最終話 暁に咲く薔薇
あたたかな朝、庭のガゼボにて、ラザロはエリーゼを待っていた。蝋で撫で付けられた黒髪、ぴしりと整えられた礼服。そして何よりも、優しくエリーゼを見つめる灰色がかった青色の瞳。全てが自分のためにあってくれるのだと、エリーゼはこの上なく嬉しくなった。周囲には薄紫色の薔薇、『エル』が咲いている。ちょうど開花時期なのだろう、幾重にも重なった可憐な花びらは、甘く優しい香りを周囲に漂わせていた。
「おいで、エリーゼ」
「はい、ラザロ様」
ドレスの裾を持ち、エリーゼはラザロのそばへ歩み寄る。そんなエリーゼに彼はふっと微笑むと、ヴェール越しに彼女の頬に触れた。
「ずいぶん背が伸びたね」
「そうでしょうか?」
「出会った頃は、私の腰くらいしか無かったものだが」
「そ、そんなに小さかったかしら」
「……小さかったとも。貴女は……変わった。立派に成長したね」
「ふふ、ラザロ様。変わらないものもあるのですよ」
「うん?」
薄いヴェールがふわりと彼の手で持ち上げられる。隠されていたエリーゼの瞳は、キラキラとラザロを見つめていた。
「私が、ラザロ様を……愛しているということは、昔から何も変わりません」
それを聞いたラザロは、一瞬、目を細めた。心の底から、愛おしげな眼差しであった。
「……そうか。なら、私も変わったのかな」
「ラザロ様も?」
「最初は、ただ貴女を守りたいという気持ちしか無かった。周りの大人に利用される貴女の、守護者になりたかった。……でも今は違う。エリーゼ、貴女と共に歩む、貴女を愛する夫になりたいと……今はそう思っているよ」
ラザロの瞳も、静かに輝いていた。
ただ形式的に付けられたあの時のピアスが外され、新たな誓いが耳に付けられる。守る者の、剣の左耳。支える者の、鞘の右耳。新たなピアスは、小さな赤い石に細やかな銀細工で薔薇の装飾が施されていた。
「……私は貴女の剣だ。愛しているよ、エリーゼ。私の鞘」
「私は、永遠にあなたのおそばにいます。ラザロ様。……愛しております」
ラザロはそっと手を伸ばし、エリーゼの頬を包んだ。蜂蜜色の髪に朝の陽が降り注ぎ、薄紫のブローチがそよ風に小さく揺れる。彼の瞳には、かつての幼い少女が、いまや立派な花嫁として映っていた。
「……誓いのキスをしても?」
その問いに、エリーゼは静かに、けれどはっきりと頷いた。
ヴェールが完全に持ち上げられる。やわらかなレースが空気をすべって後ろへ落ちたとき、エリーゼの瞳と、ラザロの瞳がまっすぐに重なった。
庭には朝の光があふれていた。
鳥がさえずり、薔薇が揺れて、世界がふたりの誓いを祝福しているようだった。
ラザロは、そっと顔を近づけた。
エリーゼもまた、微笑みながらその距離を受け入れた。
──そして、ふたりの唇が、静かに触れ合う。
それはとてもあたたかくて、やさしい口づけだった。
ただ愛おしいという気持ちがすべてを包み込み、ふたりの間に流れてきた歳月さえも、その一瞬に溶け込んでゆくようだった。
やがて唇を離したラザロは、額をそっとエリーゼに預けた。
「ありがとう、帰ってきてくれて」
「ラザロ様こそ、ありがとう……待っていてくれて」
そして、ふたりは静かに微笑み合う。
暁の光が、ゆっくりとふたりを照らしていた。夜の名残を払い、新しい朝が始まるその瞬間に──
純潔の花は、確かにたった一人のために咲いたのだと、静かに世界に語っていた。
物語は、今、終わりではなく、ともに歩む始まりとして、その幕を閉じる。
「おいで、エリーゼ」
「はい、ラザロ様」
ドレスの裾を持ち、エリーゼはラザロのそばへ歩み寄る。そんなエリーゼに彼はふっと微笑むと、ヴェール越しに彼女の頬に触れた。
「ずいぶん背が伸びたね」
「そうでしょうか?」
「出会った頃は、私の腰くらいしか無かったものだが」
「そ、そんなに小さかったかしら」
「……小さかったとも。貴女は……変わった。立派に成長したね」
「ふふ、ラザロ様。変わらないものもあるのですよ」
「うん?」
薄いヴェールがふわりと彼の手で持ち上げられる。隠されていたエリーゼの瞳は、キラキラとラザロを見つめていた。
「私が、ラザロ様を……愛しているということは、昔から何も変わりません」
それを聞いたラザロは、一瞬、目を細めた。心の底から、愛おしげな眼差しであった。
「……そうか。なら、私も変わったのかな」
「ラザロ様も?」
「最初は、ただ貴女を守りたいという気持ちしか無かった。周りの大人に利用される貴女の、守護者になりたかった。……でも今は違う。エリーゼ、貴女と共に歩む、貴女を愛する夫になりたいと……今はそう思っているよ」
ラザロの瞳も、静かに輝いていた。
ただ形式的に付けられたあの時のピアスが外され、新たな誓いが耳に付けられる。守る者の、剣の左耳。支える者の、鞘の右耳。新たなピアスは、小さな赤い石に細やかな銀細工で薔薇の装飾が施されていた。
「……私は貴女の剣だ。愛しているよ、エリーゼ。私の鞘」
「私は、永遠にあなたのおそばにいます。ラザロ様。……愛しております」
ラザロはそっと手を伸ばし、エリーゼの頬を包んだ。蜂蜜色の髪に朝の陽が降り注ぎ、薄紫のブローチがそよ風に小さく揺れる。彼の瞳には、かつての幼い少女が、いまや立派な花嫁として映っていた。
「……誓いのキスをしても?」
その問いに、エリーゼは静かに、けれどはっきりと頷いた。
ヴェールが完全に持ち上げられる。やわらかなレースが空気をすべって後ろへ落ちたとき、エリーゼの瞳と、ラザロの瞳がまっすぐに重なった。
庭には朝の光があふれていた。
鳥がさえずり、薔薇が揺れて、世界がふたりの誓いを祝福しているようだった。
ラザロは、そっと顔を近づけた。
エリーゼもまた、微笑みながらその距離を受け入れた。
──そして、ふたりの唇が、静かに触れ合う。
それはとてもあたたかくて、やさしい口づけだった。
ただ愛おしいという気持ちがすべてを包み込み、ふたりの間に流れてきた歳月さえも、その一瞬に溶け込んでゆくようだった。
やがて唇を離したラザロは、額をそっとエリーゼに預けた。
「ありがとう、帰ってきてくれて」
「ラザロ様こそ、ありがとう……待っていてくれて」
そして、ふたりは静かに微笑み合う。
暁の光が、ゆっくりとふたりを照らしていた。夜の名残を払い、新しい朝が始まるその瞬間に──
純潔の花は、確かにたった一人のために咲いたのだと、静かに世界に語っていた。
物語は、今、終わりではなく、ともに歩む始まりとして、その幕を閉じる。
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