行進するユーフォリア(越野)
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朝練を終えて、教室に向かう途中、廊下でガヤガヤしている人の群れに気付く。今は朝のホームルーム前で、登校中の奴等もその群れを気にしながら、また、集団を知っている奴は、立ち止まって声をかけたりもする。
「おめでとう!」
「おー!どうも、どうも!」
「良かったな!」
「いやいや、おかげさまで!」
群れの中心にいたのは、同じクラスの木下という男だった。木下は、学年でも有名な某野球球団の熱狂的なファンだ。クライマックスシリーズを制して、日本シリーズに進出した際も、お祭り騒ぎだった奴だが、昨日、その日本シリーズも勝って、念願叶っての日本一になったものだから、その喜びに咽び泣いている、というのは大袈裟かもしれないが、周囲から祝福の声を受けていた。とにかく木下は愛されキャラなのだと思う。
「おう、木下。」
「あっ、越野!はよっ!見た?!昨日の!」
「へーへー、おめでとう。日本一。」
オレは、球団ユニフォームを制服の上から着て、優勝の喜びを全身で表す木下の肩を叩いて、朝の挨拶に代えた。
「お前、見た目にうるせぇよ。」
木下は、某球団の応援メガホンを持ち、お気に入りの選手名の入ったタオルマフラーを巻いていた。球団カラー一色の、いつでも球場に駆けつけることが出来そうな格好をしていた。そりゃ、嬉しかろう、嬉しかろう。日本シリーズが始まってからの数日は、こんな感じで学校に居るんだから、どれほどの熱の入れ様かは、この学年の連中はみんな知っている。周りも面白おかしく木下をいじっていたし、木下の周囲は、奴を中心に異様な盛り上がりをみせていた。いいよな、野球は。国民的スポーツだもんな。あいつ、別に野球部でも何でもないくせに、ファンってだけで、廊下でバカ騒ぎできるんだから、とバスケ部のオレは少しばかり嫉妬した。
教室に入って、カバンを机に置く。席に座り、黒板に日直が書いたであろう日付を見る。やべ、一限目の英語は当たる気がしてきた。今日の日付とオレの出席番号的に。昨日は部活が終わってから、家に帰って、遅めの晩メシと、日本シリーズ優勝のニュースをリビングのテレビで何気なく見て、NBAの録画を見ながら寝落ち。で、朝起きて、ダッシュで朝練に向かって、今に至る。教科書は1ページも開いていない。やべぇなあ、と周りを見回した。誰か、ノート見せてくれ、、、。
「一限目の英語?」
「苗字!」
隣の席の苗字が、声を掛けてきた。英語のノートを差し出しながら。
「おはよ、越野。見る?」
「うおっ、マジありがてぇ!サンキュー、苗字。」
「訳、結構テキトーだけど。」
「いいって。オレが当たるであろうところだけメモるから。」
「そんなの、わかるの?」
「わかんねーけど、わかる。」
越野、いつも訳わかんない、とケラケラと笑う苗字に、テンションが上がる。笑った拍子に、下りてきた髪の毛を耳に掻き上げる仕草で、フワっと空気が動く。ノートを開くと、苗字の匂いが胸に迫ってきた。あ、すみません、変態っぽくて。オレは作業に入るべく、自分のノートと苗字のノートを重ねて広げた。この匂いって、オレのノートに移ったりしないかな。あ、またまたすみません、変態っぽくて。オレはシャープペンをカチカチと鳴らす。ノックに合わせて、落、ち、着、け、、、と心の中で拍をとった。
「ねぇ、木下君たち、まだやってる。凄い盛り上がりだね。朝、教室入る時、私、笑っちゃった。」
「朝から両手で握手求めてきたもんな。あいつは球団関係者か。」
「あはは、球団関係者!ホントだね。私、なぜだか木下君におめでとう!って言っちゃったよ。」
「あ、オレも言ったな。」
二人でどうでもいいことで笑う。こういうの、いいよな。うん。廊下に視線を移したら、廊下の窓に向かって、奴らは日本一への喜びで、球団の応援歌を熱唱し始めた。バカ、球場は教室側の窓の方だっつの。せめて球場に向かって腹から声を出せ。なんて、心の内でツッコミを入れて、いや、それは教室がうるさくなるだけか、と一人で可笑しくなって鼻で笑った。廊下で騒ぐ木下達を、頬杖をついて見ながら、苗字に話しかけた。
「好きでも、あそこまでなるかね。はー。羨ましいぜ。」
「好きだから応援するのが楽しいんじゃん。何言ってんの、越野。」
オレは廊下から苗字に視線だけ移して、また廊下を見る。苗字に言うでもなく、自分に言うでもなく、ただ吐き出した言葉はオレの意思の塊だった。
「そんなに単純な話じゃねーんだよ。」
オレは繊細にできてるんだよ。好きだから応援できねーんだよ。ん?これ繊細とは言わないか。器の小っさい奴だと思われたくはないけれど、ついつい苗字との会話に、取り繕いながらも、聞き込みに回る自分が悲しい。
「そ、そういえば、最近体育館来ないじゃん。」
「あー、うん。なんか違った。」
「、、、仙道?」
「うん、カッコいいなあって思ってたけど、いや、カッコいいんだけど、好きとはまた違うっていうか。何考えてるか分かんない感じしない?彼。」
苗字と会話するようになったきっかけは、仙道だった。
「越野、バスケ部なんだよね?ねえ、仙道君ってどんな人?彼女いるの?」
たまにこれ聞かれるんだ、女子から。でも苗字から聞かれた時、オレ、ちょっぴり凹んだんだよな。えー、苗字も?そしてそれ、オレに聞いちゃう?みたいな。気になる子の恋愛を応援する奴っているじゃん?何じゃそりゃ、偽善者め!って思ってた。思ってたんだよな、苗字のことを知る前は。しかし、苗字と喋るにつれ、オレはどんどん偽善者になっていく。苗字との繋がりを維持する方を選んだから、この繋がりが途切れないためには、仙道の話題で気を引くほかなかったんだ。
そんな会話があった日の部活は、仙道に対して、「こんにゃろ!」って思いながら強めにパス出ししていた。それはホント、ごめんな、小さな反抗心。情けないので、ここだけの話にしとく。
「へ、へぇー。うん、まあ、、、ははははは。そういうところあるかもな、仙道って。は、ははははは!」
「何でニヤけてんの、越野。」
「ニヤけてねーよ。仙道がモテなくて、少しざまーみろって思っただけだよ。」
「うわー、越野ってば、卑屈〜!」
オレは思わずニヤけてしまったことを苗字に指摘されて焦った。焦って自己欺瞞から出た発言に後悔する。こうやって、オレはいつも、いつも、いつも、、、。
「ぐわー!もう嫌だ!」
「何が?!英語のノートに変なところあった?!」
叫びながら机に突っ伏すオレに、苗字が驚きながら笑いかける。廊下の向こうから、応援歌を歌い終わって、集団の満足げな拍手が響いてきた。くそ、オレ以外の世の中全員、楽しそうでいいな。確かに、オレ、卑屈かもしれない。
「ウケる。見て、越野。廊下で胴上げ始まった!あはははは。最高だね。」
苗字が楽しそうにオレの肩を叩いて知らせる。オレは机に体を預けたまま、顔だけをのっそりと苗字の方に起こすと、彼女の微笑む横顔を見つける。ただ黙って眺めるしかできないオレに、苗字は、さっき、オレに英語のノートを差し出すことと変わらぬ平常を保って言う。
「いいな。楽しそう。ねえ、越野。優勝パレード、見に行こうよ。」
「え、、、うん。いつ?」
「来月。多分日曜にやるんじゃないかな。でもちょっと遠いし、部活あるから越野は無理かぁー。」
オレの方を見て、こぼれるような笑みを見せた。オレは苗字のその笑顔を、一つもとりこぼしたくなくて、全力で拾いに行く。
「、、、いや、サボる。」
「えー、野球好きだったっけ?」
「好きだよ。実は好きだった。」
「何それー。あははは。」
好きだと言った、目を見ることすら出来ないオレの苦し紛れの告白は、苗字には全然届いていないけど。多分、優勝パレードだって、二人で行くわけじゃないんだろうけど。でも、弾んだ気持ちに嘘はつけないんだ、オレ。ガタン、と両手を机に突っ張って、勢いよく席を立った。
「越野?ホームルーム始まるよ?早く。ノート、写さないの?」
オレは苗字のセリフにやや被せ気味に答えた。
「ちょっと、オレも参加してくるわ!胴上げ!」
「はぁ〜!?何、今頃テンション上げてんの〜!?越野、面白っ!」
オレの気持ちは、廊下の勢いを借りて、坂道を転がるように大きくなる。すげえ、オレって単純だった。お祭り騒ぎの廊下の集団に紛れ込む。最後の胴上げが力尽きてきてグダグダで、それが可笑しくてその場にいた全員で笑った。オレも辻褄を合わせるように大笑いする。苗字との約束を反芻して、顔がニヤけるのをこらえきれなくて。
「おめでとう!」
「おー!どうも、どうも!」
「良かったな!」
「いやいや、おかげさまで!」
群れの中心にいたのは、同じクラスの木下という男だった。木下は、学年でも有名な某野球球団の熱狂的なファンだ。クライマックスシリーズを制して、日本シリーズに進出した際も、お祭り騒ぎだった奴だが、昨日、その日本シリーズも勝って、念願叶っての日本一になったものだから、その喜びに咽び泣いている、というのは大袈裟かもしれないが、周囲から祝福の声を受けていた。とにかく木下は愛されキャラなのだと思う。
「おう、木下。」
「あっ、越野!はよっ!見た?!昨日の!」
「へーへー、おめでとう。日本一。」
オレは、球団ユニフォームを制服の上から着て、優勝の喜びを全身で表す木下の肩を叩いて、朝の挨拶に代えた。
「お前、見た目にうるせぇよ。」
木下は、某球団の応援メガホンを持ち、お気に入りの選手名の入ったタオルマフラーを巻いていた。球団カラー一色の、いつでも球場に駆けつけることが出来そうな格好をしていた。そりゃ、嬉しかろう、嬉しかろう。日本シリーズが始まってからの数日は、こんな感じで学校に居るんだから、どれほどの熱の入れ様かは、この学年の連中はみんな知っている。周りも面白おかしく木下をいじっていたし、木下の周囲は、奴を中心に異様な盛り上がりをみせていた。いいよな、野球は。国民的スポーツだもんな。あいつ、別に野球部でも何でもないくせに、ファンってだけで、廊下でバカ騒ぎできるんだから、とバスケ部のオレは少しばかり嫉妬した。
教室に入って、カバンを机に置く。席に座り、黒板に日直が書いたであろう日付を見る。やべ、一限目の英語は当たる気がしてきた。今日の日付とオレの出席番号的に。昨日は部活が終わってから、家に帰って、遅めの晩メシと、日本シリーズ優勝のニュースをリビングのテレビで何気なく見て、NBAの録画を見ながら寝落ち。で、朝起きて、ダッシュで朝練に向かって、今に至る。教科書は1ページも開いていない。やべぇなあ、と周りを見回した。誰か、ノート見せてくれ、、、。
「一限目の英語?」
「苗字!」
隣の席の苗字が、声を掛けてきた。英語のノートを差し出しながら。
「おはよ、越野。見る?」
「うおっ、マジありがてぇ!サンキュー、苗字。」
「訳、結構テキトーだけど。」
「いいって。オレが当たるであろうところだけメモるから。」
「そんなの、わかるの?」
「わかんねーけど、わかる。」
越野、いつも訳わかんない、とケラケラと笑う苗字に、テンションが上がる。笑った拍子に、下りてきた髪の毛を耳に掻き上げる仕草で、フワっと空気が動く。ノートを開くと、苗字の匂いが胸に迫ってきた。あ、すみません、変態っぽくて。オレは作業に入るべく、自分のノートと苗字のノートを重ねて広げた。この匂いって、オレのノートに移ったりしないかな。あ、またまたすみません、変態っぽくて。オレはシャープペンをカチカチと鳴らす。ノックに合わせて、落、ち、着、け、、、と心の中で拍をとった。
「ねぇ、木下君たち、まだやってる。凄い盛り上がりだね。朝、教室入る時、私、笑っちゃった。」
「朝から両手で握手求めてきたもんな。あいつは球団関係者か。」
「あはは、球団関係者!ホントだね。私、なぜだか木下君におめでとう!って言っちゃったよ。」
「あ、オレも言ったな。」
二人でどうでもいいことで笑う。こういうの、いいよな。うん。廊下に視線を移したら、廊下の窓に向かって、奴らは日本一への喜びで、球団の応援歌を熱唱し始めた。バカ、球場は教室側の窓の方だっつの。せめて球場に向かって腹から声を出せ。なんて、心の内でツッコミを入れて、いや、それは教室がうるさくなるだけか、と一人で可笑しくなって鼻で笑った。廊下で騒ぐ木下達を、頬杖をついて見ながら、苗字に話しかけた。
「好きでも、あそこまでなるかね。はー。羨ましいぜ。」
「好きだから応援するのが楽しいんじゃん。何言ってんの、越野。」
オレは廊下から苗字に視線だけ移して、また廊下を見る。苗字に言うでもなく、自分に言うでもなく、ただ吐き出した言葉はオレの意思の塊だった。
「そんなに単純な話じゃねーんだよ。」
オレは繊細にできてるんだよ。好きだから応援できねーんだよ。ん?これ繊細とは言わないか。器の小っさい奴だと思われたくはないけれど、ついつい苗字との会話に、取り繕いながらも、聞き込みに回る自分が悲しい。
「そ、そういえば、最近体育館来ないじゃん。」
「あー、うん。なんか違った。」
「、、、仙道?」
「うん、カッコいいなあって思ってたけど、いや、カッコいいんだけど、好きとはまた違うっていうか。何考えてるか分かんない感じしない?彼。」
苗字と会話するようになったきっかけは、仙道だった。
「越野、バスケ部なんだよね?ねえ、仙道君ってどんな人?彼女いるの?」
たまにこれ聞かれるんだ、女子から。でも苗字から聞かれた時、オレ、ちょっぴり凹んだんだよな。えー、苗字も?そしてそれ、オレに聞いちゃう?みたいな。気になる子の恋愛を応援する奴っているじゃん?何じゃそりゃ、偽善者め!って思ってた。思ってたんだよな、苗字のことを知る前は。しかし、苗字と喋るにつれ、オレはどんどん偽善者になっていく。苗字との繋がりを維持する方を選んだから、この繋がりが途切れないためには、仙道の話題で気を引くほかなかったんだ。
そんな会話があった日の部活は、仙道に対して、「こんにゃろ!」って思いながら強めにパス出ししていた。それはホント、ごめんな、小さな反抗心。情けないので、ここだけの話にしとく。
「へ、へぇー。うん、まあ、、、ははははは。そういうところあるかもな、仙道って。は、ははははは!」
「何でニヤけてんの、越野。」
「ニヤけてねーよ。仙道がモテなくて、少しざまーみろって思っただけだよ。」
「うわー、越野ってば、卑屈〜!」
オレは思わずニヤけてしまったことを苗字に指摘されて焦った。焦って自己欺瞞から出た発言に後悔する。こうやって、オレはいつも、いつも、いつも、、、。
「ぐわー!もう嫌だ!」
「何が?!英語のノートに変なところあった?!」
叫びながら机に突っ伏すオレに、苗字が驚きながら笑いかける。廊下の向こうから、応援歌を歌い終わって、集団の満足げな拍手が響いてきた。くそ、オレ以外の世の中全員、楽しそうでいいな。確かに、オレ、卑屈かもしれない。
「ウケる。見て、越野。廊下で胴上げ始まった!あはははは。最高だね。」
苗字が楽しそうにオレの肩を叩いて知らせる。オレは机に体を預けたまま、顔だけをのっそりと苗字の方に起こすと、彼女の微笑む横顔を見つける。ただ黙って眺めるしかできないオレに、苗字は、さっき、オレに英語のノートを差し出すことと変わらぬ平常を保って言う。
「いいな。楽しそう。ねえ、越野。優勝パレード、見に行こうよ。」
「え、、、うん。いつ?」
「来月。多分日曜にやるんじゃないかな。でもちょっと遠いし、部活あるから越野は無理かぁー。」
オレの方を見て、こぼれるような笑みを見せた。オレは苗字のその笑顔を、一つもとりこぼしたくなくて、全力で拾いに行く。
「、、、いや、サボる。」
「えー、野球好きだったっけ?」
「好きだよ。実は好きだった。」
「何それー。あははは。」
好きだと言った、目を見ることすら出来ないオレの苦し紛れの告白は、苗字には全然届いていないけど。多分、優勝パレードだって、二人で行くわけじゃないんだろうけど。でも、弾んだ気持ちに嘘はつけないんだ、オレ。ガタン、と両手を机に突っ張って、勢いよく席を立った。
「越野?ホームルーム始まるよ?早く。ノート、写さないの?」
オレは苗字のセリフにやや被せ気味に答えた。
「ちょっと、オレも参加してくるわ!胴上げ!」
「はぁ〜!?何、今頃テンション上げてんの〜!?越野、面白っ!」
オレの気持ちは、廊下の勢いを借りて、坂道を転がるように大きくなる。すげえ、オレって単純だった。お祭り騒ぎの廊下の集団に紛れ込む。最後の胴上げが力尽きてきてグダグダで、それが可笑しくてその場にいた全員で笑った。オレも辻褄を合わせるように大笑いする。苗字との約束を反芻して、顔がニヤけるのをこらえきれなくて。
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