なまくらな蝶番(神)
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寒くなってきたから鍋でもしようかと、大学のゼミの同級生のうち、仲の良い数人がうちに集まった。
「名前の家って、実家っぽい雰囲気あるよね。和むっていうか。」
「それ、多分こたつがあるからでしょ。」
「こたつの上にみかんあるとか、ばあちゃんちかよ!ははは。」
寒いのが苦手な私は、一人暮らしの1Kマンションの、備え付けのエアコンだけでは心許なくて、今年の冬が本格的に始まる前に、冬支度という名目でこたつを買った。たまにこたつで寝てしまったりもするけれど、それはそれで、誰にも叱られることなどない私の一人暮らしの城では、至福の時間だったし、大学の友達が遊びに来ると、テレビを見ながらダラダラ会話したりして。そういう生活が、こたつのおかげで、大学生らしい無為な毎日を益々だらしなく、そして面白くしてくれた。が、いつも私をだらしなくふやかしてくれるこのこたつの下で、氷水を投げ付けられたような事態が今まさに起きている。
「名前、シメのうどん、どこ?買ってきてたよね?」
友達の一人が残り少なくなった鍋の中をお玉でかき混ぜながら聞いた。
「おー、うどん行こうぜー。神も食べるよな?」
もう一人の友達に、神と呼び掛けられた、私の隣でこたつに潜ってちょこんと座る彼はいつもの調子の穏やかな声で答えた。
「いいね。うどん、確か向こうの袋に入ってない?買い出しの時、そっちに入れたと思う。」
と左手でキッチンのそばにあるレジ袋を指差した。ちょこんと座っているといっても、背の高い神君は、座っていてもみんなより頭一つ分飛び抜けている。なのに今は丸くなって、猫みたいにこたつから離れようとしない。
「名前、菜箸借りるよー。うどん入れるねー。」
「あ、、、うん。ありがとー。ごめんねー。」
家主の私も、いつも以上に縮こまって、こたつから動けないでいる。理由がある。なぜなら、こたつの下では、神君の右手が私の手をしっかりと握っていたから。これが何を意味するのかさっぱり分からなくって、私は戸惑いをこたつの下だけに隠すことに精一杯だった。
神君とは、同じ学部で、ゼミが一緒で、仲が良い同学年の友達、という関係なはず。それ以上でもそれ以下でもない。だったよね?そうだよね?と隣に座る神君を覗き込んで本人にも尋ねたいのは山々なのだけれども、神君は平然とシメのうどんの話を友達としていた。もしかして、この手は神君ではないのだろうか?いや、位置的に神君以外に考えられないし、手の大きさも、いつもよく見ている神君の手だと思う。、、、手、繋いだ事なんてないけど。
「はい、うどん。」
「ありがと。」
友達がお皿に取り分けてくれる。そのお皿を受け取る時に、ようやく神君の手が私から離れた。しばらくうどんを食べて、テレビのお笑い番組を見ながら、みんなでワイワイ好き勝手に喋っていたので、この隙に私は自分の気持ち諸共、一時避難を試みた。
「私、ちょっとトイレ。」
私は席を立ち、トイレの個室に鍵を掛けてから、壁に背中をぴったりとくっつけて寄りかかる。必死に抑えてきた動悸、息切れ、眩暈をトイレの中で解放させて、大きく息を吐いた。左手を顔面に近づけて眺め、開いたり、握ったりと一人じゃんけんのようにグーとパーに動かす。これが自分の手なのか、感覚を確かめるように手の甲と掌を交互に見る。そんなことをしたって、私の手であることに間違いはないのだけれど、神君の手が重なっていた感覚はまだ残っていて、左手だけが痺れるような熱を持っていた。念の為、おでこに手を当ててみるも、具合が悪いわけではない。そんなことは分かっている。だけれども、神君のことは分からない、分からない。身の置き所がなく、ぐらつくこの気持ちを全部神君のせいにして、水洗のレバーを引いた。神君に面と向かって言えないけれど、どうしても口に出さないと気持ちが収まりそうになくて、私は便器に向かって呟いた。
「、、、どう、いうつもり?」
声は水音と共にかき消され、渦を巻いて流れていく。そのさまを見つめながら、何食わぬ顔をしていた神君を思い出して、私のこの動揺も全部流れていってしまえ、と唱えた。
トイレから戻ってくると、みんなはやっぱりこたつで寛いでいて、明日のサークルやバイトの話をしていた。元の位置でこたつ布団をめくって潜り込む私に、神君がふざけて聞いてくる。
「名前、手、洗った?」
「トイレの後はちゃんと洗うに決まってんじゃん!何言ってんの神君!失礼なこと言わないでよっ!」
いつものように、そう、本当にいつものように軽妙さを伴って接してくるのだ神君は。私と冗談を交わし合って、周りのみんなも笑った。
「ははっ、一応確認しとかないと。」
周囲の笑い声に紛れて、神君の発した言葉はこの次の行動を予告したようなものだった。そして私と神君だけが、この意味を分かっている。みんなに隠れたこたつの下で、そっと近付いてきた神君の左手に、またしても私は捕らえられてしまう。私が身じろぎ一つ出来ず、この手を払い退けられないのは、神君の気持ちがもし私と同じであるのなら、なんて期待が閃いて、瞬いて、激しく私を揺さぶるからだ。だから教えて欲しい。神君、私のこと、どう思ってこの手を重ねるの?
***
「じゃーね、名前、おじゃましましたー。」
「美味しかった〜。また来るねー。」
明日はそれぞれバイトや一限の講義があるというので、少し早めのお開きとなった。玄関へ向かうみんなを私は一番後ろから見送る。前を行く神君の後頭部を何気なく見ていると、神君が振り返った。
「ん?」
と言って、神君がわざとらしく私のリアクションを誘ってきたから、こちらも対決するような意気込みで、わざとどうでも良い話題を持ち出して、逸らした。
「、、、神君、パーカー似合うね。」
「あ、ほんと?」
そうして、神君はダウンジャケットから覗かせたパーカーのフードを被って、私の視線を遮った。何食わぬ顔の神君に、なんだか困惑して、それからだんだんと腹が立ってきた。お腹は、さっきのシメのうどんが余計だったかなと思うほどに満腹なんだけど。
「じゃあね、おやすみ。気をつけてね。」
友達と玄関先でさよならを言って(それを言う相手の中には勿論神君も含まれていて)、私はドアを閉めた。そして、閉めたドアの直ぐそばに、へなへなとしゃがみ込む。頭を抱えて、これまでの感情を反芻する。どうすれば良かったのだろう?私が神君を好きなこと、バレてたのかな。からかわれていたのかな。どうしてこんなことをするの、って素直に聞けたら何か変わったのかな。次に会った時も、今日みたいにお互いにズレた呼吸で会話するんだろうか。密かに想っているだけでも良いと思っていた。だけれどもこんなにも噛み合わないということが、今は歯痒い。そう思うと胃の辺りがきゅっと搾り取られたように気持ち悪くなった。頭を抱えたまま、胃の痛みと心の痛みが落ち着くのを待ってしばらく。玄関のチャイムが鳴った。予定のない来訪者にビクつく私は、気配を消すようにのっそりと立ち上がって、ドアに近付く。そして覗き穴から見える人影に二度ビクついた。そこにはポケットに手を入れて、寒そうに白い息を吐く神君が立っていた。
***
ドアノブに手をかけながらも、未だ立ちすくんでいた私に向かって、二度目のチャイムが鳴った。考えはまとまらない。でもこのチャイムを逃すときっと後悔すると思った。えい、と心の中で勢いづかせたが、実際の動作は恐る恐る、そうっと、ドアノブに手をかけた。ドアは開いて、数センチの隙間を作る。神君がその隙間から、斜めに体を傾けて私を覗き込んで言う。
「怒ってる?」
「怒ってるっていうか、、、、えっと、うん、怒ってる。」
色んな感情が渦巻いていたけれど、それを的確に伝えることが出来そうになくて、手っ取り早く、神君の言葉に乗せた。
「ねえ、部屋、入れてよ。」
神君は私との間に線引くドアチェーンを指して、臆面も無く話し掛ける。私は怒っている、と伝えた手前、渋々という感じを出してドアチェーンに手を掛ける。嘘、ものすごくドキドキしてる。緊張して、ドアチェーンのカチャカチャと引っ掛ける音がいつもより大袈裟なくらい手元は頼りない。
「他のみんなは?」
「帰ったよ。オレだけ帰るフリして戻ってきた。」
やっぱり神君を前にすると、これ以上聞けなくて俯く。黙ったままの私を見て、神君が続けた。
「何で?って聞いてくれる?」
そう言われてようやく口にする。
「何、、、で?」
「忘れ物しちゃって。」
「、、、忘れ物?、、、ひゃあっ!」
先程まで外気に触れて、冷たくなっている神君両手が私の顔を包んだ。
「神君っ、手ぇ、冷たっ、、、!」
「オレも聞いていい?今日さ、どうして黙ってオレと手を繋いでたの?避けようと思えば上手いこと避けられたでしょ?」
神君が私の顔を包む手に更に力を入れた。挟み込まれた私の頬と唇は神君の両手にプレスされ、中央に寄せられたから、絞り出すようなぺしゃんこの声で返した。
「私が、聞きたいよ、、、、。」
「いや、聞いてんの、オレなんだけどな。ははっ。ブサイク。」
「ひどい。」
「ごめん、ごめん。」
くすくすと笑う神君は、今日一日ずっと冗談を言ったり、困らせたりしながら、私に関わってくるから、ますます訳が分からなくなってしまった。
「そうやって、いつも、私のことからかうんだね、神君は。」
「からかいたくなるんだよ。名前といると。」
私の顔から神君の両手は離れ、神君は目尻にシワを作って少しだけ微笑んだ。
「オレ、さっき言ったよね?忘れ物しちゃったって。」
いつも面白可笑しくからかってくるくせに、神君の笑顔はいつも遠慮がちだ。私はそんな神君の目尻のシワも、控えめ目に笑う口元も大好きであることを今更に自覚して、動悸が高まる。心臓の収縮は喉まで伝わり、すぼんで声にならなかった。神君は、そんな私を薄く見つめて、
「好きですって言いに来た。」
と告げて、やっぱり控え目に笑った。
「名前の家って、実家っぽい雰囲気あるよね。和むっていうか。」
「それ、多分こたつがあるからでしょ。」
「こたつの上にみかんあるとか、ばあちゃんちかよ!ははは。」
寒いのが苦手な私は、一人暮らしの1Kマンションの、備え付けのエアコンだけでは心許なくて、今年の冬が本格的に始まる前に、冬支度という名目でこたつを買った。たまにこたつで寝てしまったりもするけれど、それはそれで、誰にも叱られることなどない私の一人暮らしの城では、至福の時間だったし、大学の友達が遊びに来ると、テレビを見ながらダラダラ会話したりして。そういう生活が、こたつのおかげで、大学生らしい無為な毎日を益々だらしなく、そして面白くしてくれた。が、いつも私をだらしなくふやかしてくれるこのこたつの下で、氷水を投げ付けられたような事態が今まさに起きている。
「名前、シメのうどん、どこ?買ってきてたよね?」
友達の一人が残り少なくなった鍋の中をお玉でかき混ぜながら聞いた。
「おー、うどん行こうぜー。神も食べるよな?」
もう一人の友達に、神と呼び掛けられた、私の隣でこたつに潜ってちょこんと座る彼はいつもの調子の穏やかな声で答えた。
「いいね。うどん、確か向こうの袋に入ってない?買い出しの時、そっちに入れたと思う。」
と左手でキッチンのそばにあるレジ袋を指差した。ちょこんと座っているといっても、背の高い神君は、座っていてもみんなより頭一つ分飛び抜けている。なのに今は丸くなって、猫みたいにこたつから離れようとしない。
「名前、菜箸借りるよー。うどん入れるねー。」
「あ、、、うん。ありがとー。ごめんねー。」
家主の私も、いつも以上に縮こまって、こたつから動けないでいる。理由がある。なぜなら、こたつの下では、神君の右手が私の手をしっかりと握っていたから。これが何を意味するのかさっぱり分からなくって、私は戸惑いをこたつの下だけに隠すことに精一杯だった。
神君とは、同じ学部で、ゼミが一緒で、仲が良い同学年の友達、という関係なはず。それ以上でもそれ以下でもない。だったよね?そうだよね?と隣に座る神君を覗き込んで本人にも尋ねたいのは山々なのだけれども、神君は平然とシメのうどんの話を友達としていた。もしかして、この手は神君ではないのだろうか?いや、位置的に神君以外に考えられないし、手の大きさも、いつもよく見ている神君の手だと思う。、、、手、繋いだ事なんてないけど。
「はい、うどん。」
「ありがと。」
友達がお皿に取り分けてくれる。そのお皿を受け取る時に、ようやく神君の手が私から離れた。しばらくうどんを食べて、テレビのお笑い番組を見ながら、みんなでワイワイ好き勝手に喋っていたので、この隙に私は自分の気持ち諸共、一時避難を試みた。
「私、ちょっとトイレ。」
私は席を立ち、トイレの個室に鍵を掛けてから、壁に背中をぴったりとくっつけて寄りかかる。必死に抑えてきた動悸、息切れ、眩暈をトイレの中で解放させて、大きく息を吐いた。左手を顔面に近づけて眺め、開いたり、握ったりと一人じゃんけんのようにグーとパーに動かす。これが自分の手なのか、感覚を確かめるように手の甲と掌を交互に見る。そんなことをしたって、私の手であることに間違いはないのだけれど、神君の手が重なっていた感覚はまだ残っていて、左手だけが痺れるような熱を持っていた。念の為、おでこに手を当ててみるも、具合が悪いわけではない。そんなことは分かっている。だけれども、神君のことは分からない、分からない。身の置き所がなく、ぐらつくこの気持ちを全部神君のせいにして、水洗のレバーを引いた。神君に面と向かって言えないけれど、どうしても口に出さないと気持ちが収まりそうになくて、私は便器に向かって呟いた。
「、、、どう、いうつもり?」
声は水音と共にかき消され、渦を巻いて流れていく。そのさまを見つめながら、何食わぬ顔をしていた神君を思い出して、私のこの動揺も全部流れていってしまえ、と唱えた。
トイレから戻ってくると、みんなはやっぱりこたつで寛いでいて、明日のサークルやバイトの話をしていた。元の位置でこたつ布団をめくって潜り込む私に、神君がふざけて聞いてくる。
「名前、手、洗った?」
「トイレの後はちゃんと洗うに決まってんじゃん!何言ってんの神君!失礼なこと言わないでよっ!」
いつものように、そう、本当にいつものように軽妙さを伴って接してくるのだ神君は。私と冗談を交わし合って、周りのみんなも笑った。
「ははっ、一応確認しとかないと。」
周囲の笑い声に紛れて、神君の発した言葉はこの次の行動を予告したようなものだった。そして私と神君だけが、この意味を分かっている。みんなに隠れたこたつの下で、そっと近付いてきた神君の左手に、またしても私は捕らえられてしまう。私が身じろぎ一つ出来ず、この手を払い退けられないのは、神君の気持ちがもし私と同じであるのなら、なんて期待が閃いて、瞬いて、激しく私を揺さぶるからだ。だから教えて欲しい。神君、私のこと、どう思ってこの手を重ねるの?
***
「じゃーね、名前、おじゃましましたー。」
「美味しかった〜。また来るねー。」
明日はそれぞれバイトや一限の講義があるというので、少し早めのお開きとなった。玄関へ向かうみんなを私は一番後ろから見送る。前を行く神君の後頭部を何気なく見ていると、神君が振り返った。
「ん?」
と言って、神君がわざとらしく私のリアクションを誘ってきたから、こちらも対決するような意気込みで、わざとどうでも良い話題を持ち出して、逸らした。
「、、、神君、パーカー似合うね。」
「あ、ほんと?」
そうして、神君はダウンジャケットから覗かせたパーカーのフードを被って、私の視線を遮った。何食わぬ顔の神君に、なんだか困惑して、それからだんだんと腹が立ってきた。お腹は、さっきのシメのうどんが余計だったかなと思うほどに満腹なんだけど。
「じゃあね、おやすみ。気をつけてね。」
友達と玄関先でさよならを言って(それを言う相手の中には勿論神君も含まれていて)、私はドアを閉めた。そして、閉めたドアの直ぐそばに、へなへなとしゃがみ込む。頭を抱えて、これまでの感情を反芻する。どうすれば良かったのだろう?私が神君を好きなこと、バレてたのかな。からかわれていたのかな。どうしてこんなことをするの、って素直に聞けたら何か変わったのかな。次に会った時も、今日みたいにお互いにズレた呼吸で会話するんだろうか。密かに想っているだけでも良いと思っていた。だけれどもこんなにも噛み合わないということが、今は歯痒い。そう思うと胃の辺りがきゅっと搾り取られたように気持ち悪くなった。頭を抱えたまま、胃の痛みと心の痛みが落ち着くのを待ってしばらく。玄関のチャイムが鳴った。予定のない来訪者にビクつく私は、気配を消すようにのっそりと立ち上がって、ドアに近付く。そして覗き穴から見える人影に二度ビクついた。そこにはポケットに手を入れて、寒そうに白い息を吐く神君が立っていた。
***
ドアノブに手をかけながらも、未だ立ちすくんでいた私に向かって、二度目のチャイムが鳴った。考えはまとまらない。でもこのチャイムを逃すときっと後悔すると思った。えい、と心の中で勢いづかせたが、実際の動作は恐る恐る、そうっと、ドアノブに手をかけた。ドアは開いて、数センチの隙間を作る。神君がその隙間から、斜めに体を傾けて私を覗き込んで言う。
「怒ってる?」
「怒ってるっていうか、、、、えっと、うん、怒ってる。」
色んな感情が渦巻いていたけれど、それを的確に伝えることが出来そうになくて、手っ取り早く、神君の言葉に乗せた。
「ねえ、部屋、入れてよ。」
神君は私との間に線引くドアチェーンを指して、臆面も無く話し掛ける。私は怒っている、と伝えた手前、渋々という感じを出してドアチェーンに手を掛ける。嘘、ものすごくドキドキしてる。緊張して、ドアチェーンのカチャカチャと引っ掛ける音がいつもより大袈裟なくらい手元は頼りない。
「他のみんなは?」
「帰ったよ。オレだけ帰るフリして戻ってきた。」
やっぱり神君を前にすると、これ以上聞けなくて俯く。黙ったままの私を見て、神君が続けた。
「何で?って聞いてくれる?」
そう言われてようやく口にする。
「何、、、で?」
「忘れ物しちゃって。」
「、、、忘れ物?、、、ひゃあっ!」
先程まで外気に触れて、冷たくなっている神君両手が私の顔を包んだ。
「神君っ、手ぇ、冷たっ、、、!」
「オレも聞いていい?今日さ、どうして黙ってオレと手を繋いでたの?避けようと思えば上手いこと避けられたでしょ?」
神君が私の顔を包む手に更に力を入れた。挟み込まれた私の頬と唇は神君の両手にプレスされ、中央に寄せられたから、絞り出すようなぺしゃんこの声で返した。
「私が、聞きたいよ、、、、。」
「いや、聞いてんの、オレなんだけどな。ははっ。ブサイク。」
「ひどい。」
「ごめん、ごめん。」
くすくすと笑う神君は、今日一日ずっと冗談を言ったり、困らせたりしながら、私に関わってくるから、ますます訳が分からなくなってしまった。
「そうやって、いつも、私のことからかうんだね、神君は。」
「からかいたくなるんだよ。名前といると。」
私の顔から神君の両手は離れ、神君は目尻にシワを作って少しだけ微笑んだ。
「オレ、さっき言ったよね?忘れ物しちゃったって。」
いつも面白可笑しくからかってくるくせに、神君の笑顔はいつも遠慮がちだ。私はそんな神君の目尻のシワも、控えめ目に笑う口元も大好きであることを今更に自覚して、動悸が高まる。心臓の収縮は喉まで伝わり、すぼんで声にならなかった。神君は、そんな私を薄く見つめて、
「好きですって言いに来た。」
と告げて、やっぱり控え目に笑った。
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