おやすみではない前夜祭(宮城)
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「あはははは!凄〜い!テンション上がる〜!めっちゃ広いじゃん!ベッド大きい〜!」
「はは、、、、それは良かったネ。」
はしゃぐ私を尻目に、力なくリョータ君はベッドに腰掛けた。
「あ〜、気持ちワル、、、。」
「大丈夫?トイレ行く?吐ける?」
「ん〜、ちょっと横になりたい。」
プルルルル。ベッド脇の電話が鳴る。
「リョータ君!これ、どうしたらいいの?出ていいの?」
「あー、オレ出る。」
リョータ君は、んしょ、と手を伸ばしてダルそうに受話器を取った。
「ハイハイ。休憩で。ハイ、、、ドーモ。」
それだけ言って、ガチャンと受話器を置いた。一部始終を興味深く、じっと見つめる私に気付いてリョータ君はピースして言う。
「、、、2時間ね。」
ピースじゃなかった。これは2時間って意味なのね。はーい、と返事しながら、ラブホの無駄に豪華なベッドで私はスプリングを確かめるように跳ねた。
***
高校を卒業して数年ぶりにクラスの同窓会が開かれた。地元を離れて都内の大学へ進学していた私は、久しぶりに会える同級生にはしゃいだ。そしていつも以上にはしゃぐのも、一人暮らしをしているマンションから、わざわざ時間もお金もかけて出席したのにも、理由がある。事前にリサーチしておいたからさ、リョータ君も同窓会に参加するって。
「わー!久しぶり!リョータ君だぁ!」
「あれっ、名前ちゃん!卒業以来?!」
リョータ君は高校三年間、同じクラスだった。高校時代と変わらぬ明るさと、でもちょっと大学生になって垢抜けた雰囲気をまとっていた。私はしれっと隣に陣取る。リョータ君は周りの男子と近況なんかを前のめりになって、楽しそうに喋っていた。ああ、この斜め後ろからのリョータ君を高校時代はひたすら眺めていたなと、ピアスが目に入って思い出す。高校三年間、ずっと、秘めた片想いだった。
「リョータ君もこっちに住んでないんだっけ?」
「うん。県外に出たからね、大学。名前ちゃんは?」
「私も。しかも実家も引越しちゃってるから、こっちに帰ってくることってなくってさ。この辺りの街並みも久しぶりで〜。リョータ君、会いたかったよ〜!」
「またまたぁ〜!名前ちゃん、相変わらずだな!」
バシバシと肩を叩かれる。こんなスキンシップも正直、メチャクチャ嬉しい。ああ、リョータ君を好きだった気持ちが蘇る。
同窓会では定番の、アイツどうしてる?から始まって、高校時代の思い出を掘り起こしてはゲラゲラ笑うを繰り返す。恋バナだって、当時は喋らなかったことまでベラベラと男子も女子も話し出す。お酒の力なのか、それとももう昔話として一区切りついちゃってるからなのか。私は、、、、まだ区切りがついていないなあ、とジョッキを飲み干して、生一つ!と追加オーダーをした。
同級生との恋バナの延長線上に、必ず話題に上ることがある。リョータ君の彩ちゃん病。当時から有名だったリョータ君の彩子への片想いと、それにセットして高校時代に十数人にフラれ続けた話。
「リョータ!今日、彩ちゃん来てないじゃん!」
ふざけた男子が絡んでくる。当時からリョータ君と彩子はセットもので考えられていた。バスケ部のキャプテンとマネージャー。リョータ君はからかわれるのが嬉しそうで、彩子は嫌がっていたのが対照的だった
「オレが知りてーよ!、、、彩ちゃん!」
そう言って、テーブルに突っ伏して泣くフリをするリョータ君。相変わらずの姿に周囲がドッと沸く。みんなが笑っているその中心で、リョータ君は笑いながらジョッキを煽った。だけど私は見逃さなかった。一瞬、切なそうな表情をしたリョータ君を。
「よしよし、リョータ君。今日は好きなだけ飲みなさい。私が介抱してあげるから。」
リョータ君の背中をさすって、みんなの笑いに乗っかる。話題が別のところにうつったところで、私はリョータ君にしか聞こえないボリュームで喋る。
「何悲しそうな顔してんの。今日は一緒に飲もっか?私、お酒、好きだからさ。」
「名前ちゃん、、、、。」
「すみませーん、焼酎セット、こっちに下さーい。あ、リョータ君、水割りでいい?ロック?」
「、、、ロックで。」
「いいね、いいね〜!」
私はグラス二つに、氷をヒョイヒョイと入れて、ボトルのフタをコキュっと元気良く回し開けた。
***
別に今更、リョータ君とどうなりたいとかそういう気持ちが明確にあったわけじゃない。さらに言うと、酔い潰してお持ち帰りしようなんて考えもさらさらなかったのに。いや、そんなこと女の私が考えることじゃないか。なんてツッコミつつ、同窓会の三次会は気が付いたら私とリョータ君を残して、お開きとなっていた。気が付いたらっていうのは、三次会のカラオケ中から、私とリョータ君は部屋から出て、階段の踊り場に座り込んでいたから。私はペットボトルの水を持ち、酔い潰れたリョータ君を宣言通り介抱していた。
「リョータ君、お酒あんまり強くないんだね。」
「名前ちゃん、強すぎだろ、、、、うっ。」
「はいはい、お水、お水!」
「ごめんね、、、オレ、こんなんで。」
「喋らなくていいって。横に居るから、歩けるようになったら言って?」
「うぃ、、、、。」
フランス人かよ、とツッコミそうになったけど、本気で酔っ払っている人には何を言ってもダメだな。階段に座るリョータ君は反対側の壁にもたれかかってデロデロになって目を閉じている。ふふっと一人笑って、隣に腰を下ろした。頬杖をついて彼をマジマジと見る。高校の頃、階段に座るカップルっていうの、憧れたなあ。隣にいる妄想上の彼氏はただの酔っ払いですけれども。ちょっぴりあの頃の夢が叶ったかな。
「う、、、寒ぃ、、、。」
「あ、起きた。」
両腕を抱き合わせて、リョータ君が震えながら喋った。さっきより顔色は悪くない。
「名前ちゃん、今、何時?オレ、寝てた?」
「25時くらい。ちょっとだけ寝てたよ。三次会、もう終わってみんな帰っちゃった。」
「え、、、ゴメン。」
「いや、こちらこそ、ガンガン飲ませてゴメン。帰ろ?立てる?」
夜の繁華街も深夜になるとこのあたりは都会と違って静かなものだ。ゴミがあちこちに散らばっていて喧々たる時間が過ぎた後の物悲しさを語る。私、こういうの苦手。なんだか寂しくなっちゃうんだよね。
「名前ちゃん、今日どうするの?こっちに実家ないっつってたよな?」
「ああ、いいの、いいの。ネカフェで時間潰して明日の朝、帰るから。リョータ君、そこ曲がって、大通りでタクシー拾って帰りなよ。」
「何言ってんの。あちゃー、マズッた。オレのせいで終電逃したよね?」
リョータ君は道端でしゃがみこんで、ため息をついた。こういうとこ、律儀。落ち込んでいる。好き。
「気にしないでよー。元々、楽しすぎて終電逃しちゃうだろうなって思ってたから。」
「いや、気にする!責任持って朝まで付き合う!名前ちゃんと!」
リョータ君は勢い良く立ち上がって言ったそばから、
「うっ、、、立ち眩み、、、気持ち悪いっ。」
「ちょっとぉぉぉー!」
私は腕を持って、脇から支え、口元を抑えるリョータ君を担ぎ起こそうとする。うっ、重たい。背が低い方とはいえ、そりゃ男の人だもの。ガッシリしてる。リョータ君を引っ張り起こしながら、繁華街の誰も居ないアーケードに散るゴミの山が目に入った。楽しくてキラキラしたネオンも賑やかな人の笑い声こそが偽物で、現実なんてこんなものかもしれない。まとめられたゴミ袋もカラスに突つかれ無惨に中身が飛び散っていく様を見て、自分の気持ちとなぜか重なる。リョータ君への気持ちも決して美しいものではないのだと。
「リョータ君!ホントに一緒にいてくれる?」
「えー、、、?あぁ、うん。モチロン。」
「じゃあ、私、一度でいいから行ってみたかったところがあるの。付き合ってくれない?!」
そう言って、脇を支えていたリョータ君の腕に、するりと自分の腕も絡ませる。
「どこ行きたいの?」
「ラブホ。」
リョータ君は目を丸くして私を見た。顔が赤いのは酔っ払っているからだと思う。リョータ君も私も。そういうことにしておこう。
***
「一番安い部屋ね。オレ、金無いから。」
「あ、割り勘しよーね。」
「、、、や、いいから。」
部屋の写真が並んでるロビーで、リョータ君はポチっと一つの部屋のボタンを押した。
高校時代、よく自販機の前にいると、ジュース奢ってくれていたことをふと思い出した。私がリョータ君を調子に乗らせて奢らせてたっていうのもあるけど。今みたいに、金無いのに!なんてブツクサ言って。それでも絶対買ってくれるリョータ君が好きだった。それが今やジュース代からホテル代に変わったのだから、この状況も可笑しいし、二人とももう高校生のあの頃とは違うんだ、と思わされる。
「行こ。」
「ちょっと、まだフラついてるじゃん。」
と言って、しっかりとリョータ君と腕を組む私。お酒の力って素晴らしいな、と思う日もあるのだけれど、まさに今がそれ。恋人ではないのに、腕を組んでラブホテルにやってきた。それもずっと片想いしていた彼とだ。腕を組んで歩く。これも高校時代夢見てたこと。また一つ夢が叶ったな。形ばかりのハリボテな夢ですが。
ベッドに寝転ぶリョータ君を放って、私はいちいち感動していた。ラブホ初心者な私だから、どれもこれも新鮮に映る。アメニティも充実していて、お風呂も広い。ジェットバス付き!?マジで!?やだー、めちゃくちゃイイトコじゃん、ラブホって!一人で喋りながら、椅子に座り、テーブルに置いてた缶チューハイを開けた。缶チューハイはホテルに入る前に、買ってきた。リョータ君がコンビニに寄ってから行くよ、と言ったから。そう、ここまでのスムーズな流れ、そして誘導。リョータ君、ラブホ結構利用してるでしょ、と思いつつ、缶チューハイを流し込んだ。
「、、、まだ飲むのかよ。」
「えへへ。リョータ君、寝ときなよ。休憩2時間ね。」
缶チューハイを片手に私はリョータ君に向かってピースする。2時間という意味で。
「休憩ね、、、。ははは。」
リョータ君は両手を額に当てて寝転んだまま話す。
「オレら、なんでこんなとこいるんだろ。」
「私、ラブホ行ったことなかったから興味あったんだもん。酩酊状態のリョータ君連れ回すのは重たいし、ベッドあるところの方が都合いいかなって。」
ホテルにいく前にも同じ様な事を言って、最初は戸惑っていたリョータ君を説得というか、テキトーにあしらって、無理矢理連れてきてもらった。これはシラフでは絶対無理なやつ。私は缶チューハイをまた一口飲んで言う。
「大丈夫。何もしないよ。」
「それ、どっちかっつーと、男の方の台詞じゃね?で、一番信用ならないやつな。」
「あはははは。そうそう。」
私はリョータ君の反対側からベッドによじ登り、ヘッドボードに手を伸ばして、綺麗に並べられている避妊具を一つ、手に取った。
「これ、もし足りなくなったらどうするの?」
「フロントに電話したら追加、持ってきてくれるよ。」
「ふーん。ってか、足りなくなるまでできるもん?こんなにあるけど。そんなにヤれる人いる?時間を置いて複数回ってこと?それとも連続で?」
「知らねーよ。何でこんな話、名前ちゃんとしなきゃなんねーの。」
「気になるじゃん。世の中のセックス事情。自分が実はマイナーだったらどうしよう、とか思ったりしない?」
「ははは、何それ、ウケる。」
「高校の時、男子も女子もゴム持ち歩くの流行ってなかった?」
「、、、あった。財布に入れてな。使わねーくせにな。彼女いないのに。」
ゲラゲラとリョータ君が笑う。
「あ、名前ちゃんは彼氏いたな。高校ん時、3組の奴と付き合ってなかったっけ?」
「ああ、それ2年の時ね。卒業する前は違う人だった、、かな?」
「名前ちゃん、男が途切れないイメージだった。可愛いもんな。」
「遊んでる感じだったでしょ?」
「、、、そっかな?彼氏できたら、オレとあんまり話さなくなるんだよな。真面目だなっていう印象あったよ。」
「え、、、そ、そうだったっけ?」
動揺した。リョータ君、それ、大ハズレ。私、真面目なんかじゃないよ。リョータ君が彩子に片想いしている期間と同じく、私だってリョータ君に片想いしていたんだよ。リョータ君が彩子への未練を断ち切るために、色んな女の子にアタックしているのと同じく、私も色んな男の子と付き合ってみたりもしたんだよ。リョータ君を忘れようとする気持ちもあったし、私がほかの男子と付き合うことで、少しくらい私を気にしてくれないかなっていうズルい気持ちもあった。彼氏ができたらわざとリョータ君に話しかけなくなったりしてさ。真面目どころか不純なまま、今になってもまだどこかでリョータ君を想いながら、別の人とフラフラしている私はバカかもしれない。
「リョータ君は、、、。」
「ん?」
「一途なタイプだったよね。」
「、、、んなことないよ。高校時代、何人にフラれたと思ってんの。」
「一途だからこそでしょ。本命に振り向いて欲しくて、ね?フってくれそう女子ばかり選んでたでしょ。」
リョータ君は黙った。この無言が答えなのかもしれない。私達は背中を向け合って寝ている。二人の間には深い深いシーツのシワと距離がある。リョータ君は私だ。どうにもならない思いを抱え、どうにもならないこともあるのだと知った三年間だった。そんなことを思い出して、まぶたが涙を押し出した。バレないように拭った。ああ、私も酔ってる。感情が剥き出しになる。ここはラブホテルで。私は洋服を着ているのに。ベッドの上で丸裸にされている気分だった。
***
目を閉じていたらいつの間にか眠っていた。リョータ君がトイレから出てくる音で覚める。
「ねぇ?今どれくらい経った?」
ラブホの閉鎖的な空間は時間を忘れさせる。窓もあるにはあるけど、ガッチリ閉ざされているし、外の気配を感じられない。二人だけが、外とは違う時間軸で動いているような感覚に陥る。でももうそれも終わる。
「あと20分くらいで出るよ。」
「はーい。分っかりましたー。」
「軽いな、名前ちゃん。」
リョータ君はペットボトルの水を口に含んだ。その仕草も、好き。
「ラブホ、ホントに初めてだった?」
「うん。割とガチでマジで。あ、処女とかじゃないんで!それも割とガチでマジで。」
「ブフッ!そういうのイチイチ言わなくてもいいから。」
拍子に、含んだ水を吹き出したリョータ君はゲホゴホ言いながら、そばにあるティッシュを2、3枚引き抜いて、口を拭う。
「なんかリョータ君、真面目そうだから今日のこと重たく受け取られたらヤダなって、、、。」
私は無駄に広いベッドにちょこんと体操座りして、体を丸めた。
「あのさ、名前ちゃん、勘違いしてない?オレ、そんなに真面目な男じゃないよ。大学入ってからフラフラ遊んでるし。こうやって、平気で女の子とホテル行けちゃうし。」
「うん、それは言わなくても分かる。小慣れてる感あるもん。ラブホに。」
ブフッ!またリョータ君はティッシュを2、3枚引き抜く。ふふっと笑って、私は今日イチ、聞きたかったことをようやく話題にする。
「彩子、同窓会、来てなかったね。」
「ん、、、。」
「会いたかった?ってか、バスケ部の集まりとかあるのか。そっちでも顔合わせる機会あるんだ?」
少しリサーチ気味に窺う。いいでしょ、これくらい。私はリョータ君が一途に思えば、もしかしたらいつか彩子が折れて、付き合う日が来るんじゃないかと思っていた。そうなれば私も区切りだってついたかもしれないのに。
「連絡全然とってねーよ。部活の集まりも来たり、来なかったりかな。」
「元気してるかな?彩子。」
「彩ちゃん、付き合ってる男いるよ。あと、高校ん時、がっつりフラれてるからね、オレ。」
「がっつり?何度もアタックしてもめげないリョータ君って感じだったけど。」
「いや、ちゃんと告ったの、一回だけ。撃沈だったけど。」
「そうなの?意外、、、。」
「フラれてるんだぜ?これで未練タラタラなんてダサいじゃん。大学行って、何人か付き合ったし、彩ちゃん以外の子を好きになれることもちゃんと分かってんだよ、オレ。」
「うん。」
「だから彩ちゃんに会いたいとか、そんなの全然もうないの。」
「うん。」
「けど、同窓会って一気に引き戻されるよね。彩ちゃん居ないのに、その場の面子とか、会話とか、雰囲気とか、高校の頃の空気感ひっくるめて懐かしいっていうか、、、。あー、オレ、めっちゃあの頃、好きだったわー、みたいな。」
「うん、、、。」
全くもって同じ気持ちの女がここにいるよ、リョータ君。ただ私の場合は、昔からフラれてるようなもんなのに、未練タラタラなんですけどね。鼻をすすった。リョータ君を想ってなのか、自分を想ってなのかもう分からない。気持ちが混同しちゃってる。
「名前ちゃんがなんで涙ぐんでるんだよ。優しいよな、今日もさ、声かけてくれてさ。あ、高校の頃もよく気にかけてくれてたよな。」
それは、当時から付け入る隙がないのかどうか探りを入れていたからっていうか。すみません、未練タラタラ女で。私だって、リョータ君以外の人を好きになれるよ。すっかり忘れてたこともあるよ。でも、会ってしまったら。顔を見たら。声を聞いたら。懐かしい気持ちよりも、好きだって気持ちが勝った。
けれど当時と違うことがある。今の私は、心以外にもヤケクソな愛情を吐き出す方法があることも、簡単にタガを外せる自分がいることも知っている。ああ、好きが歪む。一時でも満たされたらそれでも構わないと思う動物的なむき出しの卑しさが飛び出した。
「リョータ君。」
「何?」
「せっかくだからエッチして帰る?私、嫌じゃないよ。エッチも、リョータ君も。」
ほんとは嫌いどころか、大好きだけどね、リョータ君のこと。リョータ君は、押し黙って、少し考えるような顔をした後、ベッドに乗り上がってきた。体操座りする私に向かって、ジリジリとにじり寄って、二人の距離が縮まる。顔がギリギリまで近付いて、リョータ君の影が私に被さる。しばし止まる。あ、来る。
ゴツっ!
「痛ったぁーー!」
来たのはリョータ君の頭突きだった。
「あと20分しかないじゃん!そんなにオレ、早くないから!!!」
「そこ、力強く言われても、、、。ふふ。」
「ははは。」
「あは、あははっ!あはははははっ!」
二人でベッドに沈み込んだ。向き合ってゲラゲラと腹を抱えて笑った。ひとしきり笑い合った後、リョータ君が喋り出した。
「本気で酔ってたら、多分ノリでホテル入って速攻でヤってた、と思う。」
「今も酔ってるでしょ。さっき近付いて来た時、酒臭かったもん。」
「いや、ホテル誘われた時点で、酔い、めっちゃ冷めたから、マジで。」
「え。」
「はぁぁぁ。同窓会って、こんなベタな展開あるんだね。名前ちゃん、可愛い上にエロいんだもん。さっきの言い方もヤバくない?グッとくるじゃん。なんつーの?ちょっと上から目線っていうかさ、誘ってくる感じとかさ、、、!」
リョータ君はガバっと起き上がり、尻尾振り回す犬のように私を見る。
「あの、そんな解説やめてもらっていいですか、、、。何興奮してんの。」
「名前ちゃん、明日、、、あっ、今日か。朝、東京戻った後なんか予定あんの?」
「、、、特に何も。夜からバイト入ってるくらいで。」
リョータ君は、ベッド脇に手を伸ばし、受話器を取った。
「あ、もしもし?すんません。宿泊に変更してもらっていいスか?」
今度は私が目を丸くした。受話器を置いて、一呼吸おいて、リョータ君が振り返った。
「もう少し、名前ちゃんと一緒にいたいんだけど。いい?」
「ぷっ。もう泊まることになってるじゃん。順番が逆だよ!」
「少し寝てさ、風呂入って、一緒に帰ろう。」
「、、、それは、エッチ込みの話?」
「いや、無し。そこはちゃんとしたい。」
「ちゃんとって、、、?」
「名前ちゃんとは、いっぱい話して、どっか出かけたり、好きなもの食べて、色んなもの見たり、フツーに一緒にいて楽しく過ごしたいからさ。好きになりたいし、名前ちゃんにも、オレのことも好きになって欲しいなって思ったから。」
私はもうずっと前から好きだったよ、リョータ君っ!と心の中で叫んだ。でもまだこのことはもう少し秘密にさせて。弾けそうな胸を押さえる私に、リョータ君は、あとさ、、、と言いにくそうに続ける。
「さっきの20分が云々ってくだりさ、一旦忘れて?」
「はい?」
「いや、あの、20分はちょっと見栄張ったかもしんない、、、。酔ってんな、オレ、、、。」
「リョータ君、、、。」
私が苦笑する姿に少し安心したのか、
「お!ここ、朝食サービスあるじゃん。(無料)だって。ラッキー。起きたら頼もうよ。」
リョータ君はテーブルに置いてあるホテル備え置きの冊子を手に取り、パラパラめくって嬉しそうに言った。私はリョータ君の切り替えの速さに爆笑しながら頷いた。
「はは、、、、それは良かったネ。」
はしゃぐ私を尻目に、力なくリョータ君はベッドに腰掛けた。
「あ〜、気持ちワル、、、。」
「大丈夫?トイレ行く?吐ける?」
「ん〜、ちょっと横になりたい。」
プルルルル。ベッド脇の電話が鳴る。
「リョータ君!これ、どうしたらいいの?出ていいの?」
「あー、オレ出る。」
リョータ君は、んしょ、と手を伸ばしてダルそうに受話器を取った。
「ハイハイ。休憩で。ハイ、、、ドーモ。」
それだけ言って、ガチャンと受話器を置いた。一部始終を興味深く、じっと見つめる私に気付いてリョータ君はピースして言う。
「、、、2時間ね。」
ピースじゃなかった。これは2時間って意味なのね。はーい、と返事しながら、ラブホの無駄に豪華なベッドで私はスプリングを確かめるように跳ねた。
***
高校を卒業して数年ぶりにクラスの同窓会が開かれた。地元を離れて都内の大学へ進学していた私は、久しぶりに会える同級生にはしゃいだ。そしていつも以上にはしゃぐのも、一人暮らしをしているマンションから、わざわざ時間もお金もかけて出席したのにも、理由がある。事前にリサーチしておいたからさ、リョータ君も同窓会に参加するって。
「わー!久しぶり!リョータ君だぁ!」
「あれっ、名前ちゃん!卒業以来?!」
リョータ君は高校三年間、同じクラスだった。高校時代と変わらぬ明るさと、でもちょっと大学生になって垢抜けた雰囲気をまとっていた。私はしれっと隣に陣取る。リョータ君は周りの男子と近況なんかを前のめりになって、楽しそうに喋っていた。ああ、この斜め後ろからのリョータ君を高校時代はひたすら眺めていたなと、ピアスが目に入って思い出す。高校三年間、ずっと、秘めた片想いだった。
「リョータ君もこっちに住んでないんだっけ?」
「うん。県外に出たからね、大学。名前ちゃんは?」
「私も。しかも実家も引越しちゃってるから、こっちに帰ってくることってなくってさ。この辺りの街並みも久しぶりで〜。リョータ君、会いたかったよ〜!」
「またまたぁ〜!名前ちゃん、相変わらずだな!」
バシバシと肩を叩かれる。こんなスキンシップも正直、メチャクチャ嬉しい。ああ、リョータ君を好きだった気持ちが蘇る。
同窓会では定番の、アイツどうしてる?から始まって、高校時代の思い出を掘り起こしてはゲラゲラ笑うを繰り返す。恋バナだって、当時は喋らなかったことまでベラベラと男子も女子も話し出す。お酒の力なのか、それとももう昔話として一区切りついちゃってるからなのか。私は、、、、まだ区切りがついていないなあ、とジョッキを飲み干して、生一つ!と追加オーダーをした。
同級生との恋バナの延長線上に、必ず話題に上ることがある。リョータ君の彩ちゃん病。当時から有名だったリョータ君の彩子への片想いと、それにセットして高校時代に十数人にフラれ続けた話。
「リョータ!今日、彩ちゃん来てないじゃん!」
ふざけた男子が絡んでくる。当時からリョータ君と彩子はセットもので考えられていた。バスケ部のキャプテンとマネージャー。リョータ君はからかわれるのが嬉しそうで、彩子は嫌がっていたのが対照的だった
「オレが知りてーよ!、、、彩ちゃん!」
そう言って、テーブルに突っ伏して泣くフリをするリョータ君。相変わらずの姿に周囲がドッと沸く。みんなが笑っているその中心で、リョータ君は笑いながらジョッキを煽った。だけど私は見逃さなかった。一瞬、切なそうな表情をしたリョータ君を。
「よしよし、リョータ君。今日は好きなだけ飲みなさい。私が介抱してあげるから。」
リョータ君の背中をさすって、みんなの笑いに乗っかる。話題が別のところにうつったところで、私はリョータ君にしか聞こえないボリュームで喋る。
「何悲しそうな顔してんの。今日は一緒に飲もっか?私、お酒、好きだからさ。」
「名前ちゃん、、、、。」
「すみませーん、焼酎セット、こっちに下さーい。あ、リョータ君、水割りでいい?ロック?」
「、、、ロックで。」
「いいね、いいね〜!」
私はグラス二つに、氷をヒョイヒョイと入れて、ボトルのフタをコキュっと元気良く回し開けた。
***
別に今更、リョータ君とどうなりたいとかそういう気持ちが明確にあったわけじゃない。さらに言うと、酔い潰してお持ち帰りしようなんて考えもさらさらなかったのに。いや、そんなこと女の私が考えることじゃないか。なんてツッコミつつ、同窓会の三次会は気が付いたら私とリョータ君を残して、お開きとなっていた。気が付いたらっていうのは、三次会のカラオケ中から、私とリョータ君は部屋から出て、階段の踊り場に座り込んでいたから。私はペットボトルの水を持ち、酔い潰れたリョータ君を宣言通り介抱していた。
「リョータ君、お酒あんまり強くないんだね。」
「名前ちゃん、強すぎだろ、、、、うっ。」
「はいはい、お水、お水!」
「ごめんね、、、オレ、こんなんで。」
「喋らなくていいって。横に居るから、歩けるようになったら言って?」
「うぃ、、、、。」
フランス人かよ、とツッコミそうになったけど、本気で酔っ払っている人には何を言ってもダメだな。階段に座るリョータ君は反対側の壁にもたれかかってデロデロになって目を閉じている。ふふっと一人笑って、隣に腰を下ろした。頬杖をついて彼をマジマジと見る。高校の頃、階段に座るカップルっていうの、憧れたなあ。隣にいる妄想上の彼氏はただの酔っ払いですけれども。ちょっぴりあの頃の夢が叶ったかな。
「う、、、寒ぃ、、、。」
「あ、起きた。」
両腕を抱き合わせて、リョータ君が震えながら喋った。さっきより顔色は悪くない。
「名前ちゃん、今、何時?オレ、寝てた?」
「25時くらい。ちょっとだけ寝てたよ。三次会、もう終わってみんな帰っちゃった。」
「え、、、ゴメン。」
「いや、こちらこそ、ガンガン飲ませてゴメン。帰ろ?立てる?」
夜の繁華街も深夜になるとこのあたりは都会と違って静かなものだ。ゴミがあちこちに散らばっていて喧々たる時間が過ぎた後の物悲しさを語る。私、こういうの苦手。なんだか寂しくなっちゃうんだよね。
「名前ちゃん、今日どうするの?こっちに実家ないっつってたよな?」
「ああ、いいの、いいの。ネカフェで時間潰して明日の朝、帰るから。リョータ君、そこ曲がって、大通りでタクシー拾って帰りなよ。」
「何言ってんの。あちゃー、マズッた。オレのせいで終電逃したよね?」
リョータ君は道端でしゃがみこんで、ため息をついた。こういうとこ、律儀。落ち込んでいる。好き。
「気にしないでよー。元々、楽しすぎて終電逃しちゃうだろうなって思ってたから。」
「いや、気にする!責任持って朝まで付き合う!名前ちゃんと!」
リョータ君は勢い良く立ち上がって言ったそばから、
「うっ、、、立ち眩み、、、気持ち悪いっ。」
「ちょっとぉぉぉー!」
私は腕を持って、脇から支え、口元を抑えるリョータ君を担ぎ起こそうとする。うっ、重たい。背が低い方とはいえ、そりゃ男の人だもの。ガッシリしてる。リョータ君を引っ張り起こしながら、繁華街の誰も居ないアーケードに散るゴミの山が目に入った。楽しくてキラキラしたネオンも賑やかな人の笑い声こそが偽物で、現実なんてこんなものかもしれない。まとめられたゴミ袋もカラスに突つかれ無惨に中身が飛び散っていく様を見て、自分の気持ちとなぜか重なる。リョータ君への気持ちも決して美しいものではないのだと。
「リョータ君!ホントに一緒にいてくれる?」
「えー、、、?あぁ、うん。モチロン。」
「じゃあ、私、一度でいいから行ってみたかったところがあるの。付き合ってくれない?!」
そう言って、脇を支えていたリョータ君の腕に、するりと自分の腕も絡ませる。
「どこ行きたいの?」
「ラブホ。」
リョータ君は目を丸くして私を見た。顔が赤いのは酔っ払っているからだと思う。リョータ君も私も。そういうことにしておこう。
***
「一番安い部屋ね。オレ、金無いから。」
「あ、割り勘しよーね。」
「、、、や、いいから。」
部屋の写真が並んでるロビーで、リョータ君はポチっと一つの部屋のボタンを押した。
高校時代、よく自販機の前にいると、ジュース奢ってくれていたことをふと思い出した。私がリョータ君を調子に乗らせて奢らせてたっていうのもあるけど。今みたいに、金無いのに!なんてブツクサ言って。それでも絶対買ってくれるリョータ君が好きだった。それが今やジュース代からホテル代に変わったのだから、この状況も可笑しいし、二人とももう高校生のあの頃とは違うんだ、と思わされる。
「行こ。」
「ちょっと、まだフラついてるじゃん。」
と言って、しっかりとリョータ君と腕を組む私。お酒の力って素晴らしいな、と思う日もあるのだけれど、まさに今がそれ。恋人ではないのに、腕を組んでラブホテルにやってきた。それもずっと片想いしていた彼とだ。腕を組んで歩く。これも高校時代夢見てたこと。また一つ夢が叶ったな。形ばかりのハリボテな夢ですが。
ベッドに寝転ぶリョータ君を放って、私はいちいち感動していた。ラブホ初心者な私だから、どれもこれも新鮮に映る。アメニティも充実していて、お風呂も広い。ジェットバス付き!?マジで!?やだー、めちゃくちゃイイトコじゃん、ラブホって!一人で喋りながら、椅子に座り、テーブルに置いてた缶チューハイを開けた。缶チューハイはホテルに入る前に、買ってきた。リョータ君がコンビニに寄ってから行くよ、と言ったから。そう、ここまでのスムーズな流れ、そして誘導。リョータ君、ラブホ結構利用してるでしょ、と思いつつ、缶チューハイを流し込んだ。
「、、、まだ飲むのかよ。」
「えへへ。リョータ君、寝ときなよ。休憩2時間ね。」
缶チューハイを片手に私はリョータ君に向かってピースする。2時間という意味で。
「休憩ね、、、。ははは。」
リョータ君は両手を額に当てて寝転んだまま話す。
「オレら、なんでこんなとこいるんだろ。」
「私、ラブホ行ったことなかったから興味あったんだもん。酩酊状態のリョータ君連れ回すのは重たいし、ベッドあるところの方が都合いいかなって。」
ホテルにいく前にも同じ様な事を言って、最初は戸惑っていたリョータ君を説得というか、テキトーにあしらって、無理矢理連れてきてもらった。これはシラフでは絶対無理なやつ。私は缶チューハイをまた一口飲んで言う。
「大丈夫。何もしないよ。」
「それ、どっちかっつーと、男の方の台詞じゃね?で、一番信用ならないやつな。」
「あはははは。そうそう。」
私はリョータ君の反対側からベッドによじ登り、ヘッドボードに手を伸ばして、綺麗に並べられている避妊具を一つ、手に取った。
「これ、もし足りなくなったらどうするの?」
「フロントに電話したら追加、持ってきてくれるよ。」
「ふーん。ってか、足りなくなるまでできるもん?こんなにあるけど。そんなにヤれる人いる?時間を置いて複数回ってこと?それとも連続で?」
「知らねーよ。何でこんな話、名前ちゃんとしなきゃなんねーの。」
「気になるじゃん。世の中のセックス事情。自分が実はマイナーだったらどうしよう、とか思ったりしない?」
「ははは、何それ、ウケる。」
「高校の時、男子も女子もゴム持ち歩くの流行ってなかった?」
「、、、あった。財布に入れてな。使わねーくせにな。彼女いないのに。」
ゲラゲラとリョータ君が笑う。
「あ、名前ちゃんは彼氏いたな。高校ん時、3組の奴と付き合ってなかったっけ?」
「ああ、それ2年の時ね。卒業する前は違う人だった、、かな?」
「名前ちゃん、男が途切れないイメージだった。可愛いもんな。」
「遊んでる感じだったでしょ?」
「、、、そっかな?彼氏できたら、オレとあんまり話さなくなるんだよな。真面目だなっていう印象あったよ。」
「え、、、そ、そうだったっけ?」
動揺した。リョータ君、それ、大ハズレ。私、真面目なんかじゃないよ。リョータ君が彩子に片想いしている期間と同じく、私だってリョータ君に片想いしていたんだよ。リョータ君が彩子への未練を断ち切るために、色んな女の子にアタックしているのと同じく、私も色んな男の子と付き合ってみたりもしたんだよ。リョータ君を忘れようとする気持ちもあったし、私がほかの男子と付き合うことで、少しくらい私を気にしてくれないかなっていうズルい気持ちもあった。彼氏ができたらわざとリョータ君に話しかけなくなったりしてさ。真面目どころか不純なまま、今になってもまだどこかでリョータ君を想いながら、別の人とフラフラしている私はバカかもしれない。
「リョータ君は、、、。」
「ん?」
「一途なタイプだったよね。」
「、、、んなことないよ。高校時代、何人にフラれたと思ってんの。」
「一途だからこそでしょ。本命に振り向いて欲しくて、ね?フってくれそう女子ばかり選んでたでしょ。」
リョータ君は黙った。この無言が答えなのかもしれない。私達は背中を向け合って寝ている。二人の間には深い深いシーツのシワと距離がある。リョータ君は私だ。どうにもならない思いを抱え、どうにもならないこともあるのだと知った三年間だった。そんなことを思い出して、まぶたが涙を押し出した。バレないように拭った。ああ、私も酔ってる。感情が剥き出しになる。ここはラブホテルで。私は洋服を着ているのに。ベッドの上で丸裸にされている気分だった。
***
目を閉じていたらいつの間にか眠っていた。リョータ君がトイレから出てくる音で覚める。
「ねぇ?今どれくらい経った?」
ラブホの閉鎖的な空間は時間を忘れさせる。窓もあるにはあるけど、ガッチリ閉ざされているし、外の気配を感じられない。二人だけが、外とは違う時間軸で動いているような感覚に陥る。でももうそれも終わる。
「あと20分くらいで出るよ。」
「はーい。分っかりましたー。」
「軽いな、名前ちゃん。」
リョータ君はペットボトルの水を口に含んだ。その仕草も、好き。
「ラブホ、ホントに初めてだった?」
「うん。割とガチでマジで。あ、処女とかじゃないんで!それも割とガチでマジで。」
「ブフッ!そういうのイチイチ言わなくてもいいから。」
拍子に、含んだ水を吹き出したリョータ君はゲホゴホ言いながら、そばにあるティッシュを2、3枚引き抜いて、口を拭う。
「なんかリョータ君、真面目そうだから今日のこと重たく受け取られたらヤダなって、、、。」
私は無駄に広いベッドにちょこんと体操座りして、体を丸めた。
「あのさ、名前ちゃん、勘違いしてない?オレ、そんなに真面目な男じゃないよ。大学入ってからフラフラ遊んでるし。こうやって、平気で女の子とホテル行けちゃうし。」
「うん、それは言わなくても分かる。小慣れてる感あるもん。ラブホに。」
ブフッ!またリョータ君はティッシュを2、3枚引き抜く。ふふっと笑って、私は今日イチ、聞きたかったことをようやく話題にする。
「彩子、同窓会、来てなかったね。」
「ん、、、。」
「会いたかった?ってか、バスケ部の集まりとかあるのか。そっちでも顔合わせる機会あるんだ?」
少しリサーチ気味に窺う。いいでしょ、これくらい。私はリョータ君が一途に思えば、もしかしたらいつか彩子が折れて、付き合う日が来るんじゃないかと思っていた。そうなれば私も区切りだってついたかもしれないのに。
「連絡全然とってねーよ。部活の集まりも来たり、来なかったりかな。」
「元気してるかな?彩子。」
「彩ちゃん、付き合ってる男いるよ。あと、高校ん時、がっつりフラれてるからね、オレ。」
「がっつり?何度もアタックしてもめげないリョータ君って感じだったけど。」
「いや、ちゃんと告ったの、一回だけ。撃沈だったけど。」
「そうなの?意外、、、。」
「フラれてるんだぜ?これで未練タラタラなんてダサいじゃん。大学行って、何人か付き合ったし、彩ちゃん以外の子を好きになれることもちゃんと分かってんだよ、オレ。」
「うん。」
「だから彩ちゃんに会いたいとか、そんなの全然もうないの。」
「うん。」
「けど、同窓会って一気に引き戻されるよね。彩ちゃん居ないのに、その場の面子とか、会話とか、雰囲気とか、高校の頃の空気感ひっくるめて懐かしいっていうか、、、。あー、オレ、めっちゃあの頃、好きだったわー、みたいな。」
「うん、、、。」
全くもって同じ気持ちの女がここにいるよ、リョータ君。ただ私の場合は、昔からフラれてるようなもんなのに、未練タラタラなんですけどね。鼻をすすった。リョータ君を想ってなのか、自分を想ってなのかもう分からない。気持ちが混同しちゃってる。
「名前ちゃんがなんで涙ぐんでるんだよ。優しいよな、今日もさ、声かけてくれてさ。あ、高校の頃もよく気にかけてくれてたよな。」
それは、当時から付け入る隙がないのかどうか探りを入れていたからっていうか。すみません、未練タラタラ女で。私だって、リョータ君以外の人を好きになれるよ。すっかり忘れてたこともあるよ。でも、会ってしまったら。顔を見たら。声を聞いたら。懐かしい気持ちよりも、好きだって気持ちが勝った。
けれど当時と違うことがある。今の私は、心以外にもヤケクソな愛情を吐き出す方法があることも、簡単にタガを外せる自分がいることも知っている。ああ、好きが歪む。一時でも満たされたらそれでも構わないと思う動物的なむき出しの卑しさが飛び出した。
「リョータ君。」
「何?」
「せっかくだからエッチして帰る?私、嫌じゃないよ。エッチも、リョータ君も。」
ほんとは嫌いどころか、大好きだけどね、リョータ君のこと。リョータ君は、押し黙って、少し考えるような顔をした後、ベッドに乗り上がってきた。体操座りする私に向かって、ジリジリとにじり寄って、二人の距離が縮まる。顔がギリギリまで近付いて、リョータ君の影が私に被さる。しばし止まる。あ、来る。
ゴツっ!
「痛ったぁーー!」
来たのはリョータ君の頭突きだった。
「あと20分しかないじゃん!そんなにオレ、早くないから!!!」
「そこ、力強く言われても、、、。ふふ。」
「ははは。」
「あは、あははっ!あはははははっ!」
二人でベッドに沈み込んだ。向き合ってゲラゲラと腹を抱えて笑った。ひとしきり笑い合った後、リョータ君が喋り出した。
「本気で酔ってたら、多分ノリでホテル入って速攻でヤってた、と思う。」
「今も酔ってるでしょ。さっき近付いて来た時、酒臭かったもん。」
「いや、ホテル誘われた時点で、酔い、めっちゃ冷めたから、マジで。」
「え。」
「はぁぁぁ。同窓会って、こんなベタな展開あるんだね。名前ちゃん、可愛い上にエロいんだもん。さっきの言い方もヤバくない?グッとくるじゃん。なんつーの?ちょっと上から目線っていうかさ、誘ってくる感じとかさ、、、!」
リョータ君はガバっと起き上がり、尻尾振り回す犬のように私を見る。
「あの、そんな解説やめてもらっていいですか、、、。何興奮してんの。」
「名前ちゃん、明日、、、あっ、今日か。朝、東京戻った後なんか予定あんの?」
「、、、特に何も。夜からバイト入ってるくらいで。」
リョータ君は、ベッド脇に手を伸ばし、受話器を取った。
「あ、もしもし?すんません。宿泊に変更してもらっていいスか?」
今度は私が目を丸くした。受話器を置いて、一呼吸おいて、リョータ君が振り返った。
「もう少し、名前ちゃんと一緒にいたいんだけど。いい?」
「ぷっ。もう泊まることになってるじゃん。順番が逆だよ!」
「少し寝てさ、風呂入って、一緒に帰ろう。」
「、、、それは、エッチ込みの話?」
「いや、無し。そこはちゃんとしたい。」
「ちゃんとって、、、?」
「名前ちゃんとは、いっぱい話して、どっか出かけたり、好きなもの食べて、色んなもの見たり、フツーに一緒にいて楽しく過ごしたいからさ。好きになりたいし、名前ちゃんにも、オレのことも好きになって欲しいなって思ったから。」
私はもうずっと前から好きだったよ、リョータ君っ!と心の中で叫んだ。でもまだこのことはもう少し秘密にさせて。弾けそうな胸を押さえる私に、リョータ君は、あとさ、、、と言いにくそうに続ける。
「さっきの20分が云々ってくだりさ、一旦忘れて?」
「はい?」
「いや、あの、20分はちょっと見栄張ったかもしんない、、、。酔ってんな、オレ、、、。」
「リョータ君、、、。」
私が苦笑する姿に少し安心したのか、
「お!ここ、朝食サービスあるじゃん。(無料)だって。ラッキー。起きたら頼もうよ。」
リョータ君はテーブルに置いてあるホテル備え置きの冊子を手に取り、パラパラめくって嬉しそうに言った。私はリョータ君の切り替えの速さに爆笑しながら頷いた。
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