熟れるセピア(三井)
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みっちゃんの半ば強制的な指示により公園に寄ることになった。地元の駅に降りたあと、改札を通って、出口に向かってみっちゃんがズカズカ歩いて行くもんだから、私は早足で彼の後ろ姿を追う。歩幅!違うんだから、もうちょっとゆっくり歩いて欲しい。思えば昔からこんな感じだったな。
駅前のコンビニを見かけ、腹減ったから何か買おうぜ、と言われたので黙ってついていったら、レジで、やべ、金足りねーからお前、少し出せ、と言われ、呆れながら500円渡した。何なの、新手のカツアゲ?本当に強引なんだから。しかし、この一連の流れでだんだんと私はみっちゃんとの二年のブランクを取り戻してきた。
「500円、絶対返してよね。」
「あ?分ーってるって。」
「その言い方!分かってない〜。あー、私、カツアゲされたぁ。」
「ホラ、お前の分もテキトーに買っといてやったから。」
ガサっとコンビニ袋を持ち上げて、私に見せてきた。
「だから、それ、私が出したお金だっつーの。」
「はっはっは。その通り。」
そんなやりとりをしながら公園のベンチに腰掛けるみっちゃん。コンビニ袋の中身を出しながら、おら、隣座れ、と言い、ピンク色のパッケージのパックジュースを渡された。
「あ、いちご牛乳だ、、」
「お前、これ好きだったよな。」
「ふふ、、、そんなこと、よく覚えてるね。キモい。」
「なんだよ、キモいとか言うな。」
「この公園も、久しぶり。」
「、、、だな。」
と言って、センチメンタルな気分になりかけたが、隣でみっちゃんはおにぎりを頬張っていた。あと唐揚げも左手に構えて。
「はぁ〜。なんでここでおにぎり、、そして唐揚げ、、、」
私は両手で顔面を覆って、天を仰ぐ。
「腹減ってるって言ったろ。部活終わりで。」
「いや、いいけど。別にいいけど。」
みっちゃんが食べ終わるのを待つ間、公園内を見回す。地元だからよく通ることはあるんだけど、公園の中に入るのは、中学生以来。中三の冬。駅前に学習塾がいくつかあり、大半の子は塾通いをしていた。私は三年の春から通っていて、みっちゃんは部活を引退してから、塾通いを始めた。大抵、塾が終わるのはどこの学習塾も同じような時間帯なので、知っている子と帰り道が一緒になることもあった。私とみっちゃんがそうだったので、たまにこの公園に寄っては、進路のこととか、バスケのこと、友達のこと、色んな話をしたのを思い出す。
あの頃。多分。誤解を恐れずに言うと、私とみっちゃんは両思いだったんじゃないかと思う。同じ高校を受験すると知ってから、よく二人で高校の話をするようになっていた。高校の合格判定模試であまり良い結果を出せなくて落ち込んでいた私に、一度、気分転換とやる気を出そうぜ、とみっちゃんに誘われて、二人で湘北高校まで行ってみたことがある。今日みたいに、二人で電車に揺られて。その帰り道、
「私、みっちゃんと一緒に湘北高校に行きたいな。」
と独り言のように呟いた。この気持ちが彼に届けばいいな、と祈りながら。これが当時の私の精一杯だった。そしたら、うん。オレも。と言って、みっちゃんは手を繋いでくれた。どれくらい繋いでいたかは覚えていないけれど、あの時の心臓の飛び跳ねる音は今も覚えている。
それ以降も、よく二人で話したりすることはあっても、だからといって互いに気持ちを確認したわけじゃなかった。恋をするには二人共、幼すぎたのかもしれない。ああ、甘酸っぱいなあ。中学生って本当に可愛い。素敵な思い出だったと過去として捉えられるくらいには、高校三年生になった私は少し大人になっちゃってる。
当時を思い出して、まあまあ赤面している私を尻目に、思い出の当事者は隣で唐揚げをつまんでいた。テンション下がるわ。ああ、もう!現実はこんなものかと、私は再び顔面を覆ってうなだれた。
***
「よし、やり直そう。」
「だから、何を!?」
みっちゃんがおにぎりと唐揚げのゴミをコンビニ袋にまとめ、立ち上がった。私は覆っていた両手を離して勢いよく顔を上げた。
「体育館でお前に聞かれたやつ。あれ、も一回やって。」
「はぁ、、、?!なんで?」
「ちゃんと答えてやる。」
急に真面目な顔で、腕組みをしている。みっちゃんが私をじっと見る。なんで上から目線なのかなあ。こういうところ、まるで成長していない。やれやれと思いつつも、付き合ってやることにする。
「んーと、じゃあいくよ。一つ目。三井くんはどうしてこの部活を選んだんですか?」
「バスケが楽しくて仕方がないから。オレが夢中になれるのはバスケしかねぇ、と思ったから。」
「二つ目。この部活で楽しかったこと、辛かったことなど三井くんの思い出を教えてください。」
「楽しかったこと。現在進行形で今。ドリブルもパスも、シュートも楽しい。ボールに触れるのが楽しい。バッシュがコートに擦れる音も、ボールが跳ねる音も、シュートが入る音も、スゲー気持ちいい。たまに嬉しすぎて楽しすぎて、顔がニヤつくのは気をつけている。で、辛かったこと。最初は怪我。でも怪我が治れば、オレの居場所があると思った。で、一人で勝手に傷付いて、一人で勝手にやさぐれた。オレ、バカだからさ、バスケがしたかった気持ちに、自分に、嘘をつき続けた。結果、バスケから遠ざかっていた。今思えば、ずっと辛かった。二年って、長いよな。もっと早く気付けよって話だよな。」
「、、、、、。」
黙って聞いている私の様子をうかがいつつ、みっちゃんは続ける。
「誰にも言わないけどよ、一人でいると、いろんなこと考えるんだよ。、、、たまに泣きそうになる。」
頭をガシガシと掻きながら、足下に目を落とした。私もみっちゃんも互いに目を合わせられなかった。みっちゃん、こっちがもらい泣きしそうだよ。私はみっちゃんの二年間を想った。みっちゃんがバスケ部に戻った詳しい経緯は知らない。だけど、みっちゃんがバスケを続ける選択をしたから今がある。私は、笑いながら、時には怒りながら、悔しがりながら、明るく楽しそうにバスケの話をするみっちゃんに、いつも心を弾ませていたことを思い出した。やっぱりみっちゃんにはバスケが似合ってる、と。私は顔を上げ、じっと彼を見ながら、期待を乗せて言う。
「三つ目。大会に賭ける意気込みをお願いします。」
「全国制覇!そして、全国に三井寿の名前を轟かせてやるぜ。」
「ふふっ、相変わらず自信満々だね。なんでこれを体育館で聞いたときに言ってくれなかったのかなあ?ちゃんと記事にしたのに。」
「あ?バカか。こんなこと、あの場で真面目に答えるわけねーだろがよ。うちのバスケ部の連中に聞かせられるか。」
「じゃあなんで、今日は答えてくれたの?」
「お前に、ちゃんと、いつか、どっかで、言っておきたかったんだよな。」
「え。」
「別にお前にとっては、オレのことなんかどうでもいいだろうけどよ。高校入ってから、ずっと喋ってなかったし。気まずいわな。まあ、でも、こないだお前と会って、なんか、中学の頃を妙に思い出してさ。オレの栄光の中学時代、、、だからな!いや、つまり、あれだ、初心ってやつだ、ショシン。だから言わせろよ。これはオレのケジメみたいなもんだ。」
「、、、うん。分かった。ありがと、教えてくれて。三井くん。」
みっちゃんは、怪訝そうな顔で私の顔を覗き込んで言った。
「あのよ、こないだから違和感あったんだけどよ。お前、何なの?その三井くん呼び。」
ぎくっ。気付いてた?
「いやぁ、、、だって、こないだまでグレてたし、話せないくらい怖かったし、距離めっちゃあったし。周りは三井くんって呼んでいるし。私だけ中学の頃の呼び方してるの、えっと、あの、恥ずかしいっていうか、、、。」
「何、気取ってんだよ。未だ思春期か!」
みっちゃんは、ブニっと、私の頬をつまんだ。
「いひゃい(痛い)、、、」
「あ?何て?」
「いひゃいっへ(痛いって)、、、みっひゃん(みっちゃん)。」
へへへ、とみっちゃんは満足そうに笑う。私は頬をさする。
「みっちゃんだって、長い反抗期だったくせに。」
「ぐっ、お前、、、それを言うなよ。」
二人で吹き出して笑った。
「よし、帰るか、名前。」
みっちゃんは私の方を向いて名前を呼んだ。やっぱりみっちゃんは、こちらのことは御構いなしにスタスタと歩いて行くので、ちょ、待ってよ、と私はベンチから立ち上がって小走りで追いかけた。
***
湘北高校バスケ部は、決勝リーグを2位で通過し、インターハイ出場を決めた。昨年1回戦負けだったバスケ部がインターハイ出場とあっては、翌日の学校ではちょっとした騒ぎになっていた。かといって、みっちゃんとは顔を合わせる機会もなく、連絡を取ることもなく。そんな私のスマホにみっちゃんから連絡が入ったのは、期末テストも終わって学校が夏休みに向かって消化試合モードに入った頃だった。
「はい、英語のノート。あんまり字、キレイじゃないけど。」
「おう。悪いな。マジで助かる。」
「英語のノート貸してくれ。」という一言だけのメッセージが入ったあと、みっちゃんは部活が終わって、制服姿で自転車に乗ってうちの前までやってきた。みっちゃんから説明は無かったけど、私はすぐにピンときてしまった。うちの高校の場合、赤点4つ以上はインターハイには行けない、という規則がある。つまり、みっちゃん、赤点組だったのね、、、。
「とりあえずこのノートで長文訳はなんとかなるぜ。ヨユーだな。」
「追試いつ?」
「三日後。前日は赤木んちに泊まり込みで試験勉強やる。」
「、、、赤木くんも大変だね。」
「オレがいないとインターハイも危ういからじゃね?あいつも必死だよな。」
「誰のせいよ。」
呆れてぶっきらぼうな物言いになった。自信満々なのも大概にして欲しい。
「早く家に帰って勉強しなよ。」
「おう。こんな時間に呼び出して悪かったな。」
「別に。」
「、、、って、お前、さっきからなんか怒ってない?」
「は?怒ってないけど?」
嘘。ちょっとイラついている。自分でも理由はしょうもないことだと分かっていたし、認めたくないんだけど。
「なんだよ?こないだの500円借りパク?」
「違うし。」
「じゃあ何なんだよ?オレ、面倒くさいの嫌いなんだよ。」
だからさっさと言え、といった態度でみっちゃんは腕組みした。あ、今、ちっ、と舌打ちもした!これじゃあ、まるで痴話ゲンカのカップルみたい。いやいや、やめて、やめて。うちの家の前で。私とみっちゃんは、そんなんじゃないから、と誰に言い訳する訳でもないのに、一人で想像にブルっと震えて気持ち悪くなったので、早々に白状することにした。
「みっちゃん、インターハイ出場おめでとう、、、。」
「おう。何だ、急に。」
「って、ホントはもっと早く言いたかっただけ。」
「あん?」
「なんか、完全に言いそびれて、タイミングも喜ぶタイミングも分かんなくなっちゃって。みっちゃんも全然テンション上がってる風でもないし。でも、ちょっとくらい教えてくれても、、、。」
インターハイ出場が決まって、みっちゃんにこちらから連絡しようかどうか迷っていた。もしかしたらみっちゃんから連絡が来るかも、、、なんてスマホの画面を何度もチラ見していたのは内緒にしておきたい。って、なんだか、それって、私がバリバリ意識しているみたいじゃない?だから今日みたいに都合が良い時にしか連絡をよこさないみっちゃんにも、いい気がしなかった、ということも内緒にしておきたい。
「何だよ、まさかそれでイジケてたのかよ?ははっ、マジか、お前!」
みっちゃんは口元を抑え、私を指差してバカにしたように笑うので、私は照れを隠すように、バカ、笑うな!と言いながらみっちゃんの腕をグーパンチ。痛い痛い、と更に笑う彼は、私の握った拳をあっさりと大きな掌ですくって言った。
「名前、お前、可愛い奴だな。」
言い方は明らかに小動物を愛でるかのようなソレだったけれども、私はこんなことをさらりと言えるみっちゃんを知らない。あれ?みっちゃんってこんな男の子だったっけ?戸惑いに心臓の音が早くなる。
「あのさ、決勝リーグの最後の試合さ、チームは勝ったけどよ、オレ自身のプレーは納得いってねぇ。後半、へばって倒れたしな。二年のブランク、やっぱデカくて。オレの中で消化しきれてねーんだ。それで、、、名前に言うの後回しになっちまってた。」
「みっちゃん、、、。」
「なんかバカらしいな。」
「え?」
「吐き出したら少しスッキリした!結局やることは変わらねぇしな。」
ニヤリと笑う仕草。これは私が知ってるみっちゃんだ。
「まずは、追試でしょ。やること。」
「うっ、、、。」
口を尖らせて黙る。これも私が知ってるみっちゃんだった。
***
どうやらバスケ部問題児軍団は追試をクリアしたようで。みっちゃんからは、ノートを返してもらうついでに報告を受けた。これがオレの実力だ、なんて相変わらずなことを言ってたけど。
この頃から、みっちゃんとは会わないものの、頻繁にスマホでメッセージのやりとりをするようになっていた。みっちゃん、昔から意外と人懐っこいところは変わらないんだよね。あ、人相は悪くなったけど。「部活、今終わった」とか、「雨。学校行くのダリぃ。」とか報告してくるから寂しがり屋なのかも。なのにこちらから連絡するとスルーされたりもする。気分屋なとこも。なんて、昔と今を繋げる。こうして私もみっちゃんのことを考えたり、振り回される時間が増えた。
ピコン。スマホの画面が点滅する。
「静岡行ってきたぜ、合宿で。」
トトトトっと、私はすぐさま返事を打つ。
「お土産は?」
「買ってねーよ!そんな暇あるか!ずっとバスケ漬け。」
「次は広島?いつから?」
「おー、一週間くらい先。」
「ガンバレ!期待してるよ!」
「まさか広島土産の方?」
「バカ!(笑)」
他愛もないメッセージのやりとりだけど、私は胸が膨れるような心地よさに、何度も画面の文字をなぞった。
駅前のコンビニを見かけ、腹減ったから何か買おうぜ、と言われたので黙ってついていったら、レジで、やべ、金足りねーからお前、少し出せ、と言われ、呆れながら500円渡した。何なの、新手のカツアゲ?本当に強引なんだから。しかし、この一連の流れでだんだんと私はみっちゃんとの二年のブランクを取り戻してきた。
「500円、絶対返してよね。」
「あ?分ーってるって。」
「その言い方!分かってない〜。あー、私、カツアゲされたぁ。」
「ホラ、お前の分もテキトーに買っといてやったから。」
ガサっとコンビニ袋を持ち上げて、私に見せてきた。
「だから、それ、私が出したお金だっつーの。」
「はっはっは。その通り。」
そんなやりとりをしながら公園のベンチに腰掛けるみっちゃん。コンビニ袋の中身を出しながら、おら、隣座れ、と言い、ピンク色のパッケージのパックジュースを渡された。
「あ、いちご牛乳だ、、」
「お前、これ好きだったよな。」
「ふふ、、、そんなこと、よく覚えてるね。キモい。」
「なんだよ、キモいとか言うな。」
「この公園も、久しぶり。」
「、、、だな。」
と言って、センチメンタルな気分になりかけたが、隣でみっちゃんはおにぎりを頬張っていた。あと唐揚げも左手に構えて。
「はぁ〜。なんでここでおにぎり、、そして唐揚げ、、、」
私は両手で顔面を覆って、天を仰ぐ。
「腹減ってるって言ったろ。部活終わりで。」
「いや、いいけど。別にいいけど。」
みっちゃんが食べ終わるのを待つ間、公園内を見回す。地元だからよく通ることはあるんだけど、公園の中に入るのは、中学生以来。中三の冬。駅前に学習塾がいくつかあり、大半の子は塾通いをしていた。私は三年の春から通っていて、みっちゃんは部活を引退してから、塾通いを始めた。大抵、塾が終わるのはどこの学習塾も同じような時間帯なので、知っている子と帰り道が一緒になることもあった。私とみっちゃんがそうだったので、たまにこの公園に寄っては、進路のこととか、バスケのこと、友達のこと、色んな話をしたのを思い出す。
あの頃。多分。誤解を恐れずに言うと、私とみっちゃんは両思いだったんじゃないかと思う。同じ高校を受験すると知ってから、よく二人で高校の話をするようになっていた。高校の合格判定模試であまり良い結果を出せなくて落ち込んでいた私に、一度、気分転換とやる気を出そうぜ、とみっちゃんに誘われて、二人で湘北高校まで行ってみたことがある。今日みたいに、二人で電車に揺られて。その帰り道、
「私、みっちゃんと一緒に湘北高校に行きたいな。」
と独り言のように呟いた。この気持ちが彼に届けばいいな、と祈りながら。これが当時の私の精一杯だった。そしたら、うん。オレも。と言って、みっちゃんは手を繋いでくれた。どれくらい繋いでいたかは覚えていないけれど、あの時の心臓の飛び跳ねる音は今も覚えている。
それ以降も、よく二人で話したりすることはあっても、だからといって互いに気持ちを確認したわけじゃなかった。恋をするには二人共、幼すぎたのかもしれない。ああ、甘酸っぱいなあ。中学生って本当に可愛い。素敵な思い出だったと過去として捉えられるくらいには、高校三年生になった私は少し大人になっちゃってる。
当時を思い出して、まあまあ赤面している私を尻目に、思い出の当事者は隣で唐揚げをつまんでいた。テンション下がるわ。ああ、もう!現実はこんなものかと、私は再び顔面を覆ってうなだれた。
***
「よし、やり直そう。」
「だから、何を!?」
みっちゃんがおにぎりと唐揚げのゴミをコンビニ袋にまとめ、立ち上がった。私は覆っていた両手を離して勢いよく顔を上げた。
「体育館でお前に聞かれたやつ。あれ、も一回やって。」
「はぁ、、、?!なんで?」
「ちゃんと答えてやる。」
急に真面目な顔で、腕組みをしている。みっちゃんが私をじっと見る。なんで上から目線なのかなあ。こういうところ、まるで成長していない。やれやれと思いつつも、付き合ってやることにする。
「んーと、じゃあいくよ。一つ目。三井くんはどうしてこの部活を選んだんですか?」
「バスケが楽しくて仕方がないから。オレが夢中になれるのはバスケしかねぇ、と思ったから。」
「二つ目。この部活で楽しかったこと、辛かったことなど三井くんの思い出を教えてください。」
「楽しかったこと。現在進行形で今。ドリブルもパスも、シュートも楽しい。ボールに触れるのが楽しい。バッシュがコートに擦れる音も、ボールが跳ねる音も、シュートが入る音も、スゲー気持ちいい。たまに嬉しすぎて楽しすぎて、顔がニヤつくのは気をつけている。で、辛かったこと。最初は怪我。でも怪我が治れば、オレの居場所があると思った。で、一人で勝手に傷付いて、一人で勝手にやさぐれた。オレ、バカだからさ、バスケがしたかった気持ちに、自分に、嘘をつき続けた。結果、バスケから遠ざかっていた。今思えば、ずっと辛かった。二年って、長いよな。もっと早く気付けよって話だよな。」
「、、、、、。」
黙って聞いている私の様子をうかがいつつ、みっちゃんは続ける。
「誰にも言わないけどよ、一人でいると、いろんなこと考えるんだよ。、、、たまに泣きそうになる。」
頭をガシガシと掻きながら、足下に目を落とした。私もみっちゃんも互いに目を合わせられなかった。みっちゃん、こっちがもらい泣きしそうだよ。私はみっちゃんの二年間を想った。みっちゃんがバスケ部に戻った詳しい経緯は知らない。だけど、みっちゃんがバスケを続ける選択をしたから今がある。私は、笑いながら、時には怒りながら、悔しがりながら、明るく楽しそうにバスケの話をするみっちゃんに、いつも心を弾ませていたことを思い出した。やっぱりみっちゃんにはバスケが似合ってる、と。私は顔を上げ、じっと彼を見ながら、期待を乗せて言う。
「三つ目。大会に賭ける意気込みをお願いします。」
「全国制覇!そして、全国に三井寿の名前を轟かせてやるぜ。」
「ふふっ、相変わらず自信満々だね。なんでこれを体育館で聞いたときに言ってくれなかったのかなあ?ちゃんと記事にしたのに。」
「あ?バカか。こんなこと、あの場で真面目に答えるわけねーだろがよ。うちのバスケ部の連中に聞かせられるか。」
「じゃあなんで、今日は答えてくれたの?」
「お前に、ちゃんと、いつか、どっかで、言っておきたかったんだよな。」
「え。」
「別にお前にとっては、オレのことなんかどうでもいいだろうけどよ。高校入ってから、ずっと喋ってなかったし。気まずいわな。まあ、でも、こないだお前と会って、なんか、中学の頃を妙に思い出してさ。オレの栄光の中学時代、、、だからな!いや、つまり、あれだ、初心ってやつだ、ショシン。だから言わせろよ。これはオレのケジメみたいなもんだ。」
「、、、うん。分かった。ありがと、教えてくれて。三井くん。」
みっちゃんは、怪訝そうな顔で私の顔を覗き込んで言った。
「あのよ、こないだから違和感あったんだけどよ。お前、何なの?その三井くん呼び。」
ぎくっ。気付いてた?
「いやぁ、、、だって、こないだまでグレてたし、話せないくらい怖かったし、距離めっちゃあったし。周りは三井くんって呼んでいるし。私だけ中学の頃の呼び方してるの、えっと、あの、恥ずかしいっていうか、、、。」
「何、気取ってんだよ。未だ思春期か!」
みっちゃんは、ブニっと、私の頬をつまんだ。
「いひゃい(痛い)、、、」
「あ?何て?」
「いひゃいっへ(痛いって)、、、みっひゃん(みっちゃん)。」
へへへ、とみっちゃんは満足そうに笑う。私は頬をさする。
「みっちゃんだって、長い反抗期だったくせに。」
「ぐっ、お前、、、それを言うなよ。」
二人で吹き出して笑った。
「よし、帰るか、名前。」
みっちゃんは私の方を向いて名前を呼んだ。やっぱりみっちゃんは、こちらのことは御構いなしにスタスタと歩いて行くので、ちょ、待ってよ、と私はベンチから立ち上がって小走りで追いかけた。
***
湘北高校バスケ部は、決勝リーグを2位で通過し、インターハイ出場を決めた。昨年1回戦負けだったバスケ部がインターハイ出場とあっては、翌日の学校ではちょっとした騒ぎになっていた。かといって、みっちゃんとは顔を合わせる機会もなく、連絡を取ることもなく。そんな私のスマホにみっちゃんから連絡が入ったのは、期末テストも終わって学校が夏休みに向かって消化試合モードに入った頃だった。
「はい、英語のノート。あんまり字、キレイじゃないけど。」
「おう。悪いな。マジで助かる。」
「英語のノート貸してくれ。」という一言だけのメッセージが入ったあと、みっちゃんは部活が終わって、制服姿で自転車に乗ってうちの前までやってきた。みっちゃんから説明は無かったけど、私はすぐにピンときてしまった。うちの高校の場合、赤点4つ以上はインターハイには行けない、という規則がある。つまり、みっちゃん、赤点組だったのね、、、。
「とりあえずこのノートで長文訳はなんとかなるぜ。ヨユーだな。」
「追試いつ?」
「三日後。前日は赤木んちに泊まり込みで試験勉強やる。」
「、、、赤木くんも大変だね。」
「オレがいないとインターハイも危ういからじゃね?あいつも必死だよな。」
「誰のせいよ。」
呆れてぶっきらぼうな物言いになった。自信満々なのも大概にして欲しい。
「早く家に帰って勉強しなよ。」
「おう。こんな時間に呼び出して悪かったな。」
「別に。」
「、、、って、お前、さっきからなんか怒ってない?」
「は?怒ってないけど?」
嘘。ちょっとイラついている。自分でも理由はしょうもないことだと分かっていたし、認めたくないんだけど。
「なんだよ?こないだの500円借りパク?」
「違うし。」
「じゃあ何なんだよ?オレ、面倒くさいの嫌いなんだよ。」
だからさっさと言え、といった態度でみっちゃんは腕組みした。あ、今、ちっ、と舌打ちもした!これじゃあ、まるで痴話ゲンカのカップルみたい。いやいや、やめて、やめて。うちの家の前で。私とみっちゃんは、そんなんじゃないから、と誰に言い訳する訳でもないのに、一人で想像にブルっと震えて気持ち悪くなったので、早々に白状することにした。
「みっちゃん、インターハイ出場おめでとう、、、。」
「おう。何だ、急に。」
「って、ホントはもっと早く言いたかっただけ。」
「あん?」
「なんか、完全に言いそびれて、タイミングも喜ぶタイミングも分かんなくなっちゃって。みっちゃんも全然テンション上がってる風でもないし。でも、ちょっとくらい教えてくれても、、、。」
インターハイ出場が決まって、みっちゃんにこちらから連絡しようかどうか迷っていた。もしかしたらみっちゃんから連絡が来るかも、、、なんてスマホの画面を何度もチラ見していたのは内緒にしておきたい。って、なんだか、それって、私がバリバリ意識しているみたいじゃない?だから今日みたいに都合が良い時にしか連絡をよこさないみっちゃんにも、いい気がしなかった、ということも内緒にしておきたい。
「何だよ、まさかそれでイジケてたのかよ?ははっ、マジか、お前!」
みっちゃんは口元を抑え、私を指差してバカにしたように笑うので、私は照れを隠すように、バカ、笑うな!と言いながらみっちゃんの腕をグーパンチ。痛い痛い、と更に笑う彼は、私の握った拳をあっさりと大きな掌ですくって言った。
「名前、お前、可愛い奴だな。」
言い方は明らかに小動物を愛でるかのようなソレだったけれども、私はこんなことをさらりと言えるみっちゃんを知らない。あれ?みっちゃんってこんな男の子だったっけ?戸惑いに心臓の音が早くなる。
「あのさ、決勝リーグの最後の試合さ、チームは勝ったけどよ、オレ自身のプレーは納得いってねぇ。後半、へばって倒れたしな。二年のブランク、やっぱデカくて。オレの中で消化しきれてねーんだ。それで、、、名前に言うの後回しになっちまってた。」
「みっちゃん、、、。」
「なんかバカらしいな。」
「え?」
「吐き出したら少しスッキリした!結局やることは変わらねぇしな。」
ニヤリと笑う仕草。これは私が知ってるみっちゃんだ。
「まずは、追試でしょ。やること。」
「うっ、、、。」
口を尖らせて黙る。これも私が知ってるみっちゃんだった。
***
どうやらバスケ部問題児軍団は追試をクリアしたようで。みっちゃんからは、ノートを返してもらうついでに報告を受けた。これがオレの実力だ、なんて相変わらずなことを言ってたけど。
この頃から、みっちゃんとは会わないものの、頻繁にスマホでメッセージのやりとりをするようになっていた。みっちゃん、昔から意外と人懐っこいところは変わらないんだよね。あ、人相は悪くなったけど。「部活、今終わった」とか、「雨。学校行くのダリぃ。」とか報告してくるから寂しがり屋なのかも。なのにこちらから連絡するとスルーされたりもする。気分屋なとこも。なんて、昔と今を繋げる。こうして私もみっちゃんのことを考えたり、振り回される時間が増えた。
ピコン。スマホの画面が点滅する。
「静岡行ってきたぜ、合宿で。」
トトトトっと、私はすぐさま返事を打つ。
「お土産は?」
「買ってねーよ!そんな暇あるか!ずっとバスケ漬け。」
「次は広島?いつから?」
「おー、一週間くらい先。」
「ガンバレ!期待してるよ!」
「まさか広島土産の方?」
「バカ!(笑)」
他愛もないメッセージのやりとりだけど、私は胸が膨れるような心地よさに、何度も画面の文字をなぞった。