剥がれ落ちたあとに(三井)
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「うっわ、、、。噂は本当だった。」
あたしは目の前の男を見上げて言った。
「何だよ、、、。」
彼は何だか照れ臭そうにして、ガシガシと短くなった頭を掻く。
***
進級して三年に上がった春、三井が入院したと聞いていた。
「三井君っていたじゃん?あの人、退院したって。」
「あー、三井ね。ロン毛の。ケンカしたんでしょ?ダサ。」
友達と学校帰りに寄った駅前の商業施設でアイスを食べながら話すあたしは、高二の終わりくらいまで、三井のグループとよく遊んでいた。っていうか、ツルんでたっていうか。高校は違うけど、街で男の子のグループに声かけられて、あたしと友達とで何人かで遊んだりしてて。その中に三井がいた。三井は背が高くて、ちょいガサツなんだけど、面倒見が良くて。自分から喋って話の中心にいるより、その円の縁に座ってみんなを眺めているような感じがあった。今思えば、どこかつまらなそうで、身の置き場のない退屈に辟易していたんだと思う。でも、あいつも、私も、高校生活ってそんなもんだろうって思いながら、青春を吐き違え、慢性的な消化不良に身を寄せ合っていただけなのかもしれない。
「それがさあ、退院した後、髪の毛切ったらしいよ?」
「えぇ?!何それ。ウケる。何があった?」
「知らないよお〜。でも最近、連絡しても全然返事ないんだよねぇ。」
友達はスマホをいじりながら、不満そうにする。
「え?アンタ、三井のこと狙ってたっけ?」
私は自分の中指の禿げかけたネイルをガリガリと親指でこすりながら聞く。正直そんなに興味ない。友達はアイスをスプーンでほじくりながら言う。
「別にぃ〜。でも背が高くて、結構イケメンじゃない?仲良くしとけば誰か紹介してくれるかもって。」
「うーわ、打算的だね〜。ちゃんと恋愛してー。お願いー。」
「ちょ、セリフ棒読み。そういう名前こそ、しばらく彼氏いないじゃん?こないだの人とはどうなったの?」
「連絡くるけど軽く無視してる。ウザくない?あの人。」
「ひどーい。私だったらとりあえず連絡返すよね。名前、可愛いからって調子乗ってる!」
「何よ、あんた。誰の味方よ!?」
結局、三井の話はどこかへ消えて、話題は次から次へ移っては意味を持たない。毎日が同じことの繰り返し。いつものように友達と別れて、家に帰るためにバス停に向かう途中、正面から知った顔が歩いていた。先程、友達との話題に上がった、あの人。三井だ。えーと、うん、多分。知った顔のはずだけど、髪の毛が短い。だいぶ印象が違うので、本当に三井なのかと訝しむあたしは、立ち止まってじっと様子を伺う。熱い視線を送ってしまったためか、向こうも私に気付いた。
「名前、、、?」
「あ、やっぱり。三井?」
あまりにも印象がガラリと変わってしまっていて。あたしが呆気に取られている様子を三井も勘付いたのか、頭をガシガシと掻く。三井とは特別仲良かったわけでもないし、かといって共通の友人も多いから、無視するほど知らない仲でもなかった。だからこその微妙な距離感。そして空気感が漂う。
「元気?」
三井が聞いてきた。元気?って、、、。話題が見つからない奴がこぞって使う台詞だよ、ソレ。って笑いそうになって。そのあとに、いや、元気ってさ、あんたの方こそ入院してたんだよね?!と突っ込みたくなって、二重に吹き出した。
「何だよ、、、。」
あたしの笑いの意味が分からない(そりゃそうだ)三井は、気味が悪いものを見るかのように、おでこに皺を寄せて睨む。
「あはは。元気だよ。それよりも、何、その髪の毛!爽やかになっちゃって。」
「うっせーな。関係ねーだろ、名前には。」
さらに睨んできた。口の悪さは変わっていないようだ。
「えー、関係ないけどさあ、気になるじゃん?最近連絡しても返信ないって、あたしの友達が言ってたよ。」
「友達?ああ、、、。」
一応、心当たりはあるようだ。しかし三井は言う。
「今、そんな暇ねぇんだよ。忙しいの、オレは。じゃあな。」
そう言って、三井は私と反対方向に歩き出す。
「ねえ、どこ行くの?バス停、こっちじゃん?」
あたしは自分の進行方向のバス停を指差しながら聞いた。三井は私とすれ違い、顔だけ振り向いた。
「あ?用事あるんだよ。買い物だよ。」
「何買うの?」
「部活で使うやつ。」
は?何それ?部活?あたしは三井のことを何も知らなくて、今更だけど興味を持った。
***
「お前、全然、人の話聞かねー奴なのな。」
「ん?何が?」
三井が肩がけしていたスポーツバックが丁度良い広さと高さにあるので、隣り合って並ぶあたしはバックに腕を絡め置いて、体を預けた。よりかかんなよ、重いし、と文句を言いながらも、あたしを払いのけないところなんか、意外と人の良さが出てるなと感じた。いや、押しに弱いのか?この人。あたし達は今、スポーツ用品店にいた。
「なんでついてくるんだっつーの。」
「暇だから。なんか面白いことないかなーって。」
「名前がここにいても、つまらねーと思うぞ?」
「ねえ、なんで髪切ったの?こんな大きなバック持ってさあ。」
「だから、人の話を聞けって、、、」
本当に暇なのだからしょうがない。何か日々に変化が欲しかった。それは別にたまたまだった。友達と三井の話をしてたら、三井と会ったから。なんか面白くない?明日、友達と喋る話のネタになるかもって程度のもの。
「ホント、お前みたいに派手な女って図々しいよな。」
「うるさいよ。あんたの周りはそんな子ばっかりじゃん。」
「ははっ。まあ、気ぃ遣わなくて楽だわな。」
「いや、遣えよ。」
「怖っ。」
会話しながらも、三井は目的の買い物を済ませようと、陳列された商品に手を伸ばす。
「何に使うのそれ?」
「テーピングだよ。部活でも用意あるんだけど、手軽に自分用のやつも欲しくて。」
「三井!だーかーらーさ!何の部活やってんの。話見えないし!昔からやってたの?」
ちらっとあたしに視線を移すも、面倒くさそうに、でも答える。
「、、、、バスケ。」
「え、バスケ?、、、だって、そんなこと誰も知らないよ。こないだまでよく学校サボって遊んでたじゃん。何?髪切ったのって、それで?どうしたの、急に。」
あたしは三井に考えなしに、質問をぶつける。こういうところが図々しいと言われるのだろうか。あたしの問いに三井は黙って、知らんぷり。どうもあまり語りたくはないらしいけれど、そんなこと、あたしだって知らんぷり。
「バスケかあ。三井、背が高いもんね。何センチ?」
「、、、184。」
「ふーん。それで忙しいんだ?楽しい?」
「まあな。疲れるけど。お、これも買っとくか。」
疲れるけど、と答える三井の声のトーンは少し上がっているように聞こえた。三井はあたしの前方にある商品が欲しかったらしく、あたしの背後から手が伸びる。あたしの後頭部に三井の肩が触れた。不意の距離感が、184センチと言われた身長を唐突に、そしてリアルに感じられた。
「あ、悪ぃ。」
「、、、え、あ、うん。」
三井の低く静かな声が急に近くなり、耳元で直接響く。それだけなのにどうしてあたしは言葉に詰まったのか、分からない。分からないあたしだけが置いてけぼりをくらう。次の瞬間、三井がレジに向かうのに気付いて、慌てて後ろからついていく。三井が横にある陳列棚に目を向けた。あたしはそれを横目で認めながらも歩みを進めようとすると。
「あ、ちょっと待て待て。、、、いや、なんでオレが名前に待って、なんて言わなきゃなんねーんだ?勝手に付いてきてる奴に。」
三井は自分で自分を突っ込みながら、私を引き止める。ぶっきらぼうな物言いのくせに、思ってることがすぐ口に出ちゃうところに素直さが表れていて、苦笑するのはあたしの方だ。
「ぷっ。何?」
三井はバッシュのコーナーの前に立って、片足ずつ飾ってある棚から一足を手に取り、じっくりと品定めするかのように見つめている。
「欲しいの?」
私は近付いて、三井の顔を下から覗き込む。
「うん。」
とだけ言って、また他のバッシュを手に取る。口を結びながらも、うん、と言った三井の返事が、可愛らしい。彼の中の少年の部分を見つけた気がして、あたしの心は弾んだ。少しだけ彼の内側に踏み込んでみたくなって、聞いた。
「どれが良いとかあんの?」
「これ。かっこよくね?ここのラインが。昔っからこのメーカーのやつなんだよ、オレ。周りでは別の、あ、こっちの黒のやつな?このシリーズが流行ってたんだけどさ、オレはずっとこっち。このこだわりは譲れねーんだな。って、、、名前に言っても分かんねーだろうけど。」
「ふうん。」
饒舌な三井を見たのは初めて。いつもつまらなそうにしていた、あの頃の三井の印象が私の中ですごい速さで上書きされていくことに追い付けずに生返事となったあたし。その反応に三井はどうやら決まりが悪いと思ったのかもしれない。
「、、、お前さ、こいつ何語ってんだ、キモ、とか思っただろ。」
「思ってないってば!被害妄想どんだけだよ!ねえ、バッシュってたくさん持ってんの?」
「あー、、、、前は持ってたけど、一度全部捨てた。」
「えぇー!なんで!?これ、結構いい値段するよ?」
あたしはその辺のバッシュの値札を指して驚く。
「そうなんだよな。なんで捨てたんだろな。もう取り返しつかねえ、、、な。」
三井の言葉は多分、あたしに向かっていない。雫のようにぽとりと呟いたその言葉の跳ね返りを自分で受け止めているようだった。あら?あたし、まずい事言っちゃった?三井は笑顔だったけれど、その中に苦い色があるように見えたから、あたしはその場を取り繕うように会話を繋ぐ。
「あたしもそういうの、たくさんあるよ。」
「え?」
「元カレから貰ったものとか、プリとか手紙とか、ケンカしたり別れたりしたら全部捨てたりして。」
「なかなか激情型だな、お前、、、。」
「少し時間経つと、なんで捨てちゃったんだろーって思ったり?自分の気持ちはそんな事しても捨てられないのにね。、、、つまり、三井もそんな感じ?」
「いや、全然違ぇーよ、、、。はぁ。」
三井の嘆息は、明らかにあたしに呆れていたけれど、三井のことを受け止めるほどあたしは人が良いわけでもないし、こんなやりとりが丁度良い。
「はあー!?似たようなもんでしょ!」
「名前と一緒にすんなよ。オラ、買うもん買って帰るぞ。」
「三井が立ち止まったんじゃん!」
あたしは、レジへ進む三井のスポーツバッグ、ショルダーのストラップ部分を掴んで並び歩く。
「へいへい。ちょ、寄りかかんな。引っ張んな。重いっつってんだろが。」
「いいでしょ。三井歩くの早いもん。歩幅も全然違うし。」
「ったく、、、。」
舌打ちするも、帰りのバス停で別れるまであたしの歩幅に合わせて歩いてくれた。あたしはこの日、三井の印象について、何度も上書き保存されていくのを楽しんだ。
***
三井と会った翌日、学校であたしは友達に、三井を見た、としか報告しなかった。何故だかあの日の三井について、あたししか知らないというちょっぴりの優越感を持ちたかったのか。あるいは、三井を話題に出すことが、彼の今を軽んじてしまうのではないかという憂いから、あたしの胸の内におさめておきたかったのかもしれない。それだけ三井に対して、強い憧れと同時に引け目を感じたのだ、あたしは。だからといって、あたしと三井の関係が大きく変わるわけでもないし、あれ以来三井と会うことはなかった。
この日も友達と学校終わりでカラオケに行った帰りだった。
「ねえ、名前ちゃんじゃね?」
呼ばれて振り向くと、以前ちょっとだけ遊んで連絡先交換したけど、あんまり興味なくって無視していた男だった。
「オレずっと連絡待ってたんだよなー。なんで連絡くれないの?」
「はあ。忙しくて。」
「ね、せっかく会ったんだし、どっか行こうよ?」
「いや、もう帰るんだけど。」
「そんなこと言わないでよー。」
こういうしつこい感じと空気読めないところがウザいなって思ってんだ、分かれよ、あたしの態度で、あーもう、こいつ後でブロックしよ。相手の目を見ることもなく、じゃあね、と去ろうとしたら。
「今、一人なんだろ?いーじゃん。」
「あっ、、、きゃっ、、、!」
背後からぐいっと腕を掴まれてバランスを崩した。よろめく私を支える別の手が肩に置かれた。
「悪ぃな。こいつ、一人じゃねーんだわ。」
知った声が上から降ってくる。あたしは彼を呼ぶ。
「み、三井、、、。」
「名前、お前、何してんだよ。行くぞ。」
「あ、うん。行こ。」
あたし達が歩き出しても男はなおも食い下がろうとしてきた。
「名前ちゃん、そいつ何なの?」
「は?お前にカンケーある?」
「あ?」
「あぁ?やんのか、コラ。」
「ちっ、ウゼー、、、、、。」
男はチビだったし、睨み返す三井は背が高いし、ガッシリしているからか威圧感があった。男は舌打ちしながら、踵を返した。ウザいのはどっちだ。バーカ。って、男が遠のいていく後ろ姿に向かってあたしがブツクサ言うと、三井から軽く頭を小突かれた。痛いんですけど、、、。今度はあたしが三井を睨み返す。
***
「面倒臭そうなのに絡まれてんじゃねーよ。」
「あたし、何もしてないし。向こうが勝手に、、、。」
「はぁぁ。オレ、もうこれ以上問題起こしたらアウトなんだって。」
そう言って、三井は公園のベンチに体を預けて座る。背もたれに、胸を反らせ空を仰いだ。自販機でジュースをおごらされた。当然だろ、と三井はいじわるく言った。
「、、、あたしのことなんか無視して行けば良かったのに。」
「あ?そうした方が良かったか?」
「いや、、、それは困る。」
「だったら、まずオレに何か言うことあるだろ。」
「あ、ありがとうござ、、、ございました、、、。」
「そうだろーよ。って、何で急に敬語なんだよ。抵抗感見え見えじゃねーかよ。」
ふっ、と鼻で三井は笑って、炭酸ジュース(さっきあたしがおごった)を飲む。
「三井はあの辺で、何してたの?」
「部活帰りにラーメン食って、その帰り。たまたま。」
「、、、ラーメン。一人で?」
「今日は。普段は部活の奴らとも行ったりするけどな。」
「部活の人達と仲良いんだね。」
「仲良くねーよ!練習したら腹減るんだよ。部の奴らとは帰る時間が一緒なだけで、流れで行くだけだ、流れで。」
三井の急な出現は、あたしを大きく揺さぶった。あたしが知らなかっただけで、三井は元々明るくって、スポーツマンで、バスケが好きで、一生懸命な、フツーの男子高校生だったのかもしれない。あたしが知っていた三井じゃなくなっていることに、軽い裏切りも感じてしまっていたんだ。だから、毎日つまらなくって、夢中になれるものもない空っぽなあたしを見透かされるのが、さしてそんなあたしが、あたしの全てだと思われたくなくて、三井の前でつい意地を張りそうになる。けれど次の瞬間、そんなこと無駄なくらい、自然体で笑う三井の表情に、あたしは羨ましさと憧れが交錯して尋ねる。
「三井って、そんな顔もするんだね。」
「あ?」
「いいね。好きなものがあるって。毎日、楽しい?」
「、、、おう。」
、、、素直か!あたしもこの素直さ、見習おうかな。そしたら三井みたいになれるのかな。
「あのな、好きなものは、好きって言っといた方がいいぞ。溜め込んでたら、重たくなりすぎて言えなくなる。」
「なんで?」
「なんででも。オレはそう思うの。」
「じゃあ、好き。」
三井が、と付け加えたら嘘っぽくなると思ってやめた。
「は?いきなりすぎだろ。何が?」
「言ってみただけだよ。」
あたしは三井を真似て笑顔で答えてみた。そんなあたしを横目で見て、わけわかんねー、と笑う三井を見て胸のあたりが熱くなる。
「ねえ、三井。あたしでもシュート入れることできる?」
あたしはエアでボールを持って、空に投げるポーズをとりながら聞いた。
「やめとけ、やめとけ。あぶねーよ。」
「そんな危険スポーツだったっけ?ゴールにボール入れるんでしょ?」
「、、、名前、突き指しそーだし。」
そう言って、三井は私の手を取って、親指の腹で私の長い爪に触れる。柔らかな三井の体温も感触も指を通じてやってきた。三井の触り方はごく自然で、全然いやらしくないのに、さっき熱くなった胸が今度は指先から渡ってくるゾクゾクする感覚で敏感に反応する。
「いや、突き指どころじゃねーな。これ爪が剥げるな。あ、想像したら、うわっ、痛そ。オレそういうの無理。」
「やだ、やめてよ。痛い痛い。怖い!」
想像だけで痛みに同調する自分達が可笑しくて、一緒に笑う。
「でも、高校までかなー。こんなことをするのは。」
私は自分のキラキラした爪をまじまじと見つめながら、呟く。
「なんで?」
「あたし、短大行くつもりなの。実習とかあるし、こんなに長い爪はNGっしょ。」
「だから、なんで?」
三井は二回目は強めの口調で聞く。聞き流さないところが、ちょっとかわいい奴だなって思う。
「、、、保育園の先生になろうと思って。」
「うわ。マジか。」
「初めて言った。まだ誰にも言ってない。」
「お前、絶対、将来遊んで暮らす、とか言いそうなタイプだろ。いきなり斜め上から意外性をぶっこんでくんなよ、、、。」
「何よ、意外性って。あたし、子供好きだもん。」
「まあ、いいんじゃね?好きなことなら。」
初めて自分の未来のことを他人に伝えた。三井にとってはなんて事ない会話かもしれないけれど、あたしにとっては意味のある会話だった。肯定されると、嬉しい。謎のやる気と自信に満たされる。あたし、結構単純かも。
「さてと、帰ろ。ジュース、サンキュー。」
三井は立ち上がって、飲み干したジュースの缶をゴミ箱に捨てる。あたしは三井を呼び止める。
「三井。」
「あ?」
「ハグしよ。」
「はあ?また、そういうのぶっこんでくる、、、。」
「いいでしょ。バイバイするとき、外国の人がやるじゃん。それ。やろ。」
私は両手を広げて三井を待つ。
「アホか。」
「ヤダ〜。ホラホラ!」
あたしが強くゴリ押ししたら三井はなんだかんだ言って応じてくれる。三井ってそんな奴だと思えるくらいには、あたしも三井のこと、知ったつもりになっている。優しいんだ、三井は。嘆息と共にジャリっという、地面と三井の靴の摩擦音。三井があたしに近寄る、ふんわりとした風を感じる。ふっと、影があたしに重なり、三井は背中に回した手で、あたしの背中をポンポンと叩いた。まるで子供をあやすようなその仕草。
「あはははは。なんかウケるんだけど。」
「お前から言っといて、何だよ、、、。」
「ふふふ。サンキュー。」
「いえいえ。ユーアーウェルカム。」
あたしはクスクスと笑いながら、三井の胸元の制服の匂いを嗅ぐ。以前のようなチャラい人工的な香りはしない。
「スポーツマンの匂いがする、、、。」
「え、ちょ、汗臭い、、、?」
三井が離れようとするので、私は強く引っ張り寄せるように、三井の腰に両手を巻きつける。
「ダメ。もうちょっと。」
「おい、、、。」
「汗臭くないよ。覚えとく、三井の匂い。」
包まれる安心感。ハグって偉大だと思う。ありがとうね、三井に会えて良かった。本人を前にして言うわけないけど、そうあたしは心の中で呟いて、三井と同じように、ポンポンと彼の背中を叩いた。まるで子供をあやすように、自分自身をあやすように。
あたしは目の前の男を見上げて言った。
「何だよ、、、。」
彼は何だか照れ臭そうにして、ガシガシと短くなった頭を掻く。
***
進級して三年に上がった春、三井が入院したと聞いていた。
「三井君っていたじゃん?あの人、退院したって。」
「あー、三井ね。ロン毛の。ケンカしたんでしょ?ダサ。」
友達と学校帰りに寄った駅前の商業施設でアイスを食べながら話すあたしは、高二の終わりくらいまで、三井のグループとよく遊んでいた。っていうか、ツルんでたっていうか。高校は違うけど、街で男の子のグループに声かけられて、あたしと友達とで何人かで遊んだりしてて。その中に三井がいた。三井は背が高くて、ちょいガサツなんだけど、面倒見が良くて。自分から喋って話の中心にいるより、その円の縁に座ってみんなを眺めているような感じがあった。今思えば、どこかつまらなそうで、身の置き場のない退屈に辟易していたんだと思う。でも、あいつも、私も、高校生活ってそんなもんだろうって思いながら、青春を吐き違え、慢性的な消化不良に身を寄せ合っていただけなのかもしれない。
「それがさあ、退院した後、髪の毛切ったらしいよ?」
「えぇ?!何それ。ウケる。何があった?」
「知らないよお〜。でも最近、連絡しても全然返事ないんだよねぇ。」
友達はスマホをいじりながら、不満そうにする。
「え?アンタ、三井のこと狙ってたっけ?」
私は自分の中指の禿げかけたネイルをガリガリと親指でこすりながら聞く。正直そんなに興味ない。友達はアイスをスプーンでほじくりながら言う。
「別にぃ〜。でも背が高くて、結構イケメンじゃない?仲良くしとけば誰か紹介してくれるかもって。」
「うーわ、打算的だね〜。ちゃんと恋愛してー。お願いー。」
「ちょ、セリフ棒読み。そういう名前こそ、しばらく彼氏いないじゃん?こないだの人とはどうなったの?」
「連絡くるけど軽く無視してる。ウザくない?あの人。」
「ひどーい。私だったらとりあえず連絡返すよね。名前、可愛いからって調子乗ってる!」
「何よ、あんた。誰の味方よ!?」
結局、三井の話はどこかへ消えて、話題は次から次へ移っては意味を持たない。毎日が同じことの繰り返し。いつものように友達と別れて、家に帰るためにバス停に向かう途中、正面から知った顔が歩いていた。先程、友達との話題に上がった、あの人。三井だ。えーと、うん、多分。知った顔のはずだけど、髪の毛が短い。だいぶ印象が違うので、本当に三井なのかと訝しむあたしは、立ち止まってじっと様子を伺う。熱い視線を送ってしまったためか、向こうも私に気付いた。
「名前、、、?」
「あ、やっぱり。三井?」
あまりにも印象がガラリと変わってしまっていて。あたしが呆気に取られている様子を三井も勘付いたのか、頭をガシガシと掻く。三井とは特別仲良かったわけでもないし、かといって共通の友人も多いから、無視するほど知らない仲でもなかった。だからこその微妙な距離感。そして空気感が漂う。
「元気?」
三井が聞いてきた。元気?って、、、。話題が見つからない奴がこぞって使う台詞だよ、ソレ。って笑いそうになって。そのあとに、いや、元気ってさ、あんたの方こそ入院してたんだよね?!と突っ込みたくなって、二重に吹き出した。
「何だよ、、、。」
あたしの笑いの意味が分からない(そりゃそうだ)三井は、気味が悪いものを見るかのように、おでこに皺を寄せて睨む。
「あはは。元気だよ。それよりも、何、その髪の毛!爽やかになっちゃって。」
「うっせーな。関係ねーだろ、名前には。」
さらに睨んできた。口の悪さは変わっていないようだ。
「えー、関係ないけどさあ、気になるじゃん?最近連絡しても返信ないって、あたしの友達が言ってたよ。」
「友達?ああ、、、。」
一応、心当たりはあるようだ。しかし三井は言う。
「今、そんな暇ねぇんだよ。忙しいの、オレは。じゃあな。」
そう言って、三井は私と反対方向に歩き出す。
「ねえ、どこ行くの?バス停、こっちじゃん?」
あたしは自分の進行方向のバス停を指差しながら聞いた。三井は私とすれ違い、顔だけ振り向いた。
「あ?用事あるんだよ。買い物だよ。」
「何買うの?」
「部活で使うやつ。」
は?何それ?部活?あたしは三井のことを何も知らなくて、今更だけど興味を持った。
***
「お前、全然、人の話聞かねー奴なのな。」
「ん?何が?」
三井が肩がけしていたスポーツバックが丁度良い広さと高さにあるので、隣り合って並ぶあたしはバックに腕を絡め置いて、体を預けた。よりかかんなよ、重いし、と文句を言いながらも、あたしを払いのけないところなんか、意外と人の良さが出てるなと感じた。いや、押しに弱いのか?この人。あたし達は今、スポーツ用品店にいた。
「なんでついてくるんだっつーの。」
「暇だから。なんか面白いことないかなーって。」
「名前がここにいても、つまらねーと思うぞ?」
「ねえ、なんで髪切ったの?こんな大きなバック持ってさあ。」
「だから、人の話を聞けって、、、」
本当に暇なのだからしょうがない。何か日々に変化が欲しかった。それは別にたまたまだった。友達と三井の話をしてたら、三井と会ったから。なんか面白くない?明日、友達と喋る話のネタになるかもって程度のもの。
「ホント、お前みたいに派手な女って図々しいよな。」
「うるさいよ。あんたの周りはそんな子ばっかりじゃん。」
「ははっ。まあ、気ぃ遣わなくて楽だわな。」
「いや、遣えよ。」
「怖っ。」
会話しながらも、三井は目的の買い物を済ませようと、陳列された商品に手を伸ばす。
「何に使うのそれ?」
「テーピングだよ。部活でも用意あるんだけど、手軽に自分用のやつも欲しくて。」
「三井!だーかーらーさ!何の部活やってんの。話見えないし!昔からやってたの?」
ちらっとあたしに視線を移すも、面倒くさそうに、でも答える。
「、、、、バスケ。」
「え、バスケ?、、、だって、そんなこと誰も知らないよ。こないだまでよく学校サボって遊んでたじゃん。何?髪切ったのって、それで?どうしたの、急に。」
あたしは三井に考えなしに、質問をぶつける。こういうところが図々しいと言われるのだろうか。あたしの問いに三井は黙って、知らんぷり。どうもあまり語りたくはないらしいけれど、そんなこと、あたしだって知らんぷり。
「バスケかあ。三井、背が高いもんね。何センチ?」
「、、、184。」
「ふーん。それで忙しいんだ?楽しい?」
「まあな。疲れるけど。お、これも買っとくか。」
疲れるけど、と答える三井の声のトーンは少し上がっているように聞こえた。三井はあたしの前方にある商品が欲しかったらしく、あたしの背後から手が伸びる。あたしの後頭部に三井の肩が触れた。不意の距離感が、184センチと言われた身長を唐突に、そしてリアルに感じられた。
「あ、悪ぃ。」
「、、、え、あ、うん。」
三井の低く静かな声が急に近くなり、耳元で直接響く。それだけなのにどうしてあたしは言葉に詰まったのか、分からない。分からないあたしだけが置いてけぼりをくらう。次の瞬間、三井がレジに向かうのに気付いて、慌てて後ろからついていく。三井が横にある陳列棚に目を向けた。あたしはそれを横目で認めながらも歩みを進めようとすると。
「あ、ちょっと待て待て。、、、いや、なんでオレが名前に待って、なんて言わなきゃなんねーんだ?勝手に付いてきてる奴に。」
三井は自分で自分を突っ込みながら、私を引き止める。ぶっきらぼうな物言いのくせに、思ってることがすぐ口に出ちゃうところに素直さが表れていて、苦笑するのはあたしの方だ。
「ぷっ。何?」
三井はバッシュのコーナーの前に立って、片足ずつ飾ってある棚から一足を手に取り、じっくりと品定めするかのように見つめている。
「欲しいの?」
私は近付いて、三井の顔を下から覗き込む。
「うん。」
とだけ言って、また他のバッシュを手に取る。口を結びながらも、うん、と言った三井の返事が、可愛らしい。彼の中の少年の部分を見つけた気がして、あたしの心は弾んだ。少しだけ彼の内側に踏み込んでみたくなって、聞いた。
「どれが良いとかあんの?」
「これ。かっこよくね?ここのラインが。昔っからこのメーカーのやつなんだよ、オレ。周りでは別の、あ、こっちの黒のやつな?このシリーズが流行ってたんだけどさ、オレはずっとこっち。このこだわりは譲れねーんだな。って、、、名前に言っても分かんねーだろうけど。」
「ふうん。」
饒舌な三井を見たのは初めて。いつもつまらなそうにしていた、あの頃の三井の印象が私の中ですごい速さで上書きされていくことに追い付けずに生返事となったあたし。その反応に三井はどうやら決まりが悪いと思ったのかもしれない。
「、、、お前さ、こいつ何語ってんだ、キモ、とか思っただろ。」
「思ってないってば!被害妄想どんだけだよ!ねえ、バッシュってたくさん持ってんの?」
「あー、、、、前は持ってたけど、一度全部捨てた。」
「えぇー!なんで!?これ、結構いい値段するよ?」
あたしはその辺のバッシュの値札を指して驚く。
「そうなんだよな。なんで捨てたんだろな。もう取り返しつかねえ、、、な。」
三井の言葉は多分、あたしに向かっていない。雫のようにぽとりと呟いたその言葉の跳ね返りを自分で受け止めているようだった。あら?あたし、まずい事言っちゃった?三井は笑顔だったけれど、その中に苦い色があるように見えたから、あたしはその場を取り繕うように会話を繋ぐ。
「あたしもそういうの、たくさんあるよ。」
「え?」
「元カレから貰ったものとか、プリとか手紙とか、ケンカしたり別れたりしたら全部捨てたりして。」
「なかなか激情型だな、お前、、、。」
「少し時間経つと、なんで捨てちゃったんだろーって思ったり?自分の気持ちはそんな事しても捨てられないのにね。、、、つまり、三井もそんな感じ?」
「いや、全然違ぇーよ、、、。はぁ。」
三井の嘆息は、明らかにあたしに呆れていたけれど、三井のことを受け止めるほどあたしは人が良いわけでもないし、こんなやりとりが丁度良い。
「はあー!?似たようなもんでしょ!」
「名前と一緒にすんなよ。オラ、買うもん買って帰るぞ。」
「三井が立ち止まったんじゃん!」
あたしは、レジへ進む三井のスポーツバッグ、ショルダーのストラップ部分を掴んで並び歩く。
「へいへい。ちょ、寄りかかんな。引っ張んな。重いっつってんだろが。」
「いいでしょ。三井歩くの早いもん。歩幅も全然違うし。」
「ったく、、、。」
舌打ちするも、帰りのバス停で別れるまであたしの歩幅に合わせて歩いてくれた。あたしはこの日、三井の印象について、何度も上書き保存されていくのを楽しんだ。
***
三井と会った翌日、学校であたしは友達に、三井を見た、としか報告しなかった。何故だかあの日の三井について、あたししか知らないというちょっぴりの優越感を持ちたかったのか。あるいは、三井を話題に出すことが、彼の今を軽んじてしまうのではないかという憂いから、あたしの胸の内におさめておきたかったのかもしれない。それだけ三井に対して、強い憧れと同時に引け目を感じたのだ、あたしは。だからといって、あたしと三井の関係が大きく変わるわけでもないし、あれ以来三井と会うことはなかった。
この日も友達と学校終わりでカラオケに行った帰りだった。
「ねえ、名前ちゃんじゃね?」
呼ばれて振り向くと、以前ちょっとだけ遊んで連絡先交換したけど、あんまり興味なくって無視していた男だった。
「オレずっと連絡待ってたんだよなー。なんで連絡くれないの?」
「はあ。忙しくて。」
「ね、せっかく会ったんだし、どっか行こうよ?」
「いや、もう帰るんだけど。」
「そんなこと言わないでよー。」
こういうしつこい感じと空気読めないところがウザいなって思ってんだ、分かれよ、あたしの態度で、あーもう、こいつ後でブロックしよ。相手の目を見ることもなく、じゃあね、と去ろうとしたら。
「今、一人なんだろ?いーじゃん。」
「あっ、、、きゃっ、、、!」
背後からぐいっと腕を掴まれてバランスを崩した。よろめく私を支える別の手が肩に置かれた。
「悪ぃな。こいつ、一人じゃねーんだわ。」
知った声が上から降ってくる。あたしは彼を呼ぶ。
「み、三井、、、。」
「名前、お前、何してんだよ。行くぞ。」
「あ、うん。行こ。」
あたし達が歩き出しても男はなおも食い下がろうとしてきた。
「名前ちゃん、そいつ何なの?」
「は?お前にカンケーある?」
「あ?」
「あぁ?やんのか、コラ。」
「ちっ、ウゼー、、、、、。」
男はチビだったし、睨み返す三井は背が高いし、ガッシリしているからか威圧感があった。男は舌打ちしながら、踵を返した。ウザいのはどっちだ。バーカ。って、男が遠のいていく後ろ姿に向かってあたしがブツクサ言うと、三井から軽く頭を小突かれた。痛いんですけど、、、。今度はあたしが三井を睨み返す。
***
「面倒臭そうなのに絡まれてんじゃねーよ。」
「あたし、何もしてないし。向こうが勝手に、、、。」
「はぁぁ。オレ、もうこれ以上問題起こしたらアウトなんだって。」
そう言って、三井は公園のベンチに体を預けて座る。背もたれに、胸を反らせ空を仰いだ。自販機でジュースをおごらされた。当然だろ、と三井はいじわるく言った。
「、、、あたしのことなんか無視して行けば良かったのに。」
「あ?そうした方が良かったか?」
「いや、、、それは困る。」
「だったら、まずオレに何か言うことあるだろ。」
「あ、ありがとうござ、、、ございました、、、。」
「そうだろーよ。って、何で急に敬語なんだよ。抵抗感見え見えじゃねーかよ。」
ふっ、と鼻で三井は笑って、炭酸ジュース(さっきあたしがおごった)を飲む。
「三井はあの辺で、何してたの?」
「部活帰りにラーメン食って、その帰り。たまたま。」
「、、、ラーメン。一人で?」
「今日は。普段は部活の奴らとも行ったりするけどな。」
「部活の人達と仲良いんだね。」
「仲良くねーよ!練習したら腹減るんだよ。部の奴らとは帰る時間が一緒なだけで、流れで行くだけだ、流れで。」
三井の急な出現は、あたしを大きく揺さぶった。あたしが知らなかっただけで、三井は元々明るくって、スポーツマンで、バスケが好きで、一生懸命な、フツーの男子高校生だったのかもしれない。あたしが知っていた三井じゃなくなっていることに、軽い裏切りも感じてしまっていたんだ。だから、毎日つまらなくって、夢中になれるものもない空っぽなあたしを見透かされるのが、さしてそんなあたしが、あたしの全てだと思われたくなくて、三井の前でつい意地を張りそうになる。けれど次の瞬間、そんなこと無駄なくらい、自然体で笑う三井の表情に、あたしは羨ましさと憧れが交錯して尋ねる。
「三井って、そんな顔もするんだね。」
「あ?」
「いいね。好きなものがあるって。毎日、楽しい?」
「、、、おう。」
、、、素直か!あたしもこの素直さ、見習おうかな。そしたら三井みたいになれるのかな。
「あのな、好きなものは、好きって言っといた方がいいぞ。溜め込んでたら、重たくなりすぎて言えなくなる。」
「なんで?」
「なんででも。オレはそう思うの。」
「じゃあ、好き。」
三井が、と付け加えたら嘘っぽくなると思ってやめた。
「は?いきなりすぎだろ。何が?」
「言ってみただけだよ。」
あたしは三井を真似て笑顔で答えてみた。そんなあたしを横目で見て、わけわかんねー、と笑う三井を見て胸のあたりが熱くなる。
「ねえ、三井。あたしでもシュート入れることできる?」
あたしはエアでボールを持って、空に投げるポーズをとりながら聞いた。
「やめとけ、やめとけ。あぶねーよ。」
「そんな危険スポーツだったっけ?ゴールにボール入れるんでしょ?」
「、、、名前、突き指しそーだし。」
そう言って、三井は私の手を取って、親指の腹で私の長い爪に触れる。柔らかな三井の体温も感触も指を通じてやってきた。三井の触り方はごく自然で、全然いやらしくないのに、さっき熱くなった胸が今度は指先から渡ってくるゾクゾクする感覚で敏感に反応する。
「いや、突き指どころじゃねーな。これ爪が剥げるな。あ、想像したら、うわっ、痛そ。オレそういうの無理。」
「やだ、やめてよ。痛い痛い。怖い!」
想像だけで痛みに同調する自分達が可笑しくて、一緒に笑う。
「でも、高校までかなー。こんなことをするのは。」
私は自分のキラキラした爪をまじまじと見つめながら、呟く。
「なんで?」
「あたし、短大行くつもりなの。実習とかあるし、こんなに長い爪はNGっしょ。」
「だから、なんで?」
三井は二回目は強めの口調で聞く。聞き流さないところが、ちょっとかわいい奴だなって思う。
「、、、保育園の先生になろうと思って。」
「うわ。マジか。」
「初めて言った。まだ誰にも言ってない。」
「お前、絶対、将来遊んで暮らす、とか言いそうなタイプだろ。いきなり斜め上から意外性をぶっこんでくんなよ、、、。」
「何よ、意外性って。あたし、子供好きだもん。」
「まあ、いいんじゃね?好きなことなら。」
初めて自分の未来のことを他人に伝えた。三井にとってはなんて事ない会話かもしれないけれど、あたしにとっては意味のある会話だった。肯定されると、嬉しい。謎のやる気と自信に満たされる。あたし、結構単純かも。
「さてと、帰ろ。ジュース、サンキュー。」
三井は立ち上がって、飲み干したジュースの缶をゴミ箱に捨てる。あたしは三井を呼び止める。
「三井。」
「あ?」
「ハグしよ。」
「はあ?また、そういうのぶっこんでくる、、、。」
「いいでしょ。バイバイするとき、外国の人がやるじゃん。それ。やろ。」
私は両手を広げて三井を待つ。
「アホか。」
「ヤダ〜。ホラホラ!」
あたしが強くゴリ押ししたら三井はなんだかんだ言って応じてくれる。三井ってそんな奴だと思えるくらいには、あたしも三井のこと、知ったつもりになっている。優しいんだ、三井は。嘆息と共にジャリっという、地面と三井の靴の摩擦音。三井があたしに近寄る、ふんわりとした風を感じる。ふっと、影があたしに重なり、三井は背中に回した手で、あたしの背中をポンポンと叩いた。まるで子供をあやすようなその仕草。
「あはははは。なんかウケるんだけど。」
「お前から言っといて、何だよ、、、。」
「ふふふ。サンキュー。」
「いえいえ。ユーアーウェルカム。」
あたしはクスクスと笑いながら、三井の胸元の制服の匂いを嗅ぐ。以前のようなチャラい人工的な香りはしない。
「スポーツマンの匂いがする、、、。」
「え、ちょ、汗臭い、、、?」
三井が離れようとするので、私は強く引っ張り寄せるように、三井の腰に両手を巻きつける。
「ダメ。もうちょっと。」
「おい、、、。」
「汗臭くないよ。覚えとく、三井の匂い。」
包まれる安心感。ハグって偉大だと思う。ありがとうね、三井に会えて良かった。本人を前にして言うわけないけど、そうあたしは心の中で呟いて、三井と同じように、ポンポンと彼の背中を叩いた。まるで子供をあやすように、自分自身をあやすように。
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