きみに妬かれる(水戸)
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放課後を持て余している。部活を引退してすることがなくなった私は、少し前から屋上がお気に入りの場所になっていて、放課後はそこで時間を潰している。今日もまた、私は屋上へ駆け上がる。
「あ!洋平君だ〜。」
「名前先輩、久しぶりじゃん。」
屋上に通うようになって、唯一知り合いができた。一つ下の二年生。水戸洋平君。バイトがある日は、バイトまでの時間をここで潰しているらしく、結構な頻度で顔を合わせるものだから、会話を交わすようになった。真面目な子ではないけれど、他人に対して攻撃的でもないし、否定的でもなく、ニュートラルな物の見方をするところに興味を持った。
「洋平君、最近バイト入れてないの?一週間くらい来てなかったよね?」
「んー、バイトは入ってんだけど、他にも色々とプライベートが忙しくてさ。」
プライベート、と言われて、洋平君の彼女のことを連想した。知り合った当初、彼女がいると聞いていた。私、あの頃は根掘り葉掘り興味本位で聞けたんだけどなあ。洋平君のことを知れば知るほど臆病になる自分がいる。何も知らない洋平君の彼女について、考える。今は怖くて聞けない。私が洋平君に惹かれているから。傷付かないように会話をしたいのに、受け取る言葉の一つ一つが、押し潰されるように重く感じてしまう。
「いいな、忙しくて。私、暇すぎて死にそう。」
「勉強したら?受験生なんだろ?」
「やらなきゃいけないことと、やりたいことは必ずしも一致しないの。」
「確かに。」
洋平君と私はいつもの定位置。屋上に上がったすぐ真横、コンクリートの壁を背にして並んで座る。青く澄んだ空を見上げる。放課後の風がスカートをめくりあげようと吹く。
「わ。今日、風強くない?」
「名前先輩、ちょっとソコ立って。」
洋平君は、トントンっと箱を叩いて一本を取り出す。ライターを持つ手で指図して、私を風上へと移動させる。おしりの砂を払って、洋平君の目の前に立った。
「えー?私、壁扱い?」
「火ぃ、消えちゃう。早く。」
「手元でシュッと、ボッと、サッとやればいいでしょ。」
「言い方、雑〜。」
「早くしてよ〜。スカートめくれそう。ほんと風強っ。」
「めくれろ。そして、パンツ見えろ。」
「言い方、雑〜!」
いつもこんな調子で二人でゲラゲラ笑い合うのが好き。こんなことの繰り返しがどんどん好きを膨らましていく。
「だんだん寒くなっていくな。来月までかなー、屋上に上がるのも。」
洋平君がフーっと長く息を吐き出しながら言った一言は、やはり私には重たい。私が膨らませていく気持ちは、いつか風船のように飛んでいけるかな。いや、その前に割れちゃうかな。
「タバコって美味しいの?」
「口寂しい時に吸いたくなるだけで、美味いかどうかは別なんじゃねーかな。でもなんか落ち着くっていうか。少なくともオレは。」
「ふーん。ね、私も吸ってみたい。」
「はぁ?」
「最近思うんだよね。私、部活ばっかりしてたからさ、時間の使い方知らないっていうかさ、何が楽しいのか、面白いのか、みんなより知らないこと多すぎる気がするんだよね。だから、知らないこと、やったことないこと、色々経験してみようって。百聞は一見にしかずって言うじゃん。それって、良いことだと思わない?」
「タバコ吸うのが良い事か?」
「いいじゃん、二年の水戸君は吸ってて、なんで三年の私は吸えないのよ。」
「出たよ、体育会系のノリ。学年上の方が偉いとかねーからな。」
「分かってるよ。何ムキになってんの。小学生か。」
洋平君は、反抗的に私の顔に白い煙をフっと吹きかけた。
「うわっぷ!ケムい!ぎゃー!やめてよ!」
「へっへっへ!」
目の前の煙を手で散らしながら、迷惑そうな顔をした私に洋平君はいたずらっぽく笑う。
「ふかすだけにしときなよ。」
「ふかすって?」
「タバコ吸うじゃん?んで、煙を肺に入れないですぐ吐き出して。ホラ。咥えてみ?」
そうやって、洋平君は自分が咥えていたタバコを私の口にあてがう。洋平君が私の方へ体を寄せる。洋平君の指が私の口元に近付く。彼の指先から薫るタバコの匂いがスン、と私の鼻先をくすぐる。
「いいよ、吸って。」
「え、このまま?いいの?」
「うん。」
洋平君がタバコを持ったまま、私は恐る恐る口付ける。吸った煙を飲み込まないで、言われた通りゆっくりと吐き出す。白い煙がゆらゆら揺れる。隣にいる洋平君はさきほど私に近付いたまま、そのままの距離を保っていた。二人の肩は触れ合っているのだ。
「、、、よくわかんない。美味しくは、ないかな。」
「そうそう、それでいいって。」
そう言いながら私から取り上げたタバコを吸う。今度は私と逆の方を向いて、煙を吐き出す。洋平君は離れようとしなかった。私はこの距離に戸惑いを感じてしまっている。身体は石のように固まって動かないのに、心臓だけがやたらと早く響いてドクンドクンと体中を、駆け巡っている。
「洋平君は女の子には吸って欲しくないタイプってこと?」
「いや、そんなことねーよ。吸いたきゃ吸えばいいじゃん。でも、、、」
「でも?」
「好きな子には吸って欲しくないかな。」
洋平君は手元のタバコを地面に押し付けて火を消した。その様子をまじまじと見ながら、私の恋心もこうやって押し潰されたように思えた。触れ合う肩がチリチリと焼けるように痛い。それでも会話は続く。
「そういうもん?」
「うん。だって、タバコの味になるもん。」
「?」
意味が分からなくて、洋平君の方を向いた。洋平君の顔は思ったより近くて、それにさらに固まってしまって目が反らせなくなった。
「そんな、至近距離でガン見するなよ、恥ずかし。」
ふっと笑って、短めのキスがやってきた。ふわっと、タバコの苦い香りがした。
「あ、オレも吸ってるから味、分かんねーや。ははは。」
なんでキスされたんだろう。洋平君、彼女いたよね?彼女がいてもキスって出来るのかな。理由が欲しい。でもその理由は多分、私が望むものじゃないのかもしれないと思うと、怖くて聞けない。触れ合う肩から拒絶は聞こえない。ならばもっとキスされたいと思う私。潔癖でなくてもいいと思った。
「飴、舐めよっか。味変わるかな。」
持っていた飴を口に含んだ。コロコロと舌先で転がしながら、ああ今の台詞、めっちゃキスされたいみたいじゃん、と急激に恥ずかしくなった。
「オレもちょーだいよ。」
「これ、最後の一個。」
「それでいーって。」
洋平君は再び顔を傾けて近づくと、舌先で私の唇をノックした。その合図に応じると、口を割って入る舌が飴をすくい取って離れた。えええっ、嘘っ!?あまりの衝撃に体操座りした両膝に顔を埋めて、言った。
「洋平君、それはエロい、、、。」
「ははは。」
それでも私は、「どうして?」この四文字が声に出せない。こんなに私は臆病だったのかと思うと情けなくなった。そんな私の頭の中など知る由もない洋平君は、飴を舐めながら雑談し始める。私は平静を装うことに必死だ。
「オレ、飴って最後まで舐めきれないで、噛んじまうんだよな。」
「そういうのって堪え性がない人なんだってよ、洋平君。」
「ああー、わかるかも。」
そうしてガリ、ボリ、と隣で音がする。言ったそばからコレなんだもん。吹き出しながら言った。
「ふふっ。ホント、全然駄目だね。」
「あと少しで達成出来そうだったり、欲しいもんが手に入りそうな時って、一番忍耐力試されるじゃん。オレ、そういうの耐えられないし、駄目なんだよなー。あ、飴、なくなった。」
ホラ、見て、と洋平君が舌を出した。同時に深いキスもやってくる。んんんっ、、、!リアルなリップ音と共に、舌の侵入が始まる。口内で、何度も何度も唇と舌同士が交錯すると、二人の間に境界線がなくなるような感覚に陥る。チャプチャプと唾液が混ざる水音に潜っては、都度息継ぎをするために、離れる。
「ほら、な?我慢できねーの、オレ。」
と、息継ぎの合間に言った、洋平君の少し焦燥を感じさせる声色と言葉に、更に私の脳内は刺激されて興奮する。ああ、これ、ヤバい。
「んっ。はぁ、、、ふうっ、、、。」
奥まで洋平君の舌が入ってきたとき、ザラリとした感触とタバコの苦味で彼を覚える。ジュルっと唾液を吸った後に、コクリと小さく喉が鳴る。そして私の下唇をゆっくりと食む。これを角度を変えて何度もやられると、だんだんと思考が麻痺してきて、もうどうでもよくなるってくる。惚けた感想がだらしなく漏れ出る。
「気、持ちぃ、、、。何これ。」
「ふっ。」
洋平君は鼻を鳴らすけれど、満足そうに口角が上がるのを私は見逃さなかった。目の前のコトに夢中になってしまってしばらく。どちらからともなく浅いキスを何度か繰り返し、離れがたくも終息に向かう。私は上唇を舐める。二人共、熱を冷ますように大きく深呼吸をした。洋平君は両腕を私の肩に乗せ、おでこを突き合わせて聞いてきた。
「、、、なんで?」
なんで?って、何が?キスをしたこと?それは私が聞きたいよ。どうして洋平君は簡単に聞けるのだろう。思うように言葉が出てこなくて、悲しくて、悔しくて、でも好きだから、嫌いにならないで欲しいから、怖い。とにかく頭で考えることが一つも伝えられなくて、涙ぐんで、鼻をすすった。
「もう、やだぁ、、、、。」
「なんで泣くんだよ。ごめんって。」
「洋平君、何考えてるか分かんないんだってば。」
「、、、それ、よく言われる。ごめんな。」
「すぐ謝る、、、。」
「それも言われる。」
このまま今日のことも謝られて終わってしまうんだ、きっと。切なくなっているくせに、つい会話を引き延ばそうとしてしまう自分が浅ましい。
「、、、言われるって誰によ?彼女?」
「元カノ。」
「え?」
「、、、になった。めっちゃ謝り倒して、こないだ別れた。」
「いつ?」
「一カ月前くらい。先週までちょっとゴタついてたけど。」
「それ、初耳なんですけど。」
「うん。」
短いやりとりの中に疑問ばかり湧いてくる。洋平君が何考えているかさっぱりで、二の句が継げない。洋平君は私から離れて元の二人の距離に戻る。壁にもたれて並んで座る。二人で屋上の空を見上げながら、洋平君が聞く。
「キス、嫌だった?」
私はフルフルと首を振る。
「じゃ、もう泣かないでよ。」
私はコクンと頷く。
「名前先輩、オレのこと好きだよな?」
縦にも横にも首を振らない。それを分かって洋平君は続ける。
「嫌い、、、じゃないよな?迷ってる?なあ、オレ、待つのがつらいタイプなんだって。」
「じゃあ、別れたって先に言ってよ。なんで、、、。」
「やだよ。別れたから付き合ってって?ダセーじゃん。言えねーよ、そんなこと。」
「だからって、、、普通、キスしたりしない。」
「名前先輩だってノリノリだっ、、、、、ごめん、睨むなって。」
調子に乗る洋平君をじろっと睨んで、笑った。やはり、洋平君とはバカみたいな話で笑い合っている方がいい。私も調子に乗ってやることにした。
「でも、洋平君とのキス、めちゃくちゃ気持ち良い。好き。」
「キスだけ?オレのことは?ね、ちゃんと言ってくれる?」
「なんで私に言わせんのよ。もう!ムカつくくらい好きだよ、バカ!」
「ごめん、オレもすげー好き。」
「、、、なんで謝るのよ?」
「たはは。」
そしてもう一度キスをする。
「あ!洋平君だ〜。」
「名前先輩、久しぶりじゃん。」
屋上に通うようになって、唯一知り合いができた。一つ下の二年生。水戸洋平君。バイトがある日は、バイトまでの時間をここで潰しているらしく、結構な頻度で顔を合わせるものだから、会話を交わすようになった。真面目な子ではないけれど、他人に対して攻撃的でもないし、否定的でもなく、ニュートラルな物の見方をするところに興味を持った。
「洋平君、最近バイト入れてないの?一週間くらい来てなかったよね?」
「んー、バイトは入ってんだけど、他にも色々とプライベートが忙しくてさ。」
プライベート、と言われて、洋平君の彼女のことを連想した。知り合った当初、彼女がいると聞いていた。私、あの頃は根掘り葉掘り興味本位で聞けたんだけどなあ。洋平君のことを知れば知るほど臆病になる自分がいる。何も知らない洋平君の彼女について、考える。今は怖くて聞けない。私が洋平君に惹かれているから。傷付かないように会話をしたいのに、受け取る言葉の一つ一つが、押し潰されるように重く感じてしまう。
「いいな、忙しくて。私、暇すぎて死にそう。」
「勉強したら?受験生なんだろ?」
「やらなきゃいけないことと、やりたいことは必ずしも一致しないの。」
「確かに。」
洋平君と私はいつもの定位置。屋上に上がったすぐ真横、コンクリートの壁を背にして並んで座る。青く澄んだ空を見上げる。放課後の風がスカートをめくりあげようと吹く。
「わ。今日、風強くない?」
「名前先輩、ちょっとソコ立って。」
洋平君は、トントンっと箱を叩いて一本を取り出す。ライターを持つ手で指図して、私を風上へと移動させる。おしりの砂を払って、洋平君の目の前に立った。
「えー?私、壁扱い?」
「火ぃ、消えちゃう。早く。」
「手元でシュッと、ボッと、サッとやればいいでしょ。」
「言い方、雑〜。」
「早くしてよ〜。スカートめくれそう。ほんと風強っ。」
「めくれろ。そして、パンツ見えろ。」
「言い方、雑〜!」
いつもこんな調子で二人でゲラゲラ笑い合うのが好き。こんなことの繰り返しがどんどん好きを膨らましていく。
「だんだん寒くなっていくな。来月までかなー、屋上に上がるのも。」
洋平君がフーっと長く息を吐き出しながら言った一言は、やはり私には重たい。私が膨らませていく気持ちは、いつか風船のように飛んでいけるかな。いや、その前に割れちゃうかな。
「タバコって美味しいの?」
「口寂しい時に吸いたくなるだけで、美味いかどうかは別なんじゃねーかな。でもなんか落ち着くっていうか。少なくともオレは。」
「ふーん。ね、私も吸ってみたい。」
「はぁ?」
「最近思うんだよね。私、部活ばっかりしてたからさ、時間の使い方知らないっていうかさ、何が楽しいのか、面白いのか、みんなより知らないこと多すぎる気がするんだよね。だから、知らないこと、やったことないこと、色々経験してみようって。百聞は一見にしかずって言うじゃん。それって、良いことだと思わない?」
「タバコ吸うのが良い事か?」
「いいじゃん、二年の水戸君は吸ってて、なんで三年の私は吸えないのよ。」
「出たよ、体育会系のノリ。学年上の方が偉いとかねーからな。」
「分かってるよ。何ムキになってんの。小学生か。」
洋平君は、反抗的に私の顔に白い煙をフっと吹きかけた。
「うわっぷ!ケムい!ぎゃー!やめてよ!」
「へっへっへ!」
目の前の煙を手で散らしながら、迷惑そうな顔をした私に洋平君はいたずらっぽく笑う。
「ふかすだけにしときなよ。」
「ふかすって?」
「タバコ吸うじゃん?んで、煙を肺に入れないですぐ吐き出して。ホラ。咥えてみ?」
そうやって、洋平君は自分が咥えていたタバコを私の口にあてがう。洋平君が私の方へ体を寄せる。洋平君の指が私の口元に近付く。彼の指先から薫るタバコの匂いがスン、と私の鼻先をくすぐる。
「いいよ、吸って。」
「え、このまま?いいの?」
「うん。」
洋平君がタバコを持ったまま、私は恐る恐る口付ける。吸った煙を飲み込まないで、言われた通りゆっくりと吐き出す。白い煙がゆらゆら揺れる。隣にいる洋平君はさきほど私に近付いたまま、そのままの距離を保っていた。二人の肩は触れ合っているのだ。
「、、、よくわかんない。美味しくは、ないかな。」
「そうそう、それでいいって。」
そう言いながら私から取り上げたタバコを吸う。今度は私と逆の方を向いて、煙を吐き出す。洋平君は離れようとしなかった。私はこの距離に戸惑いを感じてしまっている。身体は石のように固まって動かないのに、心臓だけがやたらと早く響いてドクンドクンと体中を、駆け巡っている。
「洋平君は女の子には吸って欲しくないタイプってこと?」
「いや、そんなことねーよ。吸いたきゃ吸えばいいじゃん。でも、、、」
「でも?」
「好きな子には吸って欲しくないかな。」
洋平君は手元のタバコを地面に押し付けて火を消した。その様子をまじまじと見ながら、私の恋心もこうやって押し潰されたように思えた。触れ合う肩がチリチリと焼けるように痛い。それでも会話は続く。
「そういうもん?」
「うん。だって、タバコの味になるもん。」
「?」
意味が分からなくて、洋平君の方を向いた。洋平君の顔は思ったより近くて、それにさらに固まってしまって目が反らせなくなった。
「そんな、至近距離でガン見するなよ、恥ずかし。」
ふっと笑って、短めのキスがやってきた。ふわっと、タバコの苦い香りがした。
「あ、オレも吸ってるから味、分かんねーや。ははは。」
なんでキスされたんだろう。洋平君、彼女いたよね?彼女がいてもキスって出来るのかな。理由が欲しい。でもその理由は多分、私が望むものじゃないのかもしれないと思うと、怖くて聞けない。触れ合う肩から拒絶は聞こえない。ならばもっとキスされたいと思う私。潔癖でなくてもいいと思った。
「飴、舐めよっか。味変わるかな。」
持っていた飴を口に含んだ。コロコロと舌先で転がしながら、ああ今の台詞、めっちゃキスされたいみたいじゃん、と急激に恥ずかしくなった。
「オレもちょーだいよ。」
「これ、最後の一個。」
「それでいーって。」
洋平君は再び顔を傾けて近づくと、舌先で私の唇をノックした。その合図に応じると、口を割って入る舌が飴をすくい取って離れた。えええっ、嘘っ!?あまりの衝撃に体操座りした両膝に顔を埋めて、言った。
「洋平君、それはエロい、、、。」
「ははは。」
それでも私は、「どうして?」この四文字が声に出せない。こんなに私は臆病だったのかと思うと情けなくなった。そんな私の頭の中など知る由もない洋平君は、飴を舐めながら雑談し始める。私は平静を装うことに必死だ。
「オレ、飴って最後まで舐めきれないで、噛んじまうんだよな。」
「そういうのって堪え性がない人なんだってよ、洋平君。」
「ああー、わかるかも。」
そうしてガリ、ボリ、と隣で音がする。言ったそばからコレなんだもん。吹き出しながら言った。
「ふふっ。ホント、全然駄目だね。」
「あと少しで達成出来そうだったり、欲しいもんが手に入りそうな時って、一番忍耐力試されるじゃん。オレ、そういうの耐えられないし、駄目なんだよなー。あ、飴、なくなった。」
ホラ、見て、と洋平君が舌を出した。同時に深いキスもやってくる。んんんっ、、、!リアルなリップ音と共に、舌の侵入が始まる。口内で、何度も何度も唇と舌同士が交錯すると、二人の間に境界線がなくなるような感覚に陥る。チャプチャプと唾液が混ざる水音に潜っては、都度息継ぎをするために、離れる。
「ほら、な?我慢できねーの、オレ。」
と、息継ぎの合間に言った、洋平君の少し焦燥を感じさせる声色と言葉に、更に私の脳内は刺激されて興奮する。ああ、これ、ヤバい。
「んっ。はぁ、、、ふうっ、、、。」
奥まで洋平君の舌が入ってきたとき、ザラリとした感触とタバコの苦味で彼を覚える。ジュルっと唾液を吸った後に、コクリと小さく喉が鳴る。そして私の下唇をゆっくりと食む。これを角度を変えて何度もやられると、だんだんと思考が麻痺してきて、もうどうでもよくなるってくる。惚けた感想がだらしなく漏れ出る。
「気、持ちぃ、、、。何これ。」
「ふっ。」
洋平君は鼻を鳴らすけれど、満足そうに口角が上がるのを私は見逃さなかった。目の前のコトに夢中になってしまってしばらく。どちらからともなく浅いキスを何度か繰り返し、離れがたくも終息に向かう。私は上唇を舐める。二人共、熱を冷ますように大きく深呼吸をした。洋平君は両腕を私の肩に乗せ、おでこを突き合わせて聞いてきた。
「、、、なんで?」
なんで?って、何が?キスをしたこと?それは私が聞きたいよ。どうして洋平君は簡単に聞けるのだろう。思うように言葉が出てこなくて、悲しくて、悔しくて、でも好きだから、嫌いにならないで欲しいから、怖い。とにかく頭で考えることが一つも伝えられなくて、涙ぐんで、鼻をすすった。
「もう、やだぁ、、、、。」
「なんで泣くんだよ。ごめんって。」
「洋平君、何考えてるか分かんないんだってば。」
「、、、それ、よく言われる。ごめんな。」
「すぐ謝る、、、。」
「それも言われる。」
このまま今日のことも謝られて終わってしまうんだ、きっと。切なくなっているくせに、つい会話を引き延ばそうとしてしまう自分が浅ましい。
「、、、言われるって誰によ?彼女?」
「元カノ。」
「え?」
「、、、になった。めっちゃ謝り倒して、こないだ別れた。」
「いつ?」
「一カ月前くらい。先週までちょっとゴタついてたけど。」
「それ、初耳なんですけど。」
「うん。」
短いやりとりの中に疑問ばかり湧いてくる。洋平君が何考えているかさっぱりで、二の句が継げない。洋平君は私から離れて元の二人の距離に戻る。壁にもたれて並んで座る。二人で屋上の空を見上げながら、洋平君が聞く。
「キス、嫌だった?」
私はフルフルと首を振る。
「じゃ、もう泣かないでよ。」
私はコクンと頷く。
「名前先輩、オレのこと好きだよな?」
縦にも横にも首を振らない。それを分かって洋平君は続ける。
「嫌い、、、じゃないよな?迷ってる?なあ、オレ、待つのがつらいタイプなんだって。」
「じゃあ、別れたって先に言ってよ。なんで、、、。」
「やだよ。別れたから付き合ってって?ダセーじゃん。言えねーよ、そんなこと。」
「だからって、、、普通、キスしたりしない。」
「名前先輩だってノリノリだっ、、、、、ごめん、睨むなって。」
調子に乗る洋平君をじろっと睨んで、笑った。やはり、洋平君とはバカみたいな話で笑い合っている方がいい。私も調子に乗ってやることにした。
「でも、洋平君とのキス、めちゃくちゃ気持ち良い。好き。」
「キスだけ?オレのことは?ね、ちゃんと言ってくれる?」
「なんで私に言わせんのよ。もう!ムカつくくらい好きだよ、バカ!」
「ごめん、オレもすげー好き。」
「、、、なんで謝るのよ?」
「たはは。」
そしてもう一度キスをする。
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