3話 守るために、すれ違い

 一敬おすすめの喫茶店につき、一敬は「二人。奥の席で」と店員に言った。三人、ではなかった。
 結弦の存在など、最初から一敬にとってはどうでも良いものだったのである。

 一敬が砂糖もミルクも何も入れずに飲むものだから、アリアも合わせてそうした。黒い珈琲の苦味は、アリアにはあまり理解のできないものであったが、彼女はぐっと我慢してちみちみと舐めた。

「気に入ってくれたかな? そうだと嬉しいんだけど」
「あ、はい……良い香り、です」
「そうだろう。この店で使う豆は香りも味も良い」

 豆。結弦が珈琲を頼んだ時に、店主がガリガリとアリアにとってよくわからない構造のハンドルを回して挽く黒い粒は、豆だったのか。と、アリアは今さら知るのであった。珈琲が豆でできていることすら知らないほど、アリアは珈琲に興味が無かった。結弦の好きな、良い香りのする飲み物、という認識しかなかったのだ。
 結弦は店の外で待っている。一敬の自分への誠実さは、アリアはよく感じていた。だが、彼と会うことは、ひどく緊張する時間であった。それとも、結弦と一緒にいる時の安らぎがおかしいのであって、男女が会う時はこうしてある程度緊張をするものなのだろうか。……自分にとって結弦は、何なのだろうか。アリアはゆっくりと黒い液体を舌にまとわりつかせながら、今ここにいない結弦へ、目の前に婚約者がいながら、思いを馳せた。一敬の話は難しい。相槌をしっかり打ってさえいれば、一敬はアリアに微笑んでくれていた。いつものことである。

「……早川くんのことなのだけれど」
「! は、はい。結弦が何か……?」

 一敬が突然結弦の話を振ってきたことに、アリアは驚いた。

「彼、とても良い従者だね。よく気が利く。何より静かだ。素晴らしい」
「そ、そうですか。嬉しいです」
「ああ、そこで、なのだけれど」
「はい、一敬さん」
「早川くん、僕らが結婚したら天花寺家に持ってくるのはどうかな」
「え……」

 てっきり、一敬と結婚したら結弦とは離れ離れだと、アリアは思っていた。もし一緒にいることができるのなら、これほど嬉しいことはない。それに、桐ヶ谷家から離れることで、結弦が鞭で打たれる毎日から離れられるかもしれない。
 そうだ、そうに違いない。結弦が自分のために傷つくのは、桐ヶ谷家が決めたことだ。天花寺家には適用されないに違いない。アリアはそう喜びかけたが、一敬の言葉の使い方が気になった。──持ってくる。そう彼は言ったのだ。

「持ってくる……って……」
「ああ、嫁入り道具の一つとして。良い話だと思うけれど」
「嫁入り道具……えっと、一敬さん、結弦は……道具、ではないです……」
「ん? 君の従者だろう? 従者というのは、主人が美しく見えるために存在するものだよ。君と早川くんは、主従関係ではないのかい?」
「……はい。私と結弦は主従関係です」

 この人が怖い。アリアは一敬に初めて恐怖心を抱いた。言っていることは間違ってはいないはず、なのにどうしてこんなにまで薄ら寒く感じるのだろうか。
 アリアが震える声で言えば、うんと一敬は納得したように頷き、珈琲を飲んだ。それ以上、特に話は進まなかった。
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