11話 花はあなたのために
彼女のために育てられた、春の庭が迎えるのは、かつての子どもではない。
今、薔薇の館に帰ってきたのは、誓いを胸に咲いた、ひとりの花嫁であった。
屋敷の扉が開かれる。そこには──領主ラザロが立っていた。
「……エリーゼ」
「ラザロ様……」
二人はしばし、見つめ合う。だが、ラザロはすっと目をそらしてしまった。
「ただいま、戻りました。……ラザロ様?」
「ああ、いや……」
「どうかなさったの?」
もしや、何か粗相をしてしまったのではないだろうか、とエリーゼは自分の身の回りを確かめる。ドレスには埃一つついていない。髪も乱れていない。では、なぜ? と彼女は首を傾げて彼を見つめる。すると、ラザロはその大きな片手で顔を覆いながら、エリーゼにこう言った。
「……貴女が想像以上に美しくなっていたから、戸惑ってしまった」
「……まあ! 私、変わりましたか?」
エリーゼはぱあっと花咲くような笑顔をラザロに見せた。ラザロはそれを見て微笑むと、顔を上げ、彼女に歩み寄る。
「ああ、貴女は変わった。手紙を毎月もらっていた頃から思っていたよ、徐々に文も字も美しくなっていくことに。日に日に貴女が大人になっていくことを感じて、胸が弾む思いだった」
「ラザロ様……」
「おかえりなさい。エリーゼ。……抱きしめても?」
「……! はい、ラザロ様……!」
ラザロはそっと腕を伸ばしていた。
エリーゼの細い体を、まるで宝物を扱うように、その胸に抱き寄せる。蜂蜜色の髪が香り立ち、頬に触れる。ラザロは目を閉じ、その温もりを確かめるように静かに息を吐いた。
「……ああ、エリーゼ。ずっと、待っていたよ」
その声に、エリーゼの瞳が潤む。けれど、涙はこぼさなかった。彼女はもう、子どもではないのだから。ただ、そっとラザロの背に手を回し、自分からも強く、しっかりと彼を抱き返す。
「私……ラザロ様のために、頑張りました。あなたの隣に、恥ずかしくないように。……純潔のまま、誇りを持って、あなたのもとへ帰ってこられるように」
その言葉に、ラザロは一瞬、目を見開いた。
「……花は、誰がために」
ラザロは、ぽつりと、独り言のように呟く。
「この言葉の意味を、私は何度も問い続けたよ。貴女が旅立った日から、ずっと。だが今ようやく、その答えを知った気がする。……それは、誰かの誇りと愛のために咲くのだと。貴女は、私のために咲いた。……そして私は、貴女を信じて、ここで咲くのを待っていた」
春の風が吹いた。窓から入りふたりを包むその風は、庭に咲き始めた薔薇の香りを運んでくる。
白も、薄紫も、紅も。まるでエリーゼの帰還を祝福するように、庭の花たちは一斉にその蕾をほころばせていた。
エリーゼはラザロの胸の中で、そっと呟いた。
「ラザロ様。これからも、私はあなたのために咲いていたい。ずっと、あなたの花でありたい」
「……ならば私は、貴女を育む陽であり、水であろう。貴女が枯れぬように、何度でも光を注ごう。……愛をもって」
そっとふたりは身体を離す。見つめ合うその瞳には、もう迷いはなかった。
かつて子どもだった少女は、もう立派な花嫁であった。
そして、かつてただ守っていた男は、いま、彼女とともに歩む夫となる。
再び重なった視線の奥で、未来が静かに始まりを告げる。
春の空の下、純潔の花は──ようやく愛の庭に、しっかりと根を下ろしたのだった。
今、薔薇の館に帰ってきたのは、誓いを胸に咲いた、ひとりの花嫁であった。
屋敷の扉が開かれる。そこには──領主ラザロが立っていた。
「……エリーゼ」
「ラザロ様……」
二人はしばし、見つめ合う。だが、ラザロはすっと目をそらしてしまった。
「ただいま、戻りました。……ラザロ様?」
「ああ、いや……」
「どうかなさったの?」
もしや、何か粗相をしてしまったのではないだろうか、とエリーゼは自分の身の回りを確かめる。ドレスには埃一つついていない。髪も乱れていない。では、なぜ? と彼女は首を傾げて彼を見つめる。すると、ラザロはその大きな片手で顔を覆いながら、エリーゼにこう言った。
「……貴女が想像以上に美しくなっていたから、戸惑ってしまった」
「……まあ! 私、変わりましたか?」
エリーゼはぱあっと花咲くような笑顔をラザロに見せた。ラザロはそれを見て微笑むと、顔を上げ、彼女に歩み寄る。
「ああ、貴女は変わった。手紙を毎月もらっていた頃から思っていたよ、徐々に文も字も美しくなっていくことに。日に日に貴女が大人になっていくことを感じて、胸が弾む思いだった」
「ラザロ様……」
「おかえりなさい。エリーゼ。……抱きしめても?」
「……! はい、ラザロ様……!」
ラザロはそっと腕を伸ばしていた。
エリーゼの細い体を、まるで宝物を扱うように、その胸に抱き寄せる。蜂蜜色の髪が香り立ち、頬に触れる。ラザロは目を閉じ、その温もりを確かめるように静かに息を吐いた。
「……ああ、エリーゼ。ずっと、待っていたよ」
その声に、エリーゼの瞳が潤む。けれど、涙はこぼさなかった。彼女はもう、子どもではないのだから。ただ、そっとラザロの背に手を回し、自分からも強く、しっかりと彼を抱き返す。
「私……ラザロ様のために、頑張りました。あなたの隣に、恥ずかしくないように。……純潔のまま、誇りを持って、あなたのもとへ帰ってこられるように」
その言葉に、ラザロは一瞬、目を見開いた。
「……花は、誰がために」
ラザロは、ぽつりと、独り言のように呟く。
「この言葉の意味を、私は何度も問い続けたよ。貴女が旅立った日から、ずっと。だが今ようやく、その答えを知った気がする。……それは、誰かの誇りと愛のために咲くのだと。貴女は、私のために咲いた。……そして私は、貴女を信じて、ここで咲くのを待っていた」
春の風が吹いた。窓から入りふたりを包むその風は、庭に咲き始めた薔薇の香りを運んでくる。
白も、薄紫も、紅も。まるでエリーゼの帰還を祝福するように、庭の花たちは一斉にその蕾をほころばせていた。
エリーゼはラザロの胸の中で、そっと呟いた。
「ラザロ様。これからも、私はあなたのために咲いていたい。ずっと、あなたの花でありたい」
「……ならば私は、貴女を育む陽であり、水であろう。貴女が枯れぬように、何度でも光を注ごう。……愛をもって」
そっとふたりは身体を離す。見つめ合うその瞳には、もう迷いはなかった。
かつて子どもだった少女は、もう立派な花嫁であった。
そして、かつてただ守っていた男は、いま、彼女とともに歩む夫となる。
再び重なった視線の奥で、未来が静かに始まりを告げる。
春の空の下、純潔の花は──ようやく愛の庭に、しっかりと根を下ろしたのだった。
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