだけなのに」

 幸せでいてほしいだけなのに。結弦は呟く。自分は、彼女を幸せにできないのだろうか? こんなにも、彼女を愛しているのに。自分の愛は間違っているのだろうか? けれど、これ以外の愛し方が、結弦には分からなかった。
 ふと、思い浮かぶのは忌々しいあの顔。アリアの婚約者、天花寺一敬。彼は、アリアに正しい愛を伝えるのだろうか? 彼なら、アリアを幸せにできるのだろうか? アリアを幸せに……してしまうのだろうか?

「……っ!」

 結弦は湧き上がった感情のままに、ちょうど手元にあった小石を拾って投げた。小石は地面に叩きつけられて、跳ねてどこかへ行った。湧き上がった感情の名前を、結弦は名付けることができなかった。怒りにしても、悲しみにしても、嫉妬心にしても、愛情にしても、あまりにも胸が痛かった。
 
「俺はあなたを、愛しています……」
「私はあなたを、愛しているわ……」

 傷に呻くように漏れた二人の言葉は、互いには届かなかった。
 
 二人は、人並みの愛し方がわからなかった。成長すれば、わかるものだと思っていた。だが、成長したら、この関係も終わり、離れ離れになってしまう。だから、そう、今、愛したかった。
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