二月は甘くうそぶく(流川)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
公立高校の入試は平日にあるから、試験会場となる学校は休みになる。今年は月曜日が入試日で前日の日曜日は会場設営のため、どこの部活も体育館が使えなかった。それでも私の所属する女子バレー部は外練習のメニューもしっかり用意されていて、日曜日だって部活だ。練習を終えた私は、はやる気持ちを抑えつつ、制服に着替えて部室を出る。今日は明日の高校入試のこともあり、いつまでも生徒を学校内に留めてはおけないらしい。早く練習が終わったからまだ外は明るかった。日曜日の昼下がり、小走りになるのは行き先がいつもと違うからだ。
「わ!ホントにいた!流川君、、、。」
帰り道を逆方向に駆けて向かった先は、流川君がよく朝練をすると聞いていた公園だった。フェンス越しに、一人でリングに向かって立っていた流川君を私は確認する。走ってきた荒い呼吸を整える。風に吹かれて暴れた前髪を整える。斜めに掛けるスポーツバッグの重みでよれたコートの襟を整える。流川君には常にみてくれの良い状態で会いたいのが乙女心というもの。自然と口元は上がる。嬉しさが込み上げ、私は声をかけた。
「流川君!」
私に気付いた流川君はフェンスの入口を指差した。入って来る?という合図だと受け取って、許可が下りた私はぐるりと回ってフェンスの入口からコートに入る。
「えへへ!流川君、前、公園で朝練してるって言ってたから!もしかしたら今日はバスケ部、体育館じゃなかったし、ここに居るかもと思って。」
流川君に尋ねられる前に自ら喋り出す。私と流川君の間では、この会話のリズムの方が進みが早い。流川君はボールを持つ手を止めた。私は流川君が言わんとすることを察知してまた自ら喋る。
「あ、部活?今日早く終わったんだー。どこの部もみんな帰ってたよ。明日の入試の設営があるんだろうね?」
私はフェンスに背中を預けて寄り掛かった。私との会話を終えて(私が一人で喋っていただけだけど)、練習を再開する流川君を、しばらく眺めた。流川君はそんな私に、何しに来たのかとは聞かない。それだけで、私は自分がこの場に受け入れられたと理解し、自分の居心地を確保した。
部活中はいつも練習の合間や休憩中に盗み見るようにしていたものだから、こうやってずっと流川君の動くさまを見つめられることは少し新鮮だった。手に吸い付くようなボールの動きを目で追う。ダッシュをしても、体を反転させても、ボールが必ずついてきて、常に流川君の手に収まっているのだから、それが不思議と見ていて飽きない。
「ねえ、流川君、なんかやってよ。」
「なんかって何を。」
「なんかカッコいいドリブルとかシュートとかさ、ないの?」
「無い。」
流川君はボールを左右に移し替えながら、興味なさそうにキッパリと答えたもんだから、こちらも興味を失って投げやりになりかける。
「そんなあっさりと。もー、つまんない!あ、じゃあさ、バックボードに手、届く?」
まあ、それくらいは、、、と私の要求に妥協したように頷く流川君がリングに近付いた。垂直跳びで右手を伸ばし、バックボードを叩く。
「うわー!すごい、すごい!やっぱり背が高いとジャンプも高いね!羨ましいなあ。見て、私なんてリングネットにも届かないよっ!んっ!」
助走してジャンプしてみるも、挙げた右手は目標に当て損なって、空振りだ。膝に手を当てて屈伸をしながら私は悔し紛れに言う。
「バレー部の中ではジャンプ力はある方なんだよ?私。背は低いけど。」
「じゃあ、ココ。」
今度は流川君が右手を上げて目標を作った。タッチでそこまで私が届くかどうかを試してくれるらしい。190センチ近い流川君が腕を上げると、さっきのリングネットよりは低いけれど、バレーのネットよりも高い。流川君が掲げた右手を目で捉えながら私は言った。
「助走ありでいい?手、その位置のままだよ?」
「ん。」
流川君の返事に、勢いをつけて私は流川君に跳躍する。ジャストミートとはいかなくて、流川君の手首に指先がかすった。着地と同時に私は流川君をなじるようにして文句を投げつけた。
「や、今、流川君、ちょっと手ぇ動かした!」
「してねーすよ。」
「ほら、今みたいなの!微妙にずらした!動かさなかったら絶対届いてたし!」
はー、、、とわざとらしく息を吐いて、やれやれといった仕草でボールを拾い上げようとする流川君の右手を私は掴んだ。それから無理矢理持ち上げさせる。
「流川君!も一回!やる!」
「ラストね。」
「うん!手、動かさないでよー?!」
「しつこいっす。」
そして私はもう一度大きく流川くんに跳ぶ。
「せーのっ!」
バチンっと大袈裟に音を立てて、アタックもどきの強めのハイタッチをした。ほら、届いた!と得意げに笑って流川君に振り返った。流川君は、痛ってぇ、、、と右手首を振った。そして呆れを通り越すようなため息をつきながら一言呟いた。
「負けず嫌いかよ。」
流川君のその言い方に、私達は目くばせをして、面白く笑った。わざとらしく右手をさする流川君には決して悪びれることなく、私は笑いながら、そんなに強く叩いてないよっ、と流川君の右手に近寄った。
「流川君、手ぇ、デカっ!前も思ったけど。」
私は自分の手の平を流川君の手の平に重ねる。
「ほら見て。こうやって比べたら一目瞭然だね。」
流川君に少しでも触れていたい。私の欲張りな片思いは、こうやって厚かましく顔を出す。触れ合う手のひらから私の気持ちが流川君に通じたらいいのに。そして流川君が私の事を好きになってくれたらいい。そんなどうしようもないひとりよがりを心の中で唱える。そんなことに考えを巡らせてしまって、はっと外に意識を向けた。流川くんは黙ったままだ。私と手を合わせたまま何も言わないから、縫い留められたように私も手を離せなくなっていた。私の心をも繋ぎ止めるこの手の感触も温度も流川君のものだけれども、流川君の考えていることは、この手からはさっぱり伝わってこないのだから、私はさっきまでのおちゃらけた勢いは失速して、おずおずと尋ねた。
「な、何、、、?」
「指。」
流川君が私の薬指に注目して聞いた。白のテーピングでぐるぐるに巻いていた私の薬指は、前日の部活中に軽く突いてしまったので予防も兼ねて巻いていたものだ。部活が終われば剥がそうと思っていたのに、急いで公園に向かったものだから、そのままにしてしまっていた。流川君が心配してくれているのだと思ったから私はこう伝える。
「あー、これ全然大した事ないよ。」
「いや、巻き方汚ねぇなと。」
「うぐ、、、!」
流川君に私のことを心配した感じは全然無くて、がっかりと気まずさが合わさってそれはもう複雑な気分だ。しかし流川君にまじまじとこのブサイクなテーピングの薬指を見られるのはこれ以上は嫌だから、私は後ろ手に隠して言い返す。
「だって、誰もテーピングのやり方とか知らないんだもん、うちの部。先輩達から習ったのをテキトーに真似っこしてやってきてるだけだもん。」
「オレもあんまし好きじゃねーっすけど、テーピング。指の感じとか違和感あるつーか。」
「そう!分かる!そうなんだよね!なんかこう、ボールのタッチとか、調子狂うの。」
「それは巻き方の問題っす、先輩の。」
「違うって、私の繊細さだよ。」
「ぜってー違う。」
なんで決めつけるのよ!とひとしきり笑ってから私は言った。
「ここに急いで来たから、テーピング外すの忘れてたの。」
「なんで?」
「なんでって、、、、。」
流川君に早く会いたかったからに決まってんじゃん、って言ったとしたら果たして流川君は私にどんな言葉をくれるのだろう。真面目なトーンでは言えそうになくて、しかし軽く流せるような冗談として言いたくもなくて、私は秘めた思いを表に出せないまま、流川君の質問に見合うような他の話題に代えて繋いだ。いや、元々、聞かれると思っていたから、予め用意していた流川君用の会話の引き出しから、無造作に持ち出すだけだった。
「バ、バレンタインっ、、、、だった、から!」
「あー。」
流川君も、分かったような反応をするけれど、喜んでくれているのかそうでないのかも見極めがつかない。その反応の薄っぺらさに、私はバッグの中を探すようなフリをして下を向き、流川君の視線から逃げる。取り出したのは、コンビニでいつも買う、箱タイプのアーモンドチョコレート。パッケージを開いて流川君に差し出した。コロンと、丸いチョコレートが箱の中で転がった。
「はい。一個あげる。」
「、、、食べかけっすよね、これ。」
明らかに残り少ない箱の中身を見ながら流川君は、鼻で笑うように言ったから、私も少しふざけたように言った。
「バレンタイン、昨日だったから。開けて先に食べちゃった。ほら、一個取って。二個でもいいよ?」
「、、、どうも。」
およそ恋人らしくない私達のバレンタインデーは日にちも守れない。バレンタインに遅刻した食べかけのアーモンドチョコレートでは、伝わるものも伝わらないだろう。
「美味しい?」
「普通。」
「だよねー!あはは!」
流川君の正直さが清々しくて、私も笑顔で一粒つまんで口に入れた。いつものコンビニのいつものお菓子なのに、流川君と二人で食べるチョコは特別に思えた。また一つ、流川君との思い出が増える。こうやって増えて行く度に、この関係がずっと続けばいいのにと切に思う。口の中のチョコレートのように私達の関係は、いつかは甘く溶けてなくなる。しかしそれは今日じゃなくていい。もう少し先延ばしにしたくて、口の中に残ったアーモンドを私は無かったことにするように、奥歯で静かに噛み砕いた。だから本当はこの日、流川君に渡すつもりだった本物のバレンタインのプレゼントを、私はバッグの奥底に隠したままにした。自分の流川君への気持ちも一緒にして。
***
バレンタインが終わって、もう二月も後半に差し掛かる。公園へ流川君に会いに行って以降、バスケ部とバレー部の体育館練習が重なるタイミングがなく、これまで二日に一回くらいの頻度で喋っていたのに、たまたま一週間ほど、流川君と顔を合わせる機会がなかった。ああ、こんなものかと現実を痛感する。私達のお付き合いは、最初に決めた期限も程度も曖昧すぎた。かりそめに付き合っていても、流川君と会うためには口実を探さなきゃいけない。
「ううー、寒い!」
外練習を終えて、一年生の部員達はガラガラとボールの入ったカートを部室そばにある倉庫に片付けに行く。外と体育館用で、ボールは使い分けているけれど、ネットだけは体育館でも使っていて古い方を使用している。私はそのネットを抱えて体育館の倉庫へ片付けに向かったら、倉庫の前で部活終わりのモップを片付けにきた流川君に遭遇した。実に一週間ぶりの流川君に予告なく出会った私は声を出して固まる。
「あ。」
軽く頭を下げて、私の存在を認めた流川君は、ガチャガチャと埃っぽいモップを立て掛けながら私に尋ねた。
「もう帰り、すか。」
「う、うん。これ、ネット置いたら部室戻って着替える。」
「、、、駐輪場いるっす。」
そう言って、流川君は私の言葉を待たずに倉庫を出て行ってしまった。今のは、待ち合わせの約束という意味で合っているだろうか。今日は体育館練習の日ではなかったので、もともと一緒に帰る予定はなかったはずだ。流川君から誘われたことはかつて一度もなかったから、この言葉の意味を正しく理解するなんて出来ない。
少し前の私なら、この誘いに流川君の気持ちも勝手に期待して、両手を上げて飛び跳ねるような気持ちになっていたと思う。そりゃ、今だって、この後も流川君と会えるんだって思ったら、ちょっと浮かれているし、顔はニヤつく。だけれどもその後にやってくる感情は後悔の二文字だ。流川君の彼女のフリなんて、そんな話になんで私は乗っかってしまったんだろう。あやふやすぎる関係性は、決して私の好きという感情を後押ししてくれないということに気付く。流川君の好きが欲しい。流川君に好かれたい。欲張りになっていく自分ばかりが悪目立ちするものだから、地団駄を踏んでいる。誰に?自分に?それとも流川君に?それすらも曖昧になって、感情のぶつけ先も見えなくなっている。
時間が経つにつれ、流川君との現状は私の気持ちを前進も後退もさせてくれなくて、だんだんと私の胸を塞いでいくのだ。そんなことを考えながら部室に戻り、いつものスポーツバッグに、練習着を仕舞い込む際、バッグの奥に大事にしまっていた、袋が目に飛び込んだ。バレンタイン前から準備はしていたものの、流川君に渡しそびれていたものだ。流川君を好きということに安んずることはもう出来ない気がしてきた。私は衝動的に一切合切を手放したくなって、部室を出る。
***
駐輪場に向かう足取りは重かった。だけど、流川君のシルエットは部活中も、こうやって帰る時も、何度も目に焼き付けてしまっていたせいで遠目からでもすぐに分かる。絶対に分かる。そして私は足取りが重たかったことなんて、すっかり頭から消えて、流川君に向かって小走りに声を掛けるのだ。
「ごめんね!流川君、遅くなって!」
流川君の自転車に横並ぶと、流川君は無言で私に半分開けた箱を差し出した。それは、先日私が流川君にあげたアーモンドチョコのパッケージだった。手元を見つめる私に、流川君が再度差し出して促すので、私は箱から一粒貰い受けながら聞いた。
「これ、、、。」
「こないだ食べてから、ハマってる。」
「何それ、ふふっ。」
こないだ聞いた時は、普通とか言ってたくせに。意外と影響を受けやすい通俗な流川君が面白い。しかし、これ以上好きを加速させないように歯止めをかけよう。私は部室での決意を思い出した。歩き出した私達は、プール横に差し掛かる。ここで、初めて流川君と対面したのがもう随分前のことのようだ。穏やかに私は切り出した。
「ちょっと待って。私、流川君に渡そうと思ってたものがあるの。」
流川君は静かに私の様子を見守る。バッグからそっと取り出して流川君に差し出す。
「流川君、帰り道、いつも送ってくれてありがとう。これ、あの、今までのお礼、、、みたいな感じ。」
渡したのは、スポーツブランドのタオル。甘いものはそんなに好きじゃないと聞いてたから。本命チョコレートを渡すなんて、そんなあからさまに気持ちを伝える度胸も私にはなかったから。色んな言い訳も辻褄も考えた結果、部活でも使ってもらえるんじゃないかと流川君を思いながら選んだものだ。流川君の近くにいたい。ホントはずっといたい。切なくなるような気持ちを、このタオルを渡すことで、切り離して忘れよう。だって切なくなる必要なんてないじゃない。私達は好きだなんて確認しあったわけではない。私達は他の人よりちょっと仲良くって、たまに一緒に帰ったりする先輩と後輩だ。友達って言うのもちょっと違うかな。流川君はラッピングされた袋からタオルを取り出して、目を見開くようにして言った。
「おぉ。あざす。」
流川君はほんの少しだけ驚いたように喜びを伝えてくれた。流川君のちょっとした機微に触れられること、そしてそれは私だけが知っているであろうこと、それを特別に感じられるこの立場が、すごく嬉しかった。でもそれももう手放す時が来てるのなら、流川君から切り出されるよりも、自分で言った方がいい。胸が苦しくなるってもう分かっているのなら、そのタイミングくらいは自分で決めたい。
「それでさ、流川君。バレンタインも終わったし、もう別々に帰ろっか、、、?最初に流川君も言ってたでしょ?二月までって、、、。」
だんだんと歯切れの悪くなる私が、流川君の方をチラッと見てみると、流川君は私のことをじっと見つめていた。まるで私の瞳の奥の気持ちを探すように。流川君は人のことを良く見ているけれど、それほど干渉しようとせず、自分の存在を不思議に保つ。謎だけどなんだか惹かれる印象が強くて、見つめられるほどに私は動悸が増していく。私が何かを喋り出すまで流川君は黙ったままだろう。流川君の無言の圧力に、耐えられない。流川君の射るような視線だって、私から本音を引き出すのだ。少しずつ、少しずつ。
「わ、私は、こうやって流川君と一緒にいるの、すごく楽しかったよ、、、。」
えへへと頭を掻き、苦笑いのようなフリをしたけれど、こうやってしか流川君の前で気持ちを表すことが出来ない。それがとてもほろ苦かった。流川君とはここでお別れしようと思い、私はプール脇にある階段に座って下を向く。校門まで一緒に歩くと泣いちゃうかもしれない。一歩踏み出す度に、流川君との思い出がこぼれていってしまいそうだ。
「じゃ、このままで。」
流川君の声が頭の上から降ってくる。声色からは感情が読めなくて、私は流川君を確認するべく顔を上げた。
「え?」
流川君は自転車を停めて、コンクリートの階段に座る私の隣にそっと座った。プールサイドに上がるためにある階段は人が二人通るくらいの幅しかないから、両側のコンクリートの壁に挟まれて私達はいつもより近い距離で接する。大柄な流川君は窮屈そうに膝を曲げ、やや前傾姿勢で私を覗き込んだ。
「このままでいーんじゃねーすか。」
私を見る流川君と流川君を見る私の視線がくっついた。流川君はいつも沈黙で私と会話をしようとする。思いを巡らせて、流川君の真意を探ろうにも、その表情からは何も汲み取れない。反対に流川君には、私の心の内を全て見透かされているんじゃないだろうか。何かを口にしないと、流川君のこの視線から目を逸らせそうになかった。
「る、流川君!」
「何?」
「そそそそそれって、、、つ、つまり?」
流川君は黙ったままだけれど、未だ私から目を逸らさない。流川君と目を合わせたら、好きを強烈に自覚させられて、私は胸のあたりがキュっと締め付けられる。この胸の痛みが勢いになって言葉として飛び出た。
「わ、私のこと、どう思っているのか、聞いても、、、いいのかなっ?!」
流川君は私の問いに口を開いた。
「好き、かも。」
「、、、『かも』!?」
「じゃあ、好き。」
「、、、『じゃあ』!?」
私の苦情めいた二度聞きの態度に、うるせー、とでも言いたかったのか、流川君は私から体を反対側に反らし、自分の指で耳を塞いだ。そんな格好の流川君に突っ込む余裕すらない。そんなこと気にもならないし、どうでもよくなるくらい、私は流川君の「好き」だけを都合良く切り取って、何度も心の中でリピートし、胸の内に浸透するのをじっと待つ。流川君の気持ちに大きく感動する。流川君が私のことを好き。そんな事実が私の中でどんどん膨れ上がるから声を上げそうになって、両手で顔面を覆った。両膝にくっつきそうなくらい顔を突っ伏して、さらに足をジタバタさせた。どうしよう、すごく嬉しいのに。こんな時、私は笑うことでしか喜びを伝えることが出来ない。
「ぶふっ!ふふふふ!あはは!」
「何笑ってんすか。」
がばっと勢いよく起き上がって、流川君にすがるように伝えた。
「私、今日で流川君とこうやって二人で喋ったりするの、最後だと思ってたぁ〜!良かったぁ〜!あー!涙出そう〜!」
「なんで。、、、拭く?」
流川君はさっき私があげたタオルを持ち上げてきたから、私は涙目になって笑った。
「それ、私があげたやつ!あははは!」
そんな私の隣で流川君も言うのだ。二人の心を近付けるように、膝をコツンとくっつけてきた。私の胸にノックをするような合図にドキリとした。
「先輩こそ、どう思ってんの。」
「え、私?」
今頃になって、正直に話すことがたまらなく恥ずかしくなって下を向く。そして意を決して発した。
「、、、す、好き、かも、です。」
「、、、『かも』?」
流川君は耳を尖らせるように手を添えて聞き直す。先程の私を揶揄せんばかりの、そのわざとらしい態度はとても意地悪だ。そして流川君がこうやってふざけることを知っているのはきっと私だけだ。もう!と、耳に当てた流川君の手を掴んで、無理矢理下げさせた。目が合う。いつもより近い距離もまた楽しい。好きを交わし合って、流川君は小さく笑って、私は大きく笑った。
「わ!ホントにいた!流川君、、、。」
帰り道を逆方向に駆けて向かった先は、流川君がよく朝練をすると聞いていた公園だった。フェンス越しに、一人でリングに向かって立っていた流川君を私は確認する。走ってきた荒い呼吸を整える。風に吹かれて暴れた前髪を整える。斜めに掛けるスポーツバッグの重みでよれたコートの襟を整える。流川君には常にみてくれの良い状態で会いたいのが乙女心というもの。自然と口元は上がる。嬉しさが込み上げ、私は声をかけた。
「流川君!」
私に気付いた流川君はフェンスの入口を指差した。入って来る?という合図だと受け取って、許可が下りた私はぐるりと回ってフェンスの入口からコートに入る。
「えへへ!流川君、前、公園で朝練してるって言ってたから!もしかしたら今日はバスケ部、体育館じゃなかったし、ここに居るかもと思って。」
流川君に尋ねられる前に自ら喋り出す。私と流川君の間では、この会話のリズムの方が進みが早い。流川君はボールを持つ手を止めた。私は流川君が言わんとすることを察知してまた自ら喋る。
「あ、部活?今日早く終わったんだー。どこの部もみんな帰ってたよ。明日の入試の設営があるんだろうね?」
私はフェンスに背中を預けて寄り掛かった。私との会話を終えて(私が一人で喋っていただけだけど)、練習を再開する流川君を、しばらく眺めた。流川君はそんな私に、何しに来たのかとは聞かない。それだけで、私は自分がこの場に受け入れられたと理解し、自分の居心地を確保した。
部活中はいつも練習の合間や休憩中に盗み見るようにしていたものだから、こうやってずっと流川君の動くさまを見つめられることは少し新鮮だった。手に吸い付くようなボールの動きを目で追う。ダッシュをしても、体を反転させても、ボールが必ずついてきて、常に流川君の手に収まっているのだから、それが不思議と見ていて飽きない。
「ねえ、流川君、なんかやってよ。」
「なんかって何を。」
「なんかカッコいいドリブルとかシュートとかさ、ないの?」
「無い。」
流川君はボールを左右に移し替えながら、興味なさそうにキッパリと答えたもんだから、こちらも興味を失って投げやりになりかける。
「そんなあっさりと。もー、つまんない!あ、じゃあさ、バックボードに手、届く?」
まあ、それくらいは、、、と私の要求に妥協したように頷く流川君がリングに近付いた。垂直跳びで右手を伸ばし、バックボードを叩く。
「うわー!すごい、すごい!やっぱり背が高いとジャンプも高いね!羨ましいなあ。見て、私なんてリングネットにも届かないよっ!んっ!」
助走してジャンプしてみるも、挙げた右手は目標に当て損なって、空振りだ。膝に手を当てて屈伸をしながら私は悔し紛れに言う。
「バレー部の中ではジャンプ力はある方なんだよ?私。背は低いけど。」
「じゃあ、ココ。」
今度は流川君が右手を上げて目標を作った。タッチでそこまで私が届くかどうかを試してくれるらしい。190センチ近い流川君が腕を上げると、さっきのリングネットよりは低いけれど、バレーのネットよりも高い。流川君が掲げた右手を目で捉えながら私は言った。
「助走ありでいい?手、その位置のままだよ?」
「ん。」
流川君の返事に、勢いをつけて私は流川君に跳躍する。ジャストミートとはいかなくて、流川君の手首に指先がかすった。着地と同時に私は流川君をなじるようにして文句を投げつけた。
「や、今、流川君、ちょっと手ぇ動かした!」
「してねーすよ。」
「ほら、今みたいなの!微妙にずらした!動かさなかったら絶対届いてたし!」
はー、、、とわざとらしく息を吐いて、やれやれといった仕草でボールを拾い上げようとする流川君の右手を私は掴んだ。それから無理矢理持ち上げさせる。
「流川君!も一回!やる!」
「ラストね。」
「うん!手、動かさないでよー?!」
「しつこいっす。」
そして私はもう一度大きく流川くんに跳ぶ。
「せーのっ!」
バチンっと大袈裟に音を立てて、アタックもどきの強めのハイタッチをした。ほら、届いた!と得意げに笑って流川君に振り返った。流川君は、痛ってぇ、、、と右手首を振った。そして呆れを通り越すようなため息をつきながら一言呟いた。
「負けず嫌いかよ。」
流川君のその言い方に、私達は目くばせをして、面白く笑った。わざとらしく右手をさする流川君には決して悪びれることなく、私は笑いながら、そんなに強く叩いてないよっ、と流川君の右手に近寄った。
「流川君、手ぇ、デカっ!前も思ったけど。」
私は自分の手の平を流川君の手の平に重ねる。
「ほら見て。こうやって比べたら一目瞭然だね。」
流川君に少しでも触れていたい。私の欲張りな片思いは、こうやって厚かましく顔を出す。触れ合う手のひらから私の気持ちが流川君に通じたらいいのに。そして流川君が私の事を好きになってくれたらいい。そんなどうしようもないひとりよがりを心の中で唱える。そんなことに考えを巡らせてしまって、はっと外に意識を向けた。流川くんは黙ったままだ。私と手を合わせたまま何も言わないから、縫い留められたように私も手を離せなくなっていた。私の心をも繋ぎ止めるこの手の感触も温度も流川君のものだけれども、流川君の考えていることは、この手からはさっぱり伝わってこないのだから、私はさっきまでのおちゃらけた勢いは失速して、おずおずと尋ねた。
「な、何、、、?」
「指。」
流川君が私の薬指に注目して聞いた。白のテーピングでぐるぐるに巻いていた私の薬指は、前日の部活中に軽く突いてしまったので予防も兼ねて巻いていたものだ。部活が終われば剥がそうと思っていたのに、急いで公園に向かったものだから、そのままにしてしまっていた。流川君が心配してくれているのだと思ったから私はこう伝える。
「あー、これ全然大した事ないよ。」
「いや、巻き方汚ねぇなと。」
「うぐ、、、!」
流川君に私のことを心配した感じは全然無くて、がっかりと気まずさが合わさってそれはもう複雑な気分だ。しかし流川君にまじまじとこのブサイクなテーピングの薬指を見られるのはこれ以上は嫌だから、私は後ろ手に隠して言い返す。
「だって、誰もテーピングのやり方とか知らないんだもん、うちの部。先輩達から習ったのをテキトーに真似っこしてやってきてるだけだもん。」
「オレもあんまし好きじゃねーっすけど、テーピング。指の感じとか違和感あるつーか。」
「そう!分かる!そうなんだよね!なんかこう、ボールのタッチとか、調子狂うの。」
「それは巻き方の問題っす、先輩の。」
「違うって、私の繊細さだよ。」
「ぜってー違う。」
なんで決めつけるのよ!とひとしきり笑ってから私は言った。
「ここに急いで来たから、テーピング外すの忘れてたの。」
「なんで?」
「なんでって、、、、。」
流川君に早く会いたかったからに決まってんじゃん、って言ったとしたら果たして流川君は私にどんな言葉をくれるのだろう。真面目なトーンでは言えそうになくて、しかし軽く流せるような冗談として言いたくもなくて、私は秘めた思いを表に出せないまま、流川君の質問に見合うような他の話題に代えて繋いだ。いや、元々、聞かれると思っていたから、予め用意していた流川君用の会話の引き出しから、無造作に持ち出すだけだった。
「バ、バレンタインっ、、、、だった、から!」
「あー。」
流川君も、分かったような反応をするけれど、喜んでくれているのかそうでないのかも見極めがつかない。その反応の薄っぺらさに、私はバッグの中を探すようなフリをして下を向き、流川君の視線から逃げる。取り出したのは、コンビニでいつも買う、箱タイプのアーモンドチョコレート。パッケージを開いて流川君に差し出した。コロンと、丸いチョコレートが箱の中で転がった。
「はい。一個あげる。」
「、、、食べかけっすよね、これ。」
明らかに残り少ない箱の中身を見ながら流川君は、鼻で笑うように言ったから、私も少しふざけたように言った。
「バレンタイン、昨日だったから。開けて先に食べちゃった。ほら、一個取って。二個でもいいよ?」
「、、、どうも。」
およそ恋人らしくない私達のバレンタインデーは日にちも守れない。バレンタインに遅刻した食べかけのアーモンドチョコレートでは、伝わるものも伝わらないだろう。
「美味しい?」
「普通。」
「だよねー!あはは!」
流川君の正直さが清々しくて、私も笑顔で一粒つまんで口に入れた。いつものコンビニのいつものお菓子なのに、流川君と二人で食べるチョコは特別に思えた。また一つ、流川君との思い出が増える。こうやって増えて行く度に、この関係がずっと続けばいいのにと切に思う。口の中のチョコレートのように私達の関係は、いつかは甘く溶けてなくなる。しかしそれは今日じゃなくていい。もう少し先延ばしにしたくて、口の中に残ったアーモンドを私は無かったことにするように、奥歯で静かに噛み砕いた。だから本当はこの日、流川君に渡すつもりだった本物のバレンタインのプレゼントを、私はバッグの奥底に隠したままにした。自分の流川君への気持ちも一緒にして。
***
バレンタインが終わって、もう二月も後半に差し掛かる。公園へ流川君に会いに行って以降、バスケ部とバレー部の体育館練習が重なるタイミングがなく、これまで二日に一回くらいの頻度で喋っていたのに、たまたま一週間ほど、流川君と顔を合わせる機会がなかった。ああ、こんなものかと現実を痛感する。私達のお付き合いは、最初に決めた期限も程度も曖昧すぎた。かりそめに付き合っていても、流川君と会うためには口実を探さなきゃいけない。
「ううー、寒い!」
外練習を終えて、一年生の部員達はガラガラとボールの入ったカートを部室そばにある倉庫に片付けに行く。外と体育館用で、ボールは使い分けているけれど、ネットだけは体育館でも使っていて古い方を使用している。私はそのネットを抱えて体育館の倉庫へ片付けに向かったら、倉庫の前で部活終わりのモップを片付けにきた流川君に遭遇した。実に一週間ぶりの流川君に予告なく出会った私は声を出して固まる。
「あ。」
軽く頭を下げて、私の存在を認めた流川君は、ガチャガチャと埃っぽいモップを立て掛けながら私に尋ねた。
「もう帰り、すか。」
「う、うん。これ、ネット置いたら部室戻って着替える。」
「、、、駐輪場いるっす。」
そう言って、流川君は私の言葉を待たずに倉庫を出て行ってしまった。今のは、待ち合わせの約束という意味で合っているだろうか。今日は体育館練習の日ではなかったので、もともと一緒に帰る予定はなかったはずだ。流川君から誘われたことはかつて一度もなかったから、この言葉の意味を正しく理解するなんて出来ない。
少し前の私なら、この誘いに流川君の気持ちも勝手に期待して、両手を上げて飛び跳ねるような気持ちになっていたと思う。そりゃ、今だって、この後も流川君と会えるんだって思ったら、ちょっと浮かれているし、顔はニヤつく。だけれどもその後にやってくる感情は後悔の二文字だ。流川君の彼女のフリなんて、そんな話になんで私は乗っかってしまったんだろう。あやふやすぎる関係性は、決して私の好きという感情を後押ししてくれないということに気付く。流川君の好きが欲しい。流川君に好かれたい。欲張りになっていく自分ばかりが悪目立ちするものだから、地団駄を踏んでいる。誰に?自分に?それとも流川君に?それすらも曖昧になって、感情のぶつけ先も見えなくなっている。
時間が経つにつれ、流川君との現状は私の気持ちを前進も後退もさせてくれなくて、だんだんと私の胸を塞いでいくのだ。そんなことを考えながら部室に戻り、いつものスポーツバッグに、練習着を仕舞い込む際、バッグの奥に大事にしまっていた、袋が目に飛び込んだ。バレンタイン前から準備はしていたものの、流川君に渡しそびれていたものだ。流川君を好きということに安んずることはもう出来ない気がしてきた。私は衝動的に一切合切を手放したくなって、部室を出る。
***
駐輪場に向かう足取りは重かった。だけど、流川君のシルエットは部活中も、こうやって帰る時も、何度も目に焼き付けてしまっていたせいで遠目からでもすぐに分かる。絶対に分かる。そして私は足取りが重たかったことなんて、すっかり頭から消えて、流川君に向かって小走りに声を掛けるのだ。
「ごめんね!流川君、遅くなって!」
流川君の自転車に横並ぶと、流川君は無言で私に半分開けた箱を差し出した。それは、先日私が流川君にあげたアーモンドチョコのパッケージだった。手元を見つめる私に、流川君が再度差し出して促すので、私は箱から一粒貰い受けながら聞いた。
「これ、、、。」
「こないだ食べてから、ハマってる。」
「何それ、ふふっ。」
こないだ聞いた時は、普通とか言ってたくせに。意外と影響を受けやすい通俗な流川君が面白い。しかし、これ以上好きを加速させないように歯止めをかけよう。私は部室での決意を思い出した。歩き出した私達は、プール横に差し掛かる。ここで、初めて流川君と対面したのがもう随分前のことのようだ。穏やかに私は切り出した。
「ちょっと待って。私、流川君に渡そうと思ってたものがあるの。」
流川君は静かに私の様子を見守る。バッグからそっと取り出して流川君に差し出す。
「流川君、帰り道、いつも送ってくれてありがとう。これ、あの、今までのお礼、、、みたいな感じ。」
渡したのは、スポーツブランドのタオル。甘いものはそんなに好きじゃないと聞いてたから。本命チョコレートを渡すなんて、そんなあからさまに気持ちを伝える度胸も私にはなかったから。色んな言い訳も辻褄も考えた結果、部活でも使ってもらえるんじゃないかと流川君を思いながら選んだものだ。流川君の近くにいたい。ホントはずっといたい。切なくなるような気持ちを、このタオルを渡すことで、切り離して忘れよう。だって切なくなる必要なんてないじゃない。私達は好きだなんて確認しあったわけではない。私達は他の人よりちょっと仲良くって、たまに一緒に帰ったりする先輩と後輩だ。友達って言うのもちょっと違うかな。流川君はラッピングされた袋からタオルを取り出して、目を見開くようにして言った。
「おぉ。あざす。」
流川君はほんの少しだけ驚いたように喜びを伝えてくれた。流川君のちょっとした機微に触れられること、そしてそれは私だけが知っているであろうこと、それを特別に感じられるこの立場が、すごく嬉しかった。でもそれももう手放す時が来てるのなら、流川君から切り出されるよりも、自分で言った方がいい。胸が苦しくなるってもう分かっているのなら、そのタイミングくらいは自分で決めたい。
「それでさ、流川君。バレンタインも終わったし、もう別々に帰ろっか、、、?最初に流川君も言ってたでしょ?二月までって、、、。」
だんだんと歯切れの悪くなる私が、流川君の方をチラッと見てみると、流川君は私のことをじっと見つめていた。まるで私の瞳の奥の気持ちを探すように。流川君は人のことを良く見ているけれど、それほど干渉しようとせず、自分の存在を不思議に保つ。謎だけどなんだか惹かれる印象が強くて、見つめられるほどに私は動悸が増していく。私が何かを喋り出すまで流川君は黙ったままだろう。流川君の無言の圧力に、耐えられない。流川君の射るような視線だって、私から本音を引き出すのだ。少しずつ、少しずつ。
「わ、私は、こうやって流川君と一緒にいるの、すごく楽しかったよ、、、。」
えへへと頭を掻き、苦笑いのようなフリをしたけれど、こうやってしか流川君の前で気持ちを表すことが出来ない。それがとてもほろ苦かった。流川君とはここでお別れしようと思い、私はプール脇にある階段に座って下を向く。校門まで一緒に歩くと泣いちゃうかもしれない。一歩踏み出す度に、流川君との思い出がこぼれていってしまいそうだ。
「じゃ、このままで。」
流川君の声が頭の上から降ってくる。声色からは感情が読めなくて、私は流川君を確認するべく顔を上げた。
「え?」
流川君は自転車を停めて、コンクリートの階段に座る私の隣にそっと座った。プールサイドに上がるためにある階段は人が二人通るくらいの幅しかないから、両側のコンクリートの壁に挟まれて私達はいつもより近い距離で接する。大柄な流川君は窮屈そうに膝を曲げ、やや前傾姿勢で私を覗き込んだ。
「このままでいーんじゃねーすか。」
私を見る流川君と流川君を見る私の視線がくっついた。流川君はいつも沈黙で私と会話をしようとする。思いを巡らせて、流川君の真意を探ろうにも、その表情からは何も汲み取れない。反対に流川君には、私の心の内を全て見透かされているんじゃないだろうか。何かを口にしないと、流川君のこの視線から目を逸らせそうになかった。
「る、流川君!」
「何?」
「そそそそそれって、、、つ、つまり?」
流川君は黙ったままだけれど、未だ私から目を逸らさない。流川君と目を合わせたら、好きを強烈に自覚させられて、私は胸のあたりがキュっと締め付けられる。この胸の痛みが勢いになって言葉として飛び出た。
「わ、私のこと、どう思っているのか、聞いても、、、いいのかなっ?!」
流川君は私の問いに口を開いた。
「好き、かも。」
「、、、『かも』!?」
「じゃあ、好き。」
「、、、『じゃあ』!?」
私の苦情めいた二度聞きの態度に、うるせー、とでも言いたかったのか、流川君は私から体を反対側に反らし、自分の指で耳を塞いだ。そんな格好の流川君に突っ込む余裕すらない。そんなこと気にもならないし、どうでもよくなるくらい、私は流川君の「好き」だけを都合良く切り取って、何度も心の中でリピートし、胸の内に浸透するのをじっと待つ。流川君の気持ちに大きく感動する。流川君が私のことを好き。そんな事実が私の中でどんどん膨れ上がるから声を上げそうになって、両手で顔面を覆った。両膝にくっつきそうなくらい顔を突っ伏して、さらに足をジタバタさせた。どうしよう、すごく嬉しいのに。こんな時、私は笑うことでしか喜びを伝えることが出来ない。
「ぶふっ!ふふふふ!あはは!」
「何笑ってんすか。」
がばっと勢いよく起き上がって、流川君にすがるように伝えた。
「私、今日で流川君とこうやって二人で喋ったりするの、最後だと思ってたぁ〜!良かったぁ〜!あー!涙出そう〜!」
「なんで。、、、拭く?」
流川君はさっき私があげたタオルを持ち上げてきたから、私は涙目になって笑った。
「それ、私があげたやつ!あははは!」
そんな私の隣で流川君も言うのだ。二人の心を近付けるように、膝をコツンとくっつけてきた。私の胸にノックをするような合図にドキリとした。
「先輩こそ、どう思ってんの。」
「え、私?」
今頃になって、正直に話すことがたまらなく恥ずかしくなって下を向く。そして意を決して発した。
「、、、す、好き、かも、です。」
「、、、『かも』?」
流川君は耳を尖らせるように手を添えて聞き直す。先程の私を揶揄せんばかりの、そのわざとらしい態度はとても意地悪だ。そして流川君がこうやってふざけることを知っているのはきっと私だけだ。もう!と、耳に当てた流川君の手を掴んで、無理矢理下げさせた。目が合う。いつもより近い距離もまた楽しい。好きを交わし合って、流川君は小さく笑って、私は大きく笑った。
4/4ページ