そうだと言って振り向いて(仙道)
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六月の雨の晴れ間。この時期特有のべたつく陽射しは、夏の到来を何度も勘違いさせる。教室で友達と喋っている際に、無意識に下敷きをうちわ代わりに扇ぎ始めると、「あれ?もう梅雨が終わった?」なんて季節の移り変わりを意識したりもする。そして、隣の席に座る彼の口数がいつもより少ないことにも気付いたりする。
***
「今日は蒸し暑いねー、仙道。どうしたの?眠たいの?」
昼休み。机に突っ伏して、じっとしている仙道に、下敷きで風を送ってみる。彼のツンツン頭は下敷きの緩い風になびくことはなく、彼本人からも返事はなかった。ビヨン、ビヨンと、下敷きのしなる音を一層強くして、気を引く。
いつもなら、こちらに顔を向けて、あくびで返してくる彼なのに。さらに言うと、昼休みに教室に仙道がいるのは珍しい。バスケ部の人達に連れて行かれて、体育館で練習しているから。反応のない仙道に気を留めることなく、廊下の窓を見た。窓は全開であるにもかかわらず無風。蒸している教室の空気がやたら重たく感じた。
「苗字、仙道どこ?」
廊下側の隅っこの席に座る私に話しかけてきたのは、違うクラスのフクちゃんだった。廊下の窓に体を預けて、ぬっと顔だけ突き出してきた。ああ、彼もバスケ部だったよね。
「フクちゃーん。久しぶりだね。そこにいるよ、仙道。ホラ、でも寝てるみたいだよ。反応してくれないもん。」
私は手に持つ下敷きで仙道を指した。フクちゃんは、私の奥で机に沈む仙道を確認する。
「ふて寝?」
「何で?」
フクちゃんは、仙道を指差しながら私に教えてくれた。
「昨日、試合で負けたんだ。だから。」
「えー、バスケ部って県の決勝まで行ったって、、。あっ、全国行けなかったの?」
口元に大きな手を当てて聞く無神経な私に、フクちゃんは傷付いたらしく、がっくりと顔を下に落とした。
「あ、ご、ごめん。フクちゃんも試合出たんだよね。ついビックリして大きな声で出しちゃった。それで?この私の隣のデッカイ人、不貞腐れてるの?」
「、、、不貞腐れてないし。」
振り向くと、反論したいとばかりに素早く体を起こして、こちらを見る仙道がいた。私の声、最初から聞こえてたのに無視してたな。
「じゃあ、落ち込んでたのかぁ。仙道も人並みに。」
「人並みって、あのね、苗字、、、、。」
いつもなら、仙道との会話は慣れたキャッチボールみたいにトントン進んで、笑ってキレイに終われるのに。いつもなら私の軽い冗談を困ったように受け付けて、程のいい冗談をくっつけて返してくるのに。仙道はこれ以上、私に何も言わず、薄く溜息を漏らす。
「で、福田、どうした?何か用?」
仙道は、視線を私からフクちゃんに移し、用事を尋ねた。
「伝言。今日の部活、始めからカントク来るから、遅刻するなって。三年の引退挨拶あるからって。」
「おー、分かった。珍しいね、福田がオレに言いに来るなんてさ。越野は?」
「越野も沈んでたから。」
「ああ、そっか、、、。」
なんだか、バスケ部は今日はお通夜みたいになってるね、なんておどけて二人の間に割って入ろうとしたけれど、フクちゃんの目が潤んでいることに気付き、慌てて口をつぐんだ。はっ、そうだ!フクちゃんって、繊細男子だったんだった!私は咄嗟にふざけモードから、励ましモードに切り替えた。
「フ、フクちゃん、、、、!大丈夫だよ!元気出しなって!よく分かんないけど、ね?あ、ティッシュあるよ!つ、使う、、、?」
私は椅子から立ち上がる。廊下と教室を挟む窓の桟に寄りかかる、フクちゃんの頭をポンポンっと撫でた。私、バスケとか、よく分かんないけどさ、なんて、何度も繰り返しながら。我ながら励ますのが下手くそだな、なんて思ってはみるが、気を落とすフクちゃんへかける言葉は見つからない。フクちゃんは踵を返して自分のクラスに帰っていった。私があげたティッシュで目頭をそっと押さえながらも。それを見届けて、ふぅーっと息を漏らして席に座る私に、こちらに体を向けた仙道が話しかける。
「福田と仲良いんだね。」
「え、フクちゃん?うん、一年の時、同じクラスでさ。繊細じゃん、彼。すぐ傷付いて、隣で落ち込んでるんだもん。で、いつも励ます側だったんだよ。私、励ますの下手なのに。」
「うん、まあ、そんな感じするね。」
「え?私が励まし下手ってこと?それともフクちゃんが繊細ってこと?」
「苗字が励ますのが下手クソってこと。」
「おーい、仙道っ!」
仙道は、片目だけを細めて困るように少し笑った。その笑みがいつもの仙道の柔らかい表情とはかけ離れていたから、私は続けて言った。
「仙道もさ、元気出しなよ。ジュース奢ってあげるよ。今日は昼休み、体育館行かないんでしょ?自販機行こっか。」
「ははは、そりゃどうも。」
フクちゃんをいじらしく思う気持ちそのままに、私は仙道を励ましてあげたくなった。えーと、下手なりに。
***
「どうだったの?昨日の試合。」
「負けた。」
それはさっき、フクちゃんから聞いたし、と言い返しそうになって、隣を歩く仙道を見上げた。学食の建物に自販機コーナーがある。私達は教室を出て、そこを目指した。悲しいでもなく、悔しいでもなく、ただ遠くを見て口をつぐむ仙道に、私もこれ以上話し掛けることを逡巡し、黙る。
しかし歩きながらも私は思う。身勝手な気持ちが一歩を踏み出す度にムクムクと起き上がってくる。そりゃ、試合内容を聞いたって、私は分からないだろうけどさ、世間話程度に教えてくれてもいいじゃないか、と。いつも飄々としていて、負の感情を強く出さない仙道を前にすると、ついつい私は会話の量を増やして、彼の内面を引き出そうとしたくなるのだ。だけれども私の隣を歩く彼は、
「んー、太陽ギラギラじゃん。こういう時、バスケが室内競技で良かったーって思うよね。日焼けしたくないもんな。」
なんて、ばかばかしくふざけたことを言って私をかわす。自身の気持ちすらくらまそうとする。昨日の話を口にしないのは、過程よりも結果でモノを考える人なのだろうか。私は、彼の中に負けず嫌いの性質を垣間見た気がして、仙道へ感じた一方的な厭わしさを翻し、やはりこのまま黙って歩いた。
***
「はい、どれにする?」
自販機に小銭を入れて、ランプが点灯したのを合図に仙道を自販機の前に促した。
「苗字が選んで押してよ。今のオレの気分に合うやつで。」
「仙道の気分なんか分かんないよ。」
そう言って、私はさっさと炭酸飲料の缶ジュースを購入し、仙道に渡す。少しくらい迷ってよ、とつまらなそうに呟く彼を無視して。
「これ、私好きなの。炭酸って、スッキリするじゃん。っていうか、奢りだかんね?仙道くん?」
仙道には構っていられないというように、私はわざと仙道の手に持つ缶ジュースを指差して、奢りであることを殊更に強調した。仙道はプルタブを起こしながら、そうだった、と笑う。プシュと炭酸の抜ける音が、仙道の苦笑と重なる。仙道は自販機向かいの校舎の壁を背もたれにして、座り込む。
「苗字も。はい。」
仙道は私が渡した炭酸を一口飲んだ後、そして目の前に立っている私を見上げて、缶を差し戻してきた。何?と疑問顔の私と会話する。
「好きなんでしょ?ほら、飲んでみて。美味しいよ。炭酸強めで。」
「私が奢ったんでしょ?何で仙道から貰うパターンになってんのよ。」
仙道は、そうだった、とまた苦笑した。私も笑って、仙道から受け取った炭酸を勢いよく飲み下す。シュワシュワの炭酸泡の液体は、涼しい流れのままに喉を降りていく。それを黙って眺める仙道の視線と、喉の奥に貼りついた炭酸の刺激に責められる。ふとした思いが、炭酸のはじける勢いを真似て、口から飛び出た。
「仙道ってさ、のんびりしてるから。浮上するのも時間かかりそうだねえ。」
それでもって、負けず嫌いだよね?色んなことを隠して、なんか損してるんじゃないの?なんて余計なことを言いそうになり、もう一口を思い切り飲み込んだら、また喉の奥がヒリついた。私が飲み込んだ言葉の分だけ減った缶ジュースを受け取る仙道は、相変わらず困ったような笑い方で答えた。
「そうそう。だからオレも慰めてよ。頭撫でるとかさ、やってよ。福田にやってたじゃん。」
「やだよ。仙道の頭、ツンツンしてるもん。」
「えぇー、、、?」
そして座り込んだまま、仙道は急に黙りこくって、ジュースをチビチビと飲む。仙道は、ゆっくりと思考の翼を広げているようで、あらぬ方向を見つめてじっと動かない。私もふざけることはままならず、しばらくの沈黙に私の視線は宙を泳いだ。その視線の先と、仙道が見つめる先が、線で結び付いた時、仙道はようやく私の存在を思い出したように、私に話しかける。
「落ち込んでいるよ、違う意味で。」
「え?」
「福田と仲良いからさ。オレが一番仲良いと思ってたもん。苗字と。」
私は目を見開いて、仙道を見た。
「は?昨日の試合は?」
「え、あぁ、うん。そっちは負けたことは変わらないしさ、今日から気持ち切り替えて練習する。あ、そりゃ多少は凹んでるよ?そっちも。」
そっち、も?私は困惑する。こちらが思う場所とは違うところに立っている仙道に、突然梯子を外されたみたいに馬鹿らしくなって、私は投げやりに仙道に励ましの言葉を送る。
「あ、そう。仙道、元気出してね。」
「え、どっちにだろ?苗字は、ホント励ますの下手くそだなあ。」
「あははっ!うるさいよ。あ、もう教室戻ろうか。」
「そうだな。じゃ、はい。」
時計を見て話す私に、仙道は座り込んだまま、腕だけを伸ばす。そして両手を広げて構えた。
「え?何よ?」
「引っ張って。オレ、凹んで立ち上がる元気ないや。」
「、、、もう!しょうがないな。」
私は仙道の差し出した両手を掴んだ。けれども仙道を引っ張り上げようにも、私の力ではびくともしなくて、なんでこの人はこんなことを言い出すのかと、可笑しくなる。
「重たっ!仙道、自分で立ち上がりなよ!」
「はは、待って、待って。よっ、と。」
私の引き上げる力に関係なく、自ら立ち上がった仙道は、私なんかよりずっと大きいから、繋いだ私の手の方が仙道に引っ張り上げられ、高く持ち上げられた。
「力強いな、苗字は。」
「嘘ばっかり。」
「いやいや、そんなことない。」
仙道はのんびりと微笑みながら、ゆっくりと私を見つめる。両手は仙道に掴まれたまま。べたついた陽射しは、昼間の気温上昇に合わせて私を勘違いさせる。今になってようやく繋いだ手が汗ばんできたことに気付く。
自販機の前で、向き合って、両手を繋いだ仙道と私の前を、昼休みを終え、教室に戻る生徒達が通り過ぎる。意図せず仙道と見つめ合ったのは時間にして数秒だったと思う。誰に見られたわけでもない。なのに、恥ずかしくて、いたたまれない気持ちになったのはなぜだろう。
耳鳴りがする。シュワシュワと炭酸の発泡する音が。体中がこそばゆいのはこの泡のせいかもしれない。そしてこの泡が私の心の内から弾けていることを今はまだ見て見ぬフリをしよう。私は校舎の方へ振り向く素振りで、仙道の両手から離れた。
「五限、始まるよ!早く!」
飲み干した空き缶をゴミ箱に投げ入れ、仙道はズボンをはたきながら、私の背後で呟いた。
「苗字への道はなかなかに遠い、、、。」
「何か言ったあ?仙道。」
「いや何も。はー、今日からまた頑張ろ。」
***
「今日は蒸し暑いねー、仙道。どうしたの?眠たいの?」
昼休み。机に突っ伏して、じっとしている仙道に、下敷きで風を送ってみる。彼のツンツン頭は下敷きの緩い風になびくことはなく、彼本人からも返事はなかった。ビヨン、ビヨンと、下敷きのしなる音を一層強くして、気を引く。
いつもなら、こちらに顔を向けて、あくびで返してくる彼なのに。さらに言うと、昼休みに教室に仙道がいるのは珍しい。バスケ部の人達に連れて行かれて、体育館で練習しているから。反応のない仙道に気を留めることなく、廊下の窓を見た。窓は全開であるにもかかわらず無風。蒸している教室の空気がやたら重たく感じた。
「苗字、仙道どこ?」
廊下側の隅っこの席に座る私に話しかけてきたのは、違うクラスのフクちゃんだった。廊下の窓に体を預けて、ぬっと顔だけ突き出してきた。ああ、彼もバスケ部だったよね。
「フクちゃーん。久しぶりだね。そこにいるよ、仙道。ホラ、でも寝てるみたいだよ。反応してくれないもん。」
私は手に持つ下敷きで仙道を指した。フクちゃんは、私の奥で机に沈む仙道を確認する。
「ふて寝?」
「何で?」
フクちゃんは、仙道を指差しながら私に教えてくれた。
「昨日、試合で負けたんだ。だから。」
「えー、バスケ部って県の決勝まで行ったって、、。あっ、全国行けなかったの?」
口元に大きな手を当てて聞く無神経な私に、フクちゃんは傷付いたらしく、がっくりと顔を下に落とした。
「あ、ご、ごめん。フクちゃんも試合出たんだよね。ついビックリして大きな声で出しちゃった。それで?この私の隣のデッカイ人、不貞腐れてるの?」
「、、、不貞腐れてないし。」
振り向くと、反論したいとばかりに素早く体を起こして、こちらを見る仙道がいた。私の声、最初から聞こえてたのに無視してたな。
「じゃあ、落ち込んでたのかぁ。仙道も人並みに。」
「人並みって、あのね、苗字、、、、。」
いつもなら、仙道との会話は慣れたキャッチボールみたいにトントン進んで、笑ってキレイに終われるのに。いつもなら私の軽い冗談を困ったように受け付けて、程のいい冗談をくっつけて返してくるのに。仙道はこれ以上、私に何も言わず、薄く溜息を漏らす。
「で、福田、どうした?何か用?」
仙道は、視線を私からフクちゃんに移し、用事を尋ねた。
「伝言。今日の部活、始めからカントク来るから、遅刻するなって。三年の引退挨拶あるからって。」
「おー、分かった。珍しいね、福田がオレに言いに来るなんてさ。越野は?」
「越野も沈んでたから。」
「ああ、そっか、、、。」
なんだか、バスケ部は今日はお通夜みたいになってるね、なんておどけて二人の間に割って入ろうとしたけれど、フクちゃんの目が潤んでいることに気付き、慌てて口をつぐんだ。はっ、そうだ!フクちゃんって、繊細男子だったんだった!私は咄嗟にふざけモードから、励ましモードに切り替えた。
「フ、フクちゃん、、、、!大丈夫だよ!元気出しなって!よく分かんないけど、ね?あ、ティッシュあるよ!つ、使う、、、?」
私は椅子から立ち上がる。廊下と教室を挟む窓の桟に寄りかかる、フクちゃんの頭をポンポンっと撫でた。私、バスケとか、よく分かんないけどさ、なんて、何度も繰り返しながら。我ながら励ますのが下手くそだな、なんて思ってはみるが、気を落とすフクちゃんへかける言葉は見つからない。フクちゃんは踵を返して自分のクラスに帰っていった。私があげたティッシュで目頭をそっと押さえながらも。それを見届けて、ふぅーっと息を漏らして席に座る私に、こちらに体を向けた仙道が話しかける。
「福田と仲良いんだね。」
「え、フクちゃん?うん、一年の時、同じクラスでさ。繊細じゃん、彼。すぐ傷付いて、隣で落ち込んでるんだもん。で、いつも励ます側だったんだよ。私、励ますの下手なのに。」
「うん、まあ、そんな感じするね。」
「え?私が励まし下手ってこと?それともフクちゃんが繊細ってこと?」
「苗字が励ますのが下手クソってこと。」
「おーい、仙道っ!」
仙道は、片目だけを細めて困るように少し笑った。その笑みがいつもの仙道の柔らかい表情とはかけ離れていたから、私は続けて言った。
「仙道もさ、元気出しなよ。ジュース奢ってあげるよ。今日は昼休み、体育館行かないんでしょ?自販機行こっか。」
「ははは、そりゃどうも。」
フクちゃんをいじらしく思う気持ちそのままに、私は仙道を励ましてあげたくなった。えーと、下手なりに。
***
「どうだったの?昨日の試合。」
「負けた。」
それはさっき、フクちゃんから聞いたし、と言い返しそうになって、隣を歩く仙道を見上げた。学食の建物に自販機コーナーがある。私達は教室を出て、そこを目指した。悲しいでもなく、悔しいでもなく、ただ遠くを見て口をつぐむ仙道に、私もこれ以上話し掛けることを逡巡し、黙る。
しかし歩きながらも私は思う。身勝手な気持ちが一歩を踏み出す度にムクムクと起き上がってくる。そりゃ、試合内容を聞いたって、私は分からないだろうけどさ、世間話程度に教えてくれてもいいじゃないか、と。いつも飄々としていて、負の感情を強く出さない仙道を前にすると、ついつい私は会話の量を増やして、彼の内面を引き出そうとしたくなるのだ。だけれども私の隣を歩く彼は、
「んー、太陽ギラギラじゃん。こういう時、バスケが室内競技で良かったーって思うよね。日焼けしたくないもんな。」
なんて、ばかばかしくふざけたことを言って私をかわす。自身の気持ちすらくらまそうとする。昨日の話を口にしないのは、過程よりも結果でモノを考える人なのだろうか。私は、彼の中に負けず嫌いの性質を垣間見た気がして、仙道へ感じた一方的な厭わしさを翻し、やはりこのまま黙って歩いた。
***
「はい、どれにする?」
自販機に小銭を入れて、ランプが点灯したのを合図に仙道を自販機の前に促した。
「苗字が選んで押してよ。今のオレの気分に合うやつで。」
「仙道の気分なんか分かんないよ。」
そう言って、私はさっさと炭酸飲料の缶ジュースを購入し、仙道に渡す。少しくらい迷ってよ、とつまらなそうに呟く彼を無視して。
「これ、私好きなの。炭酸って、スッキリするじゃん。っていうか、奢りだかんね?仙道くん?」
仙道には構っていられないというように、私はわざと仙道の手に持つ缶ジュースを指差して、奢りであることを殊更に強調した。仙道はプルタブを起こしながら、そうだった、と笑う。プシュと炭酸の抜ける音が、仙道の苦笑と重なる。仙道は自販機向かいの校舎の壁を背もたれにして、座り込む。
「苗字も。はい。」
仙道は私が渡した炭酸を一口飲んだ後、そして目の前に立っている私を見上げて、缶を差し戻してきた。何?と疑問顔の私と会話する。
「好きなんでしょ?ほら、飲んでみて。美味しいよ。炭酸強めで。」
「私が奢ったんでしょ?何で仙道から貰うパターンになってんのよ。」
仙道は、そうだった、とまた苦笑した。私も笑って、仙道から受け取った炭酸を勢いよく飲み下す。シュワシュワの炭酸泡の液体は、涼しい流れのままに喉を降りていく。それを黙って眺める仙道の視線と、喉の奥に貼りついた炭酸の刺激に責められる。ふとした思いが、炭酸のはじける勢いを真似て、口から飛び出た。
「仙道ってさ、のんびりしてるから。浮上するのも時間かかりそうだねえ。」
それでもって、負けず嫌いだよね?色んなことを隠して、なんか損してるんじゃないの?なんて余計なことを言いそうになり、もう一口を思い切り飲み込んだら、また喉の奥がヒリついた。私が飲み込んだ言葉の分だけ減った缶ジュースを受け取る仙道は、相変わらず困ったような笑い方で答えた。
「そうそう。だからオレも慰めてよ。頭撫でるとかさ、やってよ。福田にやってたじゃん。」
「やだよ。仙道の頭、ツンツンしてるもん。」
「えぇー、、、?」
そして座り込んだまま、仙道は急に黙りこくって、ジュースをチビチビと飲む。仙道は、ゆっくりと思考の翼を広げているようで、あらぬ方向を見つめてじっと動かない。私もふざけることはままならず、しばらくの沈黙に私の視線は宙を泳いだ。その視線の先と、仙道が見つめる先が、線で結び付いた時、仙道はようやく私の存在を思い出したように、私に話しかける。
「落ち込んでいるよ、違う意味で。」
「え?」
「福田と仲良いからさ。オレが一番仲良いと思ってたもん。苗字と。」
私は目を見開いて、仙道を見た。
「は?昨日の試合は?」
「え、あぁ、うん。そっちは負けたことは変わらないしさ、今日から気持ち切り替えて練習する。あ、そりゃ多少は凹んでるよ?そっちも。」
そっち、も?私は困惑する。こちらが思う場所とは違うところに立っている仙道に、突然梯子を外されたみたいに馬鹿らしくなって、私は投げやりに仙道に励ましの言葉を送る。
「あ、そう。仙道、元気出してね。」
「え、どっちにだろ?苗字は、ホント励ますの下手くそだなあ。」
「あははっ!うるさいよ。あ、もう教室戻ろうか。」
「そうだな。じゃ、はい。」
時計を見て話す私に、仙道は座り込んだまま、腕だけを伸ばす。そして両手を広げて構えた。
「え?何よ?」
「引っ張って。オレ、凹んで立ち上がる元気ないや。」
「、、、もう!しょうがないな。」
私は仙道の差し出した両手を掴んだ。けれども仙道を引っ張り上げようにも、私の力ではびくともしなくて、なんでこの人はこんなことを言い出すのかと、可笑しくなる。
「重たっ!仙道、自分で立ち上がりなよ!」
「はは、待って、待って。よっ、と。」
私の引き上げる力に関係なく、自ら立ち上がった仙道は、私なんかよりずっと大きいから、繋いだ私の手の方が仙道に引っ張り上げられ、高く持ち上げられた。
「力強いな、苗字は。」
「嘘ばっかり。」
「いやいや、そんなことない。」
仙道はのんびりと微笑みながら、ゆっくりと私を見つめる。両手は仙道に掴まれたまま。べたついた陽射しは、昼間の気温上昇に合わせて私を勘違いさせる。今になってようやく繋いだ手が汗ばんできたことに気付く。
自販機の前で、向き合って、両手を繋いだ仙道と私の前を、昼休みを終え、教室に戻る生徒達が通り過ぎる。意図せず仙道と見つめ合ったのは時間にして数秒だったと思う。誰に見られたわけでもない。なのに、恥ずかしくて、いたたまれない気持ちになったのはなぜだろう。
耳鳴りがする。シュワシュワと炭酸の発泡する音が。体中がこそばゆいのはこの泡のせいかもしれない。そしてこの泡が私の心の内から弾けていることを今はまだ見て見ぬフリをしよう。私は校舎の方へ振り向く素振りで、仙道の両手から離れた。
「五限、始まるよ!早く!」
飲み干した空き缶をゴミ箱に投げ入れ、仙道はズボンをはたきながら、私の背後で呟いた。
「苗字への道はなかなかに遠い、、、。」
「何か言ったあ?仙道。」
「いや何も。はー、今日からまた頑張ろ。」
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