今宵、ラテルネをたずさえて(仙道)
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「陰謀だわ、、、。」
「何言ってんの。ほらほら、行こうよ?」
私が呟くと、仙道が振り向いて答えた。振り向いたと同時に、私に向けて懐中電灯を照らす。
「わ!眩しいって!やめてよっ!」
灯る光はおぼつかずに揺れている。光の後ろに立つ仙道がフリフリと手元を振って私を煽ろうとしてくるものだから、私は仙道のシャツを掴んで横に並び、暗闇の校舎へと、そして仙道にも立ち向かう。
***
「は?きもだめし?」
私は練習用のTシャツの袖を肩まで捲り上げて、学食のカレーライスを口に入れようとしたところだった。隣に座った、私と同じバレー部の香澄が切り出した。
「そう。男バス、明日の昼までなんだって、合宿。さっき、植草君と食堂の自販機で会ったの。今日の夜しか女バレと男バスって日程被んないでしょ?夜、やらないかって。」
「ふうん。」
私は、カレーの一口目を頬張る。こんな暑い日に、隣の香澄はきつねうどんなんか頼んじゃって、ハフハフ言いながら食べ始めた。学食にはエアコンがあるとはいえ、受取口の向こうでは学食のおばちゃん達が大鍋をかき混ぜては、熱風が受取カウンターを飛び越えてくるから、エアコンが轟々と音を立てていようが、外の気温とあまり変わらない。
県大会も終わって、三年生が引退した。夏休みに入ると、残された一、二年生での新体制を強化すべく、三泊四日の夏合宿が行われる。今日から、私達女子バレー部も高校に泊まり込みで、朝から夜まで体育館で部活動だ。うちの高校は、セミナールームが校舎とは別に建てられており、そこで寝泊まりが出来るようになっている。夏休みの学食は、合宿用の生徒のために事前申込制にはなってはいるが、朝、昼、晩と提供があり、食事面にも困ることはないから、他の運動部も私達バレー部と同じような日程で、学内で合宿を行うところが大半だ。いつも体育館で顔を合わせるバスケ部も私達と入れ替わるようにして、明日で合宿を終える。
「男バスって、メンバーは?誰来るって?」
「植草君が、仙道君とか越野君誘うって。福田君も多分来るでしょ。よく分かんないけど。」
私は男子バスケ部の二年生の顔を思い浮かべながら、苦手な福神漬をカレー皿の隅に寄せた。一番に浮かんだ顔も、頭の隅に寄せてなるべく平静を装う。
「あれ?どうした?名前、乗り気じゃない?」
「そんなことはないけど。夜練の後でしょ?私、疲れて寝てるかもしんないよ?」
「叩き起こすって!大丈夫!」
「全然大丈夫じゃない、、、。香澄、目がマジすぎだし。」
「だって、部活ばっかりやっててもつまんないじゃん。やろうよ〜、きもだめし!」
あはは、と香澄が笑ったから、私もつられて笑ってしまう。練習やるにしても、学校の外で合宿したかったよねー、温泉付きでさあ、なんて陽気な香澄が喋ってくる。毎日見慣れた校舎と体育館を往復する部活三昧な合宿だ。せめて、そこに何か一つでも楽しみを見出したい気持ちも分かる。
「そういえば、植草君は見たけど。仙道君には会った?名前。」
「、、、いや、まだ。」
「えー、連絡取ったりしないの?彼氏なのに?夏休みに二人とも学校来てんのに?」
「まあ、どうせ体育館で見ると思うし。」
「仙道君と名前って、大人な付き合い方してんねー。」
「そうかな。」
会話の合間に、カレーを口に運ぶ。そうでもないよ、と否定したところで、香澄の俗受な興味を引き出してしまうだけなので最後まで言葉にはしなかった。そういえば、仙道とは一学期の終業式の日にちょっと喋ったくらいで、仙道はすぐにバスケ部の合宿に入ったし、私は今日から入れ違いで合宿に入るしで、実は夏休みに入って初めて会うことになる。彼氏である仙道のことを忘れていた、なんてことは決してないけれど、夏休み直前につまんないことで険悪なムードになっちゃって、有耶無耶にして今に至ってる。
「今日のカレー、なんかいつもより辛いんだけど、、、。」
食べ始めたときはそうでもなかったのに、後から追いかけるようにして、辛さが私の口の中を刺激する。噴き出す額の汗を拭ったら、食堂のエアコンの効きの悪さにまで文句をつけたくなった。このやるせなさが、同時に仙道のことを思い出させる。今になって追いかけてきた気まずさが、私の胸をヒリヒリさせた。おもしろくない顔をしていたらしい私に、香澄が、今日は暑いし、カレーも合宿バージョンなんじゃない?と適当に答えるから、暑さと辛さは関係ないでしょ、と私は仕方なく笑ってコップの水を飲み干した。
***
鈴虫の不規則な鳴き声が私を振り向かせる。今夜は上空を厚い雲が覆っていて、月明かりが顔を見せる気配はなさそうだ。セミナールームの玄関口の自販機の灯りだけで、互いの姿を確認する。体育館とは逆の、運動場の方に目をやると、息を止めたように真っ暗な闇が広がっていて、通い慣れた学校が不気味に感じられた。なんかホントにおばけが出そうだよね、と小さな声で耳打ちされると、そんな気もしてきてドキリとした。振り向いたら、恰好のきもだめし日和だね、と香澄がワクワクしながら話しかけてきた。とそこに、日和ってなんだよ、日和って。と越野君がお約束通りなツッコミをして、みんなでくすくすと笑い合っていると、セミナールームの正面玄関に女バレと男バスの二年組が集合した。
「みんな集まったー?くじ引きするよー。」
こういう時に率先して仕切るのは植草君だ。私のもとに近付いて、植草君が割り箸を四本差し出した。どれか一本を引いて良いらしい。引いた割り箸の下に、1と数字が書いてある。植草君は私の手元を覗き込んで言った。
「苗字さん、何番?オッケー、番号覚えといてね。後で同じ番号の奴とペア組むから。」
「うん、わかった。」
きもだめしは男女一組で行うそうだ。割り箸を植草君に戻してしばらくすると、全員くじを引き終えたようで、植草君が喋り始める。
「そんじゃ、一番の人〜。二番の人〜。三番、あ、オレ〜。で、四番の人〜。」
運動部の慣習みたいなもので、言われてもいないのに、自分の番号を呼ばれたら自然と手をあげるもんだから、スムーズに自分とペアを組む相手が発表されていく。香澄なんかは自分のペアが分かった途端、げー!なんて大声で叫ぶもんだから、越野君に、夜中なんだから静かにしろって!と押さえつけられていた。あの二人はバレー部とバスケ部の賑わい代表みたいなところがあって、良く似ていて面白い。普段なら私もケラケラとそんな二人を調子良く眺めていられたのだろうけれど、今夜の私はすでに別の事で頭がいっぱいでそうもいかなかった。
「10分置きにスタートね。んじゃ、えーと、一番のペアは、、、、仙道と苗字さん。はい、懐中電灯。」
未だ香澄と越野君が言い合っているのをよそに、植草君は仙道の背中を押して、さっさと私達を見送る。私と仙道が一番手のペアになった。そうなったことに、さっきから情けないけれど動揺してしまっている。
「サンキュー、植草。」
暗がりの中でぼんやりと確認出来る程度だったけれど、懐中電灯を植草君から受け取る仙道の表情と、そして声のトーンに私の勘が働いた。この組み合わせはもしや仙道に仕組まれたのではないか。なぜなら、さっきから仙道が私を一向に見ないのだ。これがまた裏付けのように確信に変わる。そうだ。絶対にそうだ。
***
「なぁ、名前、何でさっきから黙ってんの。」
ペッタン、ペッタンと、歩く度に仙道のビーチサンダルの跳ねる音が鳴る。その軽快で間抜けな調子に合わせるようにして、仙道が尋ねてくる。仙道は全くもって普段通りだった。夏休み直前、お互いの主張がすれ違い、ちょっとした言い合いみたいになった後の、あの微妙な空気を仙道は微塵も感じさせない。いや、わざと忘れたフリで、私と接しようとしてくれているのは、仙道なりの配慮なのかもしれない。私もそれは分かっているから、意地を張ったままにするつもりはないし、なんとか気持ちを合わせようと、二人になってからはずっと、仙道のTシャツの裾を掴んで、仙道を無視するつもりはないことを示した。けれども、私の中の気持ちの引っ掛かりは、先程の仕組まれたくじ引きによって、心に染みを広げる。
「こういうの。やだって。こないだ言ったじゃん、私。」
全部を言い表したくなくって、曖昧に打ち消しの意を告げる。私の意味するところは、伝わっているはずだ。それなのに懐中電灯を照らす仙道は、私の気持ちに光をあててくれず、否定に否定で被せてくる。
「だって、名前さ、全然部活中も目、合わせないじゃん。いつ喋れっての?オレもそういうの、不自然だって言ったじゃん。」
「だからって、こんな。あからさまなのは嫌だよ。」
人前で仙道と接するのが嫌だ、と夏休み前にとうとう私は言った。仲が良い友達の前ならまだしも、私の人間関係の外円にいるような人達から、仙道と付き合っていることについて聞かれたり、関心を持たれるなどして、つまらない好奇の目で眺められるのを私は極端に嫌がった。
もう仙道とは仲の良い男友達というポジションではなく、彼氏という唯一無二の特別な存在なのだ。けれど自分が仙道の彼女であることを人前で認め、自然体でいられるほど、大人になれなかった。そんな自分を上手に仙道に説明出来ないまま、人目を気にし、仙道に対して素っ気ない態度を取ってしまうのも本望ではなかった。そうならないためにも、極力、学校では必要最低限の接触に抑えたいという私の極端なまでの願いは、今夜も繰り返される。
「彼氏彼女できもだめしとか、やだよ。ペア決め、仕組んだのみんな知ってんの?誰が言い出したのよ。仙道でしょ?」
問い詰めない限り、仙道は自分から種明かしなんて絶対にしない奴だ。私の幼稚さと仙道の幼稚さは少し違う。私の不細工な気持ちは膨れて破裂しそうだったが、これ以上言えば、きっとまた険悪なムードのぶり返しになるのもわかっている。だから私は、口撃の代わりに、仙道のTシャツを強めに二度三度と引っ張って訴える。仙道は、どこか演技的に体勢を崩しかけて、おっと、と片足で踏ん張りながら私に言った。
「植草が、いいよって言ってくれたし。」
「すぐ植草君のせいにするんだから。」
「ははは。それいいな。植草のせいにしとこうか。」
こうやって、仙道は自分に向けられた追及を巧みにかわしていく。仙道が私の批判の心を挫けば、普段なら私もそれに合わせて別の話に切り替えてしまうのだけれど、私の気持ちは未だ夏休み前のあの時に沈んだままだ。
「二人の時は良いんだけど、なんかさ、みんながいるところで彼氏彼女扱いされるの、嫌なんだよね。恥ずかしいっていうか。」
「えー、誰も気にしてねーじゃん。」
「まあ、そーなんだろうけど、、、。」
でも、まだ慣れない。仙道にくっついて、暗い渡り廊下を抜けたら、中庭に足を踏み入れた。昼間はよく声も通り、開放感溢れる場所なはずなのに、今は無表情な校舎が壁のように私達を塞いでいる。勝手に感じている自分のわだかまりについての息苦しさから、逃げるように私は頭上を見上げてみた。空と校舎の境が分からないほど、べったりと塗り込んだような黒色が広がっているだけだった。
仙道と付き合う前は、仙道から話しかけられても明るく会話出来ていたし、自分から仙道に話しかけることも全く自然にできていたのに。付き合うことになってから、急に周りの目が気になり出したのは、平々凡々とした私が仙道に釣り合っているのかを周囲に値踏みされているかのように感じるからだ。そしてそれがずっと胸の内にありながら、口には出来ずに不安となって渦巻いているからだ。
中庭は風の通り道になっている。ビル風のような強風が吹くと、草木が驚いたみたいに擦れ合い、さざめいた。それを仙道のビーチサンダルが、ペッタン、ペッタンと規則正しく跳ねて、無頓着に打ち消した。そんな音の不調和に耳を傾けていたら、会話はさっきの私の返事を最後に沈黙していたことに気付き、私は成り行きに任せて仙道に話しかけた。
「ねえ仙道。このきもだめし、どういうルール?」
「あれ?説明、聞いてなかった?」
「う、だって仙道とペアになったことでソワソワしちゃって。植草君の話、全然頭に入らなかったんだもん。」
私の言葉に、前を向く仙道の背中はクスリと笑ったようだった。それでもってそれ以上は何も言ってくれない。少しの間を置いたあと、仙道が呟いた。
「オレはさ、名前と付き合ったら、学校でももっと一緒に楽しくやれると思ってたんだけどなあ。それなのになーんか、やたら距離を感じるっつーか、ね?」
鈴虫が思い出したように鳴いていた。仙道が珍しく寂しそうに言うものだから、私まで申し訳なさから悲しくなってきて、仙道のTシャツを歯を食いしばるみたいにギリギリと握りしめた。
「ごめんね。仙道。」
「謝るの、おかしくない?」
「じゃあ、頑張る。これからは。」
「それもなんか、おかしいって。」
仙道のことを好きなのに、上手くやれない。仙道もそんな幼稚で不器用な私を分かっているから、私のことを遊ばせて、そうして意地悪く責めるのだろう。
「もうっ。どうしたらいいのよ。」
思い通りにならなくて苛立つ私に、待ってましたと言わんばかりに、仙道がふざけた手段を持ち出してきた。
「そうだなあ。ここは一つ、キスで。仲直りの。」
「ええっ、、、!?」
絶句する私に向かって、仙道は挑むように笑いながら振り向いた。この笑い方は冗談ではなく本気の時のやつだと感じて、私は慌てた。
「こ、ここっ、外だし、、、。それにきもだめしの最中だよ、、、?あ、でも、えっと、っていうか、仙道、それ本気で言ってる?」
「冗談だと思う?」
「うー、でもでもでも、、、。」
ぐずぐずと答えきれずに戸惑い続ける私とは対照的に、仙道はさっぱりとした口調で答える。
「っていうか、恥ずかしいなら、恥ずかしいって言えばいいじゃん。」
「、、、言ったら仙道、やめてくれるの?」
「いや、やめないけど。」
思わせぶりな発言の多い仙道は、時に素直で強引だ。けれどある停止線から先は、用心深く、私という信号を確認しつつ渡ってくる。言葉を失う私を無視して、仙道は手元の懐中電灯をいじり出した。
「懐中電灯ないと、めっちゃ暗いな。一メートル先も見えないわ、コレ。」
そんな退屈凌ぎみたいに話題を振られても、仙道が手にする懐中電灯のスイッチのようにすんなりと頭を切り替えられるはずがない。私は堂々巡りに自分勝手な言い分を盛んに並べ立てるばかりだった。
「ええっと、急に言われてもさ、、、。仙道とするのが、い、嫌とかじゃないけど、、、そっ、それに人に見られたりでもしたら、、、。」
「誰も見てないし。見えないよ。」
ほらね、と仙道が手元の懐中電灯のスイッチをカチリと押した。途端に頼りとするものがなくなって、目の前は真っ暗闇で、仙道の言った通り、自分自身すらも夜に溶け込んだ。
「やだ。暗い。全然見えない。ライトつけてよ、仙道。」
「大丈夫だって。目が慣れてくると、案外、、、。」
ふわりと私の周りで空気が揺れて、仙道が近付いてきたのは分かった。ペタン、と一回。前進する音を立てた仙道のビーチサンダルが暗闇で響き、それがやけに耳に残った。仙道の言う通り、じっと目を開けていたら、次第に暗闇に慣れてきて、仙道の姿を捉えたと思う。思う、という曖昧な判定しかできなかったのは、仙道がすでに私の顔の前にいて、私の唇に触れるか触れないか、そんな直前でこう言ったからだ。
「目、閉じよっか。」
肩と口元に添えられた仙道の手は、溶けそうになるくらいの熱量を感じさせるのに、仙道の声は穏やかで低くて深い。その落ち着きのおかげで、急激に胸が驚くこともなく、私の胸はただ静かに一定のリズムを打ち、仙道の言う通りにした。
私の視界はゆっくりと仙道のキスによって遮られる。いつもの一瞬の触れるだけのキスではなくって、私達はしばらくの間、唇が触れたまま時を止めた。草木や鈴虫の音が消え、凛とした静寂の中、目を閉じた私の世界には仙道と私の二人だけが残った。仙道が私に触れている間、私は仙道のことだけを考えれば良くて、好き以外の感情は、いらないとさえ思えた。
唇が離れるのを合図にして、私はそっと目を開けた。まだ仙道は至近距離で顔を近付けたままだったから、
「仙道、近いよ。ふふ。」
と、私は俯きながらも嬉しさを抑えるようにして笑った。仙道もフッと息を少し吐いて笑った。私はこの仙道の噛み締めるような笑い方が好きだった。しばらくそんな、互いの気持ちを確認し合うかのように、じゃれ合う空気感を楽しんでいたら、仙道が私達が通ってきた道の方を向いて言った。
「あ、やべ。次のペアじゃね?あれ。」
仙道がいち早く、遠くの灯りに気付いた。足音も喋り声もしないから、よく分からない。私は背伸びをして、暗がりを凝視しつつ仙道に聞いた。
「次、誰のペアだったっけ?」
「確か越野だろ?そう、越野だ。越野、越野。」
次のペアが誰だかを思い出す途中で、何か別の事が浮かんだらしい仙道は、楽しげに越野君の名前を連呼した。
「よし、名前、あっちに隠れようぜ。」
仙道が、向こうの懐中電灯を避けるようにして前屈みで進む。さっと私の肩を抱いて中庭から連れ出した。越野君からは死角になるであろう、入口とは逆の、中庭が終わる壁際に、私達は揃って腰を下ろした。越野君を脅かしたくて仕方ないらしい仙道を見上げて言った。
「仙道、越野君のこと、大好きすぎだよね。」
「あいつ、バカみたいにアホじゃん。おもしれーもん。」
バカみたいにアホだなんて、越野君が聞いたら大声で怒鳴ってきそうなことを、仙道は平気で言う。同時にそんな風に仙道に構われている越野君に、嫉妬とは言わないまでも、私も仙道との関係はそうありたいという羨ましさを感じた。だから私も悪ノリして言うのだ。
「二人で、"せーの"、で飛び出す?」
私は隣にしゃがむ仙道の手の甲を掴んだ。仙道には、私の行動が意外だったみたいで、え?と聞き直しかけたが、すぐに手のひらをくるりと反転させ、指を絡めて握り返してくれた。仙道は私に言った。
「ははは。ヤベぇ、めっちゃ楽しい。」
仙道が嬉しそうだと私も嬉しい。仙道が楽しそうだと私も楽しい。やってくる足音に二人で耳を澄ませ、仙道と一緒に立ち上がった。手はこのまま繋いでいたい。そうだ、それがいい。そして仙道に手を引かれ、せーの、で飛び出した。夏前に置き去りにされていた、ややこしい自分を蹴り上げて。
「何言ってんの。ほらほら、行こうよ?」
私が呟くと、仙道が振り向いて答えた。振り向いたと同時に、私に向けて懐中電灯を照らす。
「わ!眩しいって!やめてよっ!」
灯る光はおぼつかずに揺れている。光の後ろに立つ仙道がフリフリと手元を振って私を煽ろうとしてくるものだから、私は仙道のシャツを掴んで横に並び、暗闇の校舎へと、そして仙道にも立ち向かう。
***
「は?きもだめし?」
私は練習用のTシャツの袖を肩まで捲り上げて、学食のカレーライスを口に入れようとしたところだった。隣に座った、私と同じバレー部の香澄が切り出した。
「そう。男バス、明日の昼までなんだって、合宿。さっき、植草君と食堂の自販機で会ったの。今日の夜しか女バレと男バスって日程被んないでしょ?夜、やらないかって。」
「ふうん。」
私は、カレーの一口目を頬張る。こんな暑い日に、隣の香澄はきつねうどんなんか頼んじゃって、ハフハフ言いながら食べ始めた。学食にはエアコンがあるとはいえ、受取口の向こうでは学食のおばちゃん達が大鍋をかき混ぜては、熱風が受取カウンターを飛び越えてくるから、エアコンが轟々と音を立てていようが、外の気温とあまり変わらない。
県大会も終わって、三年生が引退した。夏休みに入ると、残された一、二年生での新体制を強化すべく、三泊四日の夏合宿が行われる。今日から、私達女子バレー部も高校に泊まり込みで、朝から夜まで体育館で部活動だ。うちの高校は、セミナールームが校舎とは別に建てられており、そこで寝泊まりが出来るようになっている。夏休みの学食は、合宿用の生徒のために事前申込制にはなってはいるが、朝、昼、晩と提供があり、食事面にも困ることはないから、他の運動部も私達バレー部と同じような日程で、学内で合宿を行うところが大半だ。いつも体育館で顔を合わせるバスケ部も私達と入れ替わるようにして、明日で合宿を終える。
「男バスって、メンバーは?誰来るって?」
「植草君が、仙道君とか越野君誘うって。福田君も多分来るでしょ。よく分かんないけど。」
私は男子バスケ部の二年生の顔を思い浮かべながら、苦手な福神漬をカレー皿の隅に寄せた。一番に浮かんだ顔も、頭の隅に寄せてなるべく平静を装う。
「あれ?どうした?名前、乗り気じゃない?」
「そんなことはないけど。夜練の後でしょ?私、疲れて寝てるかもしんないよ?」
「叩き起こすって!大丈夫!」
「全然大丈夫じゃない、、、。香澄、目がマジすぎだし。」
「だって、部活ばっかりやっててもつまんないじゃん。やろうよ〜、きもだめし!」
あはは、と香澄が笑ったから、私もつられて笑ってしまう。練習やるにしても、学校の外で合宿したかったよねー、温泉付きでさあ、なんて陽気な香澄が喋ってくる。毎日見慣れた校舎と体育館を往復する部活三昧な合宿だ。せめて、そこに何か一つでも楽しみを見出したい気持ちも分かる。
「そういえば、植草君は見たけど。仙道君には会った?名前。」
「、、、いや、まだ。」
「えー、連絡取ったりしないの?彼氏なのに?夏休みに二人とも学校来てんのに?」
「まあ、どうせ体育館で見ると思うし。」
「仙道君と名前って、大人な付き合い方してんねー。」
「そうかな。」
会話の合間に、カレーを口に運ぶ。そうでもないよ、と否定したところで、香澄の俗受な興味を引き出してしまうだけなので最後まで言葉にはしなかった。そういえば、仙道とは一学期の終業式の日にちょっと喋ったくらいで、仙道はすぐにバスケ部の合宿に入ったし、私は今日から入れ違いで合宿に入るしで、実は夏休みに入って初めて会うことになる。彼氏である仙道のことを忘れていた、なんてことは決してないけれど、夏休み直前につまんないことで険悪なムードになっちゃって、有耶無耶にして今に至ってる。
「今日のカレー、なんかいつもより辛いんだけど、、、。」
食べ始めたときはそうでもなかったのに、後から追いかけるようにして、辛さが私の口の中を刺激する。噴き出す額の汗を拭ったら、食堂のエアコンの効きの悪さにまで文句をつけたくなった。このやるせなさが、同時に仙道のことを思い出させる。今になって追いかけてきた気まずさが、私の胸をヒリヒリさせた。おもしろくない顔をしていたらしい私に、香澄が、今日は暑いし、カレーも合宿バージョンなんじゃない?と適当に答えるから、暑さと辛さは関係ないでしょ、と私は仕方なく笑ってコップの水を飲み干した。
***
鈴虫の不規則な鳴き声が私を振り向かせる。今夜は上空を厚い雲が覆っていて、月明かりが顔を見せる気配はなさそうだ。セミナールームの玄関口の自販機の灯りだけで、互いの姿を確認する。体育館とは逆の、運動場の方に目をやると、息を止めたように真っ暗な闇が広がっていて、通い慣れた学校が不気味に感じられた。なんかホントにおばけが出そうだよね、と小さな声で耳打ちされると、そんな気もしてきてドキリとした。振り向いたら、恰好のきもだめし日和だね、と香澄がワクワクしながら話しかけてきた。とそこに、日和ってなんだよ、日和って。と越野君がお約束通りなツッコミをして、みんなでくすくすと笑い合っていると、セミナールームの正面玄関に女バレと男バスの二年組が集合した。
「みんな集まったー?くじ引きするよー。」
こういう時に率先して仕切るのは植草君だ。私のもとに近付いて、植草君が割り箸を四本差し出した。どれか一本を引いて良いらしい。引いた割り箸の下に、1と数字が書いてある。植草君は私の手元を覗き込んで言った。
「苗字さん、何番?オッケー、番号覚えといてね。後で同じ番号の奴とペア組むから。」
「うん、わかった。」
きもだめしは男女一組で行うそうだ。割り箸を植草君に戻してしばらくすると、全員くじを引き終えたようで、植草君が喋り始める。
「そんじゃ、一番の人〜。二番の人〜。三番、あ、オレ〜。で、四番の人〜。」
運動部の慣習みたいなもので、言われてもいないのに、自分の番号を呼ばれたら自然と手をあげるもんだから、スムーズに自分とペアを組む相手が発表されていく。香澄なんかは自分のペアが分かった途端、げー!なんて大声で叫ぶもんだから、越野君に、夜中なんだから静かにしろって!と押さえつけられていた。あの二人はバレー部とバスケ部の賑わい代表みたいなところがあって、良く似ていて面白い。普段なら私もケラケラとそんな二人を調子良く眺めていられたのだろうけれど、今夜の私はすでに別の事で頭がいっぱいでそうもいかなかった。
「10分置きにスタートね。んじゃ、えーと、一番のペアは、、、、仙道と苗字さん。はい、懐中電灯。」
未だ香澄と越野君が言い合っているのをよそに、植草君は仙道の背中を押して、さっさと私達を見送る。私と仙道が一番手のペアになった。そうなったことに、さっきから情けないけれど動揺してしまっている。
「サンキュー、植草。」
暗がりの中でぼんやりと確認出来る程度だったけれど、懐中電灯を植草君から受け取る仙道の表情と、そして声のトーンに私の勘が働いた。この組み合わせはもしや仙道に仕組まれたのではないか。なぜなら、さっきから仙道が私を一向に見ないのだ。これがまた裏付けのように確信に変わる。そうだ。絶対にそうだ。
***
「なぁ、名前、何でさっきから黙ってんの。」
ペッタン、ペッタンと、歩く度に仙道のビーチサンダルの跳ねる音が鳴る。その軽快で間抜けな調子に合わせるようにして、仙道が尋ねてくる。仙道は全くもって普段通りだった。夏休み直前、お互いの主張がすれ違い、ちょっとした言い合いみたいになった後の、あの微妙な空気を仙道は微塵も感じさせない。いや、わざと忘れたフリで、私と接しようとしてくれているのは、仙道なりの配慮なのかもしれない。私もそれは分かっているから、意地を張ったままにするつもりはないし、なんとか気持ちを合わせようと、二人になってからはずっと、仙道のTシャツの裾を掴んで、仙道を無視するつもりはないことを示した。けれども、私の中の気持ちの引っ掛かりは、先程の仕組まれたくじ引きによって、心に染みを広げる。
「こういうの。やだって。こないだ言ったじゃん、私。」
全部を言い表したくなくって、曖昧に打ち消しの意を告げる。私の意味するところは、伝わっているはずだ。それなのに懐中電灯を照らす仙道は、私の気持ちに光をあててくれず、否定に否定で被せてくる。
「だって、名前さ、全然部活中も目、合わせないじゃん。いつ喋れっての?オレもそういうの、不自然だって言ったじゃん。」
「だからって、こんな。あからさまなのは嫌だよ。」
人前で仙道と接するのが嫌だ、と夏休み前にとうとう私は言った。仲が良い友達の前ならまだしも、私の人間関係の外円にいるような人達から、仙道と付き合っていることについて聞かれたり、関心を持たれるなどして、つまらない好奇の目で眺められるのを私は極端に嫌がった。
もう仙道とは仲の良い男友達というポジションではなく、彼氏という唯一無二の特別な存在なのだ。けれど自分が仙道の彼女であることを人前で認め、自然体でいられるほど、大人になれなかった。そんな自分を上手に仙道に説明出来ないまま、人目を気にし、仙道に対して素っ気ない態度を取ってしまうのも本望ではなかった。そうならないためにも、極力、学校では必要最低限の接触に抑えたいという私の極端なまでの願いは、今夜も繰り返される。
「彼氏彼女できもだめしとか、やだよ。ペア決め、仕組んだのみんな知ってんの?誰が言い出したのよ。仙道でしょ?」
問い詰めない限り、仙道は自分から種明かしなんて絶対にしない奴だ。私の幼稚さと仙道の幼稚さは少し違う。私の不細工な気持ちは膨れて破裂しそうだったが、これ以上言えば、きっとまた険悪なムードのぶり返しになるのもわかっている。だから私は、口撃の代わりに、仙道のTシャツを強めに二度三度と引っ張って訴える。仙道は、どこか演技的に体勢を崩しかけて、おっと、と片足で踏ん張りながら私に言った。
「植草が、いいよって言ってくれたし。」
「すぐ植草君のせいにするんだから。」
「ははは。それいいな。植草のせいにしとこうか。」
こうやって、仙道は自分に向けられた追及を巧みにかわしていく。仙道が私の批判の心を挫けば、普段なら私もそれに合わせて別の話に切り替えてしまうのだけれど、私の気持ちは未だ夏休み前のあの時に沈んだままだ。
「二人の時は良いんだけど、なんかさ、みんながいるところで彼氏彼女扱いされるの、嫌なんだよね。恥ずかしいっていうか。」
「えー、誰も気にしてねーじゃん。」
「まあ、そーなんだろうけど、、、。」
でも、まだ慣れない。仙道にくっついて、暗い渡り廊下を抜けたら、中庭に足を踏み入れた。昼間はよく声も通り、開放感溢れる場所なはずなのに、今は無表情な校舎が壁のように私達を塞いでいる。勝手に感じている自分のわだかまりについての息苦しさから、逃げるように私は頭上を見上げてみた。空と校舎の境が分からないほど、べったりと塗り込んだような黒色が広がっているだけだった。
仙道と付き合う前は、仙道から話しかけられても明るく会話出来ていたし、自分から仙道に話しかけることも全く自然にできていたのに。付き合うことになってから、急に周りの目が気になり出したのは、平々凡々とした私が仙道に釣り合っているのかを周囲に値踏みされているかのように感じるからだ。そしてそれがずっと胸の内にありながら、口には出来ずに不安となって渦巻いているからだ。
中庭は風の通り道になっている。ビル風のような強風が吹くと、草木が驚いたみたいに擦れ合い、さざめいた。それを仙道のビーチサンダルが、ペッタン、ペッタンと規則正しく跳ねて、無頓着に打ち消した。そんな音の不調和に耳を傾けていたら、会話はさっきの私の返事を最後に沈黙していたことに気付き、私は成り行きに任せて仙道に話しかけた。
「ねえ仙道。このきもだめし、どういうルール?」
「あれ?説明、聞いてなかった?」
「う、だって仙道とペアになったことでソワソワしちゃって。植草君の話、全然頭に入らなかったんだもん。」
私の言葉に、前を向く仙道の背中はクスリと笑ったようだった。それでもってそれ以上は何も言ってくれない。少しの間を置いたあと、仙道が呟いた。
「オレはさ、名前と付き合ったら、学校でももっと一緒に楽しくやれると思ってたんだけどなあ。それなのになーんか、やたら距離を感じるっつーか、ね?」
鈴虫が思い出したように鳴いていた。仙道が珍しく寂しそうに言うものだから、私まで申し訳なさから悲しくなってきて、仙道のTシャツを歯を食いしばるみたいにギリギリと握りしめた。
「ごめんね。仙道。」
「謝るの、おかしくない?」
「じゃあ、頑張る。これからは。」
「それもなんか、おかしいって。」
仙道のことを好きなのに、上手くやれない。仙道もそんな幼稚で不器用な私を分かっているから、私のことを遊ばせて、そうして意地悪く責めるのだろう。
「もうっ。どうしたらいいのよ。」
思い通りにならなくて苛立つ私に、待ってましたと言わんばかりに、仙道がふざけた手段を持ち出してきた。
「そうだなあ。ここは一つ、キスで。仲直りの。」
「ええっ、、、!?」
絶句する私に向かって、仙道は挑むように笑いながら振り向いた。この笑い方は冗談ではなく本気の時のやつだと感じて、私は慌てた。
「こ、ここっ、外だし、、、。それにきもだめしの最中だよ、、、?あ、でも、えっと、っていうか、仙道、それ本気で言ってる?」
「冗談だと思う?」
「うー、でもでもでも、、、。」
ぐずぐずと答えきれずに戸惑い続ける私とは対照的に、仙道はさっぱりとした口調で答える。
「っていうか、恥ずかしいなら、恥ずかしいって言えばいいじゃん。」
「、、、言ったら仙道、やめてくれるの?」
「いや、やめないけど。」
思わせぶりな発言の多い仙道は、時に素直で強引だ。けれどある停止線から先は、用心深く、私という信号を確認しつつ渡ってくる。言葉を失う私を無視して、仙道は手元の懐中電灯をいじり出した。
「懐中電灯ないと、めっちゃ暗いな。一メートル先も見えないわ、コレ。」
そんな退屈凌ぎみたいに話題を振られても、仙道が手にする懐中電灯のスイッチのようにすんなりと頭を切り替えられるはずがない。私は堂々巡りに自分勝手な言い分を盛んに並べ立てるばかりだった。
「ええっと、急に言われてもさ、、、。仙道とするのが、い、嫌とかじゃないけど、、、そっ、それに人に見られたりでもしたら、、、。」
「誰も見てないし。見えないよ。」
ほらね、と仙道が手元の懐中電灯のスイッチをカチリと押した。途端に頼りとするものがなくなって、目の前は真っ暗闇で、仙道の言った通り、自分自身すらも夜に溶け込んだ。
「やだ。暗い。全然見えない。ライトつけてよ、仙道。」
「大丈夫だって。目が慣れてくると、案外、、、。」
ふわりと私の周りで空気が揺れて、仙道が近付いてきたのは分かった。ペタン、と一回。前進する音を立てた仙道のビーチサンダルが暗闇で響き、それがやけに耳に残った。仙道の言う通り、じっと目を開けていたら、次第に暗闇に慣れてきて、仙道の姿を捉えたと思う。思う、という曖昧な判定しかできなかったのは、仙道がすでに私の顔の前にいて、私の唇に触れるか触れないか、そんな直前でこう言ったからだ。
「目、閉じよっか。」
肩と口元に添えられた仙道の手は、溶けそうになるくらいの熱量を感じさせるのに、仙道の声は穏やかで低くて深い。その落ち着きのおかげで、急激に胸が驚くこともなく、私の胸はただ静かに一定のリズムを打ち、仙道の言う通りにした。
私の視界はゆっくりと仙道のキスによって遮られる。いつもの一瞬の触れるだけのキスではなくって、私達はしばらくの間、唇が触れたまま時を止めた。草木や鈴虫の音が消え、凛とした静寂の中、目を閉じた私の世界には仙道と私の二人だけが残った。仙道が私に触れている間、私は仙道のことだけを考えれば良くて、好き以外の感情は、いらないとさえ思えた。
唇が離れるのを合図にして、私はそっと目を開けた。まだ仙道は至近距離で顔を近付けたままだったから、
「仙道、近いよ。ふふ。」
と、私は俯きながらも嬉しさを抑えるようにして笑った。仙道もフッと息を少し吐いて笑った。私はこの仙道の噛み締めるような笑い方が好きだった。しばらくそんな、互いの気持ちを確認し合うかのように、じゃれ合う空気感を楽しんでいたら、仙道が私達が通ってきた道の方を向いて言った。
「あ、やべ。次のペアじゃね?あれ。」
仙道がいち早く、遠くの灯りに気付いた。足音も喋り声もしないから、よく分からない。私は背伸びをして、暗がりを凝視しつつ仙道に聞いた。
「次、誰のペアだったっけ?」
「確か越野だろ?そう、越野だ。越野、越野。」
次のペアが誰だかを思い出す途中で、何か別の事が浮かんだらしい仙道は、楽しげに越野君の名前を連呼した。
「よし、名前、あっちに隠れようぜ。」
仙道が、向こうの懐中電灯を避けるようにして前屈みで進む。さっと私の肩を抱いて中庭から連れ出した。越野君からは死角になるであろう、入口とは逆の、中庭が終わる壁際に、私達は揃って腰を下ろした。越野君を脅かしたくて仕方ないらしい仙道を見上げて言った。
「仙道、越野君のこと、大好きすぎだよね。」
「あいつ、バカみたいにアホじゃん。おもしれーもん。」
バカみたいにアホだなんて、越野君が聞いたら大声で怒鳴ってきそうなことを、仙道は平気で言う。同時にそんな風に仙道に構われている越野君に、嫉妬とは言わないまでも、私も仙道との関係はそうありたいという羨ましさを感じた。だから私も悪ノリして言うのだ。
「二人で、"せーの"、で飛び出す?」
私は隣にしゃがむ仙道の手の甲を掴んだ。仙道には、私の行動が意外だったみたいで、え?と聞き直しかけたが、すぐに手のひらをくるりと反転させ、指を絡めて握り返してくれた。仙道は私に言った。
「ははは。ヤベぇ、めっちゃ楽しい。」
仙道が嬉しそうだと私も嬉しい。仙道が楽しそうだと私も楽しい。やってくる足音に二人で耳を澄ませ、仙道と一緒に立ち上がった。手はこのまま繋いでいたい。そうだ、それがいい。そして仙道に手を引かれ、せーの、で飛び出した。夏前に置き去りにされていた、ややこしい自分を蹴り上げて。
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