うたかたに吠ゆる(牧)
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テストの三日前から部活動は休みになる。バスケ部だって例外はない。その平日の三日間を挟む土曜日に牧君は、我が家にやってきた。
「お邪魔します。」
「どうぞ、どうぞ。あんまり私の部屋の中、見ないでね。」
「目を瞑って勉強しろってことか?」
「もう。極端なのよ、牧君は。」
名前が言ってきたからだろ、と牧君が私の後ろで文句を言うのを聞き流して、部屋に招き入れた。牧君は私が促したベッドの脇に座り、教科書とノートを広げる。シャープペンシルの頭をカチカチと押せば、試験勉強開始の合図だ。うわあ、本当に勉強するんだ、牧君。なんて、ふざけて言えるような雰囲気でもなく、私も牧君を真似てノートを広げた。
いつもなら一時間も経てば、本棚の漫画に手を伸ばしてしまうのに、目の前に牧君がいては、そんな不真面目は許されない。しかし、しかし、牧君の隣で自分の参考書に目を落とせば、牧君のペンを走らせる指先が視界の隅にチラチラと入ってくるし、ノートと消しゴムの摩擦音も勝手に耳を傾けてしまって、牧君の存在感は、牧君と二人だけのこの自由な空間を舞台にして、ドキドキと胸を高鳴らせる。私は牧君の顔を盗み見るようにして、声を掛けた。
「ねー、ねー、牧君。」
「、、、何だ?」
「何でもない。」
私の意図するところを汲んだ牧君は顔を上げて言った。
「もう飽きたのかよ。すごいな、お前。」
「いつもこんなだよ、私。暗記系は直前で詰め込むし。世界史とかね。牧君は選択教科は日本史だっけ?」
「ああ。世界史ってカタカナばっかりで覚えにくくないか?色んな国、出てくるし。」
「そう?まあ、牧君が日本史選択って何か分かる気がするよ。武士っぽいし。」
「あのな。」
そうやって牧君は、反論するように私の頭をグシャリと撫で付けた。私があはは、やめてよ、と、声に出して笑ったら、牧君はノートをパタンと閉じたので、これは休憩の合図だ。ほらほら、こういう風に、私は牧君とじゃれあいたいのだ。本当はテスト勉強なんて二の次で、牧君の大きな手で触れられたいとずっと思っていた。牧君も健全な男子高校生であると信じたい。そして私も健全な女子高生なのだ。私はこれまで以上の触れ合いを求めて、牧君をじっと見つめた。
「何?何で睨んでるんだ?」
牧君はやっぱりズレている。私の牧君を想う熱視線も、牧君にはただただ私が目を怒らしているようにしか見えないらしい。私はため息を両手の頬杖で受け止め、牧君に力ない目を向けた。
「一緒に勉強しようって言ったのは牧君じゃん。」
「だから勉強してるだろ。」
その類の勉強ではなくてですね、と言いたくても言い出せない。手元の参考書には載っていない恋愛の応用問題を解けるほど、基礎問題をこなしてきていない自分の実力に愕然とする。触れたい。牧君とくっついていたい。あわよくば、もうそろそろ経験しても良くない?キ、キスとか。牧君へ伝わらないもどかしさも含めて、どうやって牧君に伝えたら良いのだろう。どうにも分からなくて、遠回りな質問で牧君の周りをウロウロすることしか出来やしない。
「牧君ってさ、目標とか目指してることって何?」
「まあ、細々とあるけど、今一番の目標と言えばインターハイで優勝、かな。」
私は肩を窄めた。牧君と比べたら、私の目指しているものなんて、甚だしいほどに俗っぽい。このせいで手を伸ばして欲しがることを躊躇してしまう。牧君はそんな私の様子をどう思ったのか知らないが、気を遣ってくれたみたいで、この話題に付け加えて尋ねてきた。
「名前は?なんかあるのか?あのさ、目標はな、声に出すと本当に叶うらしい。引き寄せの法則なんだと。」
「引き寄せの、、、。」
だったら私は牧君を引き寄せたいよ。牧君はどう思っているのだろう。
「牧君、ちょっとそこ。ベッドから離れて。」
私は、ベッドの端を背もたれにしていた牧君の腕を掴んで動かし、人、一人分のスペースを作らせた。その隙間に滑り込む。私はベッドの端と牧君の背中に挟まれるようにして座り込んだ。すると、予告なしの私の不可解な行動について説明を求めようとする牧君が振り向こうとしたが、私はそれを止めるようにして、牧君の背中に抱きついた。抱きつくというよりも、後方から組み付いて、牧君の腕をホールドしたような格好だけれど。
「これ、何なんだ?」
「、、、こっち見ないで。」
「、、、分かったよ。」
今にも牧君にスープレックスを仕掛けんばかりにしがみつく私の謎の熱気と、その強引な声色に何かを察してくれたのだろう。牧君が仕方がないな、と静かに従う。牧君から私の顔が見えないようにするにはこんなことしか思いつかない。見つめられては言えないことを、これから言うんだから。
「引き寄せの法則。」
私は、牧君から教えられた言葉を空読みにして声にした。
「これまたかなり強制的に引き寄せられたな。」
私の言葉に牧君はクスクスと笑った。その震えが牧君の背中とくっついた私の頬を揺らした。私は牧君の背中の体温が心地良くて、ずっとくっついていられるかも、なんて思いつつ目を閉じた。そして思い切ってその背中に聞いた。
「牧君、キス、したことある?」
唇から紡がれる、好き、を直接触れて、牧君に伝えられたらいいなと思った。さすがに牧君も私の質問が質問だけで終わらせたくないことに気付いただろう。牧君を囲う私の手に、牧君の手が重なったから、どうやら否定的でも拒否されたでもないことは分かる。だけれどもそれとない承諾の意を表されたところで、私ははっきりとした牧君の意思を知りたいのだから続けて聞いた。
「はしたない子だって思ってる?」
「はしたないって、、、よくそんな言葉がスラスラ出てくるな、名前。ふっ。」
牧君が笑う度に、くっついたままの私まで揺れる。それがなんだか牧君に抱きつく私を振るい落とそうとしているように思えてきて、悔しさとか切なさとか堪え難さが私の中でこじれる。
「もう!ふざけないでよ、、、。」
私は訴える顔を上げて、牧君から離れようとした。それを牧君が両脇で私が差し出している両腕を押さえて阻む。今度は私が牧君に引っ張られる形で背中に引きつけられた。
「いいよ。どうする?」
互いに顔が見えないまま、牧君が尋ねる。私は牧君の背中と会話する。
「どうするって、な、何が?」
「言って。声に出すと叶うんだってさ。さっきオレ、教えただろ?」
手っ取り早く言えば、牧君とキスがしたい、なんてことを私から切り出すなんてとっても恥ずかしくてしょうがない。私の願いを聞き入れようと思っているのなら、牧君がもう少しリードしてくれてもいいんじゃないの!?なんだか知った風を気取っちゃってさあ。ねえ、牧君?
牧君の私を試すかのような口ぶりに、恥ずかしさに俯くだけで終われない。自分ではどうにも出来ないがゆえに、牧君へ当たり散らすかのように、我慢ならない心の叫びが勝る。両腕を牧君に絡め取られた今、私が自由にできるのは頭しかなった。
「だ、か、ら、牧、君〜!!!」
啄木鳥みたいにゴツゴツゴツと牧君の背中を頭で叩いて訴えた。ひたすら続く羞恥と欲心のシーソーゲームを、牧君に観察されるのが耐えられない。
「あはははは。悪い、悪い。」
「やだ!もう、やだ!こっち向いて!」
「はい。」
牧君は素直に従って、大きな体を私に向けた。あぐらをかいた牧君は、後攻の姿勢を崩さない。どうやら先攻らしい私の行動を待つようにして、私の手を握るのだが、私は牧君の顔をまともに見れない。悔しい。私ばかりが牧君を求めているみたいで。こんなことで、と思うかもしれないけど、わたしにはこんなことなのだ。鼻の奥がツンとして、目が潤んで震えた。咄嗟に内側に引っ込めようと、スンっと鼻を鳴らす。そしたら、ようやく牧君が動いた。
「ごめん。意地が悪かったな。」
「、、、うん。」
「オレの方、見れるか?」
「、、、うん。」
牧君と重なった手ばかりに落としていたその視線を、私は牧君に向かって上げた。牧君の顔の輪郭を視認したと同時くらいに、眼前に牧君の柔らかい髪の毛が届いて、驚く私の瞼は反射的に下りた。その直後、乾いた感触が唇に優しく当たる。
「牧君、、、?」
一瞬すぎて口元の感覚を思い出すこともままならないけれど、間違いなく今のはキスだった。私は牧君に確認しようと目を開いたが、既に私は牧君に抱きしめられていた。こうなっては牧君の顔が見えないじゃないか。
「あー、結構恥ずかしいな、これ。」
牧君の声は、少し緊張が解けた時みたいな、ちょっとほっとしたみたいな、そんな緩みのある低音で私に伝わる。私は少し背筋を伸ばし、牧君の肩に顎を乗せて顔を出した。
「ねぇ、、、牧君、お願い。ちょっと苦しい。離して。」
「いや、もうちょっとこのままで。」
牧君は、まだ私を抱き込んだまま離そうとしない。どうやら牧君も私に顔を見られたくないようだ。牧君が照れている。いつもいつも悠然たる態度で私に接しているのに、牧君の初めて見る姿に、自分の心臓の音がいつもより大袈裟に囃し立てた。
「私、すごいドキドキして、る。」
「ああ。」
「こ、こういうのって、慣れとかあるのかな。」
「どうだろな。」
心臓の鼓動がずっとうるさくて、これを打ち消さんと私は牧君へ話しかける。それなのに牧君は適当な頷きだけで、全然喋ろうとしてくれない。私はどうでもいい事もどうでもよくない事もごちゃ混ぜにして、とにかく何かを喋っていないと、この場をやり過ごせそうになかった。
「あの、、、勉強の続き、、、は。」
だから、それが決して本心でなくとも、このドキドキをどうにか紛らわせるべきかと思って、牧君に伺った。抱き合っていると牧君の微妙な変化も手に取る様に分かる。牧君は私が話しかけたことに頷きもせずにじっとして、そして今度は一呼吸置いて、ちょっと笑っていた。肩を震わせる牧君が言う。
「そうだな。やるか。」
牧君がようやく私を離した。がしかし、二人共、体は机に向かおうとしない。広げられた参考書もノートもシャープペンシルだって、先程の位置から1ミリも動かす気は無く、向かい合ったまま、私達は微笑みあった。牧君も勉強する気ないじゃない。決して口にしてはいないのに、そんなことが通じ合えるのが嬉しかった。牧君との距離がこれまでよりぐっと近付いた気がして、キスの力に感動すら覚える。今なら、私も牧君にもっと素直になれそう。
「牧君。目、瞑ってくれる?」
私は近寄って、牧君の頬に控えめなリップ音と共にそっと唇を押し付けた。そして一度自分の位置に座り直して、牧君を見つめた。
「、、、嬉しかったから。お返し。」
そう言ったら、目を丸くした牧君は、弾かれたような妙なまばたきをしたが、すぐにいつもの牧君に戻って私に言い返した。
「じゃあ、オレも。お返しするよ。」
と言って、私の両肩に手を置くと、唇を目掛けて、ゆっくりと顔を傾けてきた。だから、お礼にお礼とか、、、そういうの別にいらないんだってば。と律儀な牧君に心の中で苦笑しながら、私もゆっくりと目を瞑った。
「お邪魔します。」
「どうぞ、どうぞ。あんまり私の部屋の中、見ないでね。」
「目を瞑って勉強しろってことか?」
「もう。極端なのよ、牧君は。」
名前が言ってきたからだろ、と牧君が私の後ろで文句を言うのを聞き流して、部屋に招き入れた。牧君は私が促したベッドの脇に座り、教科書とノートを広げる。シャープペンシルの頭をカチカチと押せば、試験勉強開始の合図だ。うわあ、本当に勉強するんだ、牧君。なんて、ふざけて言えるような雰囲気でもなく、私も牧君を真似てノートを広げた。
いつもなら一時間も経てば、本棚の漫画に手を伸ばしてしまうのに、目の前に牧君がいては、そんな不真面目は許されない。しかし、しかし、牧君の隣で自分の参考書に目を落とせば、牧君のペンを走らせる指先が視界の隅にチラチラと入ってくるし、ノートと消しゴムの摩擦音も勝手に耳を傾けてしまって、牧君の存在感は、牧君と二人だけのこの自由な空間を舞台にして、ドキドキと胸を高鳴らせる。私は牧君の顔を盗み見るようにして、声を掛けた。
「ねー、ねー、牧君。」
「、、、何だ?」
「何でもない。」
私の意図するところを汲んだ牧君は顔を上げて言った。
「もう飽きたのかよ。すごいな、お前。」
「いつもこんなだよ、私。暗記系は直前で詰め込むし。世界史とかね。牧君は選択教科は日本史だっけ?」
「ああ。世界史ってカタカナばっかりで覚えにくくないか?色んな国、出てくるし。」
「そう?まあ、牧君が日本史選択って何か分かる気がするよ。武士っぽいし。」
「あのな。」
そうやって牧君は、反論するように私の頭をグシャリと撫で付けた。私があはは、やめてよ、と、声に出して笑ったら、牧君はノートをパタンと閉じたので、これは休憩の合図だ。ほらほら、こういう風に、私は牧君とじゃれあいたいのだ。本当はテスト勉強なんて二の次で、牧君の大きな手で触れられたいとずっと思っていた。牧君も健全な男子高校生であると信じたい。そして私も健全な女子高生なのだ。私はこれまで以上の触れ合いを求めて、牧君をじっと見つめた。
「何?何で睨んでるんだ?」
牧君はやっぱりズレている。私の牧君を想う熱視線も、牧君にはただただ私が目を怒らしているようにしか見えないらしい。私はため息を両手の頬杖で受け止め、牧君に力ない目を向けた。
「一緒に勉強しようって言ったのは牧君じゃん。」
「だから勉強してるだろ。」
その類の勉強ではなくてですね、と言いたくても言い出せない。手元の参考書には載っていない恋愛の応用問題を解けるほど、基礎問題をこなしてきていない自分の実力に愕然とする。触れたい。牧君とくっついていたい。あわよくば、もうそろそろ経験しても良くない?キ、キスとか。牧君へ伝わらないもどかしさも含めて、どうやって牧君に伝えたら良いのだろう。どうにも分からなくて、遠回りな質問で牧君の周りをウロウロすることしか出来やしない。
「牧君ってさ、目標とか目指してることって何?」
「まあ、細々とあるけど、今一番の目標と言えばインターハイで優勝、かな。」
私は肩を窄めた。牧君と比べたら、私の目指しているものなんて、甚だしいほどに俗っぽい。このせいで手を伸ばして欲しがることを躊躇してしまう。牧君はそんな私の様子をどう思ったのか知らないが、気を遣ってくれたみたいで、この話題に付け加えて尋ねてきた。
「名前は?なんかあるのか?あのさ、目標はな、声に出すと本当に叶うらしい。引き寄せの法則なんだと。」
「引き寄せの、、、。」
だったら私は牧君を引き寄せたいよ。牧君はどう思っているのだろう。
「牧君、ちょっとそこ。ベッドから離れて。」
私は、ベッドの端を背もたれにしていた牧君の腕を掴んで動かし、人、一人分のスペースを作らせた。その隙間に滑り込む。私はベッドの端と牧君の背中に挟まれるようにして座り込んだ。すると、予告なしの私の不可解な行動について説明を求めようとする牧君が振り向こうとしたが、私はそれを止めるようにして、牧君の背中に抱きついた。抱きつくというよりも、後方から組み付いて、牧君の腕をホールドしたような格好だけれど。
「これ、何なんだ?」
「、、、こっち見ないで。」
「、、、分かったよ。」
今にも牧君にスープレックスを仕掛けんばかりにしがみつく私の謎の熱気と、その強引な声色に何かを察してくれたのだろう。牧君が仕方がないな、と静かに従う。牧君から私の顔が見えないようにするにはこんなことしか思いつかない。見つめられては言えないことを、これから言うんだから。
「引き寄せの法則。」
私は、牧君から教えられた言葉を空読みにして声にした。
「これまたかなり強制的に引き寄せられたな。」
私の言葉に牧君はクスクスと笑った。その震えが牧君の背中とくっついた私の頬を揺らした。私は牧君の背中の体温が心地良くて、ずっとくっついていられるかも、なんて思いつつ目を閉じた。そして思い切ってその背中に聞いた。
「牧君、キス、したことある?」
唇から紡がれる、好き、を直接触れて、牧君に伝えられたらいいなと思った。さすがに牧君も私の質問が質問だけで終わらせたくないことに気付いただろう。牧君を囲う私の手に、牧君の手が重なったから、どうやら否定的でも拒否されたでもないことは分かる。だけれどもそれとない承諾の意を表されたところで、私ははっきりとした牧君の意思を知りたいのだから続けて聞いた。
「はしたない子だって思ってる?」
「はしたないって、、、よくそんな言葉がスラスラ出てくるな、名前。ふっ。」
牧君が笑う度に、くっついたままの私まで揺れる。それがなんだか牧君に抱きつく私を振るい落とそうとしているように思えてきて、悔しさとか切なさとか堪え難さが私の中でこじれる。
「もう!ふざけないでよ、、、。」
私は訴える顔を上げて、牧君から離れようとした。それを牧君が両脇で私が差し出している両腕を押さえて阻む。今度は私が牧君に引っ張られる形で背中に引きつけられた。
「いいよ。どうする?」
互いに顔が見えないまま、牧君が尋ねる。私は牧君の背中と会話する。
「どうするって、な、何が?」
「言って。声に出すと叶うんだってさ。さっきオレ、教えただろ?」
手っ取り早く言えば、牧君とキスがしたい、なんてことを私から切り出すなんてとっても恥ずかしくてしょうがない。私の願いを聞き入れようと思っているのなら、牧君がもう少しリードしてくれてもいいんじゃないの!?なんだか知った風を気取っちゃってさあ。ねえ、牧君?
牧君の私を試すかのような口ぶりに、恥ずかしさに俯くだけで終われない。自分ではどうにも出来ないがゆえに、牧君へ当たり散らすかのように、我慢ならない心の叫びが勝る。両腕を牧君に絡め取られた今、私が自由にできるのは頭しかなった。
「だ、か、ら、牧、君〜!!!」
啄木鳥みたいにゴツゴツゴツと牧君の背中を頭で叩いて訴えた。ひたすら続く羞恥と欲心のシーソーゲームを、牧君に観察されるのが耐えられない。
「あはははは。悪い、悪い。」
「やだ!もう、やだ!こっち向いて!」
「はい。」
牧君は素直に従って、大きな体を私に向けた。あぐらをかいた牧君は、後攻の姿勢を崩さない。どうやら先攻らしい私の行動を待つようにして、私の手を握るのだが、私は牧君の顔をまともに見れない。悔しい。私ばかりが牧君を求めているみたいで。こんなことで、と思うかもしれないけど、わたしにはこんなことなのだ。鼻の奥がツンとして、目が潤んで震えた。咄嗟に内側に引っ込めようと、スンっと鼻を鳴らす。そしたら、ようやく牧君が動いた。
「ごめん。意地が悪かったな。」
「、、、うん。」
「オレの方、見れるか?」
「、、、うん。」
牧君と重なった手ばかりに落としていたその視線を、私は牧君に向かって上げた。牧君の顔の輪郭を視認したと同時くらいに、眼前に牧君の柔らかい髪の毛が届いて、驚く私の瞼は反射的に下りた。その直後、乾いた感触が唇に優しく当たる。
「牧君、、、?」
一瞬すぎて口元の感覚を思い出すこともままならないけれど、間違いなく今のはキスだった。私は牧君に確認しようと目を開いたが、既に私は牧君に抱きしめられていた。こうなっては牧君の顔が見えないじゃないか。
「あー、結構恥ずかしいな、これ。」
牧君の声は、少し緊張が解けた時みたいな、ちょっとほっとしたみたいな、そんな緩みのある低音で私に伝わる。私は少し背筋を伸ばし、牧君の肩に顎を乗せて顔を出した。
「ねぇ、、、牧君、お願い。ちょっと苦しい。離して。」
「いや、もうちょっとこのままで。」
牧君は、まだ私を抱き込んだまま離そうとしない。どうやら牧君も私に顔を見られたくないようだ。牧君が照れている。いつもいつも悠然たる態度で私に接しているのに、牧君の初めて見る姿に、自分の心臓の音がいつもより大袈裟に囃し立てた。
「私、すごいドキドキして、る。」
「ああ。」
「こ、こういうのって、慣れとかあるのかな。」
「どうだろな。」
心臓の鼓動がずっとうるさくて、これを打ち消さんと私は牧君へ話しかける。それなのに牧君は適当な頷きだけで、全然喋ろうとしてくれない。私はどうでもいい事もどうでもよくない事もごちゃ混ぜにして、とにかく何かを喋っていないと、この場をやり過ごせそうになかった。
「あの、、、勉強の続き、、、は。」
だから、それが決して本心でなくとも、このドキドキをどうにか紛らわせるべきかと思って、牧君に伺った。抱き合っていると牧君の微妙な変化も手に取る様に分かる。牧君は私が話しかけたことに頷きもせずにじっとして、そして今度は一呼吸置いて、ちょっと笑っていた。肩を震わせる牧君が言う。
「そうだな。やるか。」
牧君がようやく私を離した。がしかし、二人共、体は机に向かおうとしない。広げられた参考書もノートもシャープペンシルだって、先程の位置から1ミリも動かす気は無く、向かい合ったまま、私達は微笑みあった。牧君も勉強する気ないじゃない。決して口にしてはいないのに、そんなことが通じ合えるのが嬉しかった。牧君との距離がこれまでよりぐっと近付いた気がして、キスの力に感動すら覚える。今なら、私も牧君にもっと素直になれそう。
「牧君。目、瞑ってくれる?」
私は近寄って、牧君の頬に控えめなリップ音と共にそっと唇を押し付けた。そして一度自分の位置に座り直して、牧君を見つめた。
「、、、嬉しかったから。お返し。」
そう言ったら、目を丸くした牧君は、弾かれたような妙なまばたきをしたが、すぐにいつもの牧君に戻って私に言い返した。
「じゃあ、オレも。お返しするよ。」
と言って、私の両肩に手を置くと、唇を目掛けて、ゆっくりと顔を傾けてきた。だから、お礼にお礼とか、、、そういうの別にいらないんだってば。と律儀な牧君に心の中で苦笑しながら、私もゆっくりと目を瞑った。
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