熱帯低気圧の日(仙道)
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「うっ、、うっ、、、えっ、えぐっ、、!」
「ほら、泣くなって。まずは頭、拭きなよ。」
「だって、、、ううっ、、、安心したら、また泣けてきて、、、、うわぁー!仙道くーん!!」
「わかった、わかったよ。」
困り顔で苦笑する、仙道君の家で大号泣する私。まさかまさか、数時間前までこんな状況になるなんて夢にも思わなかった。
***
「えっ、、、嘘、運休、、、?」
週明けの課題を置き忘れたことに気付いて、学校に取りに行った休みの日。台風の影響もあって、風は強かったけど、午前中はまだ電車も動いてたし?余裕っしょ、なんて、なんて、軽く考えていた私がバカだった。
学校には辿り着き、無事に課題のテキストは回収できたものの。学校を出る頃には雨風も強くなっていて。最寄りの駅に着いたはいいが、「台風による影響のため運休」の張り紙。海沿いの駅前に雨宿りできる場所なんてないし、学校に引き返したら、
「やだ、門、閉まってるじゃん、、、!」
斜めに打ち付ける雨。足元はビシャビシャ。傘を握りしめる私。どうしよう、家、帰れないし。お金も小銭しか持ち歩いてない!ゴーゴー、ビュービューと風の音が恐怖を煽る。涙目。
「あれ?苗字さん?おいおい、こんな日に何してんの!」
俯いて、頭が真っ白になってる私に、知った声が上から降ってきた。同じクラスの仙道君だった。
「せん、仙道君!どうしよう、、、!家!帰れっない、、っ!」
雨風が強くて、会話どころじゃない。怖くて、涙が溢れてきた。
「うわーん!!!どうしよー、、、!」
私のプチパニック状態を察してくれた。
「は?あ、ああ、わかった。とにかく!うち来な?すぐソコだから!」
***
仙道君は、東京から神奈川の陵南高校へ進学したらしい。バスケットでスカウトされた、ということは、知っていた。でも逆にそれしか知らない程度のクラスメイトだった。帰宅部の私とは接点など全くない。確か別のクラスの友達が、「仙道君って背が高くって、カッコいいよねぇ〜。それでいて気取ってないし!」なんて先日のスポーツ大会で彼が活躍する姿にキャッキャっと騒いでいた。
「仙道君、一人暮らしなの、、、?」
一通り泣いて、落ち着いた後の私の第一声がそれだった。学校から近いマンションを借りているのだという。オレ、よく寝坊するからって、親が。と付け加えた。
「それにしても、どうしてあんなとこに突っ立ってたの?」
キッチンの隅(といっても、1Kの部屋だから、目の前なんだけど)に無造作に置かれた段ボールを漁りながら、仙道君が聞いてきた。私が一部始終を説明すると呆れ顔。
「あのね、ニュースで台風の進路見た?直撃コースだったじゃん。オレんとこも部活も前日から休みの連絡来てたよ。」
「家出る時は雨は降ってなかったし、イケるかなって。」
あはっ、と笑って誤魔化そう。ようやく気持ちに余裕が出てきた。
「仙道君に会えて良かったぁ、、、私、あのまま台風で飛ばされて死んでたかも。」
仙道君が私と会ったのは、たまたま台風に備えてコンビニに乾電池を買いに走った帰りだったという。もし仙道君と偶然会えなかったら?と想像すると震えてくる。
体育座りで膝とおでこをくっつけて丸くなる。あ、涙、出そう。借りたタオルで顔を覆った。タオルからいい香りがする。仙道君、何の柔軟剤使ってるんだろう。
「お、コーヒーあった。飲める?」
段ボールから出てきたらしい、インスタントのコーヒーの袋を私に見せてきた。段ボールは親からの仕送りの品らしい。
「あ、ハイ、イタダキマス。」
仙道君が淹れてくれたコーヒー。ホントはミルク入れないと飲めないんだけど。コーヒーより紅茶派なんだけど。なんてそんなこと言えません。ありがたく頂きます。神様、仏様、仙道様!
コーヒーの苦味が口の中に広がったところで、ようやくこの状況についても飲み込んだ。さて、どうするか、頭を抱えることになった。目の前には、コーヒーを片手に、テレビをつける仙道君。クラスメイトとはいえ、学校で殆ど会話したことなかったので、何を喋って良いやら、気まずさが漂う。家にまで転がり込んでしまって、迷惑かけちゃっているだけに余計に私は感じてしまう。
「ほら、どんどん近付いて来てる。ヤバイじゃん、これ、電車動かないよ。」
仙道君がリモコンで指し示したテレビ画面を二人で見つめた。これから暴風域に入り、台風が通過するのは、明日の朝。画面の丸い円と予定時刻を目で追う。
「ど、どうしよ。親に迎えに来てもらえ、、、」
「ないでしょ。」
「はぁ。だよねぇ。」
盛大な溜息をついた。
「とりあえず、家に電話しといたら?心配しているんじゃないの?友達ん家に泊まるって言っときなよ。」
仙道君がテレビから目を離すことなく言った。
「うぇっ!?あ、変な声出た。い、居ていいの?たしかに出て行けと言われると泣くけど。」
「この台風の中で、クラスの女子追い出すとか、どんだけ鬼なんだよ、オレ。ははっ。」
うわーん!仙道君!さっきまで、気まずいとか思っててゴメンナサイ!優しさに今、私、猛烈にじーんとしてます。早速、カバンから電話を取り出し、親に連絡しようとしたら。
あ、やってしまった。
「ゴメン、仙道君。」
「ん?どうした?」
「まずは、あの、携帯の充電器貸してくれる?」
真っ黒な携帯の画面を仙道君に見せた。バッテリーが切れていたのだ。早速、気まずい空気を作ったのは私の方であった。
***
親からは何度も着信があったようで、ようやく連絡がついたと思った途端、電話越しに物凄く怒られた。私だってパニックだったのよ、大変だったんだから、と反論するのも無駄なくらい。終盤は、「ハイ、ハイ、、、ハイ、、、すみません、、ハイ、、、」とただただ俯いて返事をするだけの私に、そばにいた仙道君が顔を背けて肩を震わせていたのが横目で見えた。笑われている、、、。
「あ、うん、大丈夫。クラスの子のうちに泊めてもらう。明日、朝には帰れる。と思う。うん。うん。じゃあ、ハイ。」
ピッ、と終話ボタンを押して、大丈夫だったよ、と伝えると、全然大丈夫そうじゃなかったけど?と笑いながら、仙道君が
「よし、じゃあ、折角だから楽しくやろうぜ。」
と言ってくれたのは、大変救われた。
「うん!ふつつか者ですが、よろしくお願いします。」
何それ、と仙道君がまた笑った。外の天気とは裏腹に、私の心にはパァっと晴れ間がのぞいた気がした。
***
全くと言っていいほどキャラクターの分からない人物と同じ部屋で過ごすのは、誰だって相手を意識するし、息苦しい。が、これは相手による、ということを新たに知った。仙道君は、めちゃくちゃマイペースな人だった。こっちのことは一切おかまいなし、といっていいほど、寛いでいる。いや、自分の家だから、そりゃそうなんだけどさ。
「これ、食べる?今ハマってんだー」
「あー、喉乾いた」
「くぁ、、、眠たい。ちょっと横になるわ。」
こちらのことはおかまいなしに、好きに喋り、好きに寝る。ここまで気を遣われないと、逆に清々しいよ。私も気が楽です、仙道君。と、ベッドでグーグー寝てる彼を見た。背が高くて、大きいのに、顔小さいし、顔が整ってるんだよな。と、こんなに繁々と男の人を見つめる機会(それも寝顔を!)もないので、じっくり見つめる。改めて言いましょう。そりゃ学校でもファンがたくさんいるのも分かるよ。カッコいいもん。
せっかくだから、写真撮っちゃお。ニヒヒ、友達に自慢しちゃお。なんてスマホのカメラと共に仙道君に近付いた。
「ん?」
「げ、起きた。もー!あとちょっとで!」
「人の寝顔なんて撮るもんじゃないよ。」
「だってー、仙道君寝るしー、テレビは台風情報ばっかりだし。暇なんだもん!」
「あー、ハイハイ。」
仙道君、何しても怒らなそうだし、、、と付け加えそうになる。
「何時?」
背伸びしながら、起き上がる仙道君が聞いた。
「18時ちょっと過ぎ。」
「腹減った。メシ作ろっか。」
「えっ、何作るの!?」
「苗字サン、料理する人?」
「あー、出来ない出来ない!袋ラーメンとチャーハンくらいしか作れません。」
「ハハっ、潔い。オレも。」
好きな人の前じゃあるまいし、正直に答えた。女子だからって料理ができるなんて期待するんじゃないよ、仙道君よ。
「じゃ、ラーメンでいいか。うん。」
と彼は鍋を取り出して、水を入れて火にかけた。
「えー!水、計らないの?!」
「そんなん、テキトーでいいでしょ。大丈夫、大丈夫。」
「うっそー!それでラーメン作れるの?!仙道君、料理出来る子じゃん!」
「アハハハ、評価基準低いなあ。」
鍋の水が沸騰してラーメンを入れて麺がほぐれる様子をキッチンで二人並んで眺める。
「ね、もういいんじゃないの、仙道君。3分経ったんじゃない?」
「オレ、麺が柔い方が好き。まだ。」
「私、普通がいい、普通が。」
「うーん、やだ、もうちょっと。」
「じゃあ、私の分だけ先に取り分けようよ!」
「あー。」
「何?どうかした?」
仙道君がぐつぐつと煮えたぎるラーメンの鍋を前にして言う。
「ラーメン皿ないや、うち。」
***
ズズズっ、と私はお茶碗に入れたラーメンをすする。目の前の仙道君は鍋のまま、ラーメンをすする。仙道君、必要最低限の食器しかないらしく、ラーメンはいつも鍋で食べてたらしい。そういうところ、ホント大雑把男子って感じ。仕方なく私は仙道君のお茶碗を使ってラーメンを食べることに。
「おかわり。」
空になったお茶碗を、仙道君に差し出した。
「うお、よく食べるんだね、苗字サンって。」
「いや、お茶碗一杯で足りるわけないでしょーが。」
ハハハっと、「ですよね。」と子供みたいに悪戯っぽい笑みを浮かべながら、仙道君は私が差し出したお茶碗にラーメンを追加してくれた。
「オレの食べかけになるけど。」
「別にいいよ。」
ここまで気を遣われないと、こっちも遠慮がなくなる。
「なんか、あれだね、苗字サンってさ、、、」
仙道君が、大口でラーメンを食べながら、目線だけこちらに。
「飾らないタイプだよね。全然そんな印象なかったな。」
と言い出すので、うーん、それは仙道君がそういう人なので、と言おうとしたら、
「あと、、、」
「え?」
「台風みたいな人だね。」
「、、、?どゆこと?ちょっと意味分かんないんだけど。」
ん。とだけ相槌をうち、またラーメンを食べ始めた仙道君。自分から会話広げておいて、これ以上喋ろうとしないようだ。何一人で納得しちゃってんの。こういうところ、掴めないし、分からない。しかし、仙道君について色々と思案するとこちらが調子狂うので、あまり気にしないことにしておこう。
***
「こりゃ、夜のうちに抜けていくな、台風。」
引き続き、テレビの台風情報を眺めながら、仁王立ちでシャコシャコと歯磨きをする
彼の足元で、私も体育座りで歯磨き。新品の歯ブラシをひとつくれた。仙道君にしては用意が良いね、と皮肉を言ったつもりなのに、バスケ部の友達が突然泊まりに来るから買い置き、だそうだ。
「このまま何事もなく過ぎてくれるといいね。」
「それ、苗字サンが言う?」
「なんで?」
仙道君を見上げる。彼は私を見下ろす。歯ブラシをくわえた二人。目が合う。
「オレ的には、女の子を泊めるってだけで事件だよ。」
と言い終わらないうちに、仙道君は洗面所に向かった。事件?深く考えず、歯ブラシを口にくわえたまま、私も後を追って洗面所へ。ぶくぶくとうがいをしながら、先程の仙道君の言葉を反芻してみる。あ、と蛇口をひねって、顔を上げた。鏡越しの仙道君に声をかける。
「あーっ、そっか!私が泊まったこと、学校にバレたらマズイってこと?部活できなくなるとか。心配になるよね。いや、大丈夫だよ、仙道君。私、誰にも言わないってば」
「いや、うん。学校とかは別に。」
「あれ?違った?、、、、はっ!!」
私、この状況、ものすごくマズイかもしれないことに気が付きました。
「仙道君、今更なんだけどね、、、、」
「うん?」
「彼女いるんだっけ?ごめん、それなら私、ものすごく彼女に悪いことしちゃってる。あー、どうしよ!そりゃ仙道君、困るよね。」
私、自分のことしか考えていなかったな。
「彼女?今はいないよ。」
ベッドにゴロンと横になってテレビを見る仙道君と、歯磨きを終えて、洗面所から戻り、ベッドを背もたれにして、床に座る私。
「仙道君ってモテるでしょ?」
「ん?なんで?」
二人でテレビを眺めながら話を続ける。
「彼女いる?って聞いて、今はいないって、答えられるところが。何人も付き合っていないとそんな台詞言えないよー!」
茶化しながら言うと、
「いや、付き合ってもすぐフラれるよ。」
「あ、そうなんだ。」
「部活あるしさ、知ってた?オレさ、今年の夏で三年抜けて、バスケ部のキャプテンになったんだよ。忙しいんだよな。平日は夜まで部活。土日も部活じゃん?会う暇無いし。」
「じゃあなんで付き合うのよお?」
「なんか、付き合ってって言われると、、。あと可愛い子だと尚更。」
「バカじゃん?」
「バスケ部の奴らからも同じこと言われる。ははは。だからもう色々面倒くさい。連絡しなくて怒られるのも嫌。会えないからって不機嫌になられるのも嫌。女子怖い。」
そういって、枕に顔をうずめる仙道君がめちゃくちゃ可愛いと思ってしまった。所詮他人事の私は、イケメンの恋愛って、クールなのかと思ってたら案外子供っぽいんだなって知ると、笑えてしまう。
「アハハハ!それは仙道君が悪いでしょ!誰だって嫌だよ、そんな彼氏!アハハハ。」
「あとさ。」
「ん?」
「苗字サンも怖い。」
「は???私?」
急に話を自分に向けられて、戸惑いつつ仙道君を見た。仙道君は枕に顔を突っ伏したまま話を続ける。
「全然照れがない。この状況で。警戒心なさすぎて怖い。堂々としすぎてて、慣れてんのかなっていうくらい怖い。」
「はぁぁ〜!?んなわけないじゃん!私、どういうイメージ!?」
「学校では大人しい子かなって思ってたけど、台風の中、学校来るようなちょっと頭悪い子だし、会った瞬間から号泣し出すし、喋ってみるとズケズケとモノ言うしさ。分からないもんだよな、、、ふはっ、ははっ、はははは。」
「言いながら笑わないでよ。私、学校でも変わんないよ。こんな感じだよ。仙道君と接点がなかっただけじゃん。ってか、頭悪い子って、あのね!」
枕から起き上がって腹を抱えてゲラゲラ笑う仙道君に呆れながらも、私もついつられて可笑しくなって笑う。
「いやいや、悪い。オレ、こういう状況、初めてだもん。戸惑うでしょ。」
「嘘だぁ。仙道君、スーパーマイペースじゃん。こんなの合宿みたいなもんだと思ってよ。って、迷惑かけてるのは私なので、これ以上は言わ、、、言えないけど。」
「が、合宿か、、、。ははっ。」
仙道君、またツボに入ったようで、とうとう涙目になってる。
「よし!もう寝るね!電気消して!」
この状況と仙道君との会話が楽しいと感じてる自分がいて、少し気恥ずかしくなった。仙道君のベッドの脇に、布団を敷いてもらったので、私は勢いよく毛布を被った。
ここオレんちなんだけどな。と言いながら、電気を消してくれた。そして、よっこらしょ、と言ってベッドに潜り込むのは、オヤジ臭いよ、仙道君。
***
電気を消して、しばらく目を瞑ってはみたけれど。ゴウゴウと風、バシャバシャと雨が打ち付けられ、窓がガタガタと震える。まるで風は唸り声のようで、真っ暗な部屋にそれだけが響く。時計は24時を回っていた。このあたりも暴風域に入っちゃったのかな。ゴロゴロと何度も寝返りを打つ。眠いんだけど、眠れない、不思議な夜。布団から起き上がって、窓から外の様子をうかがう。道路に跳ねる雨。風でムチのようにうねる木々。窓枠に肘をついて、ただただ台風が過ぎ去るのを待つだけの夜。
「眠れないね。」
背後から仙道君が声をかけてきた。
「あ、ごめん。起こしちゃった?どうしても外が気になって。」
「すげー窓が揺れてるな。怖っ。」
仙道君も窓に近付き、カーテンに手をかけた。二人でじっと外の様子を見る。
「明日、私、始発で帰るね。」
「電車、走ってるかな?」
「夜のうちに台風抜けるって、ニュースで言ってたじゃん。大丈夫でしょ。」
「苗字サン、ホントそういうとこ、軽く考えてるよな。」
「ポジティブって言って。」
「はいはい。」
「仙道君、もう寝なよ。私、始発まで起きて、勝手に出て行くからさ。」
窓を離れて、布団の上に座り込んだ。仙道君もベッドに腰掛けて、私と横並びになる。少しの沈黙のあと。
「ねぇ、苗字サン。」
仙道君が前屈みになって、座っている私に目線を合わせるように覗き込んだ。
「チューしよっか。」
、、、はい?
あまりに唐突すぎて反射的に声が出た。
「え、嫌だよ。」
多分、私、ものすごく真顔だったのだろう。あれ?とだけ言って、仙道君は笑ってる。
「確認するけど、仙道君、私のこと好きなわけじゃないよね?」
「うん。」
「うん、って、、、オイ!」
そこ、はっきり言っちゃうんだ?と心の中で突っ込んで、この状況に吹き出してしまう自分がいた。
「好きじゃないとダメ?」
聞いてくる彼は、ベッドにもたれたまま、肘をついて私をじっと見る。ドキリとする。そんな顔しないでよ。妙な色気出すなよ、とまた心の中で突っ込む。そして赤面する。恥ずかしい。何かに期待してる少し浮ついた私がいたことにも。
「ダメでしょ!?っていうか、仙道君、今までどんな子と付き合ってきたの?ヤダヤダ、もう無理〜。絶対無理〜。早く帰りたい〜。もう仙道君、寝てよ、頼むから!深夜だからおかしなテンションになってるんだよ。」
彼に言っていることを、そっくりそのまま自分に言い聞かせたかった。早口で必死に否定した。
「明日さ、朝起きるじゃん?」
「へ?」
仙道君が、ポツリと言った。
「苗字サン、もう居ないよな。いや、もし朝、オレが起きてたとしても、苗字サン、きっと平気な顔して「お邪魔しました〜」って明るい顔して出て行くだろ?」
「うん、そりゃ、ね。」
「そして月曜から学校あるじゃん?」
「うん、あるよ。普通に行くよ。いつも通り授業受けて、いつも通り家に帰るよ。仙道君だって部活でしょ。」
「それを想像したら、面白くないな、って。」
「はい?」
「台風一過ってこういうことか。学校行っても多分、苗字サンは、これまで通りなんだろうなって。それ、つまんないなって。思った。ああ、この子、何食わぬ顔して学校でオレとすれ違うんだろうな。何だそれ、ムカつくなって。少しくらい気にしろよ。どうしようかな。ああ、もう、こうなったらチューしてやろうか、って。はい。思った。思いました。それがさっきです。」
「そ、そんな。小学生男子ですか、あなたは。」
呆れて頭がクラクラし、床に崩れ落ちながらも、正直な彼に心がニヤついてしまった。仙道君は困ったような顔をしていた。そして続けた。
「苗字サン、ホント台風みたいな人。」
***
「でさ。」
「えっ、まだ続くの?」
仙道君はベッドから降りて、布団に二人並んで座る形になっていた。隣にいる仙道君に振り向くと、私のその言葉にムッとしたのか、
「あのね、そんなこと言ってると、、、するよ?」
「、、、、何を?」
わざとらしくとぼけてみる。もうさ、仙道君、ホント小学生男子。ムキになっちゃって。口元をおさえて笑いをこらえようとしたけれど、更に笑いが込み上げきたので少し調子に乗ってしまった。
「ハイ、リップあげる。間接キスならいいよ。これで。どうぞ。」
ポーチからリップクリームを取り出して、渡してあげた。仙道君は黙ってリップクリームを受け取る。リップを見つめる様子を隣で見ていた。無言で塗り始める仙道君。これは、どうやらいじけている。
「あはは、塗るんだ!?仙道君、ホント可愛い。あはははは。」
リップクリームを返してきたので、受け取ろうと手を伸ばすと、リップと共に手を重ねて握られた。
「何で、そんなに、余裕の態度なの。ねぇ。」
「怒った?」
「ムカついてる。」
握った手に熱がこもる。繋がった手のひらから電気が走るようにビリビリと感情をも走らせる。
「私だってムカついているよ。」
「なんで?」
「仙道君、子供っぽいくせに、こうしてドキドキさせるから。」
仙道君は、下を向いて、はぁ。とため息をついて言う。
「、、、苗字サン、分かりにくい。」
と言うと、握ったままの手を少し持ち上げて指を絡ませてきた。そして仙道君が動いた。
「はい、ストップ。」
接近する彼を私はもう片方の手で制止する。
「今、キスしようとした、、、っ!」
「今のは、そういう流れだったでしょ。」
「そういうこと平気で言うのが、やだっ!やり慣れてる感じも、やだっ!」
「やり慣れ、、、って、や、最近そういうことしてないって。」
「最近?最近っていつ!?」
「え、、、っと。2ヶ月?いや、3ヶ月くらい前、かな?」
「そうやって、、、バカ正直に答えるところも、やだっ!」
仙道君はデリカシーがない。そのデリカシーのなさが女子に勘違いされて好かれるのかもしれない。深く考えずに素直に口に出しちゃうところなんかが、少年っぽくて可愛い、なんて?あるいはこのデリカシーのなさから逆に無関心で動じない感じが大人っぽく見えちゃうとか?このアンバランスさが同居するからなのか、仙道君との会話は楽しい。居心地も悪くない。でも。
「ねぇ、、、、手、そろそろ放して、、、よ。」
手は、ぎゅっ、と握られたままだった。掴まれたのは私の気持ちだったのかもしれない。うん。と仙道君は小さく、短かく答えた。私の胸は、きゅ、と軋んだ。仙道君が、ゆったりと私の手を持ち上げる。仙道君の手、大きいなあ。なんて、その動作があまりにも自然でぼうっと見惚れていると。仙道君と繋いだ手は引っ張られ、彼の頬と触れた。え?、と一呼吸置く間も無く、ひっくり返された私の手のひらに、仙道君はチュ、と口付けた。わざとらしく音を立てて。
「ま、いっか。はい、放した。」
両手をパッと挙げて、いたずらっぽく笑った。
「ぎゃーーーー!」
叫びながら、背もたれにしていたベッドに、勢いよく突っ伏した。心の中も声を上げると同時に同じく悲鳴を上げていた。血が沸騰して頭から煙も出ているような気がする。こんな時、女の子らしいリアクションが出来ない自分が悲しい。ずるい、ずるい、ずるい!仙道君はずるい!
「ははは。オレ、寝る。苗字サン、始発何時?起こしてよ。こっそり帰らないでね。」
「やだ。起こさない。一人で帰る。」
「やだ。駅まで送る。」
「もっとやだ。」
「なんでだよ。一緒に行こうよ。デートみたいでいいじゃん。」
「、、、、手、握ったりしないでよ?」
「、、、、それは分からない。」
色々と聞きたいことはある。何?どうして?何故?いつから?けれど口はパクパクするばかり。先程までゴウゴウと一定のリズムで唸りを上げていた外の台風の様子が全く聞こえてこない。代わりに私の元へ何かが上陸してしまった。勢力は増すばかり。どうやら朝までにこちらは去ってくれそうにない。
「ほら、泣くなって。まずは頭、拭きなよ。」
「だって、、、ううっ、、、安心したら、また泣けてきて、、、、うわぁー!仙道くーん!!」
「わかった、わかったよ。」
困り顔で苦笑する、仙道君の家で大号泣する私。まさかまさか、数時間前までこんな状況になるなんて夢にも思わなかった。
***
「えっ、、、嘘、運休、、、?」
週明けの課題を置き忘れたことに気付いて、学校に取りに行った休みの日。台風の影響もあって、風は強かったけど、午前中はまだ電車も動いてたし?余裕っしょ、なんて、なんて、軽く考えていた私がバカだった。
学校には辿り着き、無事に課題のテキストは回収できたものの。学校を出る頃には雨風も強くなっていて。最寄りの駅に着いたはいいが、「台風による影響のため運休」の張り紙。海沿いの駅前に雨宿りできる場所なんてないし、学校に引き返したら、
「やだ、門、閉まってるじゃん、、、!」
斜めに打ち付ける雨。足元はビシャビシャ。傘を握りしめる私。どうしよう、家、帰れないし。お金も小銭しか持ち歩いてない!ゴーゴー、ビュービューと風の音が恐怖を煽る。涙目。
「あれ?苗字さん?おいおい、こんな日に何してんの!」
俯いて、頭が真っ白になってる私に、知った声が上から降ってきた。同じクラスの仙道君だった。
「せん、仙道君!どうしよう、、、!家!帰れっない、、っ!」
雨風が強くて、会話どころじゃない。怖くて、涙が溢れてきた。
「うわーん!!!どうしよー、、、!」
私のプチパニック状態を察してくれた。
「は?あ、ああ、わかった。とにかく!うち来な?すぐソコだから!」
***
仙道君は、東京から神奈川の陵南高校へ進学したらしい。バスケットでスカウトされた、ということは、知っていた。でも逆にそれしか知らない程度のクラスメイトだった。帰宅部の私とは接点など全くない。確か別のクラスの友達が、「仙道君って背が高くって、カッコいいよねぇ〜。それでいて気取ってないし!」なんて先日のスポーツ大会で彼が活躍する姿にキャッキャっと騒いでいた。
「仙道君、一人暮らしなの、、、?」
一通り泣いて、落ち着いた後の私の第一声がそれだった。学校から近いマンションを借りているのだという。オレ、よく寝坊するからって、親が。と付け加えた。
「それにしても、どうしてあんなとこに突っ立ってたの?」
キッチンの隅(といっても、1Kの部屋だから、目の前なんだけど)に無造作に置かれた段ボールを漁りながら、仙道君が聞いてきた。私が一部始終を説明すると呆れ顔。
「あのね、ニュースで台風の進路見た?直撃コースだったじゃん。オレんとこも部活も前日から休みの連絡来てたよ。」
「家出る時は雨は降ってなかったし、イケるかなって。」
あはっ、と笑って誤魔化そう。ようやく気持ちに余裕が出てきた。
「仙道君に会えて良かったぁ、、、私、あのまま台風で飛ばされて死んでたかも。」
仙道君が私と会ったのは、たまたま台風に備えてコンビニに乾電池を買いに走った帰りだったという。もし仙道君と偶然会えなかったら?と想像すると震えてくる。
体育座りで膝とおでこをくっつけて丸くなる。あ、涙、出そう。借りたタオルで顔を覆った。タオルからいい香りがする。仙道君、何の柔軟剤使ってるんだろう。
「お、コーヒーあった。飲める?」
段ボールから出てきたらしい、インスタントのコーヒーの袋を私に見せてきた。段ボールは親からの仕送りの品らしい。
「あ、ハイ、イタダキマス。」
仙道君が淹れてくれたコーヒー。ホントはミルク入れないと飲めないんだけど。コーヒーより紅茶派なんだけど。なんてそんなこと言えません。ありがたく頂きます。神様、仏様、仙道様!
コーヒーの苦味が口の中に広がったところで、ようやくこの状況についても飲み込んだ。さて、どうするか、頭を抱えることになった。目の前には、コーヒーを片手に、テレビをつける仙道君。クラスメイトとはいえ、学校で殆ど会話したことなかったので、何を喋って良いやら、気まずさが漂う。家にまで転がり込んでしまって、迷惑かけちゃっているだけに余計に私は感じてしまう。
「ほら、どんどん近付いて来てる。ヤバイじゃん、これ、電車動かないよ。」
仙道君がリモコンで指し示したテレビ画面を二人で見つめた。これから暴風域に入り、台風が通過するのは、明日の朝。画面の丸い円と予定時刻を目で追う。
「ど、どうしよ。親に迎えに来てもらえ、、、」
「ないでしょ。」
「はぁ。だよねぇ。」
盛大な溜息をついた。
「とりあえず、家に電話しといたら?心配しているんじゃないの?友達ん家に泊まるって言っときなよ。」
仙道君がテレビから目を離すことなく言った。
「うぇっ!?あ、変な声出た。い、居ていいの?たしかに出て行けと言われると泣くけど。」
「この台風の中で、クラスの女子追い出すとか、どんだけ鬼なんだよ、オレ。ははっ。」
うわーん!仙道君!さっきまで、気まずいとか思っててゴメンナサイ!優しさに今、私、猛烈にじーんとしてます。早速、カバンから電話を取り出し、親に連絡しようとしたら。
あ、やってしまった。
「ゴメン、仙道君。」
「ん?どうした?」
「まずは、あの、携帯の充電器貸してくれる?」
真っ黒な携帯の画面を仙道君に見せた。バッテリーが切れていたのだ。早速、気まずい空気を作ったのは私の方であった。
***
親からは何度も着信があったようで、ようやく連絡がついたと思った途端、電話越しに物凄く怒られた。私だってパニックだったのよ、大変だったんだから、と反論するのも無駄なくらい。終盤は、「ハイ、ハイ、、、ハイ、、、すみません、、ハイ、、、」とただただ俯いて返事をするだけの私に、そばにいた仙道君が顔を背けて肩を震わせていたのが横目で見えた。笑われている、、、。
「あ、うん、大丈夫。クラスの子のうちに泊めてもらう。明日、朝には帰れる。と思う。うん。うん。じゃあ、ハイ。」
ピッ、と終話ボタンを押して、大丈夫だったよ、と伝えると、全然大丈夫そうじゃなかったけど?と笑いながら、仙道君が
「よし、じゃあ、折角だから楽しくやろうぜ。」
と言ってくれたのは、大変救われた。
「うん!ふつつか者ですが、よろしくお願いします。」
何それ、と仙道君がまた笑った。外の天気とは裏腹に、私の心にはパァっと晴れ間がのぞいた気がした。
***
全くと言っていいほどキャラクターの分からない人物と同じ部屋で過ごすのは、誰だって相手を意識するし、息苦しい。が、これは相手による、ということを新たに知った。仙道君は、めちゃくちゃマイペースな人だった。こっちのことは一切おかまいなし、といっていいほど、寛いでいる。いや、自分の家だから、そりゃそうなんだけどさ。
「これ、食べる?今ハマってんだー」
「あー、喉乾いた」
「くぁ、、、眠たい。ちょっと横になるわ。」
こちらのことはおかまいなしに、好きに喋り、好きに寝る。ここまで気を遣われないと、逆に清々しいよ。私も気が楽です、仙道君。と、ベッドでグーグー寝てる彼を見た。背が高くて、大きいのに、顔小さいし、顔が整ってるんだよな。と、こんなに繁々と男の人を見つめる機会(それも寝顔を!)もないので、じっくり見つめる。改めて言いましょう。そりゃ学校でもファンがたくさんいるのも分かるよ。カッコいいもん。
せっかくだから、写真撮っちゃお。ニヒヒ、友達に自慢しちゃお。なんてスマホのカメラと共に仙道君に近付いた。
「ん?」
「げ、起きた。もー!あとちょっとで!」
「人の寝顔なんて撮るもんじゃないよ。」
「だってー、仙道君寝るしー、テレビは台風情報ばっかりだし。暇なんだもん!」
「あー、ハイハイ。」
仙道君、何しても怒らなそうだし、、、と付け加えそうになる。
「何時?」
背伸びしながら、起き上がる仙道君が聞いた。
「18時ちょっと過ぎ。」
「腹減った。メシ作ろっか。」
「えっ、何作るの!?」
「苗字サン、料理する人?」
「あー、出来ない出来ない!袋ラーメンとチャーハンくらいしか作れません。」
「ハハっ、潔い。オレも。」
好きな人の前じゃあるまいし、正直に答えた。女子だからって料理ができるなんて期待するんじゃないよ、仙道君よ。
「じゃ、ラーメンでいいか。うん。」
と彼は鍋を取り出して、水を入れて火にかけた。
「えー!水、計らないの?!」
「そんなん、テキトーでいいでしょ。大丈夫、大丈夫。」
「うっそー!それでラーメン作れるの?!仙道君、料理出来る子じゃん!」
「アハハハ、評価基準低いなあ。」
鍋の水が沸騰してラーメンを入れて麺がほぐれる様子をキッチンで二人並んで眺める。
「ね、もういいんじゃないの、仙道君。3分経ったんじゃない?」
「オレ、麺が柔い方が好き。まだ。」
「私、普通がいい、普通が。」
「うーん、やだ、もうちょっと。」
「じゃあ、私の分だけ先に取り分けようよ!」
「あー。」
「何?どうかした?」
仙道君がぐつぐつと煮えたぎるラーメンの鍋を前にして言う。
「ラーメン皿ないや、うち。」
***
ズズズっ、と私はお茶碗に入れたラーメンをすする。目の前の仙道君は鍋のまま、ラーメンをすする。仙道君、必要最低限の食器しかないらしく、ラーメンはいつも鍋で食べてたらしい。そういうところ、ホント大雑把男子って感じ。仕方なく私は仙道君のお茶碗を使ってラーメンを食べることに。
「おかわり。」
空になったお茶碗を、仙道君に差し出した。
「うお、よく食べるんだね、苗字サンって。」
「いや、お茶碗一杯で足りるわけないでしょーが。」
ハハハっと、「ですよね。」と子供みたいに悪戯っぽい笑みを浮かべながら、仙道君は私が差し出したお茶碗にラーメンを追加してくれた。
「オレの食べかけになるけど。」
「別にいいよ。」
ここまで気を遣われないと、こっちも遠慮がなくなる。
「なんか、あれだね、苗字サンってさ、、、」
仙道君が、大口でラーメンを食べながら、目線だけこちらに。
「飾らないタイプだよね。全然そんな印象なかったな。」
と言い出すので、うーん、それは仙道君がそういう人なので、と言おうとしたら、
「あと、、、」
「え?」
「台風みたいな人だね。」
「、、、?どゆこと?ちょっと意味分かんないんだけど。」
ん。とだけ相槌をうち、またラーメンを食べ始めた仙道君。自分から会話広げておいて、これ以上喋ろうとしないようだ。何一人で納得しちゃってんの。こういうところ、掴めないし、分からない。しかし、仙道君について色々と思案するとこちらが調子狂うので、あまり気にしないことにしておこう。
***
「こりゃ、夜のうちに抜けていくな、台風。」
引き続き、テレビの台風情報を眺めながら、仁王立ちでシャコシャコと歯磨きをする
彼の足元で、私も体育座りで歯磨き。新品の歯ブラシをひとつくれた。仙道君にしては用意が良いね、と皮肉を言ったつもりなのに、バスケ部の友達が突然泊まりに来るから買い置き、だそうだ。
「このまま何事もなく過ぎてくれるといいね。」
「それ、苗字サンが言う?」
「なんで?」
仙道君を見上げる。彼は私を見下ろす。歯ブラシをくわえた二人。目が合う。
「オレ的には、女の子を泊めるってだけで事件だよ。」
と言い終わらないうちに、仙道君は洗面所に向かった。事件?深く考えず、歯ブラシを口にくわえたまま、私も後を追って洗面所へ。ぶくぶくとうがいをしながら、先程の仙道君の言葉を反芻してみる。あ、と蛇口をひねって、顔を上げた。鏡越しの仙道君に声をかける。
「あーっ、そっか!私が泊まったこと、学校にバレたらマズイってこと?部活できなくなるとか。心配になるよね。いや、大丈夫だよ、仙道君。私、誰にも言わないってば」
「いや、うん。学校とかは別に。」
「あれ?違った?、、、、はっ!!」
私、この状況、ものすごくマズイかもしれないことに気が付きました。
「仙道君、今更なんだけどね、、、、」
「うん?」
「彼女いるんだっけ?ごめん、それなら私、ものすごく彼女に悪いことしちゃってる。あー、どうしよ!そりゃ仙道君、困るよね。」
私、自分のことしか考えていなかったな。
「彼女?今はいないよ。」
ベッドにゴロンと横になってテレビを見る仙道君と、歯磨きを終えて、洗面所から戻り、ベッドを背もたれにして、床に座る私。
「仙道君ってモテるでしょ?」
「ん?なんで?」
二人でテレビを眺めながら話を続ける。
「彼女いる?って聞いて、今はいないって、答えられるところが。何人も付き合っていないとそんな台詞言えないよー!」
茶化しながら言うと、
「いや、付き合ってもすぐフラれるよ。」
「あ、そうなんだ。」
「部活あるしさ、知ってた?オレさ、今年の夏で三年抜けて、バスケ部のキャプテンになったんだよ。忙しいんだよな。平日は夜まで部活。土日も部活じゃん?会う暇無いし。」
「じゃあなんで付き合うのよお?」
「なんか、付き合ってって言われると、、。あと可愛い子だと尚更。」
「バカじゃん?」
「バスケ部の奴らからも同じこと言われる。ははは。だからもう色々面倒くさい。連絡しなくて怒られるのも嫌。会えないからって不機嫌になられるのも嫌。女子怖い。」
そういって、枕に顔をうずめる仙道君がめちゃくちゃ可愛いと思ってしまった。所詮他人事の私は、イケメンの恋愛って、クールなのかと思ってたら案外子供っぽいんだなって知ると、笑えてしまう。
「アハハハ!それは仙道君が悪いでしょ!誰だって嫌だよ、そんな彼氏!アハハハ。」
「あとさ。」
「ん?」
「苗字サンも怖い。」
「は???私?」
急に話を自分に向けられて、戸惑いつつ仙道君を見た。仙道君は枕に顔を突っ伏したまま話を続ける。
「全然照れがない。この状況で。警戒心なさすぎて怖い。堂々としすぎてて、慣れてんのかなっていうくらい怖い。」
「はぁぁ〜!?んなわけないじゃん!私、どういうイメージ!?」
「学校では大人しい子かなって思ってたけど、台風の中、学校来るようなちょっと頭悪い子だし、会った瞬間から号泣し出すし、喋ってみるとズケズケとモノ言うしさ。分からないもんだよな、、、ふはっ、ははっ、はははは。」
「言いながら笑わないでよ。私、学校でも変わんないよ。こんな感じだよ。仙道君と接点がなかっただけじゃん。ってか、頭悪い子って、あのね!」
枕から起き上がって腹を抱えてゲラゲラ笑う仙道君に呆れながらも、私もついつられて可笑しくなって笑う。
「いやいや、悪い。オレ、こういう状況、初めてだもん。戸惑うでしょ。」
「嘘だぁ。仙道君、スーパーマイペースじゃん。こんなの合宿みたいなもんだと思ってよ。って、迷惑かけてるのは私なので、これ以上は言わ、、、言えないけど。」
「が、合宿か、、、。ははっ。」
仙道君、またツボに入ったようで、とうとう涙目になってる。
「よし!もう寝るね!電気消して!」
この状況と仙道君との会話が楽しいと感じてる自分がいて、少し気恥ずかしくなった。仙道君のベッドの脇に、布団を敷いてもらったので、私は勢いよく毛布を被った。
ここオレんちなんだけどな。と言いながら、電気を消してくれた。そして、よっこらしょ、と言ってベッドに潜り込むのは、オヤジ臭いよ、仙道君。
***
電気を消して、しばらく目を瞑ってはみたけれど。ゴウゴウと風、バシャバシャと雨が打ち付けられ、窓がガタガタと震える。まるで風は唸り声のようで、真っ暗な部屋にそれだけが響く。時計は24時を回っていた。このあたりも暴風域に入っちゃったのかな。ゴロゴロと何度も寝返りを打つ。眠いんだけど、眠れない、不思議な夜。布団から起き上がって、窓から外の様子をうかがう。道路に跳ねる雨。風でムチのようにうねる木々。窓枠に肘をついて、ただただ台風が過ぎ去るのを待つだけの夜。
「眠れないね。」
背後から仙道君が声をかけてきた。
「あ、ごめん。起こしちゃった?どうしても外が気になって。」
「すげー窓が揺れてるな。怖っ。」
仙道君も窓に近付き、カーテンに手をかけた。二人でじっと外の様子を見る。
「明日、私、始発で帰るね。」
「電車、走ってるかな?」
「夜のうちに台風抜けるって、ニュースで言ってたじゃん。大丈夫でしょ。」
「苗字サン、ホントそういうとこ、軽く考えてるよな。」
「ポジティブって言って。」
「はいはい。」
「仙道君、もう寝なよ。私、始発まで起きて、勝手に出て行くからさ。」
窓を離れて、布団の上に座り込んだ。仙道君もベッドに腰掛けて、私と横並びになる。少しの沈黙のあと。
「ねぇ、苗字サン。」
仙道君が前屈みになって、座っている私に目線を合わせるように覗き込んだ。
「チューしよっか。」
、、、はい?
あまりに唐突すぎて反射的に声が出た。
「え、嫌だよ。」
多分、私、ものすごく真顔だったのだろう。あれ?とだけ言って、仙道君は笑ってる。
「確認するけど、仙道君、私のこと好きなわけじゃないよね?」
「うん。」
「うん、って、、、オイ!」
そこ、はっきり言っちゃうんだ?と心の中で突っ込んで、この状況に吹き出してしまう自分がいた。
「好きじゃないとダメ?」
聞いてくる彼は、ベッドにもたれたまま、肘をついて私をじっと見る。ドキリとする。そんな顔しないでよ。妙な色気出すなよ、とまた心の中で突っ込む。そして赤面する。恥ずかしい。何かに期待してる少し浮ついた私がいたことにも。
「ダメでしょ!?っていうか、仙道君、今までどんな子と付き合ってきたの?ヤダヤダ、もう無理〜。絶対無理〜。早く帰りたい〜。もう仙道君、寝てよ、頼むから!深夜だからおかしなテンションになってるんだよ。」
彼に言っていることを、そっくりそのまま自分に言い聞かせたかった。早口で必死に否定した。
「明日さ、朝起きるじゃん?」
「へ?」
仙道君が、ポツリと言った。
「苗字サン、もう居ないよな。いや、もし朝、オレが起きてたとしても、苗字サン、きっと平気な顔して「お邪魔しました〜」って明るい顔して出て行くだろ?」
「うん、そりゃ、ね。」
「そして月曜から学校あるじゃん?」
「うん、あるよ。普通に行くよ。いつも通り授業受けて、いつも通り家に帰るよ。仙道君だって部活でしょ。」
「それを想像したら、面白くないな、って。」
「はい?」
「台風一過ってこういうことか。学校行っても多分、苗字サンは、これまで通りなんだろうなって。それ、つまんないなって。思った。ああ、この子、何食わぬ顔して学校でオレとすれ違うんだろうな。何だそれ、ムカつくなって。少しくらい気にしろよ。どうしようかな。ああ、もう、こうなったらチューしてやろうか、って。はい。思った。思いました。それがさっきです。」
「そ、そんな。小学生男子ですか、あなたは。」
呆れて頭がクラクラし、床に崩れ落ちながらも、正直な彼に心がニヤついてしまった。仙道君は困ったような顔をしていた。そして続けた。
「苗字サン、ホント台風みたいな人。」
***
「でさ。」
「えっ、まだ続くの?」
仙道君はベッドから降りて、布団に二人並んで座る形になっていた。隣にいる仙道君に振り向くと、私のその言葉にムッとしたのか、
「あのね、そんなこと言ってると、、、するよ?」
「、、、、何を?」
わざとらしくとぼけてみる。もうさ、仙道君、ホント小学生男子。ムキになっちゃって。口元をおさえて笑いをこらえようとしたけれど、更に笑いが込み上げきたので少し調子に乗ってしまった。
「ハイ、リップあげる。間接キスならいいよ。これで。どうぞ。」
ポーチからリップクリームを取り出して、渡してあげた。仙道君は黙ってリップクリームを受け取る。リップを見つめる様子を隣で見ていた。無言で塗り始める仙道君。これは、どうやらいじけている。
「あはは、塗るんだ!?仙道君、ホント可愛い。あはははは。」
リップクリームを返してきたので、受け取ろうと手を伸ばすと、リップと共に手を重ねて握られた。
「何で、そんなに、余裕の態度なの。ねぇ。」
「怒った?」
「ムカついてる。」
握った手に熱がこもる。繋がった手のひらから電気が走るようにビリビリと感情をも走らせる。
「私だってムカついているよ。」
「なんで?」
「仙道君、子供っぽいくせに、こうしてドキドキさせるから。」
仙道君は、下を向いて、はぁ。とため息をついて言う。
「、、、苗字サン、分かりにくい。」
と言うと、握ったままの手を少し持ち上げて指を絡ませてきた。そして仙道君が動いた。
「はい、ストップ。」
接近する彼を私はもう片方の手で制止する。
「今、キスしようとした、、、っ!」
「今のは、そういう流れだったでしょ。」
「そういうこと平気で言うのが、やだっ!やり慣れてる感じも、やだっ!」
「やり慣れ、、、って、や、最近そういうことしてないって。」
「最近?最近っていつ!?」
「え、、、っと。2ヶ月?いや、3ヶ月くらい前、かな?」
「そうやって、、、バカ正直に答えるところも、やだっ!」
仙道君はデリカシーがない。そのデリカシーのなさが女子に勘違いされて好かれるのかもしれない。深く考えずに素直に口に出しちゃうところなんかが、少年っぽくて可愛い、なんて?あるいはこのデリカシーのなさから逆に無関心で動じない感じが大人っぽく見えちゃうとか?このアンバランスさが同居するからなのか、仙道君との会話は楽しい。居心地も悪くない。でも。
「ねぇ、、、、手、そろそろ放して、、、よ。」
手は、ぎゅっ、と握られたままだった。掴まれたのは私の気持ちだったのかもしれない。うん。と仙道君は小さく、短かく答えた。私の胸は、きゅ、と軋んだ。仙道君が、ゆったりと私の手を持ち上げる。仙道君の手、大きいなあ。なんて、その動作があまりにも自然でぼうっと見惚れていると。仙道君と繋いだ手は引っ張られ、彼の頬と触れた。え?、と一呼吸置く間も無く、ひっくり返された私の手のひらに、仙道君はチュ、と口付けた。わざとらしく音を立てて。
「ま、いっか。はい、放した。」
両手をパッと挙げて、いたずらっぽく笑った。
「ぎゃーーーー!」
叫びながら、背もたれにしていたベッドに、勢いよく突っ伏した。心の中も声を上げると同時に同じく悲鳴を上げていた。血が沸騰して頭から煙も出ているような気がする。こんな時、女の子らしいリアクションが出来ない自分が悲しい。ずるい、ずるい、ずるい!仙道君はずるい!
「ははは。オレ、寝る。苗字サン、始発何時?起こしてよ。こっそり帰らないでね。」
「やだ。起こさない。一人で帰る。」
「やだ。駅まで送る。」
「もっとやだ。」
「なんでだよ。一緒に行こうよ。デートみたいでいいじゃん。」
「、、、、手、握ったりしないでよ?」
「、、、、それは分からない。」
色々と聞きたいことはある。何?どうして?何故?いつから?けれど口はパクパクするばかり。先程までゴウゴウと一定のリズムで唸りを上げていた外の台風の様子が全く聞こえてこない。代わりに私の元へ何かが上陸してしまった。勢力は増すばかり。どうやら朝までにこちらは去ってくれそうにない。
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