覗き穴のまばたき(仙道)
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仙道の遅刻は今に始まったことじゃねーんだけどさ、その度に監督に、
「仙道はどーした!?」
って聞かれるのは俺なわけ。
***
どうも、越野です。陵南高校二年。俺、今、仙道のマンションに向かっている。今日は土曜日で、部活が朝からあるんだけど、案の定、仙道の奴、体育館に姿を見せなくて。最近は部活が始まるちょっと前に、一個下で一年の苗字っていうマネージャーの女の子に頼んで、寝ている仙道を起こしに、あいつの家に行かせていた。しかし、部活の時間に間に合わないこともしばしば。そうなると田岡監督の怒りは仙道が来るまで、俺に向かう。
「おい、越野!仙道はどーした!?遅刻かっ!」
「知らねーすよ。苗字に体育館へ来る前に仙道の家、ピンポンしろ、って頼んでます。」
「全くアイツは、、、!越野!お前も見て来い!!苗字には他に頼みたい仕事もあるんだ!苗字は、仙道専属マネージャーじゃないだろうがっ!」
「えー、、、俺っすか。」
ほら、俺、損な役回りじゃね?ただ仙道はバスケでうちの高校に来てるから、地元がこっちじゃないんだよな。だから一人暮らししていて、部活や学校以外のことも自分でやらなきゃいけない。そういう意味では、やっぱり大変なんだろう。監督もそうだし、みんなで気に掛けてやっているところはある。まあそれを差し引いてもあいつの場合、だらしないというか、マイペースすぎるというか、バイオリズムに波があるというか。俺は練習して、レギュラーの座は死守したいし、バスケがしたいわけ。なんでそんな貴重な部活の時間を使って仙道を迎えに行かねばならんのだ。やっぱりイラついてきた。寝坊はいい加減にしろ。マジで。舌打ちしながら歩いていくと、仙道のマンションが見えてくる。あいつの家は、うちの高校から目と鼻の先のところ。俺は外階段を上り、仙道の家を訪れた。ドアは開いている。先客、、、というか、マネージャーの苗字が、家の中をバタバタと歩き回っていた。
「あ、、、!越野さんが来てくれた!ホラ!仙道さん!起きてっ!起きて下さいよ、、、!」
「おっす。おつかれ。苗字、何やってんの。仙道は?」
「越野さーん、、、仙道さん、玄関のドアはあけて中に入れてはくれるんですけど、寝ぼけてて動いてくれないんですぅ、、、。」
当初、苗字には、インターホンを鳴らすだけでいい、仙道が起きたことを確認したらその足で部活に来いって伝えていた。最初の頃はそうやってうまいこと回っていたんだけど、次第に苗字が強制的に仙道を引っ張って、一緒に体育館までやって来るようになり、遅刻を回避させてくれていた。それが今や。
「越野さん!仙道さん起こしてもらっていいですか!?私、仙道さんの支度しますんで!」
「支度?え?何?どゆこと?」
俺が訳もわからずに苗字の方を見ると、苗字はベランダから洗濯物を取り込み、Tシャツを畳む。いや、ここ、仙道の家じゃん?それから、タンスからタオルやらジャージやらを取り出して、必要なものをバッグに詰め込む。いや、もう一回言うよ?ここ、仙道の家じゃん?
「苗字、めっちゃ優しいよね。」
俺が苗字のきびきびとした動きを目で追っていると、背伸びしながら仙道が後ろから声をかけてきた。
「仙道ぉ、、、。お前!さっさと起きて部活来いよ!田岡さんに俺が怒られるんだっつーの!魚住さんだっていつキレるかわかんねーぞ!?」
「ははは。ごめん。おはよう。」
なぜにこいつはにこやかに朝の挨拶なんかしているんだ。
「ってか、何で苗字がこんなことやってんだよ!仙道にやらせたらいいだろ!」
「だってぇ〜!仙道さんに任せてたら日が暮れちゃうんですもん!早く部活行って欲しいだけなんですけど!私は!」
俺らには背を向けたまま、他の洗濯物も合わせて畳んでいる。なんだよ、お前はお母さんか。
「仙道さん!早く着替えて下さいって!!!越野さん、このジャージ、上から仙道さんに着せて下さい。そのまま体育館行きましょう。」
「な、越野。この子、しっかりしてるだろ?オレは苗字無しではやっていけない気がするもん、、、。」
「お前がまず、しっかりしろや、、、!!!」
苗字から手渡された仙道のジャージを、思いっきり奴に投げつける。
「おっと、、、!急に投げるなよ。」
俺が投げつけたジャージに仙道が袖を通しているところに、今度は苗字が洗面所から戻ってくる。
「はい、仙道さん!」
苗字は仙道の口に歯ブラシを突っ込む。俺はひっくり返りそうになる。マネージャーってこんな仕事だったか!?ここまで世話されてなお、あくびなんかしている仙道に俺は情けなくなって、つい思ったことが口に出る。
「もうさ、、、お前ら付き合ってんの?夫婦?」
立っている気力もなくなって、仙道のベッド脇にしゃがむ。胡座をかいて頬杖をつきながら二人を見る。
「えー、それ面白いな。ね?苗字?」
片方は楽しそうに、しかしもう片方はそうでもないようだ。
「はぁ!?付き合ってませんよ?!」
苗字は呆れて反論しながらも、床に散乱する脱ぎ捨てられた衣服を脱衣カゴにポイポイ入れて片付けている。喋りながらでも手は動く。ホントよく出来たマネージャー、、、いや、良い子だよ。仙道はそんな苗字を見て、目を細めながら言う。
「うちの家に来てくれる女子は苗字だけなんだけどなあ。」
「仙道さんが寝坊しないように、です!実際、もう遅刻してますけど!ねぇ、早くして下さいよ!」
全否定されてんじゃねーか、仙道よ。ちょっと吹き出した。仙道はわざとらしく落胆したように見せているけど、内心、結構凹んでるな、コレは。苗字のこと、部活中も話し掛けたりしてるし、気に入ってること、俺、知ってるよ?
苗字は、仙道を急かしつつ、散らばっている雑誌やDVDなんかも整頓を始める。俺も仙道を急かす。
「ほら、早くしろよー。もう俺、体育館戻りてーし。」
「はいはい。行く行く。悪ぃ。」
「苗字もそこまでしてやる必要ないってば。」
「ついでです。ついで!いつ来ても散らかってるんだもん、仙道さんの家。」
洗面所でのうがいの後、戻ってきた仙道の、ジャージのジッパーを締める手が途中で止まる。そして一言。
「あ、やべ。」
仙道の視線の先を俺も追うと、苗字が無言で雑誌をトントンっと揃えてテーブルに置く。その上にさらにDVDをトントンっと揃えて重ね置く。某有名AV女優のあからさますぎるパッケージ。おいおい、なんで床にこんなもんばら撒いてんだよ。隠しとけ。
「おい〜、、、!せ、ん、ど、う〜、、、!」
仙道は額に手を当てて、しまったという顔で俺に合図を送り、俺はがくりと肩を落とした。普段なら手に取って、エロ本だってパラパラめくりたいところだけれども、苗字の手前、健全な男子高校生二人は気まずそうに、苗字の反応を伺うことしかできない。何も言えずにただただ苗字の言葉を待つ。すげー恥ずかしい。俺のじゃないのに。アホ仙道。
「あ、大丈夫ですよ。うち、お兄ちゃん二人いるんで、こういうの見慣れていますから。」
苗字は笑顔で、テーブルの角と雑誌の角を几帳面に合わせ揃えて、その上にテレビのリモコンを置いて、よし!と言って立ち上がった。
「いや、よし!じゃねーって!逆に笑えてくるわ!堂々としすぎ!」
「オレ、実家でよくコレ、母親にやられてたわー。勝手に部屋片付けられて、エロ本をこれみよがしに机の上に置かれるやつ。、、、今、何とも言えない気分だ。」
仙道、それは俺も経験あるけどよ、、、ただ後輩にそんなこと、されたくはねぇわ。そんな俺ら二人を見て、あははと笑顔で明るく笑い飛ばす苗字。この子といると、なんでも許して受け止めてくれそうな懐の深さを感じるよな。あー、仙道が好きそうなタイプだ。もしかして、こいつ、苗字と二人になりたくて、毎回わざと寝坊してんじゃね?悪いけど、俺は仙道に協力してやるほど友情に厚い人間じゃねーからな。普通に仙道よりも後輩の苗字の方がかわいいし。っていうか、俺、早く練習行きたいんだよ!
「色々ごめんな、苗字。俺が最初に頼んだりしたからだよな。もうこんなことやらなくていいよ。そして仙道、お前も苗字に甘えるな。」
「え。やだな、それは。」
あまり人の意見を否定せずにその場の流れに身を任せるような奴が珍しく反論する。お前、結構苗字のこと本気?とはいえ俺、お前に優しくはないぞ。
「苗字はバスケ部のマネージャーだろ。お前のマネージャーじゃないし、彼女でもないし、お母さんでもないんだよ。そこんとこ間違えんなよ。」
「えー。」
「えー、じゃねえ!!」
「あの、越野さん、来てくれたし、先に部活行っちゃっていいですか?私、監督とキャプテンに頼まれてることあるので。」
「おー、行け行け。俺らもすぐ行く。」
仙道のジャージの襟を掴んで俺も立ち上がる。ペコリ、と頭を下げる苗字。玄関で靴を履いて、さあ行こうとしているところに、仙道が声をかける。まだ苗字の邪魔をするのか、お前は。
「ねえ、苗字、オレ、甘えすぎてた〜?」
苗字は、振り返って仙道に笑いかける。
「仙道さんも、そういうこと気にするんですね。」
「だって越野が、、、」
「なんで俺のせいにするんだ、よ、、、っ!」
俺は仙道に小さくローキックを入れる。
「痛っ。ちょっと、苗字、オレ、怪我した。今日部活ムリ。」
「あはは。仙道さん。救急箱、体育館にあるんです。体育館に来てくれたら手当てしますから、そこでなら甘えてもらってもいいですよ。」
可愛いこと言うよなあ。話を間に受けないで冗談で流す感じも。でもちゃんと面倒見てくれる感じも。年下なのになあ。同じことをきっと隣で仙道は俺の以上に感じてるはずだ。では、と言って外からドアを閉めかけている苗字に、仙道は気持ちが膨れ上がる。
「苗字!ほんっとにお前のこと大好きだから!」
「あ、それはどうもありがとうございまーす!真面目に遅刻しないで部活に来てくれたら私も好きですよー。じゃ、お先です!」
ガチャリ。とドアの閉まる音が響く。とても冷たく。とても乾燥した音だった。完全にドアが閉まった後、苗字に軽く受け流された仙道と二人きりになったことを互いに認め合い、ようやく俺はぎゃっはっは!と仙道を指差して笑った。同情も少しだけしてやろう。
「仙道。今の、苗字に全っ然、響いてないな。」
「それを言うなよ。はぁぁ〜。部活行きたくない。」
とため息混じりに、仙道は荷物を肩に担ぐ。なんだかんだ言って、好きな子には目の前にいて欲しいし、喋りたいし、触れたいし、気持ちが伝われと、テレパシーでも何でも送りたい。仙道の足は向かう。苗字がいる体育館に。
あ、そうだ、と思い出したように仙道はテーブルを指差して言う。
「なあ、この女優、苗字に似てない?」
「、、、、思ってたよ、さっき見た時から。目元とか。」
「だろ?最近のお気に入りで。」
「、、、借りてっていい?」
俺はDVDを手に取り、パッケージの裏を何気なく見ながら聞いた。
「やめて。俺の苗字だから、それ。」
「だからお前のじゃねーし。仙道、お前、よっぽどだな。」
「うん。ハマってる。」
どっちに?なんて聞くのもアホらしいくらい、仙道は爽やかに笑いかけてくる。やってることも言ってることも爽やかではないくせに。そんな矛盾もどこ吹く風。
「まあ、せいぜい頑張って下さい。」
「あれ?応援してくれないの?越野君。」
仙道が家に鍵をかけて、二人で階段を降りながら会話を続ける。体育館に着いたら、仙道は監督にまずは怒られるだろう。魚住さんからも注意を受けるだろう。それから俺は、部活中に苗字を意識する仙道を嫌でも目にするのだろう。
「興味ないっす。」
「冷たいなあ。」
「オラ、走って行くぞ。」
「はいはい。さぁ、行こーか。」
仙道の飄々とした態度を崩してやりたくなった。学校に向かって走りながら言う。
「そういえば知ってた?苗字って、部活終わったら植草と一緒に帰ってるぞ?最近、自主練付き合ってやってんだって。帰りの方向、途中まであいつら一緒じゃん?」
「、、、え。それマジ?」
「今の季節、夕方は暗くなるの早いしなあ。」
「いつから?もう少し詳しく。」
「さあね!」
「あ、おい、越野っ。」
俺は仙道を置き去りにしてダッシュする。後ろから仙道が追いかけてくる。このスピードだと、先に行った苗字に追いつけるかもしれないな、と思いつつ。
「仙道はどーした!?」
って聞かれるのは俺なわけ。
***
どうも、越野です。陵南高校二年。俺、今、仙道のマンションに向かっている。今日は土曜日で、部活が朝からあるんだけど、案の定、仙道の奴、体育館に姿を見せなくて。最近は部活が始まるちょっと前に、一個下で一年の苗字っていうマネージャーの女の子に頼んで、寝ている仙道を起こしに、あいつの家に行かせていた。しかし、部活の時間に間に合わないこともしばしば。そうなると田岡監督の怒りは仙道が来るまで、俺に向かう。
「おい、越野!仙道はどーした!?遅刻かっ!」
「知らねーすよ。苗字に体育館へ来る前に仙道の家、ピンポンしろ、って頼んでます。」
「全くアイツは、、、!越野!お前も見て来い!!苗字には他に頼みたい仕事もあるんだ!苗字は、仙道専属マネージャーじゃないだろうがっ!」
「えー、、、俺っすか。」
ほら、俺、損な役回りじゃね?ただ仙道はバスケでうちの高校に来てるから、地元がこっちじゃないんだよな。だから一人暮らししていて、部活や学校以外のことも自分でやらなきゃいけない。そういう意味では、やっぱり大変なんだろう。監督もそうだし、みんなで気に掛けてやっているところはある。まあそれを差し引いてもあいつの場合、だらしないというか、マイペースすぎるというか、バイオリズムに波があるというか。俺は練習して、レギュラーの座は死守したいし、バスケがしたいわけ。なんでそんな貴重な部活の時間を使って仙道を迎えに行かねばならんのだ。やっぱりイラついてきた。寝坊はいい加減にしろ。マジで。舌打ちしながら歩いていくと、仙道のマンションが見えてくる。あいつの家は、うちの高校から目と鼻の先のところ。俺は外階段を上り、仙道の家を訪れた。ドアは開いている。先客、、、というか、マネージャーの苗字が、家の中をバタバタと歩き回っていた。
「あ、、、!越野さんが来てくれた!ホラ!仙道さん!起きてっ!起きて下さいよ、、、!」
「おっす。おつかれ。苗字、何やってんの。仙道は?」
「越野さーん、、、仙道さん、玄関のドアはあけて中に入れてはくれるんですけど、寝ぼけてて動いてくれないんですぅ、、、。」
当初、苗字には、インターホンを鳴らすだけでいい、仙道が起きたことを確認したらその足で部活に来いって伝えていた。最初の頃はそうやってうまいこと回っていたんだけど、次第に苗字が強制的に仙道を引っ張って、一緒に体育館までやって来るようになり、遅刻を回避させてくれていた。それが今や。
「越野さん!仙道さん起こしてもらっていいですか!?私、仙道さんの支度しますんで!」
「支度?え?何?どゆこと?」
俺が訳もわからずに苗字の方を見ると、苗字はベランダから洗濯物を取り込み、Tシャツを畳む。いや、ここ、仙道の家じゃん?それから、タンスからタオルやらジャージやらを取り出して、必要なものをバッグに詰め込む。いや、もう一回言うよ?ここ、仙道の家じゃん?
「苗字、めっちゃ優しいよね。」
俺が苗字のきびきびとした動きを目で追っていると、背伸びしながら仙道が後ろから声をかけてきた。
「仙道ぉ、、、。お前!さっさと起きて部活来いよ!田岡さんに俺が怒られるんだっつーの!魚住さんだっていつキレるかわかんねーぞ!?」
「ははは。ごめん。おはよう。」
なぜにこいつはにこやかに朝の挨拶なんかしているんだ。
「ってか、何で苗字がこんなことやってんだよ!仙道にやらせたらいいだろ!」
「だってぇ〜!仙道さんに任せてたら日が暮れちゃうんですもん!早く部活行って欲しいだけなんですけど!私は!」
俺らには背を向けたまま、他の洗濯物も合わせて畳んでいる。なんだよ、お前はお母さんか。
「仙道さん!早く着替えて下さいって!!!越野さん、このジャージ、上から仙道さんに着せて下さい。そのまま体育館行きましょう。」
「な、越野。この子、しっかりしてるだろ?オレは苗字無しではやっていけない気がするもん、、、。」
「お前がまず、しっかりしろや、、、!!!」
苗字から手渡された仙道のジャージを、思いっきり奴に投げつける。
「おっと、、、!急に投げるなよ。」
俺が投げつけたジャージに仙道が袖を通しているところに、今度は苗字が洗面所から戻ってくる。
「はい、仙道さん!」
苗字は仙道の口に歯ブラシを突っ込む。俺はひっくり返りそうになる。マネージャーってこんな仕事だったか!?ここまで世話されてなお、あくびなんかしている仙道に俺は情けなくなって、つい思ったことが口に出る。
「もうさ、、、お前ら付き合ってんの?夫婦?」
立っている気力もなくなって、仙道のベッド脇にしゃがむ。胡座をかいて頬杖をつきながら二人を見る。
「えー、それ面白いな。ね?苗字?」
片方は楽しそうに、しかしもう片方はそうでもないようだ。
「はぁ!?付き合ってませんよ?!」
苗字は呆れて反論しながらも、床に散乱する脱ぎ捨てられた衣服を脱衣カゴにポイポイ入れて片付けている。喋りながらでも手は動く。ホントよく出来たマネージャー、、、いや、良い子だよ。仙道はそんな苗字を見て、目を細めながら言う。
「うちの家に来てくれる女子は苗字だけなんだけどなあ。」
「仙道さんが寝坊しないように、です!実際、もう遅刻してますけど!ねぇ、早くして下さいよ!」
全否定されてんじゃねーか、仙道よ。ちょっと吹き出した。仙道はわざとらしく落胆したように見せているけど、内心、結構凹んでるな、コレは。苗字のこと、部活中も話し掛けたりしてるし、気に入ってること、俺、知ってるよ?
苗字は、仙道を急かしつつ、散らばっている雑誌やDVDなんかも整頓を始める。俺も仙道を急かす。
「ほら、早くしろよー。もう俺、体育館戻りてーし。」
「はいはい。行く行く。悪ぃ。」
「苗字もそこまでしてやる必要ないってば。」
「ついでです。ついで!いつ来ても散らかってるんだもん、仙道さんの家。」
洗面所でのうがいの後、戻ってきた仙道の、ジャージのジッパーを締める手が途中で止まる。そして一言。
「あ、やべ。」
仙道の視線の先を俺も追うと、苗字が無言で雑誌をトントンっと揃えてテーブルに置く。その上にさらにDVDをトントンっと揃えて重ね置く。某有名AV女優のあからさますぎるパッケージ。おいおい、なんで床にこんなもんばら撒いてんだよ。隠しとけ。
「おい〜、、、!せ、ん、ど、う〜、、、!」
仙道は額に手を当てて、しまったという顔で俺に合図を送り、俺はがくりと肩を落とした。普段なら手に取って、エロ本だってパラパラめくりたいところだけれども、苗字の手前、健全な男子高校生二人は気まずそうに、苗字の反応を伺うことしかできない。何も言えずにただただ苗字の言葉を待つ。すげー恥ずかしい。俺のじゃないのに。アホ仙道。
「あ、大丈夫ですよ。うち、お兄ちゃん二人いるんで、こういうの見慣れていますから。」
苗字は笑顔で、テーブルの角と雑誌の角を几帳面に合わせ揃えて、その上にテレビのリモコンを置いて、よし!と言って立ち上がった。
「いや、よし!じゃねーって!逆に笑えてくるわ!堂々としすぎ!」
「オレ、実家でよくコレ、母親にやられてたわー。勝手に部屋片付けられて、エロ本をこれみよがしに机の上に置かれるやつ。、、、今、何とも言えない気分だ。」
仙道、それは俺も経験あるけどよ、、、ただ後輩にそんなこと、されたくはねぇわ。そんな俺ら二人を見て、あははと笑顔で明るく笑い飛ばす苗字。この子といると、なんでも許して受け止めてくれそうな懐の深さを感じるよな。あー、仙道が好きそうなタイプだ。もしかして、こいつ、苗字と二人になりたくて、毎回わざと寝坊してんじゃね?悪いけど、俺は仙道に協力してやるほど友情に厚い人間じゃねーからな。普通に仙道よりも後輩の苗字の方がかわいいし。っていうか、俺、早く練習行きたいんだよ!
「色々ごめんな、苗字。俺が最初に頼んだりしたからだよな。もうこんなことやらなくていいよ。そして仙道、お前も苗字に甘えるな。」
「え。やだな、それは。」
あまり人の意見を否定せずにその場の流れに身を任せるような奴が珍しく反論する。お前、結構苗字のこと本気?とはいえ俺、お前に優しくはないぞ。
「苗字はバスケ部のマネージャーだろ。お前のマネージャーじゃないし、彼女でもないし、お母さんでもないんだよ。そこんとこ間違えんなよ。」
「えー。」
「えー、じゃねえ!!」
「あの、越野さん、来てくれたし、先に部活行っちゃっていいですか?私、監督とキャプテンに頼まれてることあるので。」
「おー、行け行け。俺らもすぐ行く。」
仙道のジャージの襟を掴んで俺も立ち上がる。ペコリ、と頭を下げる苗字。玄関で靴を履いて、さあ行こうとしているところに、仙道が声をかける。まだ苗字の邪魔をするのか、お前は。
「ねえ、苗字、オレ、甘えすぎてた〜?」
苗字は、振り返って仙道に笑いかける。
「仙道さんも、そういうこと気にするんですね。」
「だって越野が、、、」
「なんで俺のせいにするんだ、よ、、、っ!」
俺は仙道に小さくローキックを入れる。
「痛っ。ちょっと、苗字、オレ、怪我した。今日部活ムリ。」
「あはは。仙道さん。救急箱、体育館にあるんです。体育館に来てくれたら手当てしますから、そこでなら甘えてもらってもいいですよ。」
可愛いこと言うよなあ。話を間に受けないで冗談で流す感じも。でもちゃんと面倒見てくれる感じも。年下なのになあ。同じことをきっと隣で仙道は俺の以上に感じてるはずだ。では、と言って外からドアを閉めかけている苗字に、仙道は気持ちが膨れ上がる。
「苗字!ほんっとにお前のこと大好きだから!」
「あ、それはどうもありがとうございまーす!真面目に遅刻しないで部活に来てくれたら私も好きですよー。じゃ、お先です!」
ガチャリ。とドアの閉まる音が響く。とても冷たく。とても乾燥した音だった。完全にドアが閉まった後、苗字に軽く受け流された仙道と二人きりになったことを互いに認め合い、ようやく俺はぎゃっはっは!と仙道を指差して笑った。同情も少しだけしてやろう。
「仙道。今の、苗字に全っ然、響いてないな。」
「それを言うなよ。はぁぁ〜。部活行きたくない。」
とため息混じりに、仙道は荷物を肩に担ぐ。なんだかんだ言って、好きな子には目の前にいて欲しいし、喋りたいし、触れたいし、気持ちが伝われと、テレパシーでも何でも送りたい。仙道の足は向かう。苗字がいる体育館に。
あ、そうだ、と思い出したように仙道はテーブルを指差して言う。
「なあ、この女優、苗字に似てない?」
「、、、、思ってたよ、さっき見た時から。目元とか。」
「だろ?最近のお気に入りで。」
「、、、借りてっていい?」
俺はDVDを手に取り、パッケージの裏を何気なく見ながら聞いた。
「やめて。俺の苗字だから、それ。」
「だからお前のじゃねーし。仙道、お前、よっぽどだな。」
「うん。ハマってる。」
どっちに?なんて聞くのもアホらしいくらい、仙道は爽やかに笑いかけてくる。やってることも言ってることも爽やかではないくせに。そんな矛盾もどこ吹く風。
「まあ、せいぜい頑張って下さい。」
「あれ?応援してくれないの?越野君。」
仙道が家に鍵をかけて、二人で階段を降りながら会話を続ける。体育館に着いたら、仙道は監督にまずは怒られるだろう。魚住さんからも注意を受けるだろう。それから俺は、部活中に苗字を意識する仙道を嫌でも目にするのだろう。
「興味ないっす。」
「冷たいなあ。」
「オラ、走って行くぞ。」
「はいはい。さぁ、行こーか。」
仙道の飄々とした態度を崩してやりたくなった。学校に向かって走りながら言う。
「そういえば知ってた?苗字って、部活終わったら植草と一緒に帰ってるぞ?最近、自主練付き合ってやってんだって。帰りの方向、途中まであいつら一緒じゃん?」
「、、、え。それマジ?」
「今の季節、夕方は暗くなるの早いしなあ。」
「いつから?もう少し詳しく。」
「さあね!」
「あ、おい、越野っ。」
俺は仙道を置き去りにしてダッシュする。後ろから仙道が追いかけてくる。このスピードだと、先に行った苗字に追いつけるかもしれないな、と思いつつ。
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