熟れるセピア(三井)
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今年のバスケ部は話題性抜群だった。キャプテンの赤木くんに勝負を挑んだ、妙な赤髪の一年生がいたという。どんな経緯があったのか知らないけれど、バスケ部に入部したとか。おもしろ。同じクラスの赤木くんにその話を振ってみたら、「あんな奴、バスケ部の一員とは認めん。」と険しい表情で答えてくれた。隣にいた木暮君は「いやいや、結構練習も真面目にやっているし、今年の夏は期待出来るかもしれないな。」なんて明るく話してくれた。
しばらくして、そんなバスケ部が神奈川県予選を順調に勝ち進んでいると耳にしたのは、新聞部の部室。文化部の部室棟の隅っこで、我が新聞部は少数精鋭で部活動に励んでいる。私はその新聞部の副部長。といっても、授業が終わると部室に直行し、お菓子を食べながら、活動会議という名のおしゃべりタイムを毎日過ごしているだけなんだけど。
「そろそろ夏の運動部特集でもやっとく?」
バリっ。部長がスナック菓子を開けながら言った。
「あ、それ、新商品?カツオ梅味?見たことない。」
「ボクもっス。名前先輩、マジでそういう珍しい味、好きっスよね。」
「うん、好き好き。」
私と2年の後輩男子の山田とお菓子談義に花が咲きかけたところに、部長が釘をさす。
「こら。次の新聞の話!そろそろ書いておかないとまずいよ?活動しているところを見せておかないと、うちみたいな弱小文化部は、部室取り上げられるかもしれないんだからね。実績は作っておこうよ。」
「えっ、そうなの?ま、私は今年で引退の三年生だし、別に、、、」
と言いかけ、カツオ梅味のスナックに手を伸ばす。
「ちょっと〜!名前先輩、そういう後輩達を見捨てる発言やめて。」
「私、今年新聞部に入部したばっかりなんですけど、部室がなくなるのは嫌です。」
1、2年の後輩部員達が口々に不安を漏らす。といっても、みんな毎日部室でお菓子食べて、喋って帰宅するだけじゃん。新聞部の活動なんて私が入部してから、まともにやってるの年に数回だからね?しかし、この環境はそれぞれに居心地の良さを与えているのは間違いないし、やはりお菓子は一人で食べるよりも、誰かと食べた方が美味しい。
「とにかく!1、2年生達のためにも、今年は新聞出しておこうよ。名前も副部長なんだから、何かテーマ出してよ。」
「運動部特集でいいんじゃない?引退前の三年生にコメントもらって、写真撮ってさ。去年さ、部室特集もやったじゃん。あれ楽しかったよね。野球部の部室、ゴキブリ死んでたし!カビの生えたパン出てきたし!」
「え、そんなことあったんですかぁ。」
「そういうので楽しめるの、名前先輩だけっスよ、、、。」
「えー?そう?」
結局、どうでもいい会話を続けていたけど、2年の男子部員山田が、きっちりと話題を切り出した。おっ、さすが来年の新聞部部長候補。
「そういえば、バスケ部、今年はインターハイ狙えるって噂ですよ。」
「え、湘北バスケ部って強かったっけ?」
「いつも一回戦負けって聞いてたんスけど、今年は決勝リーグ行けるんじゃないかって。」
「決勝リーグ行ったらどうなるの?」
「そのうち上位2校がインターハイっス。」
「マジ!?それ凄くない?」
「バスケ部って、三年生は誰がいたっけ?名前、同じクラスにバスケ部いなかった?」
部長が私に聞いた。
「キャプテンの赤木くんと、副キャプの木暮くん。」
「喋ったりする?」
「うん、それなりに会話することはあるかな。」
「じゃあ、名前、赤木くんに取材許可取ってよ。あとは野球部、サッカー部、バレー部あたりは毎年やってるし、分担して記事書いて、写真撮ったら作れるんじゃない?おー、いい感じ。それでいこう。」
部長もスナック菓子をポリポリ食べながら、スマホをいじり出した。部長もあんまりやる気ないな、、、と思ったけど、そこは敢えて言わないでおこうっと。
***
赤木くんと木暮くんには、体育館での練習風景と部員へのインタビューをさせてもらえることになった。すんなり、ではなかった。
「ダメだ。問題児ばかりなんだぞ。まともな記事になるとは思えん。悪い予感しかせん!」
腕組みをする赤木くんに、木暮くんは言った。
「取材したいってことは、注目されてるってことだろ?いいじゃないか、赤木。バスケやりたい奴がもしかしたら増えてくれるかもしれないし。」
「あ、うんうん。出来るだけバスケ部の魅力を伝えられるように頑張ります。」
木暮くんの口添えもあり(ナイスアシストです、木暮くん!)、赤木くんは渋々オッケーを出してくれたので、何日か、バスケ部にお邪魔させてもらえることになった。私は昼休みに新聞部の後輩達に、話は通しといたから今週中に一回、体育館でバスケ部を取材してこい、とスマホでメッセージという名の指令を出した。「え?名前先輩行かないんですか?」とメッセージのやりとりの中で聞かれたので、
「私の仕事は、キャプテンへの取材アポ取りじゃん。完璧にやり遂げたわ。副部長ならではの見事な手腕。みんなも見習って。」
えっへん!といった顔の絵文字を付け加えて送信しておいた。
「やる気あるのか、副部長!」
「新聞部って、毎回こんな感じなんですか?」
「みんな、頑張ってー。部長も見守ってる。」
「え、ちょっと、、、部長も、ってどゆことっスか?」
ポポポンっと、弾み良く、みんなの返信が入ってきた。いつもの部室の雰囲気そのもので、廊下で吹き出した。ああ、部活って楽しい。
***
「ボク、もう無理っス、、、!怖いっス、バスケ部!」
と、数日経って、新聞部の後輩二人が部室に駆け込んできた。
「赤髪の桜木花道は基礎練ばかりでイライラしていて八つ当たりしてくるし。2年の宮城リョータは彩ちゃん、彩ちゃん言ってるし。そのマネージャーに話しを聞こうとしたら、宮城の奴、めっちゃ睨んでくるし。とにかくバスケ部、まともに取材させてくれないっス!」
「私も先輩の隣でカメラ構えていたんですけど、1年の流川くんのファン?親衛隊?みたいのがたくさん居て、流川くんの写真なんか撮らないでよ!って囲まれて文句言われたんですよぉーーー!怖すぎますーーー!」
と、泣きついてきた。
「アンタ達、真面目に部活やってるんだね。偉いなあ。」
と、後輩が持って帰ってきた、バスケ部員の名簿をパラパラとめくると、予想外の名前が飛び込んできた。
"3年 三井寿"
「えっ」
声に出した私がその名前を見ていたことに気付いて、後輩が更に続けた。
「あー!それにこの人!三井サン!メチャクチャ目付き悪くて!!!あ?としか言わないんですってば!この間まで、結構なヤンキーでしたよね?コメント全然貰えないっスよ。」
「あいつ、バスケやってんの、、、?」
私がビックリした風で聞いたからか、もう一人の1年の後輩がカメラを差し出し、確認するように話しかけてきた。
「一応写真は撮ってきましたよ。ほら、この人ですよね?」
見せられたカメラのモニターに、三井寿が、いた。まじまじとモニターを見つめ、無自覚にカメラの拡大ボタンを連打した。三井寿の顔がモニターいっぱいに広がる。髪の毛切ってる。バスケしてる。私がじっとモニターを見続けるので、隣から部長が覗き込んで言った。
「三井君、中学の時、バスケ上手かったんだよね?神奈川でもかなり有名だったって。どこの中学だったっけ、、、?」
「武石中、、、。バスケで全国行ってたよ、中三のとき。」
ボソっと呟くように答えた。
「え、あれ?名前先輩の出身中学も、たしか、、、」
後輩が思い出したように尋ねた。
「うん。私も武石中。」
***
「名前!おつかれー。お前、まだ帰らねぇの?」
中三の秋。部活も引退して、いよいよ三年生は高校受験モードに入る頃。放課後の教室に私は一人、机でノートを広げていた。ガラっと、教室の扉が開いたと同時に声の方を向いた。彼はガサツに通学バッグを掴んで、私の前の席に座った。
「みっちゃん、おつかれ。みっちゃんこそ、まだ帰らないの?」
「おう!バスケ部の練習、少しだけ見てきたんだ。カバン取りに来た。」
「みっちゃん、引退したよね?」
「、、、したけど。後輩がちゃんとやってるか気になってさ。」
口を尖らせて、そっぽ向く彼に言う。
「ウザい先輩だぁー。自分がバスケしたいだけでしょ?」
「へへ。あーあ、バスケしてぇなあ。」
「高校でもバスケするの?」
「はあ?お前、オレを誰だと思ってんだ。続けるに決まってんだろ。神奈川県の最優秀選手に選ばれた、この三井寿だぞ。」
相変わらず、みっちゃんは自信たっぷりに言った。中学の頃、クラスのみんなが三井寿のことをみっちゃん、みっちゃん、と呼んでいたから、自然と私もそう呼ぶようになっていた。みっちゃんが、私の机に広げてあるノートに気付いて聞いた。
「何?勉強してたの?」
「うん、、、、、家だと集中できなくて。」
「お前、高校、どこ受けんの?」
「い、今のところ、第一希望は、湘北高校。」
判定あんまり良くないし、自信ないけど、と付け加える。
「、、、マジか!オレも湘北。」
「ホント!?誰も知ってる人で受ける人いなくって心細かったの!」
「そっか!頑張ろうぜ。」
「うん。」
みっちゃんは人懐っこい笑顔でこっちを見た。みっちゃんと同じ高校か、、、、と、高校生活を想像し、憧れ、自然と顔が緩む。
「俺、帰る。もう校門閉まる時間じゃね?行こうぜ。」
「え、え?うん、待って、片付ける!」
ノートや参考書を慌ててカバンに放り込んだ。みっちゃんは、通学バッグを肩に下げて、さっさと教室を出ていく。パタパタと駆け出した廊下側の窓から夕陽が射し込んでいた。待ってよ、と言って私が後ろから付いてきたら、振り向いたみっちゃんが、おう、とまた笑顔で応えた。あの時の夕陽に染まるみっちゃんの笑顔が今も目に焼き付いている。笑顔が印象的な男の子だった。
***
放課後。私は後輩に半ば強引に連れていかれて、体育館にいた。
「2年のボクだとバスケ部の取材は荷が重いっス。名前先輩、3年だし、キャプテンの赤木さんとも同じクラスじゃないっスか。それにあの元不良三井サンと同じ中学だったじゃないですか。同じ中学のよしみで、、、お願いします!代わりに取材、お願いします!」
と、頼み込まれてしまったから。それに。正直なところ、みっちゃんとは高校入学直後から全く話さなくなっていたから、接触してみたい気持ちは少なからずあった。
一年の春、バスケ部に入部してすぐに怪我したと聞いた。バスケ部は辞めたのか、学校もサボりがちになっていき、次に私が彼を知った時には、明らかにガラの悪そうな人達とツルんでいたグレたみっちゃんだった。地元のコンビニの前でたむろしているのを何度か見かけた。声をかけられずに無視して通り過ぎた。
みっちゃんはこの2年間、何を思って、何をして過ごしていたんだろう。みっちゃんは今、どんな気持ちでバスケをしているんだろう。みっちゃんがバスケ部に戻ったということを知ってから、ずっと、彼のことを考えていた私がいた。
「チュース、、、」
「チュース」
体育館に少しずつバスケ部の部員が集まってきた。赤木くんと木暮くんも。私は駆け寄った。
「赤木くん、木暮くん!今日も新聞部の取材よろしくお願いします。三年生中心に話を聞かせてもらいたいんだけど、三井くんだけ先日、話を聞きそびれちゃっててさ。あ、それから写真も何枚か練習風景を撮らせてもらっていいかな。」
「ああ、よろしくね。三井なら、さっき部室にいたからすぐ来るよ。あ、ホラ。」
木暮くんが、体育館の入口を指差した。おーい、三井。と木暮くんが手招きして呼ぶと、こっちに気付いた。目が合った、ような気がしたのは一瞬。すぐにみっちゃんは、下を向いて「ちっ、何だよ、、、」と首元に手を当てて、気怠そうにこちらに歩いてきた。し、舌打ちされた。ガ、ガラが悪いんですけれど。
「新聞部です。今度運動部を特集した記事を書きたいので、夏で引退する三年生にインタビューさせてもらってます。三井くんにいくつか質問させてもらっていい?」
「、、、、おう。」
努めて部活動に徹することにした。なんとなく、それが私に出来るせめてもの抵抗な気がしたから。みっちゃんのことなんて、全然どうでも良いんだからね、全く気にも留めていないんですからね、という示し。みっちゃんが全く私を見ないからかな。あーあ、なんでムキになってんだろ、私。
「ではまず、一つ目。三井くんはどうしてこの部活を選んだんですか?」
「、、、、別に。」
「二つ目。この部活で楽しかったこと、辛かったことなど三井くんの思い出を教えてください。」
「は?そんなの、ねーよ。」
むむっ、塩対応すぎない?文句が喉から出かかったけれど、みっちゃんとの距離をはかりかねてしまっている私は必死に飲み込む。ここはやりきって早く帰ろ。私は少しだけ息を吐いた。テンプレの取材用メモに目を落として、更に尋ねる。
「三つ目。大会に賭ける意気込みをお願いします。」
「、、、、、そりゃ、、」
ガシっ!!みっちゃんが何か喋りかけたところに、みっちゃんの肩を組んだ男が突然話しかけてきた。
「ナッハッハ!!!何かね?この天才を差し置いて取材ですかな?」
私の隣で後輩の山田がツンツンと小突いてきた。「あの赤髪が一年の桜木花道ですよ。」とボソボソと私に教えてくれた。
「さ、桜木くん、こんにちは〜。新聞部は、バスケ部の活躍を聞いて、是非取材させてもらおうと思って。」
「ハッハッハッ!バスケ部の活躍!?それならば、この天才、桜木抜きにして語れませんよ!そこんとこ、キミタチ、分かっているかね?」
「うるせぇよ、お前、あっち行って基礎練でもやっとけ。」
「ぬあっ、ミッチー、まさかこのオレが注目されることに嫉妬してるな?」
「あー、ハイハイ。」
しっしっ、といった風に桜木くんを手で追い払う仕草をしたみっちゃんに桜木くんは、
「新聞部サン、ミッチーも昔はチヤホヤされてたかもしれないけど、練習も試合もいつもバテバテですからね。プププ。この天才に取って代わられる日が来るのを内心、恐れているんですよ!ナッハッハ!」
「はぁ?!何だと桜木。お前が天才ならなあ、、、オレは、、、」
腕組みをして目を瞑り、一呼吸置く。
「、、、カリスマだな!」(ドヤっ)
「たわけ!」
ゴツン!ドヤ顔をしているみっちゃんの背後から現れた赤木くんに、桜木くんとみっちゃんは赤木くんから頭をど突かれていた。
「イッテェ!おい、コラ、赤木、何すんだ、お前!」
「そうだ、そうだ!ゴリもこのオレのスター性に嫉妬を、、、!」
「さっさと、練習に行かんか、桜木!一年はもうとっくに準備しているぞ!」
桜木くんは、ど突かれた頭を両手で押さえながら、ブツクサ言いながらも去っていった。体育館の隅っこが彼の定位置のようで、何やらマネージャーさんと一言、二言会話を交わし、ハリセンで、、、やっぱり、ど突かれていた。
「ふふ、面白いね、桜木くんって。派手な頭してるし。」
そばにいた赤木くんに話しかけたつもりだった。
「訳わかんねーよな。天才、天才って、、、なんだよアイツ。」
反応したのは、みっちゃんだった。まさかみっちゃんが会話に乗っかってくるなんて思わなかったから、私は少し戸惑った顔をしたのかもしれない。それを感じたのか、なんだよ、、、?と、彼も少し気まずそうに私の様子を伺ってきたのがわかった。私は何と会話して良いか分からず、つい焦って、深く考えず口から出てしまった。
「カリスマだって似たようなもんでしょ。恥ずっ。」
「ぐ、、、っ」
みっちゃんが口を尖らせていた。あ、この癖、知ってる。そして反論しないで、案外大人しくなっちゃうことも。ってかさ、カリスマって何?自信満々なところ、未だ健在だったのね。このやりとりに、木暮くんが笑いながら話しかける。
「ははっ、三井に当たりキツイね。」
「こいつ、中学一緒なんだよ。」
とみっちゃんは、私を親指で指差して木暮くんに言った。あ、一応、私のこと、覚えてくれてたんだ。動揺してしまった。
「そ、それじゃあ、三井くん、どうもありがとう。赤木くん、木暮くん、うちの部に付き合ってくれてありがとうね。県大会、頑張ってね!じゃ!」
足早に体育館を後にした。二年ぶりのみっちゃんとの会話に緊張して、ぎこちなかった自分に少し恥ずかしく思う。
***
湘北高校バスケ部が、決勝リーグに進出したと聞いた時、相変わらず、私は新聞部の部室で部員と食っちゃべっていた。みっちゃんとは体育館で会って以来、顔を見ていない。クラスも違うし、赤木くんや木暮くんと毎日会話するわけでもない。でもこれが私の高校生活の日常だったから、今更何かが変わるなんてことはない。
「バスケ部、本当にインターハイ行くのかな?」
「行くんじゃないっスか?みんなゴツいし、目付き悪いし。」
「それ、バスケと関係ある?」
「今年のインターハイってどこでやるんですか?」
「広島だって。」
「お〜、原爆ドーム〜!宮島〜!もみじ饅頭〜!」
「知ってるワード言ってるだけじゃん。」
「私、広島風お好み焼き、食べた事ないんだよね〜。」
「麺入ってるんスよね。」
「あー、うちも部費とかもっとあれば、広島までインターハイ取材とかいって行けたりするんスかね?」
「行けるわけないじゃん。貧乏県立高校だよ?」
「ですよね〜。」
なんてどうでもいい会話で今日も一日が終わる。新聞部のある文化部棟にも部活動の終わりの時間が決められている。部長が部室の鍵を閉める頃には、もう陽も落ちてきていた。部員のみんなと別れて、電車通学の私は一人、駅のホームに立っていた。この時間は、帰宅途中の学生がまばらにいた。不意に後ろから思わぬ人物に声をかけられた。
「おい。」
「え?」
「今帰り?」
振り返ると、制服のズボンのポケットに手を入れたまま、大きなスポーツバッグを肩から斜めにかけたみっちゃんがいた。
「うん。三井、、、くんは?」
「見りゃ分かるだろ。部活終わって帰ってんだよ。」
「だって、早くない?まだ18時過ぎ、、、」
「明後日が試合なんだよ。だから今日と明日は軽い練習で上がり。」
「ふーん、そか。」
で、会話が終わったと思ったので。
「じゃ、おつかれー。」
と切り出したけど、みっちゃんはその場を去らない。え?ちょっと、どうしていいかわからない。だって、例え同じ電車に乗るとしても、別々の車両に乗るもんじゃないの?こういう時って。停車位置マークに立つ私の隣にみっちゃんは居る。
「、、、あの、電車、もう来るけど?」
「どーせ、同じ駅で降りるだろーが。」
いや、うん、中学が一緒ですから、そりゃ地元が同じですし?学校までの通学経路だってほぼ同じですけれども。私を見下ろしたみっちゃんと目が合うと、ちょうどホームに電車がやってきた。目の前の扉が開く。おら、早くしろよ、と言わんばかりに、みっちゃんは私を追い抜いて、同じドアから乗り込んだ。流石に今から車両を変えるのはあからさまに避けてるみたいなので、私も背中を追って乗り込んだ。これは、一緒に帰るということでしょうか、、、、?
ガタン、ガタン、、、揺れる電車の吊り革に手をかける。中学の時、どんな会話をしてたっけ?どんなことで二人は笑ってたっけ?なんて、話の糸口を見つけようとして押し黙っていた私にみっちゃんから話しかけてきた。
「、、、あれ。あの新聞、見たわ。ってかお前、新聞部だったんだな。」
ああ、新聞、、、。先日取材した運動部特集記事はそれぞれの部活紹介と、テンプレインタビュー記事、写真などを載せて、校内掲示板に貼り出された。可もなく不可もなく、である。まあ、これで今年の実績は作ったし?あとは来年も部員が集まれば、部は維持できるね、なんて言い合って終わった。文化系の部活って結果が見えにくい。特にうちの部なんて別に大会に出場することも、賞をとることもしない。でも、私にとっては放課後の大半を過ごした愛すべき活動の場所であったからそれなりに思い入れだってあるのだ。
「あー、うん。取材の時は協力してくれてありがとう。」
あの塩対応も、今では良い思い出、と思うことにしておこう。
「あれ、無しにしろ、無しに。」
「え、いや、三井くんのことは全く記事にしてないけど、、、」
だって何しろまともにインタビュー出来てないわけで。実際にはバスケ部のコーナーはキャプテンである赤木くんのコメントで無難にまとめていたのだ。
「やり直しだっつーの。マジで。」
「え?え?う、うん、、、。は?やり直し?」
みっちゃんは私をなぜか強い意志を持って私を睨んできた。だから、ガラが悪いって、ガラが!
しばらくして、そんなバスケ部が神奈川県予選を順調に勝ち進んでいると耳にしたのは、新聞部の部室。文化部の部室棟の隅っこで、我が新聞部は少数精鋭で部活動に励んでいる。私はその新聞部の副部長。といっても、授業が終わると部室に直行し、お菓子を食べながら、活動会議という名のおしゃべりタイムを毎日過ごしているだけなんだけど。
「そろそろ夏の運動部特集でもやっとく?」
バリっ。部長がスナック菓子を開けながら言った。
「あ、それ、新商品?カツオ梅味?見たことない。」
「ボクもっス。名前先輩、マジでそういう珍しい味、好きっスよね。」
「うん、好き好き。」
私と2年の後輩男子の山田とお菓子談義に花が咲きかけたところに、部長が釘をさす。
「こら。次の新聞の話!そろそろ書いておかないとまずいよ?活動しているところを見せておかないと、うちみたいな弱小文化部は、部室取り上げられるかもしれないんだからね。実績は作っておこうよ。」
「えっ、そうなの?ま、私は今年で引退の三年生だし、別に、、、」
と言いかけ、カツオ梅味のスナックに手を伸ばす。
「ちょっと〜!名前先輩、そういう後輩達を見捨てる発言やめて。」
「私、今年新聞部に入部したばっかりなんですけど、部室がなくなるのは嫌です。」
1、2年の後輩部員達が口々に不安を漏らす。といっても、みんな毎日部室でお菓子食べて、喋って帰宅するだけじゃん。新聞部の活動なんて私が入部してから、まともにやってるの年に数回だからね?しかし、この環境はそれぞれに居心地の良さを与えているのは間違いないし、やはりお菓子は一人で食べるよりも、誰かと食べた方が美味しい。
「とにかく!1、2年生達のためにも、今年は新聞出しておこうよ。名前も副部長なんだから、何かテーマ出してよ。」
「運動部特集でいいんじゃない?引退前の三年生にコメントもらって、写真撮ってさ。去年さ、部室特集もやったじゃん。あれ楽しかったよね。野球部の部室、ゴキブリ死んでたし!カビの生えたパン出てきたし!」
「え、そんなことあったんですかぁ。」
「そういうので楽しめるの、名前先輩だけっスよ、、、。」
「えー?そう?」
結局、どうでもいい会話を続けていたけど、2年の男子部員山田が、きっちりと話題を切り出した。おっ、さすが来年の新聞部部長候補。
「そういえば、バスケ部、今年はインターハイ狙えるって噂ですよ。」
「え、湘北バスケ部って強かったっけ?」
「いつも一回戦負けって聞いてたんスけど、今年は決勝リーグ行けるんじゃないかって。」
「決勝リーグ行ったらどうなるの?」
「そのうち上位2校がインターハイっス。」
「マジ!?それ凄くない?」
「バスケ部って、三年生は誰がいたっけ?名前、同じクラスにバスケ部いなかった?」
部長が私に聞いた。
「キャプテンの赤木くんと、副キャプの木暮くん。」
「喋ったりする?」
「うん、それなりに会話することはあるかな。」
「じゃあ、名前、赤木くんに取材許可取ってよ。あとは野球部、サッカー部、バレー部あたりは毎年やってるし、分担して記事書いて、写真撮ったら作れるんじゃない?おー、いい感じ。それでいこう。」
部長もスナック菓子をポリポリ食べながら、スマホをいじり出した。部長もあんまりやる気ないな、、、と思ったけど、そこは敢えて言わないでおこうっと。
***
赤木くんと木暮くんには、体育館での練習風景と部員へのインタビューをさせてもらえることになった。すんなり、ではなかった。
「ダメだ。問題児ばかりなんだぞ。まともな記事になるとは思えん。悪い予感しかせん!」
腕組みをする赤木くんに、木暮くんは言った。
「取材したいってことは、注目されてるってことだろ?いいじゃないか、赤木。バスケやりたい奴がもしかしたら増えてくれるかもしれないし。」
「あ、うんうん。出来るだけバスケ部の魅力を伝えられるように頑張ります。」
木暮くんの口添えもあり(ナイスアシストです、木暮くん!)、赤木くんは渋々オッケーを出してくれたので、何日か、バスケ部にお邪魔させてもらえることになった。私は昼休みに新聞部の後輩達に、話は通しといたから今週中に一回、体育館でバスケ部を取材してこい、とスマホでメッセージという名の指令を出した。「え?名前先輩行かないんですか?」とメッセージのやりとりの中で聞かれたので、
「私の仕事は、キャプテンへの取材アポ取りじゃん。完璧にやり遂げたわ。副部長ならではの見事な手腕。みんなも見習って。」
えっへん!といった顔の絵文字を付け加えて送信しておいた。
「やる気あるのか、副部長!」
「新聞部って、毎回こんな感じなんですか?」
「みんな、頑張ってー。部長も見守ってる。」
「え、ちょっと、、、部長も、ってどゆことっスか?」
ポポポンっと、弾み良く、みんなの返信が入ってきた。いつもの部室の雰囲気そのもので、廊下で吹き出した。ああ、部活って楽しい。
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「ボク、もう無理っス、、、!怖いっス、バスケ部!」
と、数日経って、新聞部の後輩二人が部室に駆け込んできた。
「赤髪の桜木花道は基礎練ばかりでイライラしていて八つ当たりしてくるし。2年の宮城リョータは彩ちゃん、彩ちゃん言ってるし。そのマネージャーに話しを聞こうとしたら、宮城の奴、めっちゃ睨んでくるし。とにかくバスケ部、まともに取材させてくれないっス!」
「私も先輩の隣でカメラ構えていたんですけど、1年の流川くんのファン?親衛隊?みたいのがたくさん居て、流川くんの写真なんか撮らないでよ!って囲まれて文句言われたんですよぉーーー!怖すぎますーーー!」
と、泣きついてきた。
「アンタ達、真面目に部活やってるんだね。偉いなあ。」
と、後輩が持って帰ってきた、バスケ部員の名簿をパラパラとめくると、予想外の名前が飛び込んできた。
"3年 三井寿"
「えっ」
声に出した私がその名前を見ていたことに気付いて、後輩が更に続けた。
「あー!それにこの人!三井サン!メチャクチャ目付き悪くて!!!あ?としか言わないんですってば!この間まで、結構なヤンキーでしたよね?コメント全然貰えないっスよ。」
「あいつ、バスケやってんの、、、?」
私がビックリした風で聞いたからか、もう一人の1年の後輩がカメラを差し出し、確認するように話しかけてきた。
「一応写真は撮ってきましたよ。ほら、この人ですよね?」
見せられたカメラのモニターに、三井寿が、いた。まじまじとモニターを見つめ、無自覚にカメラの拡大ボタンを連打した。三井寿の顔がモニターいっぱいに広がる。髪の毛切ってる。バスケしてる。私がじっとモニターを見続けるので、隣から部長が覗き込んで言った。
「三井君、中学の時、バスケ上手かったんだよね?神奈川でもかなり有名だったって。どこの中学だったっけ、、、?」
「武石中、、、。バスケで全国行ってたよ、中三のとき。」
ボソっと呟くように答えた。
「え、あれ?名前先輩の出身中学も、たしか、、、」
後輩が思い出したように尋ねた。
「うん。私も武石中。」
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「名前!おつかれー。お前、まだ帰らねぇの?」
中三の秋。部活も引退して、いよいよ三年生は高校受験モードに入る頃。放課後の教室に私は一人、机でノートを広げていた。ガラっと、教室の扉が開いたと同時に声の方を向いた。彼はガサツに通学バッグを掴んで、私の前の席に座った。
「みっちゃん、おつかれ。みっちゃんこそ、まだ帰らないの?」
「おう!バスケ部の練習、少しだけ見てきたんだ。カバン取りに来た。」
「みっちゃん、引退したよね?」
「、、、したけど。後輩がちゃんとやってるか気になってさ。」
口を尖らせて、そっぽ向く彼に言う。
「ウザい先輩だぁー。自分がバスケしたいだけでしょ?」
「へへ。あーあ、バスケしてぇなあ。」
「高校でもバスケするの?」
「はあ?お前、オレを誰だと思ってんだ。続けるに決まってんだろ。神奈川県の最優秀選手に選ばれた、この三井寿だぞ。」
相変わらず、みっちゃんは自信たっぷりに言った。中学の頃、クラスのみんなが三井寿のことをみっちゃん、みっちゃん、と呼んでいたから、自然と私もそう呼ぶようになっていた。みっちゃんが、私の机に広げてあるノートに気付いて聞いた。
「何?勉強してたの?」
「うん、、、、、家だと集中できなくて。」
「お前、高校、どこ受けんの?」
「い、今のところ、第一希望は、湘北高校。」
判定あんまり良くないし、自信ないけど、と付け加える。
「、、、マジか!オレも湘北。」
「ホント!?誰も知ってる人で受ける人いなくって心細かったの!」
「そっか!頑張ろうぜ。」
「うん。」
みっちゃんは人懐っこい笑顔でこっちを見た。みっちゃんと同じ高校か、、、、と、高校生活を想像し、憧れ、自然と顔が緩む。
「俺、帰る。もう校門閉まる時間じゃね?行こうぜ。」
「え、え?うん、待って、片付ける!」
ノートや参考書を慌ててカバンに放り込んだ。みっちゃんは、通学バッグを肩に下げて、さっさと教室を出ていく。パタパタと駆け出した廊下側の窓から夕陽が射し込んでいた。待ってよ、と言って私が後ろから付いてきたら、振り向いたみっちゃんが、おう、とまた笑顔で応えた。あの時の夕陽に染まるみっちゃんの笑顔が今も目に焼き付いている。笑顔が印象的な男の子だった。
***
放課後。私は後輩に半ば強引に連れていかれて、体育館にいた。
「2年のボクだとバスケ部の取材は荷が重いっス。名前先輩、3年だし、キャプテンの赤木さんとも同じクラスじゃないっスか。それにあの元不良三井サンと同じ中学だったじゃないですか。同じ中学のよしみで、、、お願いします!代わりに取材、お願いします!」
と、頼み込まれてしまったから。それに。正直なところ、みっちゃんとは高校入学直後から全く話さなくなっていたから、接触してみたい気持ちは少なからずあった。
一年の春、バスケ部に入部してすぐに怪我したと聞いた。バスケ部は辞めたのか、学校もサボりがちになっていき、次に私が彼を知った時には、明らかにガラの悪そうな人達とツルんでいたグレたみっちゃんだった。地元のコンビニの前でたむろしているのを何度か見かけた。声をかけられずに無視して通り過ぎた。
みっちゃんはこの2年間、何を思って、何をして過ごしていたんだろう。みっちゃんは今、どんな気持ちでバスケをしているんだろう。みっちゃんがバスケ部に戻ったということを知ってから、ずっと、彼のことを考えていた私がいた。
「チュース、、、」
「チュース」
体育館に少しずつバスケ部の部員が集まってきた。赤木くんと木暮くんも。私は駆け寄った。
「赤木くん、木暮くん!今日も新聞部の取材よろしくお願いします。三年生中心に話を聞かせてもらいたいんだけど、三井くんだけ先日、話を聞きそびれちゃっててさ。あ、それから写真も何枚か練習風景を撮らせてもらっていいかな。」
「ああ、よろしくね。三井なら、さっき部室にいたからすぐ来るよ。あ、ホラ。」
木暮くんが、体育館の入口を指差した。おーい、三井。と木暮くんが手招きして呼ぶと、こっちに気付いた。目が合った、ような気がしたのは一瞬。すぐにみっちゃんは、下を向いて「ちっ、何だよ、、、」と首元に手を当てて、気怠そうにこちらに歩いてきた。し、舌打ちされた。ガ、ガラが悪いんですけれど。
「新聞部です。今度運動部を特集した記事を書きたいので、夏で引退する三年生にインタビューさせてもらってます。三井くんにいくつか質問させてもらっていい?」
「、、、、おう。」
努めて部活動に徹することにした。なんとなく、それが私に出来るせめてもの抵抗な気がしたから。みっちゃんのことなんて、全然どうでも良いんだからね、全く気にも留めていないんですからね、という示し。みっちゃんが全く私を見ないからかな。あーあ、なんでムキになってんだろ、私。
「ではまず、一つ目。三井くんはどうしてこの部活を選んだんですか?」
「、、、、別に。」
「二つ目。この部活で楽しかったこと、辛かったことなど三井くんの思い出を教えてください。」
「は?そんなの、ねーよ。」
むむっ、塩対応すぎない?文句が喉から出かかったけれど、みっちゃんとの距離をはかりかねてしまっている私は必死に飲み込む。ここはやりきって早く帰ろ。私は少しだけ息を吐いた。テンプレの取材用メモに目を落として、更に尋ねる。
「三つ目。大会に賭ける意気込みをお願いします。」
「、、、、、そりゃ、、」
ガシっ!!みっちゃんが何か喋りかけたところに、みっちゃんの肩を組んだ男が突然話しかけてきた。
「ナッハッハ!!!何かね?この天才を差し置いて取材ですかな?」
私の隣で後輩の山田がツンツンと小突いてきた。「あの赤髪が一年の桜木花道ですよ。」とボソボソと私に教えてくれた。
「さ、桜木くん、こんにちは〜。新聞部は、バスケ部の活躍を聞いて、是非取材させてもらおうと思って。」
「ハッハッハッ!バスケ部の活躍!?それならば、この天才、桜木抜きにして語れませんよ!そこんとこ、キミタチ、分かっているかね?」
「うるせぇよ、お前、あっち行って基礎練でもやっとけ。」
「ぬあっ、ミッチー、まさかこのオレが注目されることに嫉妬してるな?」
「あー、ハイハイ。」
しっしっ、といった風に桜木くんを手で追い払う仕草をしたみっちゃんに桜木くんは、
「新聞部サン、ミッチーも昔はチヤホヤされてたかもしれないけど、練習も試合もいつもバテバテですからね。プププ。この天才に取って代わられる日が来るのを内心、恐れているんですよ!ナッハッハ!」
「はぁ?!何だと桜木。お前が天才ならなあ、、、オレは、、、」
腕組みをして目を瞑り、一呼吸置く。
「、、、カリスマだな!」(ドヤっ)
「たわけ!」
ゴツン!ドヤ顔をしているみっちゃんの背後から現れた赤木くんに、桜木くんとみっちゃんは赤木くんから頭をど突かれていた。
「イッテェ!おい、コラ、赤木、何すんだ、お前!」
「そうだ、そうだ!ゴリもこのオレのスター性に嫉妬を、、、!」
「さっさと、練習に行かんか、桜木!一年はもうとっくに準備しているぞ!」
桜木くんは、ど突かれた頭を両手で押さえながら、ブツクサ言いながらも去っていった。体育館の隅っこが彼の定位置のようで、何やらマネージャーさんと一言、二言会話を交わし、ハリセンで、、、やっぱり、ど突かれていた。
「ふふ、面白いね、桜木くんって。派手な頭してるし。」
そばにいた赤木くんに話しかけたつもりだった。
「訳わかんねーよな。天才、天才って、、、なんだよアイツ。」
反応したのは、みっちゃんだった。まさかみっちゃんが会話に乗っかってくるなんて思わなかったから、私は少し戸惑った顔をしたのかもしれない。それを感じたのか、なんだよ、、、?と、彼も少し気まずそうに私の様子を伺ってきたのがわかった。私は何と会話して良いか分からず、つい焦って、深く考えず口から出てしまった。
「カリスマだって似たようなもんでしょ。恥ずっ。」
「ぐ、、、っ」
みっちゃんが口を尖らせていた。あ、この癖、知ってる。そして反論しないで、案外大人しくなっちゃうことも。ってかさ、カリスマって何?自信満々なところ、未だ健在だったのね。このやりとりに、木暮くんが笑いながら話しかける。
「ははっ、三井に当たりキツイね。」
「こいつ、中学一緒なんだよ。」
とみっちゃんは、私を親指で指差して木暮くんに言った。あ、一応、私のこと、覚えてくれてたんだ。動揺してしまった。
「そ、それじゃあ、三井くん、どうもありがとう。赤木くん、木暮くん、うちの部に付き合ってくれてありがとうね。県大会、頑張ってね!じゃ!」
足早に体育館を後にした。二年ぶりのみっちゃんとの会話に緊張して、ぎこちなかった自分に少し恥ずかしく思う。
***
湘北高校バスケ部が、決勝リーグに進出したと聞いた時、相変わらず、私は新聞部の部室で部員と食っちゃべっていた。みっちゃんとは体育館で会って以来、顔を見ていない。クラスも違うし、赤木くんや木暮くんと毎日会話するわけでもない。でもこれが私の高校生活の日常だったから、今更何かが変わるなんてことはない。
「バスケ部、本当にインターハイ行くのかな?」
「行くんじゃないっスか?みんなゴツいし、目付き悪いし。」
「それ、バスケと関係ある?」
「今年のインターハイってどこでやるんですか?」
「広島だって。」
「お〜、原爆ドーム〜!宮島〜!もみじ饅頭〜!」
「知ってるワード言ってるだけじゃん。」
「私、広島風お好み焼き、食べた事ないんだよね〜。」
「麺入ってるんスよね。」
「あー、うちも部費とかもっとあれば、広島までインターハイ取材とかいって行けたりするんスかね?」
「行けるわけないじゃん。貧乏県立高校だよ?」
「ですよね〜。」
なんてどうでもいい会話で今日も一日が終わる。新聞部のある文化部棟にも部活動の終わりの時間が決められている。部長が部室の鍵を閉める頃には、もう陽も落ちてきていた。部員のみんなと別れて、電車通学の私は一人、駅のホームに立っていた。この時間は、帰宅途中の学生がまばらにいた。不意に後ろから思わぬ人物に声をかけられた。
「おい。」
「え?」
「今帰り?」
振り返ると、制服のズボンのポケットに手を入れたまま、大きなスポーツバッグを肩から斜めにかけたみっちゃんがいた。
「うん。三井、、、くんは?」
「見りゃ分かるだろ。部活終わって帰ってんだよ。」
「だって、早くない?まだ18時過ぎ、、、」
「明後日が試合なんだよ。だから今日と明日は軽い練習で上がり。」
「ふーん、そか。」
で、会話が終わったと思ったので。
「じゃ、おつかれー。」
と切り出したけど、みっちゃんはその場を去らない。え?ちょっと、どうしていいかわからない。だって、例え同じ電車に乗るとしても、別々の車両に乗るもんじゃないの?こういう時って。停車位置マークに立つ私の隣にみっちゃんは居る。
「、、、あの、電車、もう来るけど?」
「どーせ、同じ駅で降りるだろーが。」
いや、うん、中学が一緒ですから、そりゃ地元が同じですし?学校までの通学経路だってほぼ同じですけれども。私を見下ろしたみっちゃんと目が合うと、ちょうどホームに電車がやってきた。目の前の扉が開く。おら、早くしろよ、と言わんばかりに、みっちゃんは私を追い抜いて、同じドアから乗り込んだ。流石に今から車両を変えるのはあからさまに避けてるみたいなので、私も背中を追って乗り込んだ。これは、一緒に帰るということでしょうか、、、、?
ガタン、ガタン、、、揺れる電車の吊り革に手をかける。中学の時、どんな会話をしてたっけ?どんなことで二人は笑ってたっけ?なんて、話の糸口を見つけようとして押し黙っていた私にみっちゃんから話しかけてきた。
「、、、あれ。あの新聞、見たわ。ってかお前、新聞部だったんだな。」
ああ、新聞、、、。先日取材した運動部特集記事はそれぞれの部活紹介と、テンプレインタビュー記事、写真などを載せて、校内掲示板に貼り出された。可もなく不可もなく、である。まあ、これで今年の実績は作ったし?あとは来年も部員が集まれば、部は維持できるね、なんて言い合って終わった。文化系の部活って結果が見えにくい。特にうちの部なんて別に大会に出場することも、賞をとることもしない。でも、私にとっては放課後の大半を過ごした愛すべき活動の場所であったからそれなりに思い入れだってあるのだ。
「あー、うん。取材の時は協力してくれてありがとう。」
あの塩対応も、今では良い思い出、と思うことにしておこう。
「あれ、無しにしろ、無しに。」
「え、いや、三井くんのことは全く記事にしてないけど、、、」
だって何しろまともにインタビュー出来てないわけで。実際にはバスケ部のコーナーはキャプテンである赤木くんのコメントで無難にまとめていたのだ。
「やり直しだっつーの。マジで。」
「え?え?う、うん、、、。は?やり直し?」
みっちゃんは私をなぜか強い意志を持って私を睨んできた。だから、ガラが悪いって、ガラが!
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