指先で触れた稜線(清田)
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「ねぇ、水。持ってきたけど、、、。」
私は砂浜に捨てられていた空のペットボトルに入れてきた海水を見せた。
「おっ、じゃあ上からかけろ!」
「えぇー、、、私がぁ?」
「土台固めんの、大事なんだって!」
清田君は制服の裾を捲し上げ、砂だらけになって私に言った。
***
期末テスト二日目で、主要教科はほぼ終わる。三日目の明日は副教科の家庭科と音楽が残ってはいるが、勉強したところで大した成果は期待できそうにない。内心、期末テストは終わった気でいたから、私は一時的なエアポケットのような午後を友達と過ごすことにした。高校から少し歩けば海岸線。今日は風もあまりないし、凪いだ海はとても静かで非常に快い。平日で人がほとんどいないということも理由かも。そう思って降りてくる横髪を耳にかけながら、私は自分の視線を地面に向けた。私の目の前で、しゃがみ込んで砂を掻くのは、同じクラスの清田君。ペットボトルの海水を含んだ砂をもったりと持ち上げながら清田君は私に尋ねた。
「本間達は?」
「あっちにいる。なんか入っていけない感じ。」
海を訪れたのは、私と清田君だけではなかった。私と仲が良い友達の須賀さんこと、スーちゃんと、本間君の二人を加えた同じクラスの四人だ。そもそも、ここに来るのだってさほど乗り気ではなかったのだけど、本間君がスーちゃんを誘ったのが発端で、スーちゃんはスーちゃんで、一人で行くのは何だからと、私を道連れに。本間君は本間君で、じゃあ清田も呼ぶよ、ということで集まった四人だ。
「んー、本間のやつ、どうにか二人っきりになろうとしてたからなあ。」
「えっ、、、本間君って、、、、そうなの!?」
何となく普段の様子から、本間君はスーちゃんを気に入っているんだろうなとは思っていたけれど、まさかそんなに積極的にアプローチに来るなんて思いもしなかったから、少し驚いた。
「オレがひたすら山作ってんの、察しろ。」
清田君は私を見ることもなく言った。タン、タン、と強めに砂山を叩いて固めながら。
「清田君、意外とアレだね、、、。」
「アレって、何だよ?」
清田君が放課後にこういった場にいることは珍しい。いつもホームルームが終わると、大きな声でクラスのみんなに挨拶を交わしながら、一目散にバスケ部の部室に走って行く清田君は、とにかく存在が騒がしい。体も大きいし、声も大きいからなのか、存在感がありすぎるのだ。クラスでも、休み時間に本間君達とバカなことを言い合っては、ゲラゲラと笑っている。そんな日常の様子から、私は清田君というのは、注意深く心を働かせることが苦手そうな男の子だとばかり思い込んでいた。そんな彼が今は存在感を消さんとして、頑張っているのが可笑しい。私も清田君にならって、本間君のことを思って聞いた。
「えっと、ということは、私達ってお邪魔なのかな?」
「とはいえ、オレらが帰るって言うと、多分須賀も帰るって言うと思うんだよな。」
私は清田君の意見に納得したとばかりに、清田君の指示に従って、手に持った海水の入ったペットボトルを、山の上から流した。トロトロと海水を含む砂が溶けるようにして上から下へ伝っていく様子をじっと眺める。泥のようになったそれを清田君はすくって、ペタペタとくっつけるようにして積んでいく。
「じゃあ、私達は本間君のために、山を作るしかないってこと?」
「そゆこと。」
なんだそれは。清田君の気の働かせ方は砂丘を登るようで足元が不安定だ。今にも雪崩のように崩れていきそうで、私もガクンとバランスを崩す。そんな私なんかお構いなしに、清田君は鼻歌混じりに、砂山を作り上げていくのだ。私はローファーを脱いで、靴下を丸めて入れた。同じく裸足になった私は、清田君と砂山を挟んで膝をついた。海水を含んだ砂の感触と妙な懐かしさは、清田君のよく分からない鼻歌をBGMにして、私をはしゃがせた。本間君のために砂山を作るのはバカらしい。だったら前向きに取り組んでやろうじゃないか。清田君の鼻歌だって、本間君を建前にして、目の前の砂遊びを楽しんでいるだけに違いないと思わせてくれた。
「私も手伝うね。うわ。いつぶりだろ?砂山作るの。」
「苗字、トンネル作ろうぜー。そっちから掘れよ。」
「わ、トンネル!懐かしいね〜。小さい頃、やってた、やってたぁ!」
山の向こうに、清田君の頭が少しだけ見える。しゃがんで砂を両手で掻く清田君は、犬みたいだと思った。私も前のめりになって、固めた砂山の麓に手を差し入れた。
本間君はいつからスーちゃんのことを好きだったのかなあ。高校に入ったら、周りは恋に忙しくなった。誰が好きだとか、告白したとか、付き合っているとか。私も高校生になったら、憧れの人も彼氏も自動的に出来るもんだと思っていたが、そっち側の女の子ではなかったらしい。そっち側の女の子は、こんな風に裸足になって、膝をついて、砂まみれになって、子供みたいに砂山のトンネル作りに夢中になったりは、きっとしないんだ。そして、目の前のバスケ部の男の子も、そっち側の男の子ではないはずだと、信じたくなって尋ねた。
「清田君さぁ、彼女いたことある〜?」
「あー、中学ん時は。」
「うっそー!どっちから!?清田君から?」
「あん?向こうから。でもすぐフラれた。」
「なんで?」
「子供っぽいとかなんとか、、、。」
顔が見えないことを良いことにして、私は砂山に隠れて口角が上がるのを抑えつつも可笑しくて肩を震わせた。今、まさに私達のこの姿も側から見たら幼稚に見えているかもしれないし、清田君はやっぱり期待通りに清田君だったから、私はそれに安堵し、喜んだ。
「おい、苗字、今、笑ってんだろ。」
「う、ううん!子供っぽくてもいいじゃんね?砂遊び楽しいし、清田君は友達思いの良い人なのにね。」
私は顔を上げ、清田君の向こうに見える、本間君達に視線をやった。清田君もそれに気付いて一瞬だけ振り向いて彼等を確認してから言う。
「だろ?オレもそう思う。」
「そういう自己評価高いところもフラれた原因だったとか、、、。」
「はぁ?!」
すぐにムキになっちゃうところなんか、やっぱり子供っぽいところがあるのかも、と私は面白がった。そして清田君は言うだけ言って、またトンネル工事を再開する。どうも集中すると、同時並行で物事を考えられない性格らしい。
清田君は、バスケ部で運動も出来る。顔だって、自信溢れる精悍な顔付きだし、悪くはない。決して女の子と喋れないような消極的な性格なわけでもない。なのにクラスでも目立つ彼は、目立つが故にか、残念系だと思われている節があった。高校生になると女子も急に大人びてきて、明るくって無邪気なだけの男の子だと、恋愛には物足りないのかもしれない。そう考えると、中学時代の清田君の元カノの見切りの早さにむしろ感心すら覚えた。
「清田君ってどんな子が好きなの?」
私はズバリ聞いた。
「カワイイ子。」
清田君はズバリ答えた。こういうところは照れずに即答するもんだから、全然少年じゃないじゃないか。堂々としすぎるその姿勢がなんだかちぐはぐで、私はツッコミの代わりに大きく口を開けて笑った。
「あははっ、ざっくりしすぎだよ。カワイイ子って、例えば、5組の池上さんとか?」
池上さんは、同学年の中でも入学した時から可愛いと評判の女の子だ。スタイルが良くって、愛らしい目元と長くてサラサラの髪の毛が清楚なイメージを与えるのに、喋ると八重歯がチラっと見える。それがいたずらっぽく笑うと、チャームポイントに見えてくるから羨ましい。
「あの子、タバコ吸ってるぜ。」
清田君は滑り落ちる砂のように乾いた言い方をした。私はまさかあの池上さんがそんなことをする訳ない、とビックリして言い返した。
「えぇっ、、、嘘だぁ!?」
「嘘じゃねーよ。オレの友達がカバンの中にタバコ入ってんの見たって。」
「、、、なんで池上さんのカバンの中、、、えっ?まさか漁ったの!?」
「いや、オレじゃねーって!」
清田君はさらにムキになって答えた。男子って何考えてんだろ。意味分かんない。そんな気持ちを、ちょうどそこにいるだけの男子を代表して清田君にぶつけた。
「、、、男子キモい。でも池上さんもビックリなんだけど。」
「だよな?吸ってるように見えないのが怖いよな。、、、あ!」
清田君は閃くようにして、山の向こうでぴょこんと顔を上げて、私を見た。
「訂正!オレ、好きなタイプ、カワイイ子じゃなくって、笑顔が似合う子ってことにする。」
「何よそれ〜!清田君ってば、テキトーすぎ。」
「かっかっか!」
前髪をカチューシャで留めた清田君のおでこには、砂が付いていたが、どうせ教えてあげたところで、清田君は気にしないで砂山に夢中だろう。私は何も言う気にならず、突貫のトンネル工事を続ける。
「苗字は?好きなタイプ。一応聞くけど。」
「一応って何よ。私は、クールで何事にも動じなくて、でも優しい人〜。あとイケメン〜。」
「いねーよ、そんな奴。あ、本間はそっち系か。」
「あー、言われてみれば。でも何か、違うんだよねえ。」
確かに本間君は、いつも冷静でそれでいてよく気がつくし、優しい。女子からも人気な方だろう。しかし何故だか自分で掲げたタイプに近いとはいえ、本間君の具体的に名前を挙げられてもピンとはこない。
「何だ、それ。あ、っていうか、苗字!お前、ちゃんと真っ直ぐ掘ってんだろうな?穴!全然そっち側と繋がらねーじゃん!」
「掘ってるわよ!」
もお!と清田君の批判を弾き返すようにして、手に力を入れて、爪の先で砂を削った。するとボコッと音が聞こえた気がして、私は手を伸ばした。湿っぽかった指先が急にスカスカと涼しさを感じた。風が通ったのだ。ということは。
「ん?」
「あ!」
何度か清田君と指先が掠った。貫通したトンネルの向こう側に向かって私は手探りで這う。
「苗字!もうちょい手ぇ伸ばせよ!」
「んー!も、もうちょ、、、っとで、、、!」
砂浜に這いつくばるようにして、私は手を伸ばした。伸ばした先で指先が触れ、そのままするっと伸びてきたと思ったら、ガシっと大きな手に包まれた。
「おっしゃ!繋がった!」
その瞬間、何かが私の中で跳ねた。男の子にこんなに力強く手を握られて、ビックリしないわけがなかった。
「苗字〜、分かる?これ、オレの手〜。」
うわははは!というはしゃいだ笑い声と共に、無邪気な様子で清田君は声を上げた。予定では私もそれにつられて面白がって、このトンネル工事の完成を喜んで終わるはずだった。そうなるはずだったのに。砂だらけの清田君の手はゴツくて、硬くて、テンションが高いせいで力いっぱい掴まれるものだから、砂の粒がジョリジョリと当たって痛い。どういうわけだか私も中で早鐘は鳴り続けており、胸も痛い。
「やだー!ぜ、絶対これは、、、ち、違うもん、、、っ!」
私は清田君にときめいてなんかいないんだから、と自分に言い聞かせようとしてムキになる。自分の内側から込み上げてくる熱い動悸に堪えきれず、大きな声とため息で無理矢理に外へ吐き出そうとした。
「はあ?何がだよ?」
さっきまで流れるように滑らかに受け答えできていたはずなのに、清田君の声は、耳どころか、頭に直接響いてくるみたいに強烈な印象を残し始めて、私の中で堰き止められる。こんなことで狼狽する自分に呆然としてしまって、私は黙りこんだ。
何も反応しない私に、変なやつ。と呟く清田君にとって、私の手を握っているなんてとるに足りないことなんだろう。一方の私は、気持ちを掴まれたように動けないのが悔しい。清田君が気になる。そう思えば思うほど、ドクン、ドクンと波打つ心臓の音が、途端に海岸の波の音と一緒に打ち寄せてきた。
清田君の手は私から離れた。私の五感が清田君のことを用心深く観察し始めたからかもしれない。トンネルに残った私の指先が、かすかな空気の震えを感じた。清田君のこもった声が小さなトンネルの穴の中で空気に乗って伝ってきた。
「ねえ!顔!そっちからも覗いて!」
能天気な明るさがトンネルを抜けてやってくる。私は四つん這いの体勢から更に姿勢を低くした。清田君に向かって気持ちが動き出したからかもしれない。関心を近付けるようにしてトンネルの入口を覗いた。
「あ、いたいた!苗字だ!ははは!」
「清田君、トンネルに顔、近付けすぎ。暗くてよく見えないよ、、、。」
「苗字も、あんまり見えねーよっ。」
トンネルの小さな穴から清田君が覗いている。ニッと達成感に満ちて誇らしげに笑う清田君に、ほんと清田君って子供っぽいよ、と笑ってやりたかったのに、暗がりの向こうにいる清田君は、光が射したみたいにカッコ良く見える気がする。清田君からも、こちらが見えてないらしくてほっとした。私の顔はきっと今、真っ赤になっているだろうから。
私は砂浜に捨てられていた空のペットボトルに入れてきた海水を見せた。
「おっ、じゃあ上からかけろ!」
「えぇー、、、私がぁ?」
「土台固めんの、大事なんだって!」
清田君は制服の裾を捲し上げ、砂だらけになって私に言った。
***
期末テスト二日目で、主要教科はほぼ終わる。三日目の明日は副教科の家庭科と音楽が残ってはいるが、勉強したところで大した成果は期待できそうにない。内心、期末テストは終わった気でいたから、私は一時的なエアポケットのような午後を友達と過ごすことにした。高校から少し歩けば海岸線。今日は風もあまりないし、凪いだ海はとても静かで非常に快い。平日で人がほとんどいないということも理由かも。そう思って降りてくる横髪を耳にかけながら、私は自分の視線を地面に向けた。私の目の前で、しゃがみ込んで砂を掻くのは、同じクラスの清田君。ペットボトルの海水を含んだ砂をもったりと持ち上げながら清田君は私に尋ねた。
「本間達は?」
「あっちにいる。なんか入っていけない感じ。」
海を訪れたのは、私と清田君だけではなかった。私と仲が良い友達の須賀さんこと、スーちゃんと、本間君の二人を加えた同じクラスの四人だ。そもそも、ここに来るのだってさほど乗り気ではなかったのだけど、本間君がスーちゃんを誘ったのが発端で、スーちゃんはスーちゃんで、一人で行くのは何だからと、私を道連れに。本間君は本間君で、じゃあ清田も呼ぶよ、ということで集まった四人だ。
「んー、本間のやつ、どうにか二人っきりになろうとしてたからなあ。」
「えっ、、、本間君って、、、、そうなの!?」
何となく普段の様子から、本間君はスーちゃんを気に入っているんだろうなとは思っていたけれど、まさかそんなに積極的にアプローチに来るなんて思いもしなかったから、少し驚いた。
「オレがひたすら山作ってんの、察しろ。」
清田君は私を見ることもなく言った。タン、タン、と強めに砂山を叩いて固めながら。
「清田君、意外とアレだね、、、。」
「アレって、何だよ?」
清田君が放課後にこういった場にいることは珍しい。いつもホームルームが終わると、大きな声でクラスのみんなに挨拶を交わしながら、一目散にバスケ部の部室に走って行く清田君は、とにかく存在が騒がしい。体も大きいし、声も大きいからなのか、存在感がありすぎるのだ。クラスでも、休み時間に本間君達とバカなことを言い合っては、ゲラゲラと笑っている。そんな日常の様子から、私は清田君というのは、注意深く心を働かせることが苦手そうな男の子だとばかり思い込んでいた。そんな彼が今は存在感を消さんとして、頑張っているのが可笑しい。私も清田君にならって、本間君のことを思って聞いた。
「えっと、ということは、私達ってお邪魔なのかな?」
「とはいえ、オレらが帰るって言うと、多分須賀も帰るって言うと思うんだよな。」
私は清田君の意見に納得したとばかりに、清田君の指示に従って、手に持った海水の入ったペットボトルを、山の上から流した。トロトロと海水を含む砂が溶けるようにして上から下へ伝っていく様子をじっと眺める。泥のようになったそれを清田君はすくって、ペタペタとくっつけるようにして積んでいく。
「じゃあ、私達は本間君のために、山を作るしかないってこと?」
「そゆこと。」
なんだそれは。清田君の気の働かせ方は砂丘を登るようで足元が不安定だ。今にも雪崩のように崩れていきそうで、私もガクンとバランスを崩す。そんな私なんかお構いなしに、清田君は鼻歌混じりに、砂山を作り上げていくのだ。私はローファーを脱いで、靴下を丸めて入れた。同じく裸足になった私は、清田君と砂山を挟んで膝をついた。海水を含んだ砂の感触と妙な懐かしさは、清田君のよく分からない鼻歌をBGMにして、私をはしゃがせた。本間君のために砂山を作るのはバカらしい。だったら前向きに取り組んでやろうじゃないか。清田君の鼻歌だって、本間君を建前にして、目の前の砂遊びを楽しんでいるだけに違いないと思わせてくれた。
「私も手伝うね。うわ。いつぶりだろ?砂山作るの。」
「苗字、トンネル作ろうぜー。そっちから掘れよ。」
「わ、トンネル!懐かしいね〜。小さい頃、やってた、やってたぁ!」
山の向こうに、清田君の頭が少しだけ見える。しゃがんで砂を両手で掻く清田君は、犬みたいだと思った。私も前のめりになって、固めた砂山の麓に手を差し入れた。
本間君はいつからスーちゃんのことを好きだったのかなあ。高校に入ったら、周りは恋に忙しくなった。誰が好きだとか、告白したとか、付き合っているとか。私も高校生になったら、憧れの人も彼氏も自動的に出来るもんだと思っていたが、そっち側の女の子ではなかったらしい。そっち側の女の子は、こんな風に裸足になって、膝をついて、砂まみれになって、子供みたいに砂山のトンネル作りに夢中になったりは、きっとしないんだ。そして、目の前のバスケ部の男の子も、そっち側の男の子ではないはずだと、信じたくなって尋ねた。
「清田君さぁ、彼女いたことある〜?」
「あー、中学ん時は。」
「うっそー!どっちから!?清田君から?」
「あん?向こうから。でもすぐフラれた。」
「なんで?」
「子供っぽいとかなんとか、、、。」
顔が見えないことを良いことにして、私は砂山に隠れて口角が上がるのを抑えつつも可笑しくて肩を震わせた。今、まさに私達のこの姿も側から見たら幼稚に見えているかもしれないし、清田君はやっぱり期待通りに清田君だったから、私はそれに安堵し、喜んだ。
「おい、苗字、今、笑ってんだろ。」
「う、ううん!子供っぽくてもいいじゃんね?砂遊び楽しいし、清田君は友達思いの良い人なのにね。」
私は顔を上げ、清田君の向こうに見える、本間君達に視線をやった。清田君もそれに気付いて一瞬だけ振り向いて彼等を確認してから言う。
「だろ?オレもそう思う。」
「そういう自己評価高いところもフラれた原因だったとか、、、。」
「はぁ?!」
すぐにムキになっちゃうところなんか、やっぱり子供っぽいところがあるのかも、と私は面白がった。そして清田君は言うだけ言って、またトンネル工事を再開する。どうも集中すると、同時並行で物事を考えられない性格らしい。
清田君は、バスケ部で運動も出来る。顔だって、自信溢れる精悍な顔付きだし、悪くはない。決して女の子と喋れないような消極的な性格なわけでもない。なのにクラスでも目立つ彼は、目立つが故にか、残念系だと思われている節があった。高校生になると女子も急に大人びてきて、明るくって無邪気なだけの男の子だと、恋愛には物足りないのかもしれない。そう考えると、中学時代の清田君の元カノの見切りの早さにむしろ感心すら覚えた。
「清田君ってどんな子が好きなの?」
私はズバリ聞いた。
「カワイイ子。」
清田君はズバリ答えた。こういうところは照れずに即答するもんだから、全然少年じゃないじゃないか。堂々としすぎるその姿勢がなんだかちぐはぐで、私はツッコミの代わりに大きく口を開けて笑った。
「あははっ、ざっくりしすぎだよ。カワイイ子って、例えば、5組の池上さんとか?」
池上さんは、同学年の中でも入学した時から可愛いと評判の女の子だ。スタイルが良くって、愛らしい目元と長くてサラサラの髪の毛が清楚なイメージを与えるのに、喋ると八重歯がチラっと見える。それがいたずらっぽく笑うと、チャームポイントに見えてくるから羨ましい。
「あの子、タバコ吸ってるぜ。」
清田君は滑り落ちる砂のように乾いた言い方をした。私はまさかあの池上さんがそんなことをする訳ない、とビックリして言い返した。
「えぇっ、、、嘘だぁ!?」
「嘘じゃねーよ。オレの友達がカバンの中にタバコ入ってんの見たって。」
「、、、なんで池上さんのカバンの中、、、えっ?まさか漁ったの!?」
「いや、オレじゃねーって!」
清田君はさらにムキになって答えた。男子って何考えてんだろ。意味分かんない。そんな気持ちを、ちょうどそこにいるだけの男子を代表して清田君にぶつけた。
「、、、男子キモい。でも池上さんもビックリなんだけど。」
「だよな?吸ってるように見えないのが怖いよな。、、、あ!」
清田君は閃くようにして、山の向こうでぴょこんと顔を上げて、私を見た。
「訂正!オレ、好きなタイプ、カワイイ子じゃなくって、笑顔が似合う子ってことにする。」
「何よそれ〜!清田君ってば、テキトーすぎ。」
「かっかっか!」
前髪をカチューシャで留めた清田君のおでこには、砂が付いていたが、どうせ教えてあげたところで、清田君は気にしないで砂山に夢中だろう。私は何も言う気にならず、突貫のトンネル工事を続ける。
「苗字は?好きなタイプ。一応聞くけど。」
「一応って何よ。私は、クールで何事にも動じなくて、でも優しい人〜。あとイケメン〜。」
「いねーよ、そんな奴。あ、本間はそっち系か。」
「あー、言われてみれば。でも何か、違うんだよねえ。」
確かに本間君は、いつも冷静でそれでいてよく気がつくし、優しい。女子からも人気な方だろう。しかし何故だか自分で掲げたタイプに近いとはいえ、本間君の具体的に名前を挙げられてもピンとはこない。
「何だ、それ。あ、っていうか、苗字!お前、ちゃんと真っ直ぐ掘ってんだろうな?穴!全然そっち側と繋がらねーじゃん!」
「掘ってるわよ!」
もお!と清田君の批判を弾き返すようにして、手に力を入れて、爪の先で砂を削った。するとボコッと音が聞こえた気がして、私は手を伸ばした。湿っぽかった指先が急にスカスカと涼しさを感じた。風が通ったのだ。ということは。
「ん?」
「あ!」
何度か清田君と指先が掠った。貫通したトンネルの向こう側に向かって私は手探りで這う。
「苗字!もうちょい手ぇ伸ばせよ!」
「んー!も、もうちょ、、、っとで、、、!」
砂浜に這いつくばるようにして、私は手を伸ばした。伸ばした先で指先が触れ、そのままするっと伸びてきたと思ったら、ガシっと大きな手に包まれた。
「おっしゃ!繋がった!」
その瞬間、何かが私の中で跳ねた。男の子にこんなに力強く手を握られて、ビックリしないわけがなかった。
「苗字〜、分かる?これ、オレの手〜。」
うわははは!というはしゃいだ笑い声と共に、無邪気な様子で清田君は声を上げた。予定では私もそれにつられて面白がって、このトンネル工事の完成を喜んで終わるはずだった。そうなるはずだったのに。砂だらけの清田君の手はゴツくて、硬くて、テンションが高いせいで力いっぱい掴まれるものだから、砂の粒がジョリジョリと当たって痛い。どういうわけだか私も中で早鐘は鳴り続けており、胸も痛い。
「やだー!ぜ、絶対これは、、、ち、違うもん、、、っ!」
私は清田君にときめいてなんかいないんだから、と自分に言い聞かせようとしてムキになる。自分の内側から込み上げてくる熱い動悸に堪えきれず、大きな声とため息で無理矢理に外へ吐き出そうとした。
「はあ?何がだよ?」
さっきまで流れるように滑らかに受け答えできていたはずなのに、清田君の声は、耳どころか、頭に直接響いてくるみたいに強烈な印象を残し始めて、私の中で堰き止められる。こんなことで狼狽する自分に呆然としてしまって、私は黙りこんだ。
何も反応しない私に、変なやつ。と呟く清田君にとって、私の手を握っているなんてとるに足りないことなんだろう。一方の私は、気持ちを掴まれたように動けないのが悔しい。清田君が気になる。そう思えば思うほど、ドクン、ドクンと波打つ心臓の音が、途端に海岸の波の音と一緒に打ち寄せてきた。
清田君の手は私から離れた。私の五感が清田君のことを用心深く観察し始めたからかもしれない。トンネルに残った私の指先が、かすかな空気の震えを感じた。清田君のこもった声が小さなトンネルの穴の中で空気に乗って伝ってきた。
「ねえ!顔!そっちからも覗いて!」
能天気な明るさがトンネルを抜けてやってくる。私は四つん這いの体勢から更に姿勢を低くした。清田君に向かって気持ちが動き出したからかもしれない。関心を近付けるようにしてトンネルの入口を覗いた。
「あ、いたいた!苗字だ!ははは!」
「清田君、トンネルに顔、近付けすぎ。暗くてよく見えないよ、、、。」
「苗字も、あんまり見えねーよっ。」
トンネルの小さな穴から清田君が覗いている。ニッと達成感に満ちて誇らしげに笑う清田君に、ほんと清田君って子供っぽいよ、と笑ってやりたかったのに、暗がりの向こうにいる清田君は、光が射したみたいにカッコ良く見える気がする。清田君からも、こちらが見えてないらしくてほっとした。私の顔はきっと今、真っ赤になっているだろうから。
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