ロール・ロール・ロール(藤真)
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そんなに都合良く財布の中に五円玉が見つからないように、人生においても私の隣にいてくれる人はそう簡単には見つけられない。石段を登り切ると、今度は参拝の列が目の前に飛び込んだ。
「お賽銭のお金いくらにする?」
「五円。」
参拝の列に並びながら、私が藤真に金額を尋ねると藤真も予定していたようにお尻のポケットに入れてた財布をさっと開いた。私も自分の財布を開いたけれどお目当ての硬貨は見当たらない。
「あれ〜。私、十円玉しかないや。」
「十円って縁起良くないんだぞ。」
藤真が小銭を探すべく財布を振りながら私に言った。
「えっ、なんで。そうなの?」
「"縁が遠ざかる"で十円だから。」
そう言いながら藤真は私に手のひらを開かせ、一円玉をそこにそっと置いた。藤真の意図を読めなくて私は尋ねた。
「何?これ。」
「こういう時は、十一円にするんだよ。"イイ縁"になるように。」
私の疑問に藤真は得意になるわけでもなく、静かに答えをくれた。
「藤真ぁ〜。私、今までずっと十円でお賽銭してたあぁぁ〜。」
そりゃ、良い縁に恵まれるわけがないな、と私はわざとらしく泣きべそをかいて、藤真に感心を示した。そんな私を藤真はバカにするでもなく、そっと言った。
「気休めだけどな。」
「その気休めが大事なのよ。藤真も見たでしょ?今日の私の叔母さんのあの満足気な表情をさ。その場だけでも一時的に凌げたわけだし。みんなハッピー、ハッピー。」
私は今日のこの会合の目的と達成度を再確認するように、ピースサインを片手に藤真に笑顔を送る。
「どうすんの、これから。」
しかし藤真は私のピースサインを軽く無視して冷静に聞いてくる。話題はもう既に私の今後についてに切り替わってしまっていた。
「うっ、、、あんまり考えてない。」
「だと思った。」
一時的な慰めやその場限りの安心のための嘘は、吐く程に私と藤真の溝を深めていく気がしてならない。いつから本音を言えない二人になってしまったんだろう。そんな関係にしょんぼりしては、私は藤真から一方的に距離を取る言い方しか出来なかった。
「でっ、でも!親戚にもし突っ込まれるようなことがあっても、今後藤真には迷惑かからないようにはするから。マジで。安心して?もうこういう事は無いと思うから。」
自分の子供じみた対応に情けなくもなった。それでももう藤真に対して態度を改めることは出来なくて、私は自分の気持ちが藤真のせいで、いや藤真のために、沈まないようにすることに精一杯なのだ。
「とにかく、藤真!ここは一つ、良いご縁がありますように、ってことで神様にお願いするっきゃない。」
私は十円玉と藤真が与えてくれた一円玉を握り締めて宣言する。藤真のことは嫌いじゃない。だけど好きだとも言い切れない。歯に衣着せぬ物言いとどちらかというとリーダータイプの性格は友人として接するのは快い。だけども私と二人でいる時の藤真は少しその印象を変える。
「苗字。今、いい感じの奴とかいないのかよ?」
私、藤真ってなかなかに女々しい奴だと思うの。この藤真の問いが、ただの世間話でも場繋ぎの会話でもないことを私が感じ取ってしまうからかもしれない。
「いないわよ。いないからこうやって神様にお願いするんじゃない。ご縁っをっ!」
言い終わらないうちに私は賽銭箱に向かって勢いよく硬貨を投げ入れた。弧を描くそれを横目で見ながら藤真は、私のヤケクソな態度に合わせるでもなく、笑うでもなく、小さく五円玉を投げ入れた。
***
「さて!帰ろ、帰ろ。」
藤真の意志を無視して私は駅に向かってつま先を向ける。息をきらして登ってきた石段を今度はあくせく降りていく。腕時計を見ては帰りの電車の時刻と帰宅時間を頭の中で逆算する私に対して、後からついてくる藤真が石段の上から見下ろして言った。
「なあ、苗字〜。今日昼メシ奢ってもらったから、晩メシ、オレが出すよ。帰りにどっか寄ろうぜ。」
「えー、いいよ。もう家に帰って一人でごはん食べる。結構歩いたし、明日仕事だし。」
「じゃ、苗字んちで晩メシ、、、とか。」
「、、、なんでそうなるのよ。明日仕事だって言ってんじゃん、私。」
迷惑そうに振り返って答える私に、藤真は未だ律儀に本日の役目を果たそうとする。
「家に帰るまでが彼氏って言うだろ。」
そう言って藤真はそっぽを向いた。そこでなぜ私の目を見ては言えないのかね、君は。とカチンときた。怒りの感情は悲しみの感情を押し退けて優位に立ってしまう。藤真に対し、私ががっかりしてしまったのは気のせいにして、その気持ちもろとも聞き流すことにした。
「そんな話、聞いたことないよ。だいたい藤真ってさあ、料理出来るの?」
「あ、晩メシ、オレが作る感じなのか、、、。」
「そうよ。あんた、何しに来るのよ。なんで藤真に私がゴハン作ってあげなきゃなのよ。」
私が藤真の本音をかわすように笑い飛ばして歩き出したら、藤真はその後ろから私に駆け寄って隣に並んだ。こうやって話を混ぜ返しながら、浅い内容で冗談を繰り返す分には丁度良い相手なのだ、藤真は。
来た道を駅に向かって戻っていると、多くの彼氏彼女とすれ違う。行き交う男女がみんな楽しそうで幸せそうに見えるのは私の心が荒んでしまっているせいなのか。いつから観光地に行くとこんな気持ちになってしまったのか。そういえば男の人と二人きりで出歩くなんてしばらくやっていないかも。
「いいなぁ。私もデートしたりしたいよ。」
多くの男女を目で追いかけていると、つい心の声が漏れてしまった。私も恋したい、したいのだ。だけどどうやって始めて良いのか分からなくなってしまっている自分自身にため息をつく。そんな私に藤真は言った。
「あのさ、こういうのがデートって言うんじゃねーの?めちゃ楽しいじゃん。オレ、苗字とこうやってただ歩いて喋るだけで楽しいけど?」
「え、あ、まあ、、、そりゃ楽しいけど。」
けど私達、友達でしょ?なんて言葉がポロリとこぼれ落ちそうになって慌てて口を噤む。これってなんだか、私の方が藤真から答えを引き出したくて焦っているみたいじゃない。こうして私が押し黙っていると、藤真は私と同じくすれ違う男女を横目に見ながら、急に会話のハンドルを切り始めた。
「あのな、苗字、オレのことどう思ってるわけ?」
どう、って言われても。今一歩踏み込んでこない藤真にたまにイラっとしたりしています。だけれども自分の気持ちも覚悟もはっきりしていませんし、型にはめ込むように彼氏や彼女として役割をこなすよりは、現状維持が一番よろしいんじゃないでしょうか、私達。と無表情でサラリと言ってしまえばどんなに良かっただろう。さまざまに思いを巡らせたって、藤真が求める答えを私はあげることなんかできる気がしない。だから逡巡する私は物事を先送りしてあやふやにすることしか言えない。
「残念イケメン。あれ?違った?」
「、、、それ。花形にも昔言われた。」
「じゃあ正解ってことで。」
「なんで花形が言えば正解になるんだよ。」
あっ、イケメン部分について否定しないんだ。そういうところじゃないのかな、藤真君。と私は心の中で藤真に呆れたため息をつくが、それ以上に藤真の私に聞かせるような大きなため息がかき消してきた。藤真がやたらと肩を落としたのも分かってはいたけれど、どうしたの?なんて気付いてないフリをして聞いてやるつもりも、相手をするつもりも毛頭なかった。無視をきめこんで、私達は駅のロータリー前に到着する。
「藤真。私、ちょっとコンビニで飲み物買ってから帰るわ。ここで解散しよ。」
向かいの道の道路に面したコンビニを指差して歩いていこうとすると、藤真が私の後をついてきた。
「そんなに帰りたいオーラ出すなよ、、、。」
「出すよ。だって帰りたいもん。」
そんな平行線の会話しか私達には残っていない。ペットボトルを買ってコンビニを出ようとしたら、まだ藤真が私の隣で呟くように言った。
「どうせ帰る方向一緒だろ。」
「なんかこのまま家まで付いてきそうだもん、藤真。」
藤真がピタと息を止めた。どうやら私の冗談は藤真の心を代弁してしまったらしかった。藤真が沈黙を貫くものだから、この雰囲気がなんとも気持ち悪くなって、私は溜まりに溜まった藤真への様々な気持ちを一切蹴散らしたくなって口にした。
「もうさ、ホントさ、別にいいって。」
それは今日の解散云々についてだけではなく、藤真の私への気持ちも全部込みでの拒絶のつもりだった。だって何も始まらないんだもの。だったら藤真も私も友達枠に収まって楽しくやろうよ。藤真の気持ちについて、これ以上知らないフリをする私を演じ抜くことに今日はほとほと疲れ果ててしまったみたい。心の針を一ミリも振りたくないほどに。それもこれも全部藤真のせいなのだ。藤真のせいにしたいのだ。言い放った私の言葉の意味を藤真が正確に捉えたのかどうかなんて分からない。だけども藤真は吸った以上に息を深く吐いて言った。
「あー、どうしたらいいかわかんね、もう。」
私の目の前で藤真は己の頭を抱えると、「泣きたい。」と呟いて藤真はその場にしゃがみ込んでしまった。
「何それ。ちょっと!ここ外だし、店の前だよっ?!急に落ち込んだりしないでよ。あんた調子付いたり、暗くなったり、、、何なの?!昔からそんなだったっけ?キャラブレしすぎじゃない?」
いくらコンビニの駐車場の前で人の邪魔にはならないからとはいえ、ここは駅前だ。コンビニに出入りする客もそれなりにいて、嫌でも目についた。
「それは全部お前のせいだ、苗字。」
そう言って藤真は恨めしそうな低い声と虚ろな目で私を見つめるのだが、元の顔が整いすぎてしまっているせいか、物憂げな表情は決して顔の造りを崩さない。つい見惚れてしまったのは本当。じっと藤真の顔を観察してしまったが、おっと、それどころじゃなかった。頭を抱えてしゃがみ込みたいのは私の方だ。なんでこんなに女々しくてハッキリしない男がモテてしまうのか、顔が良いというだけで全てが許されるというのか、ねえ、世界。教えてよ世界。
「あんたさ、ホントに残念イケメンすぎる。」
「、、、オレもそう思ってんだから、敢えて指摘するな。」
藤真はしゃがみ込んだまま背中を丸め、どんどん小さくなっていく。くぐもった声はかろうじて私に届いてはいるが、藤真は両腕を組んだ場所にすっぽりと顔を埋めたまま顔を上げてくれない。
「ねぇ、立ち上がってよ。小学生じゃないんだからさ。こんな藤真、扱いに困る。ワケ分かんない。」
「ワケ分かれ。バカ。アホ苗字。」
そうやって口が悪いときの藤真は、本当に言いたい事が言えなくて、我儘が下手くそな子供みたいだった。ふてくされているのはそれでも私の気を引きたいからだろう。甘えることも下手くそらしい。そんなことしか出来ない藤真と対峙するだけで、こっちが恥ずかしさで居ても立っても居られなくなった。しかしながら目の前のしゃがんで丸くなっている男のダサさに地団駄を踏むことしかできない私は、藤真に向かってこんなことしか言えなかった。
「そんなに私のことをバカだのアホだの思ってるんなら、今日、来なきゃ良かったじゃん。」
私は藤真のつむじを一点に見つめて唇を尖らせると、目下のつむじはボソボソと言葉をこぼした。
「苗字から連絡貰えて舞い上がった。」
「、、、なんか隠キャっぽくてキモいよ。」
「自分から好きだとか言ったことない。」
「、、、この状況でそゆこと言うの、もっとキモいよ。」
私は藤真を見下ろしたまま。藤真はまだしゃがみ込んだままだ。私は藤真からの言葉を待ったし、藤真も私からの言葉を待っているから、二人の間にはただただ沈黙が素通りするばかりだ。
「苗字、、、。」
ようやく藤真が口を開いた。だがやはり顔は上げてくれないから、私は会話を促すように返事をした。
「何よ。」
「、、、先帰っていいよ。」
今度は藤真が私を拒否してきた。こんな藤真を残して先に帰るとか、後味が悪すぎて仕方ない。このまま帰れば二度と私から藤真に連絡を取らないだろうし、おそらく藤真もそうするだろう。もう私と藤真には友達枠すら残されていないんだと思ったら、なんだかとてつもない悲しみが去来して、私の心もしょげてしまった。私達は好きだとも嫌いだとも確認したわけじゃないのに、どうしてこんなもどかしさから抜け出せないのだろう。バカらしくて虚しくなった。藤真のバカ。アホ。こんなに不安な気持ちになるのは藤真のせいだ。藤真に対する不安な気持ちを私一人で抱えていたくなかった、というのが多分正直な気持ちかもしれない。
「ねぇ、藤真。やっぱり一緒に帰ろ。」
藤真を置いてきぼりに出来ずに私は声を掛けた。女々しくって、私に対して臆病になっている藤真は、きっとみんなが抱いている藤真のイメージと大きくかけ離れているはずだ。私だってそう思うんだから、丸くなって沈む藤真を目の前にすると可哀想に見えてきて、どうしてだか私まで胸が苦しくなるじゃないか。こんなことになるために私は藤真といるわけじゃない。そう思うと、いつものように、今までのように、何もなかったこととして、藤真をあしらうなんてことが出来なくなってしまっていた。藤真へのいくつもの感情を当てはめては次々に消していき、残ったものを答えとするならば、私は藤真と一緒にいたいのだ。
「こっち向いて。じゃないと、下痢になるツボ押すから。」
そう言って藤真のつむじを、えい、と人差し指で押した。
「ちょ、やめろよ。何すんだよ。」
藤真が眉間に皺を寄せた目をしてようやく私に顔を向けた。その口元は呆れ気味ではあったが笑っていたから、ふざける私を半ば諦めて受け入れてくれたようだった。声がいつもの調子に戻っており、それに安心した私は、わはは、と笑顔を向けて藤真の腕を取る。
「左利きの人ってどっちで手を繋ぐ方が良いとかあるの?」
「え?」
「ほら。手。」
言い方は犬の躾のようだったけれど、藤真は何の反論もしない。目を丸くしたのちに、私の言わんとすることを理解したらしく、尻尾を振ったような気がした。期待の目で私を真っ直ぐ見てきたもんだから、こっちが恥ずかしくなる。私はプイと駅の方向に視線をうつしたが、藤真は私が差し出した手を優しく下からすくい上げて、立ち上がった。その仕草が高校時代のあだ名そのままに、王子様みたいだったから、少しだけドキリとしたのだが、やっぱり藤真は藤真だった。
「え、そんなこと考えたことなかったな。」
「あんた、女の子と手くらい繋いだことあるでしょ。いつもどっちで繋いでたのよ。」
「手、、、いや、腕組んでくる子ばっかりで。」
「あーーー!もう!そのちょっとイケメンだからって、無意識に女から勝手に寄ってきます的エピソード挟んでくるのマジムカつく〜!」
「うるさ、、、今日イチの大声出すなよ。」
「何、平然としちゃってんのよ!」
「何気に苗字と手ぇ繋ぐの初めてかも。」
「何気でもなんでもなく、紛れもなく初めてだよ。バカ。」
藤真が感慨深そうにしているから、私は会話を無理矢理終わらせた。こんなことでいちいち感動しないで頂きたい。こうして私達はまたいつもの調子に戻っていく。
「あああ。花形君みたいな背が高くて知的でクールな人を好きになりたい、、、。そんな彼氏が欲しい、、、。」
「まだそんなこと言ってんのかよ。オレもさすがにイジけるぞ。」
「私の方が先にイジけてるわよ。何で藤真と手、繋いじゃってんだろ。」
「、、、離さないからな、オレ。」
「そんな台詞で胸キュン、みたいなことしないからね私。」
「、、、しろよ。」
そうやって私に聞こえるように呟いてはイジけるくせに、藤真は私の手を離さなかった。それどころか今度は指を絡めて強く握り返してきたものだから、それは急に私の胸を脅かした。そしてその手のひらにこもる藤真の熱が、じわじわと私の心を占領し始めていく。そんなことに気が付かないほど私も鈍感じゃない。
「お賽銭のお金いくらにする?」
「五円。」
参拝の列に並びながら、私が藤真に金額を尋ねると藤真も予定していたようにお尻のポケットに入れてた財布をさっと開いた。私も自分の財布を開いたけれどお目当ての硬貨は見当たらない。
「あれ〜。私、十円玉しかないや。」
「十円って縁起良くないんだぞ。」
藤真が小銭を探すべく財布を振りながら私に言った。
「えっ、なんで。そうなの?」
「"縁が遠ざかる"で十円だから。」
そう言いながら藤真は私に手のひらを開かせ、一円玉をそこにそっと置いた。藤真の意図を読めなくて私は尋ねた。
「何?これ。」
「こういう時は、十一円にするんだよ。"イイ縁"になるように。」
私の疑問に藤真は得意になるわけでもなく、静かに答えをくれた。
「藤真ぁ〜。私、今までずっと十円でお賽銭してたあぁぁ〜。」
そりゃ、良い縁に恵まれるわけがないな、と私はわざとらしく泣きべそをかいて、藤真に感心を示した。そんな私を藤真はバカにするでもなく、そっと言った。
「気休めだけどな。」
「その気休めが大事なのよ。藤真も見たでしょ?今日の私の叔母さんのあの満足気な表情をさ。その場だけでも一時的に凌げたわけだし。みんなハッピー、ハッピー。」
私は今日のこの会合の目的と達成度を再確認するように、ピースサインを片手に藤真に笑顔を送る。
「どうすんの、これから。」
しかし藤真は私のピースサインを軽く無視して冷静に聞いてくる。話題はもう既に私の今後についてに切り替わってしまっていた。
「うっ、、、あんまり考えてない。」
「だと思った。」
一時的な慰めやその場限りの安心のための嘘は、吐く程に私と藤真の溝を深めていく気がしてならない。いつから本音を言えない二人になってしまったんだろう。そんな関係にしょんぼりしては、私は藤真から一方的に距離を取る言い方しか出来なかった。
「でっ、でも!親戚にもし突っ込まれるようなことがあっても、今後藤真には迷惑かからないようにはするから。マジで。安心して?もうこういう事は無いと思うから。」
自分の子供じみた対応に情けなくもなった。それでももう藤真に対して態度を改めることは出来なくて、私は自分の気持ちが藤真のせいで、いや藤真のために、沈まないようにすることに精一杯なのだ。
「とにかく、藤真!ここは一つ、良いご縁がありますように、ってことで神様にお願いするっきゃない。」
私は十円玉と藤真が与えてくれた一円玉を握り締めて宣言する。藤真のことは嫌いじゃない。だけど好きだとも言い切れない。歯に衣着せぬ物言いとどちらかというとリーダータイプの性格は友人として接するのは快い。だけども私と二人でいる時の藤真は少しその印象を変える。
「苗字。今、いい感じの奴とかいないのかよ?」
私、藤真ってなかなかに女々しい奴だと思うの。この藤真の問いが、ただの世間話でも場繋ぎの会話でもないことを私が感じ取ってしまうからかもしれない。
「いないわよ。いないからこうやって神様にお願いするんじゃない。ご縁っをっ!」
言い終わらないうちに私は賽銭箱に向かって勢いよく硬貨を投げ入れた。弧を描くそれを横目で見ながら藤真は、私のヤケクソな態度に合わせるでもなく、笑うでもなく、小さく五円玉を投げ入れた。
***
「さて!帰ろ、帰ろ。」
藤真の意志を無視して私は駅に向かってつま先を向ける。息をきらして登ってきた石段を今度はあくせく降りていく。腕時計を見ては帰りの電車の時刻と帰宅時間を頭の中で逆算する私に対して、後からついてくる藤真が石段の上から見下ろして言った。
「なあ、苗字〜。今日昼メシ奢ってもらったから、晩メシ、オレが出すよ。帰りにどっか寄ろうぜ。」
「えー、いいよ。もう家に帰って一人でごはん食べる。結構歩いたし、明日仕事だし。」
「じゃ、苗字んちで晩メシ、、、とか。」
「、、、なんでそうなるのよ。明日仕事だって言ってんじゃん、私。」
迷惑そうに振り返って答える私に、藤真は未だ律儀に本日の役目を果たそうとする。
「家に帰るまでが彼氏って言うだろ。」
そう言って藤真はそっぽを向いた。そこでなぜ私の目を見ては言えないのかね、君は。とカチンときた。怒りの感情は悲しみの感情を押し退けて優位に立ってしまう。藤真に対し、私ががっかりしてしまったのは気のせいにして、その気持ちもろとも聞き流すことにした。
「そんな話、聞いたことないよ。だいたい藤真ってさあ、料理出来るの?」
「あ、晩メシ、オレが作る感じなのか、、、。」
「そうよ。あんた、何しに来るのよ。なんで藤真に私がゴハン作ってあげなきゃなのよ。」
私が藤真の本音をかわすように笑い飛ばして歩き出したら、藤真はその後ろから私に駆け寄って隣に並んだ。こうやって話を混ぜ返しながら、浅い内容で冗談を繰り返す分には丁度良い相手なのだ、藤真は。
来た道を駅に向かって戻っていると、多くの彼氏彼女とすれ違う。行き交う男女がみんな楽しそうで幸せそうに見えるのは私の心が荒んでしまっているせいなのか。いつから観光地に行くとこんな気持ちになってしまったのか。そういえば男の人と二人きりで出歩くなんてしばらくやっていないかも。
「いいなぁ。私もデートしたりしたいよ。」
多くの男女を目で追いかけていると、つい心の声が漏れてしまった。私も恋したい、したいのだ。だけどどうやって始めて良いのか分からなくなってしまっている自分自身にため息をつく。そんな私に藤真は言った。
「あのさ、こういうのがデートって言うんじゃねーの?めちゃ楽しいじゃん。オレ、苗字とこうやってただ歩いて喋るだけで楽しいけど?」
「え、あ、まあ、、、そりゃ楽しいけど。」
けど私達、友達でしょ?なんて言葉がポロリとこぼれ落ちそうになって慌てて口を噤む。これってなんだか、私の方が藤真から答えを引き出したくて焦っているみたいじゃない。こうして私が押し黙っていると、藤真は私と同じくすれ違う男女を横目に見ながら、急に会話のハンドルを切り始めた。
「あのな、苗字、オレのことどう思ってるわけ?」
どう、って言われても。今一歩踏み込んでこない藤真にたまにイラっとしたりしています。だけれども自分の気持ちも覚悟もはっきりしていませんし、型にはめ込むように彼氏や彼女として役割をこなすよりは、現状維持が一番よろしいんじゃないでしょうか、私達。と無表情でサラリと言ってしまえばどんなに良かっただろう。さまざまに思いを巡らせたって、藤真が求める答えを私はあげることなんかできる気がしない。だから逡巡する私は物事を先送りしてあやふやにすることしか言えない。
「残念イケメン。あれ?違った?」
「、、、それ。花形にも昔言われた。」
「じゃあ正解ってことで。」
「なんで花形が言えば正解になるんだよ。」
あっ、イケメン部分について否定しないんだ。そういうところじゃないのかな、藤真君。と私は心の中で藤真に呆れたため息をつくが、それ以上に藤真の私に聞かせるような大きなため息がかき消してきた。藤真がやたらと肩を落としたのも分かってはいたけれど、どうしたの?なんて気付いてないフリをして聞いてやるつもりも、相手をするつもりも毛頭なかった。無視をきめこんで、私達は駅のロータリー前に到着する。
「藤真。私、ちょっとコンビニで飲み物買ってから帰るわ。ここで解散しよ。」
向かいの道の道路に面したコンビニを指差して歩いていこうとすると、藤真が私の後をついてきた。
「そんなに帰りたいオーラ出すなよ、、、。」
「出すよ。だって帰りたいもん。」
そんな平行線の会話しか私達には残っていない。ペットボトルを買ってコンビニを出ようとしたら、まだ藤真が私の隣で呟くように言った。
「どうせ帰る方向一緒だろ。」
「なんかこのまま家まで付いてきそうだもん、藤真。」
藤真がピタと息を止めた。どうやら私の冗談は藤真の心を代弁してしまったらしかった。藤真が沈黙を貫くものだから、この雰囲気がなんとも気持ち悪くなって、私は溜まりに溜まった藤真への様々な気持ちを一切蹴散らしたくなって口にした。
「もうさ、ホントさ、別にいいって。」
それは今日の解散云々についてだけではなく、藤真の私への気持ちも全部込みでの拒絶のつもりだった。だって何も始まらないんだもの。だったら藤真も私も友達枠に収まって楽しくやろうよ。藤真の気持ちについて、これ以上知らないフリをする私を演じ抜くことに今日はほとほと疲れ果ててしまったみたい。心の針を一ミリも振りたくないほどに。それもこれも全部藤真のせいなのだ。藤真のせいにしたいのだ。言い放った私の言葉の意味を藤真が正確に捉えたのかどうかなんて分からない。だけども藤真は吸った以上に息を深く吐いて言った。
「あー、どうしたらいいかわかんね、もう。」
私の目の前で藤真は己の頭を抱えると、「泣きたい。」と呟いて藤真はその場にしゃがみ込んでしまった。
「何それ。ちょっと!ここ外だし、店の前だよっ?!急に落ち込んだりしないでよ。あんた調子付いたり、暗くなったり、、、何なの?!昔からそんなだったっけ?キャラブレしすぎじゃない?」
いくらコンビニの駐車場の前で人の邪魔にはならないからとはいえ、ここは駅前だ。コンビニに出入りする客もそれなりにいて、嫌でも目についた。
「それは全部お前のせいだ、苗字。」
そう言って藤真は恨めしそうな低い声と虚ろな目で私を見つめるのだが、元の顔が整いすぎてしまっているせいか、物憂げな表情は決して顔の造りを崩さない。つい見惚れてしまったのは本当。じっと藤真の顔を観察してしまったが、おっと、それどころじゃなかった。頭を抱えてしゃがみ込みたいのは私の方だ。なんでこんなに女々しくてハッキリしない男がモテてしまうのか、顔が良いというだけで全てが許されるというのか、ねえ、世界。教えてよ世界。
「あんたさ、ホントに残念イケメンすぎる。」
「、、、オレもそう思ってんだから、敢えて指摘するな。」
藤真はしゃがみ込んだまま背中を丸め、どんどん小さくなっていく。くぐもった声はかろうじて私に届いてはいるが、藤真は両腕を組んだ場所にすっぽりと顔を埋めたまま顔を上げてくれない。
「ねぇ、立ち上がってよ。小学生じゃないんだからさ。こんな藤真、扱いに困る。ワケ分かんない。」
「ワケ分かれ。バカ。アホ苗字。」
そうやって口が悪いときの藤真は、本当に言いたい事が言えなくて、我儘が下手くそな子供みたいだった。ふてくされているのはそれでも私の気を引きたいからだろう。甘えることも下手くそらしい。そんなことしか出来ない藤真と対峙するだけで、こっちが恥ずかしさで居ても立っても居られなくなった。しかしながら目の前のしゃがんで丸くなっている男のダサさに地団駄を踏むことしかできない私は、藤真に向かってこんなことしか言えなかった。
「そんなに私のことをバカだのアホだの思ってるんなら、今日、来なきゃ良かったじゃん。」
私は藤真のつむじを一点に見つめて唇を尖らせると、目下のつむじはボソボソと言葉をこぼした。
「苗字から連絡貰えて舞い上がった。」
「、、、なんか隠キャっぽくてキモいよ。」
「自分から好きだとか言ったことない。」
「、、、この状況でそゆこと言うの、もっとキモいよ。」
私は藤真を見下ろしたまま。藤真はまだしゃがみ込んだままだ。私は藤真からの言葉を待ったし、藤真も私からの言葉を待っているから、二人の間にはただただ沈黙が素通りするばかりだ。
「苗字、、、。」
ようやく藤真が口を開いた。だがやはり顔は上げてくれないから、私は会話を促すように返事をした。
「何よ。」
「、、、先帰っていいよ。」
今度は藤真が私を拒否してきた。こんな藤真を残して先に帰るとか、後味が悪すぎて仕方ない。このまま帰れば二度と私から藤真に連絡を取らないだろうし、おそらく藤真もそうするだろう。もう私と藤真には友達枠すら残されていないんだと思ったら、なんだかとてつもない悲しみが去来して、私の心もしょげてしまった。私達は好きだとも嫌いだとも確認したわけじゃないのに、どうしてこんなもどかしさから抜け出せないのだろう。バカらしくて虚しくなった。藤真のバカ。アホ。こんなに不安な気持ちになるのは藤真のせいだ。藤真に対する不安な気持ちを私一人で抱えていたくなかった、というのが多分正直な気持ちかもしれない。
「ねぇ、藤真。やっぱり一緒に帰ろ。」
藤真を置いてきぼりに出来ずに私は声を掛けた。女々しくって、私に対して臆病になっている藤真は、きっとみんなが抱いている藤真のイメージと大きくかけ離れているはずだ。私だってそう思うんだから、丸くなって沈む藤真を目の前にすると可哀想に見えてきて、どうしてだか私まで胸が苦しくなるじゃないか。こんなことになるために私は藤真といるわけじゃない。そう思うと、いつものように、今までのように、何もなかったこととして、藤真をあしらうなんてことが出来なくなってしまっていた。藤真へのいくつもの感情を当てはめては次々に消していき、残ったものを答えとするならば、私は藤真と一緒にいたいのだ。
「こっち向いて。じゃないと、下痢になるツボ押すから。」
そう言って藤真のつむじを、えい、と人差し指で押した。
「ちょ、やめろよ。何すんだよ。」
藤真が眉間に皺を寄せた目をしてようやく私に顔を向けた。その口元は呆れ気味ではあったが笑っていたから、ふざける私を半ば諦めて受け入れてくれたようだった。声がいつもの調子に戻っており、それに安心した私は、わはは、と笑顔を向けて藤真の腕を取る。
「左利きの人ってどっちで手を繋ぐ方が良いとかあるの?」
「え?」
「ほら。手。」
言い方は犬の躾のようだったけれど、藤真は何の反論もしない。目を丸くしたのちに、私の言わんとすることを理解したらしく、尻尾を振ったような気がした。期待の目で私を真っ直ぐ見てきたもんだから、こっちが恥ずかしくなる。私はプイと駅の方向に視線をうつしたが、藤真は私が差し出した手を優しく下からすくい上げて、立ち上がった。その仕草が高校時代のあだ名そのままに、王子様みたいだったから、少しだけドキリとしたのだが、やっぱり藤真は藤真だった。
「え、そんなこと考えたことなかったな。」
「あんた、女の子と手くらい繋いだことあるでしょ。いつもどっちで繋いでたのよ。」
「手、、、いや、腕組んでくる子ばっかりで。」
「あーーー!もう!そのちょっとイケメンだからって、無意識に女から勝手に寄ってきます的エピソード挟んでくるのマジムカつく〜!」
「うるさ、、、今日イチの大声出すなよ。」
「何、平然としちゃってんのよ!」
「何気に苗字と手ぇ繋ぐの初めてかも。」
「何気でもなんでもなく、紛れもなく初めてだよ。バカ。」
藤真が感慨深そうにしているから、私は会話を無理矢理終わらせた。こんなことでいちいち感動しないで頂きたい。こうして私達はまたいつもの調子に戻っていく。
「あああ。花形君みたいな背が高くて知的でクールな人を好きになりたい、、、。そんな彼氏が欲しい、、、。」
「まだそんなこと言ってんのかよ。オレもさすがにイジけるぞ。」
「私の方が先にイジけてるわよ。何で藤真と手、繋いじゃってんだろ。」
「、、、離さないからな、オレ。」
「そんな台詞で胸キュン、みたいなことしないからね私。」
「、、、しろよ。」
そうやって私に聞こえるように呟いてはイジけるくせに、藤真は私の手を離さなかった。それどころか今度は指を絡めて強く握り返してきたものだから、それは急に私の胸を脅かした。そしてその手のひらにこもる藤真の熱が、じわじわと私の心を占領し始めていく。そんなことに気が付かないほど私も鈍感じゃない。
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