ロール・ロール・ロール(藤真)
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「じゃあね、叔母さん。」
「ううん、良いのよ、名前ちゃん。こんな素敵な彼がいるなんて、早く言ってくれたら良かったのに〜。」
「は、ははは。う、うん、、、。」
「ほんっとにカッコいいわねえ。また近いうちに会いましょ。それじゃあ、藤真君、今日はありがとう。」
「はい。こちらこそありがとうございました。お会いできて良かったです。」
土曜日の昼下がり。ランチのお会計を済ませて店先で別れることになった。にこやかに笑い合う二人。正面には駅を背にした私の叔母。そして私と横並びに並んでいるのは高校時代の同級生の藤真だ。
叔母さんは次の電車に乗るからと、さっさと駅に向かっていく。その足取りの軽さといったら、機嫌が良いことはその後ろ姿からも分かるくらいだ。つまり今回の会食は大成功ということだ。私の心持ちはさておき。
さて、と。一仕事終えた気持ちで私は駅舎に掛かる大時計を確認した。時刻は15時だ。私は大きく深呼吸して隣に並ぶ男に声を掛けた。
「おつかれっしたー。じゃ、うちらも解散ってことで。今日はどうもでした!わざわざこんな場所まで来てもらっちゃって。あっはっは。」
私はせめてもの藤真への礼儀として、少しばかりの冷や汗を混ぜた笑顔を残して、そそくさと藤真の前を立ち去ろうとした。立つ鳥跡を濁さず、である。すると、私の腕を掬い上げるように掴み、藤真は顔に似合わないドスの効いた低い声を出した。
「おーい、待、て、よ。」
藤真の笑顔が怖い。
***
叔母と待ち合わせをした駅の北側より地下道を通り抜け、南側にやってくるとそこはまた違った街並みを見せる。赤い鳥居をくぐれば、参道には賑やかなお土産屋と飲食店が道の両脇に並び立つ。
「どこもかしこも、、、カップルばっかりじゃない。だから嫌なのよ、こういうザ・観光地って。」
私が腕組みをしてブツブツと文句を言っているところに、プラスチックカップに注がれた琥珀色が視界を遮った。そしてそれを藤真が私に押し付けるようにして渡してきた。すぐ脇にあった露店で買ってきたらしい。
「お前さあ、卑屈なんだよ、昔っから。休日くらい楽しめよ。な?名前?」
藤真が私の名前をわざと親しげに呼んでくる。その声の調子に私は全てを正したくなって、うらめしく藤真を見返して言った。
「もう続けなくていいってば。彼氏役。」
それなのに藤真は意に介すこともなく、プラスチックカップに並々と注がれたビールの泡を飲み込んで続けた。
「そう?新鮮でいいと思ったんだけどな。」
「どこが。」
実は今日、ランチを兼ねて叔母に藤真を彼氏だと紹介した。ある一定の年齢を過ぎてくると、世話好きな親戚からのお見合い話が舞い込んでくる。幾度となくそんな話を寄越されては軽く受け流していた私だったが、愛想笑いで毎回凌ぎを削らねばならぬことにいよいよ辟易し始めてしまっていた。ちょうど私はその頃、残業続きで仕事も繁忙期を迎えており、おそらく疲れていたのかと思う。精神の疲弊は思考の鈍さを加速させた。こうなれば、少しの間の時間稼ぎと親戚への牽制という意味で「彼氏がいる。」と触れ回ろう、と思い切ったのが先月のこと。しかし口頭で報告しただけでは信じない者もいるのだ。そこで親戚筋で一番の世話好きである叔母と会食の場を設けて、一度でも彼氏を見せたらば、暫くの間だけでも事態は沈静化するだろうと期待して決戦(というほどでもないか)の日を迎えたのが本日。別に彼氏でもなんでもない高校時代の同級生の藤真を連れて。
ちなみに何故、藤真に彼氏役という白羽の矢を立てたのかを説明したい。第一に私の持てる限りの人脈を辿ってもダントツに顔が良い。これは外見にプライオリティーを高く見積もるアイドル好きの叔母には効果抜群だと見越してだ。藤真以上に顔の良いお見合い相手なんてそう簡単には見つけて来れないはずだ。叔母からしたら、凡そ平らな私の隣に藤真が(名ばかりではあるが)彼氏として隣に立っていることすら奇跡だと思ってさえいた。
「ねえ、どこまで歩くのよ、藤真。駅、遠くなるじゃん。」
藤真は参道の人混みを上手に交わしながらずんずんと歩いていくから、私は下を向いていた頭を藤真へ向き直して聞いた。
「せっかくだからこの道の一番端まで歩こうぜ。昼食べたばっかだし、ちと運動も兼ねて。」
「うーん、まあ、、、それもアリかぁ。」
先程の会食では叔母が藤真の外見に舞い上がって、とにかくたくさん注文したもんだからお腹はパンパンなのだ。私と藤真は二人で胃をさすりながら大きく息を吐いて歩いた。
「この先、確か神社とかあったろ?」
「ああ、そういえば。じゃ、お参りして帰ろっと。」
「何?何か願い事でもあんの?苗字。」
藤真が尋ねたので、私は一呼吸おき、考えるフリをした。そして用意していたこの回答でもって藤真を一気に振り切ろうとした。
「えー?彼氏が出来ますように、に決まってるでしょ。」
「、、、あっそ。」
私のお決まりの言葉に藤真は興味が無いとでもあえて表現したかったのか、そっぽを向いてビールに口をつけた。そんな藤真の様子も藤真の透けて見える気持ちも見慣れてしまった。それにそんな藤真を知っていながら私がこうして突き放した言い方とスタンスを貫くことも、最早いつものルーティンにすらなりつつある。
藤真を彼氏役として抜擢した第二の理由。藤真は私のことが好きなのだ。多分。いや、間違いなく。言われたことはないけれど。だから彼氏役を頼んだところで、きっとノーとは言わないだろうという打算的要素があった。彼の恋心を分かっていながら利用して、彼氏役を軽口で依頼出来てしまう私の人間性はさておき。そして結果的に藤真は私の頼みを断らなかったし、叔母の前での彼氏としての立ち回りも見事にやってのけてくれた。ゆえに今日ばかりは私の都合に一方的に合わせてもらった手前、藤真の誘いを無下に断ることも出来ず、私は藤真の隣を黙って歩くこととした。
「なんで観光地ってペルシャ絨毯売ってんだろな。観光地あるある?見てみろよ、あそこの壁に掛けてあんの、25万だって。苗字買えよ。せっかくだから。」
「ぶっ!せっかくって何!?」
二人で食後の運動と称して観光地を歩いていたところに、藤真が伝えてきたペルシャ絨毯のお店。藤真が指差した手書きの値札も商品そのものも観光地に似つかわしくないにも関わらず、その店構えは妙に堂々としており、異物感を観光地らしさに昇華させている気がしてきた。不思議と風景に馴染んでしまっていて可笑しい。ご当地名産ですらないものを私に買えと平気で言ってくる藤真の冗談も更に笑いを誘った。いくつかの可笑しさが重なって私が体を震わせ、体をくの字に曲げたもんだから、持ってたビールをこぼしそうになる。咄嗟にそれを口を持っていくとその私の仕草にオヤジかよ、と突っ込んで今度は藤真が笑った。
私は藤真との気安く、そして微妙で不安定な関係が嫌いではなかった。最近でこそこの関係は曖昧に友情に愛情を混ぜた色合いが増してきているのだが、そもそも私達のスタートはこうではなかったはずだ。ふと、藤真と仲良くなった高校時代を振り返ってみれば、やはり背の高い彼の姿が真っ先に思い出される。私は目を細めるようにして藤真に聞いた。
「ねえ、藤真。花形君元気にしてる?私、卒業してから一度も会ってないなあ。」
「まあまあ元気してるよ。っつってもオレも花形に会ったの年末だけど。」
「なんか写真とかないの?見せてよ。」
「、、、無ぇーよ。そういうのは一志がよく撮ってるよ。あいつ、オレらの思い出担当だからな。」
「えーと、長谷川君?だっけ?バスケ部の?」
「あれ?苗字って、一志のこと知らないんだっけ。」
「うーん、あんまり。バスケ部は花形君しか見てなかったもん。」
私がわざと自虐的に笑ってみても、藤真は何も言わない相槌を打ち、今ではこの話を聞き流すようになった。その兆候があらわれたのは高校を卒業するちょっと前から。それ以前は、高校時代の私は花形君の事が好きで、同じクラスで隣の席だった藤真によく恋愛相談を持ちかけては、そこそこ親身になって話を聞いてくれていたというのに。
高校時代を延長した関係性のまま藤真と接したい私が花形君の話題に触れると、藤真が急に黙り込む。今や私の恋の話はどうやら藤真の心を萎ませてしまうらしい。藤真は私に対して友人以上の気持ちを抱いて接してくるくせに、決して私への気持ちは口にしない。そしてこんなことの繰り返しの末、私は藤真に対してとことん鈍感になってやろうと思うのだが、どうにもこうにもこんな場面において、ただ黙ってやり過ごす藤真を見ると、昔の自分と重なってしまい、つい同情にも似た手を差し伸ばしてやりたくなってしまう。だから言い訳のように私は言葉を足してしまうのだ。
「、、、今も花形君のことが好きとかじゃないわよ。でも別にフラれたとか、そんな相手じゃないもん。好きだった人が元気にしてるかな、くらいは思ったっていいじゃない。」
私は藤真を見れずに下を向いた。諦めて気持ちを切り替えるとか、告白してからが勝負だと言えるような積極的な恋愛ができるタイプではない。ただただ自分の気持ちが静かに風化していくのを知ることで恋の終わりを待つことしかできない。花形君についても私の完全なる片思いだったし、今になって思い出せば、特にこれといった二人のエピソードや進展があったわけでもない。花形君との一言、二言の会話を記憶のテープが擦り切れるまで胸の内で反芻して膨らませるだけで、決して花形君に打ち明けることもできない恋だった。高校時代の私といえば、そんな花形君についての話題をきっかけに隣の席にいる藤真を捕まえては、二人で喋っていた時間の方が断然に長い。親密度で言えば、花形君の好きなこと、苦手なこと、普段の口調や仕草よりも、藤真についてのそれらのことの方がよく知っているくらいに、だ。
さらに言えば、私が藤真をどう思っているのかは別にして、私のことが好きなくせに何ら一歩を踏み出さない藤真は、高校時代の自分が目の前にいるみたいで、もどかしくて許容出来ないのだ。そして私は自分に対して毛羽立つ心を都合よく藤真に対するソレにすり替えて投げ付けるのだ。
「あっ!藤真にはそんな相手いないかあ〜!あはは。高校の時から付き合ってもすぐ別れたりしてたもんね。」
「今は誰とも付き合ってないから。」
だから何?え?それ、何アピール?と、私は心の底からげんなりした。藤真は、藤真という男は、てんでに恋愛のやり口が下手くそな男だと思う。左利きのくせに無理やり右手に持ち替えて物事を進めようとするみたいに、全てが上手くいかない。
「彼女作ったらいいじゃない。すぐ出来るよ、藤真は。」
「、、、あー、まあ。うん。」
歯切れの悪い藤真に、そうじゃないでしょ、あんたは誰が好きなのよ、などと突っ込んだ会話が出来るはずもない。そうなったところで、困るのは紛れもなく私なのだから。もう少し藤真がスマートで、優しくって、素直で、男らしくどーんと愛の告白でもしてくれたなら、そりゃ私だって考えなくもないのに。頭の中で藤真に対して、あーだこーだと理想を付け足していけばいくほど、私の心の声はますます大きくなっていき、とうとうため息を吐いて外に漏れた。
「顔はなぁ〜!でももうこの歳になると顔じゃないんだよなぁ〜!」
残っていたビールを勢いよく飲み干し、言葉と共に手に力を込めると空になったプラスチックカップがひしゃげた。
「、、、は?顔?」
「あ。」
私の心の声を藤真に拾われたことに、しまった、と瞬間的に顔をしかめつつも、私は急いで藤真の興味を逸らす。向こうを指差し、さっきよりも大きめの声を出した。
「な、ななな何でもない、、、!あは、あはは!こ、こっちの話!ほら、鳥居見えてきたよ!あっちの信号から渡ろうよっ!」
私はこうやって藤真の視線も心も遮ってしまっている。
***
鳥居をくぐると、石畳が一直線に伸びており、さらに何段にも渡る石の階段が見えた。あの長い長い石段を登った先に本殿があるのだろう。私達が目指す先と人の往来に視線を移しながら私は聞いた。
「ここって、どういう神社?」
「そんなことも知らずに来てんのかよ。」
「藤真は知ってる?」
「知らない。」
「えー、知っててよ。」
「あのな、何でもかんでもオレに聞くなよ。」
人任せな私の相変わらずさに藤真は飽き飽きした顔で笑った。この会話に妙な既視感を覚え、そして瞬時に思い出した私はぷくくくっと笑いを口の中に溜め、頬を膨らませてニヤついた。それに気付いた藤真が不審そうな目で聞いてくる。
「何ニヤついてんの。」
「いやいやいや、高校ん時もこんな会話してたなと思って。」
「、、、神社の話なんかしたっけ?」
「違うよ、花形君のこと。私が藤真に花形君のことを聞いたら藤真はいつも"オレに聞くなよ"って言ってたなって。それ思い出して笑っちゃった。ふふ、懐かしい。」
「あー、そういうこともあったっけな。」
藤真は境内の社殿を眺めるフリをして私から顔を背けた。藤真の表情は分からないけれど、藤真の態度は分かりやすかった。藤真を蔑ろにした気がして後ろめたさが私の背中をなぞったが、同時に藤真の態度にイラつきもする。私の心がどこへ向いたって藤真には関係ないではないか。藤真の機嫌を損ねたって私がその機嫌を取り返す役目は負っていないのだと居直った。
そうこうしている内に、石畳を通過し、石段の一段目に足をかけた。登った先に何があるのかも見えないほどの急勾配だ。私は目の前の石段を大袈裟に見上げて言った。
「これ何段あるのかな?お参りするところ、もっと上の方?」
「だろうな。」
「うはぁ。明日筋肉痛だ、きっと。」
「明日筋肉痛が来れば良い方だろ、苗字の場合。」
藤真の淡々と述べるその口ぶりが、冗談としてではなく本気でそう思っているようで憎らしくなる。遅れてやってきた鈍感な痛みはただの筋肉痛であるように、私への気持ちはただの勘違いだったと、のちに藤真が笑いぐさにしてくれればいいのに。私は藤真の会話に応えずに無言を貫いて石段へ向かった。藤真の言動に私の心の針がブレてしまうのはもうこりごりなのだという表明のように。
「ううん、良いのよ、名前ちゃん。こんな素敵な彼がいるなんて、早く言ってくれたら良かったのに〜。」
「は、ははは。う、うん、、、。」
「ほんっとにカッコいいわねえ。また近いうちに会いましょ。それじゃあ、藤真君、今日はありがとう。」
「はい。こちらこそありがとうございました。お会いできて良かったです。」
土曜日の昼下がり。ランチのお会計を済ませて店先で別れることになった。にこやかに笑い合う二人。正面には駅を背にした私の叔母。そして私と横並びに並んでいるのは高校時代の同級生の藤真だ。
叔母さんは次の電車に乗るからと、さっさと駅に向かっていく。その足取りの軽さといったら、機嫌が良いことはその後ろ姿からも分かるくらいだ。つまり今回の会食は大成功ということだ。私の心持ちはさておき。
さて、と。一仕事終えた気持ちで私は駅舎に掛かる大時計を確認した。時刻は15時だ。私は大きく深呼吸して隣に並ぶ男に声を掛けた。
「おつかれっしたー。じゃ、うちらも解散ってことで。今日はどうもでした!わざわざこんな場所まで来てもらっちゃって。あっはっは。」
私はせめてもの藤真への礼儀として、少しばかりの冷や汗を混ぜた笑顔を残して、そそくさと藤真の前を立ち去ろうとした。立つ鳥跡を濁さず、である。すると、私の腕を掬い上げるように掴み、藤真は顔に似合わないドスの効いた低い声を出した。
「おーい、待、て、よ。」
藤真の笑顔が怖い。
***
叔母と待ち合わせをした駅の北側より地下道を通り抜け、南側にやってくるとそこはまた違った街並みを見せる。赤い鳥居をくぐれば、参道には賑やかなお土産屋と飲食店が道の両脇に並び立つ。
「どこもかしこも、、、カップルばっかりじゃない。だから嫌なのよ、こういうザ・観光地って。」
私が腕組みをしてブツブツと文句を言っているところに、プラスチックカップに注がれた琥珀色が視界を遮った。そしてそれを藤真が私に押し付けるようにして渡してきた。すぐ脇にあった露店で買ってきたらしい。
「お前さあ、卑屈なんだよ、昔っから。休日くらい楽しめよ。な?名前?」
藤真が私の名前をわざと親しげに呼んでくる。その声の調子に私は全てを正したくなって、うらめしく藤真を見返して言った。
「もう続けなくていいってば。彼氏役。」
それなのに藤真は意に介すこともなく、プラスチックカップに並々と注がれたビールの泡を飲み込んで続けた。
「そう?新鮮でいいと思ったんだけどな。」
「どこが。」
実は今日、ランチを兼ねて叔母に藤真を彼氏だと紹介した。ある一定の年齢を過ぎてくると、世話好きな親戚からのお見合い話が舞い込んでくる。幾度となくそんな話を寄越されては軽く受け流していた私だったが、愛想笑いで毎回凌ぎを削らねばならぬことにいよいよ辟易し始めてしまっていた。ちょうど私はその頃、残業続きで仕事も繁忙期を迎えており、おそらく疲れていたのかと思う。精神の疲弊は思考の鈍さを加速させた。こうなれば、少しの間の時間稼ぎと親戚への牽制という意味で「彼氏がいる。」と触れ回ろう、と思い切ったのが先月のこと。しかし口頭で報告しただけでは信じない者もいるのだ。そこで親戚筋で一番の世話好きである叔母と会食の場を設けて、一度でも彼氏を見せたらば、暫くの間だけでも事態は沈静化するだろうと期待して決戦(というほどでもないか)の日を迎えたのが本日。別に彼氏でもなんでもない高校時代の同級生の藤真を連れて。
ちなみに何故、藤真に彼氏役という白羽の矢を立てたのかを説明したい。第一に私の持てる限りの人脈を辿ってもダントツに顔が良い。これは外見にプライオリティーを高く見積もるアイドル好きの叔母には効果抜群だと見越してだ。藤真以上に顔の良いお見合い相手なんてそう簡単には見つけて来れないはずだ。叔母からしたら、凡そ平らな私の隣に藤真が(名ばかりではあるが)彼氏として隣に立っていることすら奇跡だと思ってさえいた。
「ねえ、どこまで歩くのよ、藤真。駅、遠くなるじゃん。」
藤真は参道の人混みを上手に交わしながらずんずんと歩いていくから、私は下を向いていた頭を藤真へ向き直して聞いた。
「せっかくだからこの道の一番端まで歩こうぜ。昼食べたばっかだし、ちと運動も兼ねて。」
「うーん、まあ、、、それもアリかぁ。」
先程の会食では叔母が藤真の外見に舞い上がって、とにかくたくさん注文したもんだからお腹はパンパンなのだ。私と藤真は二人で胃をさすりながら大きく息を吐いて歩いた。
「この先、確か神社とかあったろ?」
「ああ、そういえば。じゃ、お参りして帰ろっと。」
「何?何か願い事でもあんの?苗字。」
藤真が尋ねたので、私は一呼吸おき、考えるフリをした。そして用意していたこの回答でもって藤真を一気に振り切ろうとした。
「えー?彼氏が出来ますように、に決まってるでしょ。」
「、、、あっそ。」
私のお決まりの言葉に藤真は興味が無いとでもあえて表現したかったのか、そっぽを向いてビールに口をつけた。そんな藤真の様子も藤真の透けて見える気持ちも見慣れてしまった。それにそんな藤真を知っていながら私がこうして突き放した言い方とスタンスを貫くことも、最早いつものルーティンにすらなりつつある。
藤真を彼氏役として抜擢した第二の理由。藤真は私のことが好きなのだ。多分。いや、間違いなく。言われたことはないけれど。だから彼氏役を頼んだところで、きっとノーとは言わないだろうという打算的要素があった。彼の恋心を分かっていながら利用して、彼氏役を軽口で依頼出来てしまう私の人間性はさておき。そして結果的に藤真は私の頼みを断らなかったし、叔母の前での彼氏としての立ち回りも見事にやってのけてくれた。ゆえに今日ばかりは私の都合に一方的に合わせてもらった手前、藤真の誘いを無下に断ることも出来ず、私は藤真の隣を黙って歩くこととした。
「なんで観光地ってペルシャ絨毯売ってんだろな。観光地あるある?見てみろよ、あそこの壁に掛けてあんの、25万だって。苗字買えよ。せっかくだから。」
「ぶっ!せっかくって何!?」
二人で食後の運動と称して観光地を歩いていたところに、藤真が伝えてきたペルシャ絨毯のお店。藤真が指差した手書きの値札も商品そのものも観光地に似つかわしくないにも関わらず、その店構えは妙に堂々としており、異物感を観光地らしさに昇華させている気がしてきた。不思議と風景に馴染んでしまっていて可笑しい。ご当地名産ですらないものを私に買えと平気で言ってくる藤真の冗談も更に笑いを誘った。いくつかの可笑しさが重なって私が体を震わせ、体をくの字に曲げたもんだから、持ってたビールをこぼしそうになる。咄嗟にそれを口を持っていくとその私の仕草にオヤジかよ、と突っ込んで今度は藤真が笑った。
私は藤真との気安く、そして微妙で不安定な関係が嫌いではなかった。最近でこそこの関係は曖昧に友情に愛情を混ぜた色合いが増してきているのだが、そもそも私達のスタートはこうではなかったはずだ。ふと、藤真と仲良くなった高校時代を振り返ってみれば、やはり背の高い彼の姿が真っ先に思い出される。私は目を細めるようにして藤真に聞いた。
「ねえ、藤真。花形君元気にしてる?私、卒業してから一度も会ってないなあ。」
「まあまあ元気してるよ。っつってもオレも花形に会ったの年末だけど。」
「なんか写真とかないの?見せてよ。」
「、、、無ぇーよ。そういうのは一志がよく撮ってるよ。あいつ、オレらの思い出担当だからな。」
「えーと、長谷川君?だっけ?バスケ部の?」
「あれ?苗字って、一志のこと知らないんだっけ。」
「うーん、あんまり。バスケ部は花形君しか見てなかったもん。」
私がわざと自虐的に笑ってみても、藤真は何も言わない相槌を打ち、今ではこの話を聞き流すようになった。その兆候があらわれたのは高校を卒業するちょっと前から。それ以前は、高校時代の私は花形君の事が好きで、同じクラスで隣の席だった藤真によく恋愛相談を持ちかけては、そこそこ親身になって話を聞いてくれていたというのに。
高校時代を延長した関係性のまま藤真と接したい私が花形君の話題に触れると、藤真が急に黙り込む。今や私の恋の話はどうやら藤真の心を萎ませてしまうらしい。藤真は私に対して友人以上の気持ちを抱いて接してくるくせに、決して私への気持ちは口にしない。そしてこんなことの繰り返しの末、私は藤真に対してとことん鈍感になってやろうと思うのだが、どうにもこうにもこんな場面において、ただ黙ってやり過ごす藤真を見ると、昔の自分と重なってしまい、つい同情にも似た手を差し伸ばしてやりたくなってしまう。だから言い訳のように私は言葉を足してしまうのだ。
「、、、今も花形君のことが好きとかじゃないわよ。でも別にフラれたとか、そんな相手じゃないもん。好きだった人が元気にしてるかな、くらいは思ったっていいじゃない。」
私は藤真を見れずに下を向いた。諦めて気持ちを切り替えるとか、告白してからが勝負だと言えるような積極的な恋愛ができるタイプではない。ただただ自分の気持ちが静かに風化していくのを知ることで恋の終わりを待つことしかできない。花形君についても私の完全なる片思いだったし、今になって思い出せば、特にこれといった二人のエピソードや進展があったわけでもない。花形君との一言、二言の会話を記憶のテープが擦り切れるまで胸の内で反芻して膨らませるだけで、決して花形君に打ち明けることもできない恋だった。高校時代の私といえば、そんな花形君についての話題をきっかけに隣の席にいる藤真を捕まえては、二人で喋っていた時間の方が断然に長い。親密度で言えば、花形君の好きなこと、苦手なこと、普段の口調や仕草よりも、藤真についてのそれらのことの方がよく知っているくらいに、だ。
さらに言えば、私が藤真をどう思っているのかは別にして、私のことが好きなくせに何ら一歩を踏み出さない藤真は、高校時代の自分が目の前にいるみたいで、もどかしくて許容出来ないのだ。そして私は自分に対して毛羽立つ心を都合よく藤真に対するソレにすり替えて投げ付けるのだ。
「あっ!藤真にはそんな相手いないかあ〜!あはは。高校の時から付き合ってもすぐ別れたりしてたもんね。」
「今は誰とも付き合ってないから。」
だから何?え?それ、何アピール?と、私は心の底からげんなりした。藤真は、藤真という男は、てんでに恋愛のやり口が下手くそな男だと思う。左利きのくせに無理やり右手に持ち替えて物事を進めようとするみたいに、全てが上手くいかない。
「彼女作ったらいいじゃない。すぐ出来るよ、藤真は。」
「、、、あー、まあ。うん。」
歯切れの悪い藤真に、そうじゃないでしょ、あんたは誰が好きなのよ、などと突っ込んだ会話が出来るはずもない。そうなったところで、困るのは紛れもなく私なのだから。もう少し藤真がスマートで、優しくって、素直で、男らしくどーんと愛の告白でもしてくれたなら、そりゃ私だって考えなくもないのに。頭の中で藤真に対して、あーだこーだと理想を付け足していけばいくほど、私の心の声はますます大きくなっていき、とうとうため息を吐いて外に漏れた。
「顔はなぁ〜!でももうこの歳になると顔じゃないんだよなぁ〜!」
残っていたビールを勢いよく飲み干し、言葉と共に手に力を込めると空になったプラスチックカップがひしゃげた。
「、、、は?顔?」
「あ。」
私の心の声を藤真に拾われたことに、しまった、と瞬間的に顔をしかめつつも、私は急いで藤真の興味を逸らす。向こうを指差し、さっきよりも大きめの声を出した。
「な、ななな何でもない、、、!あは、あはは!こ、こっちの話!ほら、鳥居見えてきたよ!あっちの信号から渡ろうよっ!」
私はこうやって藤真の視線も心も遮ってしまっている。
***
鳥居をくぐると、石畳が一直線に伸びており、さらに何段にも渡る石の階段が見えた。あの長い長い石段を登った先に本殿があるのだろう。私達が目指す先と人の往来に視線を移しながら私は聞いた。
「ここって、どういう神社?」
「そんなことも知らずに来てんのかよ。」
「藤真は知ってる?」
「知らない。」
「えー、知っててよ。」
「あのな、何でもかんでもオレに聞くなよ。」
人任せな私の相変わらずさに藤真は飽き飽きした顔で笑った。この会話に妙な既視感を覚え、そして瞬時に思い出した私はぷくくくっと笑いを口の中に溜め、頬を膨らませてニヤついた。それに気付いた藤真が不審そうな目で聞いてくる。
「何ニヤついてんの。」
「いやいやいや、高校ん時もこんな会話してたなと思って。」
「、、、神社の話なんかしたっけ?」
「違うよ、花形君のこと。私が藤真に花形君のことを聞いたら藤真はいつも"オレに聞くなよ"って言ってたなって。それ思い出して笑っちゃった。ふふ、懐かしい。」
「あー、そういうこともあったっけな。」
藤真は境内の社殿を眺めるフリをして私から顔を背けた。藤真の表情は分からないけれど、藤真の態度は分かりやすかった。藤真を蔑ろにした気がして後ろめたさが私の背中をなぞったが、同時に藤真の態度にイラつきもする。私の心がどこへ向いたって藤真には関係ないではないか。藤真の機嫌を損ねたって私がその機嫌を取り返す役目は負っていないのだと居直った。
そうこうしている内に、石畳を通過し、石段の一段目に足をかけた。登った先に何があるのかも見えないほどの急勾配だ。私は目の前の石段を大袈裟に見上げて言った。
「これ何段あるのかな?お参りするところ、もっと上の方?」
「だろうな。」
「うはぁ。明日筋肉痛だ、きっと。」
「明日筋肉痛が来れば良い方だろ、苗字の場合。」
藤真の淡々と述べるその口ぶりが、冗談としてではなく本気でそう思っているようで憎らしくなる。遅れてやってきた鈍感な痛みはただの筋肉痛であるように、私への気持ちはただの勘違いだったと、のちに藤真が笑いぐさにしてくれればいいのに。私は藤真の会話に応えずに無言を貫いて石段へ向かった。藤真の言動に私の心の針がブレてしまうのはもうこりごりなのだという表明のように。
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