3話 守るために、すれ違い
「お嬢様。今日の天花寺様との時間は楽しかったですか?」
夕刻。一敬と別れ、カタカタと揺れる人力車の上に共に座って、結弦はアリアにそう問いかけた。楽しくなかったとは言わないだろうと結弦は思っていたが、とりあえずアリアの声を聞くために言った。だが、アリアは黙り込んでいた。
「……お嬢様?」
「結弦……もし私が一敬さんに嫁ぐ時、あなたも一緒に天花寺家に行くことになったら、どう思う?」
「それは……喜ばしいことですね。俺はお嬢様の従者ですから」
「そう……じゃあ、絶対来ないで」
「……は?」
お互いに冷え切った声が出て、お互いにそれに驚いた。続けたのは、アリアだった。
「私といたら、どこにいてもあなたは幸せになれないわ」
「何を、何を仰るのです」
「言葉の通りよ」
「意味が分かりません!」
「わからなくて良いの!」
互いに共鳴するように語気が荒くなっていく。アリアの目に涙が滲んでいたのを、結弦は見逃さなかった。
「……天花寺様に、何を言われたのですか」
「……あと一年で、私とあなたの主従関係は終わりです」
「俺の質問に答えてください!」
「……嫌!」
桐ヶ谷家の屋敷の前に車がたどり着く。アリアは逃げるように車から飛び降り、屋敷へ入っていった。
「お嬢様! ……ああもう!」
結弦は焦りで震える手で代金を御者に払うと、アリアの後を追いかけた。
アリアは、廊下の隅で佇んでいた。結弦が近づいても、氷のように固まっている。
「お嬢様……?」
アリアの視線の先を辿ると、老いた女中二人が隠れるように会話をしていた。アリアは、何かを聞いてしまっていたのだ。結弦はそう思うと、耳をそば立てる。
「早川は良いものね。お嬢様についていけば、美味いものが食べられるのだから」
「まったくそうよ」
ああ、俺の悪口か。いつも鞭で叩くのはお前たち他の使用人の役目なのに、まだ足りないか。と結弦はため息をついた。
……そして、耳を疑うことを、二人は聞いた。
「あの女の血を引いた息子ですもの。人に取り入るのが上手いのでしょう。あの女が旦那様と楽しんでいたように、あの小僧もお嬢様に上手いことやっているに決まっているわ」
「まあ不潔! うふふ」
「それにしても、ご自身と鞭打たれの早川が腹違いのきょうだいだなんて、お嬢様が知ったらどうなるかしら」
「倒れて死んでしまうのではないかしら? あのか弱い奥様の娘ですもの」
あらあら、くすくす。そう笑い合いながら女中たちは仕事に戻っていく。二人が帰ってきたことに、息を止めていることに気づかずに。
「ゆ、づる……結弦……」
アリアがゆっくりと振り向き、結弦の顔を見る。その顔は、まさしく蒼白と言って良いほどであった。そして、結弦が口を開く前に、彼女は走り、階段を上がっていった。自室に、戻ったのだろう。
「俺と、お嬢様が……きょうだい……?」
結弦の耳の奥が、またもキンと鳴った。全ての音が遠くなっていく。事実を受け止めきれない結弦を、夕陽が照らしていた。
夕刻。一敬と別れ、カタカタと揺れる人力車の上に共に座って、結弦はアリアにそう問いかけた。楽しくなかったとは言わないだろうと結弦は思っていたが、とりあえずアリアの声を聞くために言った。だが、アリアは黙り込んでいた。
「……お嬢様?」
「結弦……もし私が一敬さんに嫁ぐ時、あなたも一緒に天花寺家に行くことになったら、どう思う?」
「それは……喜ばしいことですね。俺はお嬢様の従者ですから」
「そう……じゃあ、絶対来ないで」
「……は?」
お互いに冷え切った声が出て、お互いにそれに驚いた。続けたのは、アリアだった。
「私といたら、どこにいてもあなたは幸せになれないわ」
「何を、何を仰るのです」
「言葉の通りよ」
「意味が分かりません!」
「わからなくて良いの!」
互いに共鳴するように語気が荒くなっていく。アリアの目に涙が滲んでいたのを、結弦は見逃さなかった。
「……天花寺様に、何を言われたのですか」
「……あと一年で、私とあなたの主従関係は終わりです」
「俺の質問に答えてください!」
「……嫌!」
桐ヶ谷家の屋敷の前に車がたどり着く。アリアは逃げるように車から飛び降り、屋敷へ入っていった。
「お嬢様! ……ああもう!」
結弦は焦りで震える手で代金を御者に払うと、アリアの後を追いかけた。
アリアは、廊下の隅で佇んでいた。結弦が近づいても、氷のように固まっている。
「お嬢様……?」
アリアの視線の先を辿ると、老いた女中二人が隠れるように会話をしていた。アリアは、何かを聞いてしまっていたのだ。結弦はそう思うと、耳をそば立てる。
「早川は良いものね。お嬢様についていけば、美味いものが食べられるのだから」
「まったくそうよ」
ああ、俺の悪口か。いつも鞭で叩くのはお前たち他の使用人の役目なのに、まだ足りないか。と結弦はため息をついた。
……そして、耳を疑うことを、二人は聞いた。
「あの女の血を引いた息子ですもの。人に取り入るのが上手いのでしょう。あの女が旦那様と楽しんでいたように、あの小僧もお嬢様に上手いことやっているに決まっているわ」
「まあ不潔! うふふ」
「それにしても、ご自身と鞭打たれの早川が腹違いのきょうだいだなんて、お嬢様が知ったらどうなるかしら」
「倒れて死んでしまうのではないかしら? あのか弱い奥様の娘ですもの」
あらあら、くすくす。そう笑い合いながら女中たちは仕事に戻っていく。二人が帰ってきたことに、息を止めていることに気づかずに。
「ゆ、づる……結弦……」
アリアがゆっくりと振り向き、結弦の顔を見る。その顔は、まさしく蒼白と言って良いほどであった。そして、結弦が口を開く前に、彼女は走り、階段を上がっていった。自室に、戻ったのだろう。
「俺と、お嬢様が……きょうだい……?」
結弦の耳の奥が、またもキンと鳴った。全ての音が遠くなっていく。事実を受け止めきれない結弦を、夕陽が照らしていた。
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