1話 契約の花嫁

「エリーゼ。何度も言うようだけれど、あなたはこの母と父の想いと、ルミエール家を背負って、あのお方に嫁ぐのですからね」
「はい! お母さま、わたし、ちゃんとわかっています」

 元気に返事をしたエリーゼに、彼女の母は微笑んだ。にっこりとした母の、目だけが笑っていなかったことに、エリーゼは気づかなかった。

「エリーゼ。教えた通り、月に一回必ず手紙を送るのだよ。自分のことだけではなく、あのお方のこともしっかり書くんだ。それが、妻の勤めだからね」
「はい! お父さま。わたし、妻になります」
「そうだ。私たちのために、あのお方の妻になりなさい」
「はいっ」

 エリーゼは大好きな両親に見せるように婚礼衣装のドレス姿でくるりと回ってみせたが、二人はこそこそと何かを囁きあっており、エリーゼのことなど既に見ていなかった。さすがにそのことには気づいたエリーゼは、あら……と小さな声を上げ、首を傾げた。

 エリーゼの生まれたルミエール家は、一言で言えば『贅沢』を何よりも好む者たちであった。食事から衣類、金銀宝石、果ては賭博まで。使用人たちには横柄に接し、高い地位にあぐらをかき、際限なく求める。そんな貴族がルミエール家だ。ラザロのことも『成り上がり』と見下してはいるが、彼の持つものを彼らは欲しいと思ったのだ。国王陛下との強い繋がりも、領地も、民も財産も。
 エリーゼもエリーゼで、美味しい食べ物と可愛らしい服が好きな少女に育ったが、彼女が美しいと思うものは高名な画家に描かせた豪奢な服を着た自分たちの絵ではなく、庭に咲く季節の花と、週に一度の祈りの日に訪れる国教の教会に差し込むやわらかな真昼の光であった。
 彼女は小さく俯き、ドレスをその小さな両手できゅっと握る。それはほんの少しの未来への不安と、たくさんの期待から自然と起こした動きだ。今よりもっと幼い頃、両親から一度だけ紹介されて顔を見ただけの年上の結婚相手。自分の夫となる人。その目の色を、エリーゼは覚えていた。

(あの色を、これからまいにち見られるのね)

 ふふっと笑みがこぼれる。彼女は、この結婚の持つ意味を知らない。これから夫となる者のことも、何も、知らない。
 しばらく話していた両親は、エリーゼの名前を呼ぶ。そして彼らと共に部屋を出たエリーゼは、弾む幼い足取りで馬車に乗り込んだ。

 太陽が真上に昇る頃、両家の領地の境付近にある教会で、ラザロとエリーゼの結婚式が始まった。
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