あぶくたった(越野)
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「いや、だからさぁ、、、。」
校舎別棟にある、視聴覚室の手前の少し小上がりになっている廊下がある。そこで越野君は眉間を親指と人差し指で挟んで、眼下に広がる光景から背けるようにして、頭を垂れた。廊下に座り込んでその様子を見守るのは、私と友達のモッちゃん、そして三年の先輩の魚住さんと他数名。
***
九月の連休に行われる体育祭に向けて、チアや応援団の練習のために、夏休みの学校は授業はなくとも賑やかだ。体育祭は1年から3年までを縦割りにしたいくつかのブロックに分けられて競う。毎年盛り上がる陵南高校の体育祭は、その開催にあたっては係分けがなされる。イベント大好きなモッちゃんに促されるまま、私も応援用のパネル制作係に立候補した。パネル制作は、各クラスから2、3名が選出されて、他学年と一緒になって取り組むため、初めて知り合う1年生や3年生と話をするのは、部活動に所属していない帰宅部の私にとってとても新鮮だった。三年の魚住さんも、その内のひとりで同じブロックのパネル制作係として知り合った。2メートルを超すという長身の巨人のような先輩は、怖そうに見えたけれど、夏休みに毎日会うものだから、自然と喋る回数も増えた。今では接しやすい先輩だ。そんな魚住さんと越野君はバスケ部だった。
「魚住さんまで、なんで居るんすか。」
「パネル係なんだよ、オレ。」
そう答えた魚住さんは、正確に言うとバスケ部をこの夏、引退したばかりだ。三年生は引退し、バスケ部は越野君ら二年生の代になって新チームとなった。というのは、全て越野君から伝え聞いたのだけれども。
少し前に、越野君と連絡先を交換した。殆どが私からの連絡をする形を取るのだけど、部活で忙しく、帰りも遅い越野君はきっちりと返信をしてくれる。たとえ私がスマホで話しかけた夜に返信がなかったとしても、翌朝には謝罪と共に必ず何かしら応答してくれる。越野君はとても誠実な男の子で、真面目で、一生懸命部活をやってて、私はそんな越野君にどんどん惹かれた。
しかし、私と越野君がそんなやりとりをしているなどとは誰も知らない。同じクラスなのに、互いの席だってそんなに遠くないのに、私と越野君は面と向かって会話をすることは滅多にない。モッちゃんは、越野君へ好意を抱く私のために、いつも越野君との会話の中に私を混ぜてくれていたのだけど、教室では私はモッちゃんと越野君の会話を隣で笑っているだけだ。どうしてだか画面越しにしか、越野君と接することが出来なくて、これ以上の距離の縮め方が分からないまま、夏休みに突入した。
「で、これは誰企画?」
越野君は気を取り直したのか、私達の状況を把握するべく尋ねた。私達パネル係が円を囲むようにして座る真ん中には、かき氷器とボウルに入った山盛りの氷。
夏休み中も、パネル係で集まっては作業を進めていたがまだ残暑厳しい八月だ。ものすごく大変な作業というわけではないけれど、炎天下にベニヤ板やペンキを運んだり、並べたりしていれば、当然にじりじりと体力が削られる。私達は魚住さんや他学年のみんなでを誘って、休憩と称してかき氷を作ってみんなに振る舞う。もちろん、いつも明るく場を盛り上げてくれるモッちゃんがいたからこそ、他のみんなを巻き込めたのだけれども、この暑さを凌ぐにも、みんなで盛り上がるにも、かき氷は最高に夏を演出してくれた。私はそのかき氷器で、引き続き氷をジョリジョリと削りながら越野君を見上げる。モッちゃんがスプーンを咥えながら私を指差して言った。
「苗字でーす。」
「、、、でしょうね。」
呆れたのか、納得したのか分からないような反応を返した越野君は、私の隣に腰を下ろした。たまに連絡を取るけれど、実物に会うのは一学期の終業式以来だ。越野君がそばにいるというだけで、こんなに胸はドキドキしていたっけ?嬉しいはずなのに、意識しすぎて越野君を見ることもできないし、ましてや日常会話もままならない。私はかき氷器のハンドルをただひたすらにぐるぐると回転させるだけだ。
魚住さんもスプーンを咥えて、越野君に尋ねた。
「越野、部活は?」
「今日、体育館後半なんす。で、オレ、軽く外走ってきて、今、、、。」
「、、、よくここ分かったな?」
「あ、なんか体育祭の準備してる連中、あちこちにいるんで。ウロウロしてたら、知り合いいるかもと思って。巡回してたんですよ。」
巡回って偉そうだね、コッシーのくせに。と外野のモッちゃんがツッコむのをまるで無視して、越野君は魚住さんと話をした。
そしてそんな越野君に違和感を私は持つ。越野君は全てを魚住さんに言わなかった。今日、この時間、ここでパネル係が集まっていることを越野君は知っている。なぜなら、私が昨日、越野君にスマホから伝えていたのだもの。それなのに、越野君はその旨を話さなかった。越野君は教室同様に、私に個別に話しかけたりしないし、全然私を見なかった。私も越野君を見れなかった。
「オレも。かき氷食べたい。」
「はあ?いきなり来て図々しくない?まずはパネルの子が先だよ。」
越野君の注文に対してモッちゃんはいつもの調子で断った。モッちゃんは、越野君を無視して、かき氷を入れる器代わりにした紙コップを紙袋からガサゴソと出しながら、次の人へのかき氷の準備を始める。その様子を眺めて越野君は目を細めて呟いた。
「相変わらず準備が良すぎだろ、、、。」
越野君は立ち上がった。モッちゃんや魚住さん、私の視線が越野君に集中したので、それに気付く越野君は答えた。
「ここ風、全然来ねーもん。外の日陰の方がまだ涼しいから、あっち行くわ。おつかれっす、魚住さん。」
「おう。部活頑張れよ。」
魚住さんに挨拶を返して、越野君が廊下から見えなくなると、モッちゃんは代わるよ、と私からかき氷器を受け取って、ジョリジョリと氷を削りながら言った。
「コッシー気まぐれー。ねぇ、魚住さん、コッシーってバスケ部でもあんな感じですか?」
「まあ、あんまり気を回したり、マメなタイプではないよな。素っ気ないし、オレから連絡入れることあっても、越野から連絡は滅多に無いな。」
「分かりますー!スマホ持ち歩いてないのか!ってくらい返信遅いし、基本無視しますよね、コッシーって!」
モッちゃんと魚住さんの会話を聞きながら、またしても違和感を持つ。越野君にそんな印象を抱いたことは一度もない。越野君とは主に私からではあるが、越野君に尋ねるでもないような疑問符を挟んでいないメッセージであったとしても、きっちり返信くれるし、私から連絡をして無視なんてされたことはなかった。そんなはずはないんだけどなあ。と、ここで二人に対して私が越野君に係ることで反論しても仕方ない。だから私は黙って、モッちゃんの手元の回転を見守った。
***
「はい、苗字。あんた、作ってばっかりでまだ食べてないでしょ。まだ越野、下にいるかな?これも越野んとこ持ってってあげて。」
モッちゃんは、私に紙コップにスプーンが刺さるかき氷を、二つ渡してきた。イチゴのシロップに練乳チューブをぐるぐると絞りかけられたかき氷は、私とそして越野君の分だった。モッちゃんは、さりげなく越野君と喋るチャンスを作ってくれる。周りには気付かれるようなこともなく、いつも私を助けてくれるモッちゃんに感謝して、私は、視聴覚室の廊下を出て、外階段で涼む越野君に声をかけた。
「越野君。はい。」
私に気付いた越野君は、振り向いてすぐに、紙コップを受け取った。まるで私がかき氷を運んでくるって分かってたみたいな態度がちょっと癪ではあったが、越野君と話が出来るチャンスが巡ってきた。喜びの方が上回って、私はニヤつく頬を押さえた。
「お、サンキュー。」
越野君はシャクシャクと氷を崩しながら私に話しかけた。
「氷、たくさんあったろ?」
「うん。たくさんあった。スコップでめちゃくちゃ入れて運んできたの。」
「くはは!でもオレ、かき氷作るなんて一切聞いてなかったぞ!」
私と越野君の打ち合わせたような会話が、なんだか二人だけの秘密みたく思えて、私達は二人で目を合わせて笑い合った。越野君に少し前に教えてもらった。部活で使うウォータージャグに入れる氷が保健室裏にある製氷機で作られていること、夏場は運動部同士取り合いになって大変なこと、外に無造作に設置されているため誰でも許可なく氷を手に入れられることを。それを知った私は、今日、こうしてかき氷器を持参した。そして越野君には、私が夏休みもパネル係で学校に来ていることを伝えていた。
「、、、立って食べんの?」
ほら、と越野君は少し隣にスペースを作って、私に座るように促した。
「えーと、では、失礼しまぁーす、、、。」
「なんで敬語。いつからオレ先輩になったんだよ?」
私は相槌の代わりに、かき氷を口にした。越野君とは、二人きりなら画面越しと同様の態度で接することが出来ると分かった。越野君もそのようだ。縮められないと思っていた距離が随分と目の前にありすぎて、気が付けなかっただけだったのかもしれない。かき氷を頬張る私は我慢できずに、越野君に向かって破顔する。越野君は私を見ないで鼻先でふんと笑うようにして、かき氷にスプーンを何度も突き刺して氷の山を崩していく。私は横目で越野君の笑窪を見つけて、それだけで、越野君と楽しさが共有できた気になる。こうやって画面には見えない越野君の様子が感じ取れることも、夏休みに越野君に会えたことも私の恋に特別感とときめきを与えて胸を叩く。
「練乳かかってんの、うまい。」
越野君は、かき氷を黙々と口に運びながら、ポツリと感想をこぼした。
「練乳は魚住さんが持ってきたの。」
「魚住さんが?」
「そう、魚住さんって凄いの。練乳とか、果物とかをね、家で切ってきてタッパーに詰めて持ってきてくれたの!見た目に反比例して、やることお母さんだし、手先器用すぎで。モッちゃんなんか魚住さんの前で大爆笑しちゃって。ははは!」
「あー、、、魚住さん、そういうとこある。はは。」
私達は、他人の話題を持ち出すことで、面と向かっての慣れない会話を続けた。
「あのね、魚住さん、言ってたの。ずっと部活ばっかりだったから、体育祭とかの行事で係になることが初めてなんだって。楽しいんだって。」
「ふうん。」
「越野君も来年は、体育祭で何かやったら?応援団とか、すごく似合いそう。学ランに裸足でさ、鉢巻巻いて。カッコいい!絶対!」
少し興奮気味になって声に明るさを滲ませる私に、越野君は少し気怠そうに答えた。
「、、、やんねーよ。オレ、そういう目立つの苦手。」
「そうかな。周りが放っておかない気がする。越野君、何だかんだ言って頼まれたら断らないでしょ。」
越野君は、他人が困っているのを見逃せない。凛とした雰囲気も、堂々とした物言いも、決してクラスの中では、目立って引っ張るようなことはしていないのに、自然と越野君に意見を聞きたくなるし、頼りたくなる説得力があった。そういえば、男子の誰かが言っていた。クラスで一番男気があるのは越野君だって。モッちゃんは、渋い顔をしながら否定していたけれど、私は心の中でブンブン首を縦に振って、頷いていた。周りに認められている越野君は素敵だと思った。それを私が思い出している間に、隣に座る越野君は、私の言葉を一旦机に並べて、どう片付けようかと考えあぐねているようだった。越野君は、スプーンを空に向かって軽く傾けた。まるで先生の持つ、指し棒のようにして私を名指しする。
「それは苗字さんもじゃね?断らないから、茂木に振り回されてんじゃねーかよ。いつも。」
「振り回されてるって、、、あはは。モッちゃんは、私をいつも引っ張ってくれて、すごく良い友達なんだよ?面白いし。」
「そうかあ?」
越野君は、モッちゃんとの普段のやりとりを思い出して苦い顔をするも、私は気にせず続けた。
「あと、私、今回、パネル係やってて思ったんだよね。自分が必要とされてるって、案外嬉しいなあって。だから他人に何か頼まれるようなことがあったら、なるべく自分に出来ないとか思わないで、断らないようにしようかなって。最近思ってきた。」
あっ、と自分語りに悦に入ってしまったことに照れた。その上気する自分を誤魔化そうと、かき氷を食べることに夢中になる。そんな私を、越野君は低く、挑みかかるような声で私に言った。
「んじゃ、断るなよ?」
「はい?」
「来週土曜。海浜公園。花火大会。」
必要最低限のキーワードだけを放り投げて、越野君は私を睨むような目で見た。私の反応をどうやら伺っているようだった。越野君の言っていることの意味が全く分からないわけじゃない。しかしどういう意図かと確認しないことには、越野君への想いをどこに向かわせたらいいのか定まらない。
「え?だ、誰と?」
越野君は勢いよく立ち上がる。回りくどい私の質問には答えてくれないまま、もう体育館に向かうようだ。
「時間!決まったら連絡入れる!」
「あ、はい!」
越野君に気圧されて私も勢いよく返事をしたが、頭の中はわからないことだらけだ。越野君は一度も私を振り返らなかった。だけど、立ち上がる瞬間にふと目にした越野君の耳は、真っ赤だった。それが残像のように焼き付いて離れない。私は走り去る越野君の背中を見えなくなるまで追いかける。越野君が見えなくなると、アスファルトが放つ熱で揺れる陽炎にくらくらした。遠く、光の屈折は私の気持ちまで歪めてしまったのか、越野君への期待が、遠慮することなく大きくなっていく。心が急くと、目の前のことにも急く。焦るようにして私は手元のかき氷を掻き込んだ。
「、、、うっ、アイタタタタ、、、!」
頭がキーンとする。一気に口に入れたものだから刺激が強すぎて、私の中の感覚信号は混乱が生じた。或いは、思いがけない越野君の態度にドキドキを通り越して、ドクドクと血管の拡張が痛みを伴っているのかもしれない。私はその場にうずくまり、錯覚した痛みが通り過ぎるのを待つ。越野君への気持ちも、期待もそのままで。
校舎別棟にある、視聴覚室の手前の少し小上がりになっている廊下がある。そこで越野君は眉間を親指と人差し指で挟んで、眼下に広がる光景から背けるようにして、頭を垂れた。廊下に座り込んでその様子を見守るのは、私と友達のモッちゃん、そして三年の先輩の魚住さんと他数名。
***
九月の連休に行われる体育祭に向けて、チアや応援団の練習のために、夏休みの学校は授業はなくとも賑やかだ。体育祭は1年から3年までを縦割りにしたいくつかのブロックに分けられて競う。毎年盛り上がる陵南高校の体育祭は、その開催にあたっては係分けがなされる。イベント大好きなモッちゃんに促されるまま、私も応援用のパネル制作係に立候補した。パネル制作は、各クラスから2、3名が選出されて、他学年と一緒になって取り組むため、初めて知り合う1年生や3年生と話をするのは、部活動に所属していない帰宅部の私にとってとても新鮮だった。三年の魚住さんも、その内のひとりで同じブロックのパネル制作係として知り合った。2メートルを超すという長身の巨人のような先輩は、怖そうに見えたけれど、夏休みに毎日会うものだから、自然と喋る回数も増えた。今では接しやすい先輩だ。そんな魚住さんと越野君はバスケ部だった。
「魚住さんまで、なんで居るんすか。」
「パネル係なんだよ、オレ。」
そう答えた魚住さんは、正確に言うとバスケ部をこの夏、引退したばかりだ。三年生は引退し、バスケ部は越野君ら二年生の代になって新チームとなった。というのは、全て越野君から伝え聞いたのだけれども。
少し前に、越野君と連絡先を交換した。殆どが私からの連絡をする形を取るのだけど、部活で忙しく、帰りも遅い越野君はきっちりと返信をしてくれる。たとえ私がスマホで話しかけた夜に返信がなかったとしても、翌朝には謝罪と共に必ず何かしら応答してくれる。越野君はとても誠実な男の子で、真面目で、一生懸命部活をやってて、私はそんな越野君にどんどん惹かれた。
しかし、私と越野君がそんなやりとりをしているなどとは誰も知らない。同じクラスなのに、互いの席だってそんなに遠くないのに、私と越野君は面と向かって会話をすることは滅多にない。モッちゃんは、越野君へ好意を抱く私のために、いつも越野君との会話の中に私を混ぜてくれていたのだけど、教室では私はモッちゃんと越野君の会話を隣で笑っているだけだ。どうしてだか画面越しにしか、越野君と接することが出来なくて、これ以上の距離の縮め方が分からないまま、夏休みに突入した。
「で、これは誰企画?」
越野君は気を取り直したのか、私達の状況を把握するべく尋ねた。私達パネル係が円を囲むようにして座る真ん中には、かき氷器とボウルに入った山盛りの氷。
夏休み中も、パネル係で集まっては作業を進めていたがまだ残暑厳しい八月だ。ものすごく大変な作業というわけではないけれど、炎天下にベニヤ板やペンキを運んだり、並べたりしていれば、当然にじりじりと体力が削られる。私達は魚住さんや他学年のみんなでを誘って、休憩と称してかき氷を作ってみんなに振る舞う。もちろん、いつも明るく場を盛り上げてくれるモッちゃんがいたからこそ、他のみんなを巻き込めたのだけれども、この暑さを凌ぐにも、みんなで盛り上がるにも、かき氷は最高に夏を演出してくれた。私はそのかき氷器で、引き続き氷をジョリジョリと削りながら越野君を見上げる。モッちゃんがスプーンを咥えながら私を指差して言った。
「苗字でーす。」
「、、、でしょうね。」
呆れたのか、納得したのか分からないような反応を返した越野君は、私の隣に腰を下ろした。たまに連絡を取るけれど、実物に会うのは一学期の終業式以来だ。越野君がそばにいるというだけで、こんなに胸はドキドキしていたっけ?嬉しいはずなのに、意識しすぎて越野君を見ることもできないし、ましてや日常会話もままならない。私はかき氷器のハンドルをただひたすらにぐるぐると回転させるだけだ。
魚住さんもスプーンを咥えて、越野君に尋ねた。
「越野、部活は?」
「今日、体育館後半なんす。で、オレ、軽く外走ってきて、今、、、。」
「、、、よくここ分かったな?」
「あ、なんか体育祭の準備してる連中、あちこちにいるんで。ウロウロしてたら、知り合いいるかもと思って。巡回してたんですよ。」
巡回って偉そうだね、コッシーのくせに。と外野のモッちゃんがツッコむのをまるで無視して、越野君は魚住さんと話をした。
そしてそんな越野君に違和感を私は持つ。越野君は全てを魚住さんに言わなかった。今日、この時間、ここでパネル係が集まっていることを越野君は知っている。なぜなら、私が昨日、越野君にスマホから伝えていたのだもの。それなのに、越野君はその旨を話さなかった。越野君は教室同様に、私に個別に話しかけたりしないし、全然私を見なかった。私も越野君を見れなかった。
「オレも。かき氷食べたい。」
「はあ?いきなり来て図々しくない?まずはパネルの子が先だよ。」
越野君の注文に対してモッちゃんはいつもの調子で断った。モッちゃんは、越野君を無視して、かき氷を入れる器代わりにした紙コップを紙袋からガサゴソと出しながら、次の人へのかき氷の準備を始める。その様子を眺めて越野君は目を細めて呟いた。
「相変わらず準備が良すぎだろ、、、。」
越野君は立ち上がった。モッちゃんや魚住さん、私の視線が越野君に集中したので、それに気付く越野君は答えた。
「ここ風、全然来ねーもん。外の日陰の方がまだ涼しいから、あっち行くわ。おつかれっす、魚住さん。」
「おう。部活頑張れよ。」
魚住さんに挨拶を返して、越野君が廊下から見えなくなると、モッちゃんは代わるよ、と私からかき氷器を受け取って、ジョリジョリと氷を削りながら言った。
「コッシー気まぐれー。ねぇ、魚住さん、コッシーってバスケ部でもあんな感じですか?」
「まあ、あんまり気を回したり、マメなタイプではないよな。素っ気ないし、オレから連絡入れることあっても、越野から連絡は滅多に無いな。」
「分かりますー!スマホ持ち歩いてないのか!ってくらい返信遅いし、基本無視しますよね、コッシーって!」
モッちゃんと魚住さんの会話を聞きながら、またしても違和感を持つ。越野君にそんな印象を抱いたことは一度もない。越野君とは主に私からではあるが、越野君に尋ねるでもないような疑問符を挟んでいないメッセージであったとしても、きっちり返信くれるし、私から連絡をして無視なんてされたことはなかった。そんなはずはないんだけどなあ。と、ここで二人に対して私が越野君に係ることで反論しても仕方ない。だから私は黙って、モッちゃんの手元の回転を見守った。
***
「はい、苗字。あんた、作ってばっかりでまだ食べてないでしょ。まだ越野、下にいるかな?これも越野んとこ持ってってあげて。」
モッちゃんは、私に紙コップにスプーンが刺さるかき氷を、二つ渡してきた。イチゴのシロップに練乳チューブをぐるぐると絞りかけられたかき氷は、私とそして越野君の分だった。モッちゃんは、さりげなく越野君と喋るチャンスを作ってくれる。周りには気付かれるようなこともなく、いつも私を助けてくれるモッちゃんに感謝して、私は、視聴覚室の廊下を出て、外階段で涼む越野君に声をかけた。
「越野君。はい。」
私に気付いた越野君は、振り向いてすぐに、紙コップを受け取った。まるで私がかき氷を運んでくるって分かってたみたいな態度がちょっと癪ではあったが、越野君と話が出来るチャンスが巡ってきた。喜びの方が上回って、私はニヤつく頬を押さえた。
「お、サンキュー。」
越野君はシャクシャクと氷を崩しながら私に話しかけた。
「氷、たくさんあったろ?」
「うん。たくさんあった。スコップでめちゃくちゃ入れて運んできたの。」
「くはは!でもオレ、かき氷作るなんて一切聞いてなかったぞ!」
私と越野君の打ち合わせたような会話が、なんだか二人だけの秘密みたく思えて、私達は二人で目を合わせて笑い合った。越野君に少し前に教えてもらった。部活で使うウォータージャグに入れる氷が保健室裏にある製氷機で作られていること、夏場は運動部同士取り合いになって大変なこと、外に無造作に設置されているため誰でも許可なく氷を手に入れられることを。それを知った私は、今日、こうしてかき氷器を持参した。そして越野君には、私が夏休みもパネル係で学校に来ていることを伝えていた。
「、、、立って食べんの?」
ほら、と越野君は少し隣にスペースを作って、私に座るように促した。
「えーと、では、失礼しまぁーす、、、。」
「なんで敬語。いつからオレ先輩になったんだよ?」
私は相槌の代わりに、かき氷を口にした。越野君とは、二人きりなら画面越しと同様の態度で接することが出来ると分かった。越野君もそのようだ。縮められないと思っていた距離が随分と目の前にありすぎて、気が付けなかっただけだったのかもしれない。かき氷を頬張る私は我慢できずに、越野君に向かって破顔する。越野君は私を見ないで鼻先でふんと笑うようにして、かき氷にスプーンを何度も突き刺して氷の山を崩していく。私は横目で越野君の笑窪を見つけて、それだけで、越野君と楽しさが共有できた気になる。こうやって画面には見えない越野君の様子が感じ取れることも、夏休みに越野君に会えたことも私の恋に特別感とときめきを与えて胸を叩く。
「練乳かかってんの、うまい。」
越野君は、かき氷を黙々と口に運びながら、ポツリと感想をこぼした。
「練乳は魚住さんが持ってきたの。」
「魚住さんが?」
「そう、魚住さんって凄いの。練乳とか、果物とかをね、家で切ってきてタッパーに詰めて持ってきてくれたの!見た目に反比例して、やることお母さんだし、手先器用すぎで。モッちゃんなんか魚住さんの前で大爆笑しちゃって。ははは!」
「あー、、、魚住さん、そういうとこある。はは。」
私達は、他人の話題を持ち出すことで、面と向かっての慣れない会話を続けた。
「あのね、魚住さん、言ってたの。ずっと部活ばっかりだったから、体育祭とかの行事で係になることが初めてなんだって。楽しいんだって。」
「ふうん。」
「越野君も来年は、体育祭で何かやったら?応援団とか、すごく似合いそう。学ランに裸足でさ、鉢巻巻いて。カッコいい!絶対!」
少し興奮気味になって声に明るさを滲ませる私に、越野君は少し気怠そうに答えた。
「、、、やんねーよ。オレ、そういう目立つの苦手。」
「そうかな。周りが放っておかない気がする。越野君、何だかんだ言って頼まれたら断らないでしょ。」
越野君は、他人が困っているのを見逃せない。凛とした雰囲気も、堂々とした物言いも、決してクラスの中では、目立って引っ張るようなことはしていないのに、自然と越野君に意見を聞きたくなるし、頼りたくなる説得力があった。そういえば、男子の誰かが言っていた。クラスで一番男気があるのは越野君だって。モッちゃんは、渋い顔をしながら否定していたけれど、私は心の中でブンブン首を縦に振って、頷いていた。周りに認められている越野君は素敵だと思った。それを私が思い出している間に、隣に座る越野君は、私の言葉を一旦机に並べて、どう片付けようかと考えあぐねているようだった。越野君は、スプーンを空に向かって軽く傾けた。まるで先生の持つ、指し棒のようにして私を名指しする。
「それは苗字さんもじゃね?断らないから、茂木に振り回されてんじゃねーかよ。いつも。」
「振り回されてるって、、、あはは。モッちゃんは、私をいつも引っ張ってくれて、すごく良い友達なんだよ?面白いし。」
「そうかあ?」
越野君は、モッちゃんとの普段のやりとりを思い出して苦い顔をするも、私は気にせず続けた。
「あと、私、今回、パネル係やってて思ったんだよね。自分が必要とされてるって、案外嬉しいなあって。だから他人に何か頼まれるようなことがあったら、なるべく自分に出来ないとか思わないで、断らないようにしようかなって。最近思ってきた。」
あっ、と自分語りに悦に入ってしまったことに照れた。その上気する自分を誤魔化そうと、かき氷を食べることに夢中になる。そんな私を、越野君は低く、挑みかかるような声で私に言った。
「んじゃ、断るなよ?」
「はい?」
「来週土曜。海浜公園。花火大会。」
必要最低限のキーワードだけを放り投げて、越野君は私を睨むような目で見た。私の反応をどうやら伺っているようだった。越野君の言っていることの意味が全く分からないわけじゃない。しかしどういう意図かと確認しないことには、越野君への想いをどこに向かわせたらいいのか定まらない。
「え?だ、誰と?」
越野君は勢いよく立ち上がる。回りくどい私の質問には答えてくれないまま、もう体育館に向かうようだ。
「時間!決まったら連絡入れる!」
「あ、はい!」
越野君に気圧されて私も勢いよく返事をしたが、頭の中はわからないことだらけだ。越野君は一度も私を振り返らなかった。だけど、立ち上がる瞬間にふと目にした越野君の耳は、真っ赤だった。それが残像のように焼き付いて離れない。私は走り去る越野君の背中を見えなくなるまで追いかける。越野君が見えなくなると、アスファルトが放つ熱で揺れる陽炎にくらくらした。遠く、光の屈折は私の気持ちまで歪めてしまったのか、越野君への期待が、遠慮することなく大きくなっていく。心が急くと、目の前のことにも急く。焦るようにして私は手元のかき氷を掻き込んだ。
「、、、うっ、アイタタタタ、、、!」
頭がキーンとする。一気に口に入れたものだから刺激が強すぎて、私の中の感覚信号は混乱が生じた。或いは、思いがけない越野君の態度にドキドキを通り越して、ドクドクと血管の拡張が痛みを伴っているのかもしれない。私はその場にうずくまり、錯覚した痛みが通り過ぎるのを待つ。越野君への気持ちも、期待もそのままで。
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