アルカイックスマイルをおかわり(牧)
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牧君と初めて二人で出掛けることになった。これまでもたまに学校帰りに待ち合わせをしたり、お昼のお弁当を一緒に食べたりしていたけど、それだって数十分から長くて一時間程度のもの。
「今度の土曜日、午後空いてるか?」
牧君にそう言われて、私ははっとする。そうだ、私達は付き合っていた。休みの日に会ったっていいじゃないか。何故そんなことに気が付かなかったかというと、牧君は学校が休みの土日はほぼ部活で、当たり前のように金曜日に「じゃあね、バイバイ」と別れて、月曜日に「おはよう、牧君!」と挨拶で再会する、というのが二人の付き合い方だったのだ。牧君が言うには、今度の土曜日は、たまたま体育館の都合で、午前中だけしか部活がないという。せっかくだから、午後から二人で会いたい、という提案があった。つまりこれってデートのお誘いってやつ。
***
「なんで制服、、、。」
「だって、牧君が制服でしょ?学校で待ち合わせでしょ?だったら私だけ私服って浮くじゃん。」
土曜日。牧君の部活終わりで待ち合わせして、お昼を食べながら会話する。休みの日だというのに、制服で学校に来たことに牧君は不思議がる。家を出るときに、学外のテストがあるから、と言って出てきた。制服を着たのは親に変な詮索をされるのも面倒くさかったので、というのが理由の半分。それから、最近洋服買ってなかったし、牧君に私服を見られてダサいと思われたらどうしよう、なんて自尊心から守りに入ってしまったのが、もう半分の理由。牧君によく思われたい、もっと好きでいて欲しい、という気持ちは日に日に増すけれども、だからといってどのように行動したら良いのかが分からず、結局私は、休みの日に制服で待ち合わせするような冴えない女を体現するだけだった。
「まあ、いいけど。今日どうする?駅前まで行って映画とか見る?」
「えー、映画だと二時間あっという間に終わって夕方になっちゃうよ。時間もったいないって。二人だから出来ることをしようよ。私は牧君と喋ってる方が楽しいな。」
牧君は衛星中継の向こう側の人のように、少し遅れてから反応する。リアクションが返ってこない具合の悪さに私は小首を傾げる。
「あれ?見たい映画でもあった?もしかして。」
「いや、特にない。名前は良い事言うなと思っただけさ。」
「良い事?」
「二人で過ごす意味を大事にするよな。そういうところ、可愛いなって思うよ。」
奇襲のような胸の鼓動が全てを遮ってしまい、牧君の音声も画像もはっきりと受信できない。
「え、、、あ、えっと、、、。」
今度は私が少し遅れてから反応する。さっきまで私達は今日の予定の話をしていたはずなのに、牧君はアポなしで私の胸を叩いてきたものだから、私は人工衛星の中継所を急いで探し当てて、牧君に返信する。
「、、、、私、デートに制服で来るような女だよ?牧君。」
可愛い、と形容されたことに対して、遠慮がちに否定しようとしたら、出てきた言葉はまさかの三段跳びの自虐だった。
「いいんじゃないか。学生証見せなくても学割使えるし。」
牧君は苦笑しながら言った。
***
食事の後、学校近くの浜辺を歩くことにした。たまに牧君と待ち合わせをして学校から帰るときは海とは逆の交差点に向かうので、こちら側を二人で歩くのは初めてだ。牧君は海が好きらしい。自分のボードも持っていると言っていたから、バスケもやってて、よくそんな時間があるね、と以前何かの拍子に聞いたことがある。
「部活行く前の2時間とか。早朝でやってる人、結構多いぞ?好きなことは全力でやりたくないか?だからこそ他のことにも真摯に取り組めるだろう?」
と、しれっとした表情で答えた全国区のバスケ部キャプテンは、何事にも手を抜かないようだ。妥協を許さない厳しい姿勢を貫く牧君。バスケ界では、帝王なんてアダ名がついているって最近知った。だけれど。
「あれ?砂浜へ降りないの?」
「やだよ、革靴だし。ここでいい。」
自分が面倒くさいと思うことは全力で回避するタイプでもあることは、多分あんまり知られてないと思う。靴に砂、入るだろ、といって、牧君は砂浜に降りていくコンクリートの階段に腰掛けた。海が好きなくせに、靴に入る砂が気にくわない。だったら靴を脱げばいいのに、それは面倒くさいらしい。矛盾という単語を貼り付けて、当たり前の顔をして歩く牧君に笑った。
この辺は、向こうの海水浴場あたりまで、海岸沿いに道路と海岸を隔てるコンクリートの階段が真っ直ぐ続いていて、散歩コースにもなっている。先程コンビニで買ったアイスコーヒーの氷を、クルクルとストローで遊ばせる牧君を見る。もし牧君がガチガチの体育会系なだけだと、きっと緩い私は息が詰まっているかもしれない。部活色の強い時と私といる時との緩急の宜しきを得る彼は、面白くて、魅力的な人だと思う。でもそれは私だけが知っていればいいなと思ってる。私はそんな独占欲を携えて、牧君の隣を陣取る。そして、自然と込み上げてくるやわらかくて温かい牧君への思いを伝えたくなって、牧君との間に数センチの隙間すら作りたくない。私はぴったりとくっついた。いつもより距離を縮める私に、牧君は優しいまなざしだけを返す。
「名前、あのさ、、、。」
「あーー!牧さーん!牧さーん!」
牧君の言葉に、割り込むように、広く開いた声が海岸線から波の音と共に届いた。見上げると、両手に靴を持ちながら、制服のズボンの裾を膝まで捲し上げて裸足で砂浜を歩く男の子達がいた。二人は、こちらを凝視しながら向かってくるみたい。
「神さんの言う通り!ほんっとに、いた!牧さん!」
「あはは、お疲れ様です、牧さん。」
男子二人組は、どうやら牧君の後輩らしい。背も高いし、牧君と同じリュックを担いでいて、一目でバスケ部だと分かった。二人は予想が的中した嬉しさに、相手を見つけたかくれんぼの鬼のようなはしゃぎっぷりで、牧君に一方的に話しかける。
「お疲れ様じゃないだろ、、、。本気でオレは今、疲れがどっと出たぞ。お前ら見た瞬間に。」
牧君は、がっくりとため息を吐きながら、おでこに手を当てて呆れる。私には、牧君の先輩としての顔が新鮮に映って、ちょっと楽しい。私が視線だけを、牧君と男子二人の間を行き来うようにして、手元のアイスカフェラテをストローで吸っていると、左側の元気そうな子が私を見て声をかけてくる。
「牧さんの彼女サンっすか!オレ、バスケ部一年の清田っス!牧さんにはいつもお世話になっています!よろしくお願いします!」
「は、、、はぁ。」
「テンション高くてすみません。牧さんの彼女サンに会いたかったみたいで。信長は、あ、下の名前、こいつ信長って言うんですけど、牧さんに憧れているらしくって。ちなみにオレもバスケ部で、二年なんです。」
右側の彼からは、ニコリと爽やかに笑いかけられた。
「お前がどうせ、清田にけしかけたんだろ、神、、、。」
「え?まさか。」
牧君の鋭い問いにも、したたかに跳ね返すところなんか、牧君と彼との心安い関係性を思わせる。
「で、お前ら、何しに来たんだ。部活終わったんだから、さっさと帰れよ。」
「えー!せっかく午前中で部活終わったんスよ!?たまには波と戯れたいって、神さんが!そしたら、牧さんを見かけたから、そりゃ後輩としては一言挨拶に行くのが礼儀ってもんでしょ。」
「別にいいよ、そんなの。」
「ちょっとぉー!牧さーんっ!」
左の彼を軽くあしらう牧君が面白くて、私は下を向き、隠すようにしてくすくすと笑う。牧君との一連のやりとりで満足した二人組は、私にも律儀にペコリと頭を下げて、また波打ち際まで戻っていった。そんな彼らを眩しく見ながら、牧君と話を続ける。
「バスケ部って面白い人もいるんだね。全国行くような部だから、ゴツくて勝気な人ばっかりかと思ってた。」
「あいつらが変なだけだ。ったく、オレが彼女といるのを冷やかしたいだけだろ。」
カノジョ、、、ああ、それって私のことか。私、彼女らしいことを何もしていないけど、あの後輩君達には私が牧君の彼女だときちんと映っているらしかった。どうも肩書きだけが一人歩きしているような気になって、手に持つカフェラテも焦るように結露の汗をかいているのを静かに拭った。
「それ、カフェラテ?さっきガムシロ結構入れてたろ。」
「うん。私、甘くないと飲めないの。」
「一口。」
そう言って、私の了承を待たずに、牧君は私のカップを持つ手ごと、自分の方に寄せてストローでズズズっと吸った。
「甘っ、、、、。」
「そう?」
「うん。甘い。名前からも甘い匂いがする。」
牧君は私の顔を覗き込むように目を合わせてきたので、ぐっと二人の顔が近付く。至近距離に恥ずかしくなって、顔を伏せる。照れた口元がピクピクする。泳ぐ目線を悟られないようにと、牧君の腕におでこをくっつけて、愚痴るように言った。
「やだ、牧君の方が甘ったるい、、、。」
「甘ったるいって何だよ。」
二人でクスクスと笑い合い、私は海側に体を向き直す。反射して、砕けた太陽が海面でチカチカと揺れる手前で、バスケ部のあの二人が砂浜に座り込んでいた。やたら視線を感じるなとはさっきから思ってはいたのだけど。こちらの様子が気になって仕方ない様子で振り向く彼の事を牧君に伝える。
「なんか、あの清田って、一年生?さっきからチラチラこっち見てるけど。」
「あいつ、ほんっとバカだな。」
牧君は、座っていたその場から立ち上がり、
「神!」
と言って、あの大人しそうでいて、面の皮が二枚も三枚もありそうな、二年生の名前を呼びつけた。神と呼ばれた彼は、小走りで牧君の元へ駆け寄る。牧君は部活の時もこんな風に、後輩を呼ぶのかなあ。
「何ですか、牧さん。」
「お前、チャリどこ置いてるんだ?」
「あっちの海浜公園側の駐輪場ですよ。」
「よし、鍵貸せ。ステップついてたよな?」
「え?マジですか。うわ、怒ってます?牧さん。」
「怒ってはいないが、清田を連れてまでここに来るお前のそのシュミの悪さに呆れているよ。」
「ははは、参ったなあ。乗り捨てだけは勘弁して下さいよ。」
「さあな。」
神君は、ポケットから自転車の鍵を取り出し、牧君に手渡す。まるでカツアゲのような光景に見えて、私はつい心配になって神君を見た。神君も私を見る。どうぞ、お納め下さい、と冗談交じりに私に言うから、牧君はまた呆れて遠ざけるようなため息で返した。私は牧君に促されて、立ち上がってもと来た道へと歩き出す。
「えっ、牧さーん!もう帰っちゃうんスかーっ!?」
神君から事情を聞いたらしい清田君が、海側から私達の方に向かって大声で叫ぶ。両手をぶんぶん振って牧君に呼びかけてくる。あれ、知り合いだと思われると、結構恥ずかしいレベルだ。
「ねえ、なんか叫んでいるよ?清田君。」
「知らん。ほっとけ。」
***
道路向かいの、海浜公園の入口に駐輪場がある。神君達が乗ってきた自転車を見つけて、牧君は慣れた風に鍵を外す。
「後ろ、乗って。」
「えー、重さでタイヤがパンクしないかなあ。」
「ははは。いいよ、オレの自転車じゃないし。」
牧君、そこはまず、私の体重でパンクするか否かについて言及して欲しいの。そして、そんなことないよって否定して欲しいんだけど。ねえ、そこまでがこの会話のワンセットなの。と表情だけで訴えた私を無視して牧君は、ホラ早く、と急かす。
「もう!そうじゃないんだよ、牧君。」
「ん?」
「もう!」
絶対に私の言わんとすることは通じてるはずなのに、軽くスルーするスキルも最近の牧君は会得してきている。こういう時の私との会話は長くなると思うのか、牧君はわざととぼけるか、傾斜のある返答で私との会話を滑り切り、別の話にすり替えたりもする。ねえ、私だって牧君のこと、ちゃーんと分かっているんだからね。
「どこに行くの?」
と目的地を尋ねた私に、牧君は地面を蹴ってペダルを踏む。そして、
「あの二人がいないところ。」
と回答して私を笑わせた。牧君の肩に掴まって、自転車で二人乗りをしたのも初めてだったし、海沿いを走ったのも初めてだった。後輪のステップに足を掛け、地面から数十センチ離れたところで立ち乗る。それだけで見える景色がガラリと変わる。全身が浮き上がったように気持ちも弾んだ。
「うわあ!牧君、もっとスピード出して!気持ちいい。」
「危ないぞ。」
「大丈夫だよ、しっかり掴まってるもん。あー、でももっと牧君にギュってしたい!」
「なんか急に積極的だな、名前。」
「あはは、テンション上がってきたらこうなるみたい。」
前を向く牧君の表情は分からない。だけど、牧君の背中が、やれやれ、と言って甘えさせてくれる。私の気持ちは、牧君がペダルを漕ぐたびに、回転数を上げていく。私達の隣を走り去っていく自動車のエンジン音に掻き消されないように、いつもより声を張り上げて、いや張り上げたくなって牧君に伝えた。
「ごめんね、牧君!こんな私で!」
「まあ、こんな彼女だから、楽しいな。」
牧君は私を否定しない。ついつい自分に自信のない私は、こうやって牧君に甘えて承認されることで自分を肯定する。
「ねぇ!富士山がはっきり見えるよ。」
「天気が良いからか?いつもあんなもんじゃないか。」
牧君の身長とほぼ同じこの自転車からの私の目線は、普段の牧君から見える世界なのだと気付く。それだけで嬉しかった。牧君を通じて得られるもの全てが愛おしく見える。自転車を降りたら、手を繋いで歩こう。あ、牧君とクレープを食べたい、なんて言ったらベタすぎるって笑われちゃうかな。次の信号がもし赤だったら、牧君の耳元で話しかけてみようか、そんな、これまたベタな悪ふざけも考える。でもきっと照れちゃって出来ないかもね。私は、牧君になったつもりで、頬にえくぼのある優しい微笑みをイメージしつつ、口元を綻ばせた。
「今度の土曜日、午後空いてるか?」
牧君にそう言われて、私ははっとする。そうだ、私達は付き合っていた。休みの日に会ったっていいじゃないか。何故そんなことに気が付かなかったかというと、牧君は学校が休みの土日はほぼ部活で、当たり前のように金曜日に「じゃあね、バイバイ」と別れて、月曜日に「おはよう、牧君!」と挨拶で再会する、というのが二人の付き合い方だったのだ。牧君が言うには、今度の土曜日は、たまたま体育館の都合で、午前中だけしか部活がないという。せっかくだから、午後から二人で会いたい、という提案があった。つまりこれってデートのお誘いってやつ。
***
「なんで制服、、、。」
「だって、牧君が制服でしょ?学校で待ち合わせでしょ?だったら私だけ私服って浮くじゃん。」
土曜日。牧君の部活終わりで待ち合わせして、お昼を食べながら会話する。休みの日だというのに、制服で学校に来たことに牧君は不思議がる。家を出るときに、学外のテストがあるから、と言って出てきた。制服を着たのは親に変な詮索をされるのも面倒くさかったので、というのが理由の半分。それから、最近洋服買ってなかったし、牧君に私服を見られてダサいと思われたらどうしよう、なんて自尊心から守りに入ってしまったのが、もう半分の理由。牧君によく思われたい、もっと好きでいて欲しい、という気持ちは日に日に増すけれども、だからといってどのように行動したら良いのかが分からず、結局私は、休みの日に制服で待ち合わせするような冴えない女を体現するだけだった。
「まあ、いいけど。今日どうする?駅前まで行って映画とか見る?」
「えー、映画だと二時間あっという間に終わって夕方になっちゃうよ。時間もったいないって。二人だから出来ることをしようよ。私は牧君と喋ってる方が楽しいな。」
牧君は衛星中継の向こう側の人のように、少し遅れてから反応する。リアクションが返ってこない具合の悪さに私は小首を傾げる。
「あれ?見たい映画でもあった?もしかして。」
「いや、特にない。名前は良い事言うなと思っただけさ。」
「良い事?」
「二人で過ごす意味を大事にするよな。そういうところ、可愛いなって思うよ。」
奇襲のような胸の鼓動が全てを遮ってしまい、牧君の音声も画像もはっきりと受信できない。
「え、、、あ、えっと、、、。」
今度は私が少し遅れてから反応する。さっきまで私達は今日の予定の話をしていたはずなのに、牧君はアポなしで私の胸を叩いてきたものだから、私は人工衛星の中継所を急いで探し当てて、牧君に返信する。
「、、、、私、デートに制服で来るような女だよ?牧君。」
可愛い、と形容されたことに対して、遠慮がちに否定しようとしたら、出てきた言葉はまさかの三段跳びの自虐だった。
「いいんじゃないか。学生証見せなくても学割使えるし。」
牧君は苦笑しながら言った。
***
食事の後、学校近くの浜辺を歩くことにした。たまに牧君と待ち合わせをして学校から帰るときは海とは逆の交差点に向かうので、こちら側を二人で歩くのは初めてだ。牧君は海が好きらしい。自分のボードも持っていると言っていたから、バスケもやってて、よくそんな時間があるね、と以前何かの拍子に聞いたことがある。
「部活行く前の2時間とか。早朝でやってる人、結構多いぞ?好きなことは全力でやりたくないか?だからこそ他のことにも真摯に取り組めるだろう?」
と、しれっとした表情で答えた全国区のバスケ部キャプテンは、何事にも手を抜かないようだ。妥協を許さない厳しい姿勢を貫く牧君。バスケ界では、帝王なんてアダ名がついているって最近知った。だけれど。
「あれ?砂浜へ降りないの?」
「やだよ、革靴だし。ここでいい。」
自分が面倒くさいと思うことは全力で回避するタイプでもあることは、多分あんまり知られてないと思う。靴に砂、入るだろ、といって、牧君は砂浜に降りていくコンクリートの階段に腰掛けた。海が好きなくせに、靴に入る砂が気にくわない。だったら靴を脱げばいいのに、それは面倒くさいらしい。矛盾という単語を貼り付けて、当たり前の顔をして歩く牧君に笑った。
この辺は、向こうの海水浴場あたりまで、海岸沿いに道路と海岸を隔てるコンクリートの階段が真っ直ぐ続いていて、散歩コースにもなっている。先程コンビニで買ったアイスコーヒーの氷を、クルクルとストローで遊ばせる牧君を見る。もし牧君がガチガチの体育会系なだけだと、きっと緩い私は息が詰まっているかもしれない。部活色の強い時と私といる時との緩急の宜しきを得る彼は、面白くて、魅力的な人だと思う。でもそれは私だけが知っていればいいなと思ってる。私はそんな独占欲を携えて、牧君の隣を陣取る。そして、自然と込み上げてくるやわらかくて温かい牧君への思いを伝えたくなって、牧君との間に数センチの隙間すら作りたくない。私はぴったりとくっついた。いつもより距離を縮める私に、牧君は優しいまなざしだけを返す。
「名前、あのさ、、、。」
「あーー!牧さーん!牧さーん!」
牧君の言葉に、割り込むように、広く開いた声が海岸線から波の音と共に届いた。見上げると、両手に靴を持ちながら、制服のズボンの裾を膝まで捲し上げて裸足で砂浜を歩く男の子達がいた。二人は、こちらを凝視しながら向かってくるみたい。
「神さんの言う通り!ほんっとに、いた!牧さん!」
「あはは、お疲れ様です、牧さん。」
男子二人組は、どうやら牧君の後輩らしい。背も高いし、牧君と同じリュックを担いでいて、一目でバスケ部だと分かった。二人は予想が的中した嬉しさに、相手を見つけたかくれんぼの鬼のようなはしゃぎっぷりで、牧君に一方的に話しかける。
「お疲れ様じゃないだろ、、、。本気でオレは今、疲れがどっと出たぞ。お前ら見た瞬間に。」
牧君は、がっくりとため息を吐きながら、おでこに手を当てて呆れる。私には、牧君の先輩としての顔が新鮮に映って、ちょっと楽しい。私が視線だけを、牧君と男子二人の間を行き来うようにして、手元のアイスカフェラテをストローで吸っていると、左側の元気そうな子が私を見て声をかけてくる。
「牧さんの彼女サンっすか!オレ、バスケ部一年の清田っス!牧さんにはいつもお世話になっています!よろしくお願いします!」
「は、、、はぁ。」
「テンション高くてすみません。牧さんの彼女サンに会いたかったみたいで。信長は、あ、下の名前、こいつ信長って言うんですけど、牧さんに憧れているらしくって。ちなみにオレもバスケ部で、二年なんです。」
右側の彼からは、ニコリと爽やかに笑いかけられた。
「お前がどうせ、清田にけしかけたんだろ、神、、、。」
「え?まさか。」
牧君の鋭い問いにも、したたかに跳ね返すところなんか、牧君と彼との心安い関係性を思わせる。
「で、お前ら、何しに来たんだ。部活終わったんだから、さっさと帰れよ。」
「えー!せっかく午前中で部活終わったんスよ!?たまには波と戯れたいって、神さんが!そしたら、牧さんを見かけたから、そりゃ後輩としては一言挨拶に行くのが礼儀ってもんでしょ。」
「別にいいよ、そんなの。」
「ちょっとぉー!牧さーんっ!」
左の彼を軽くあしらう牧君が面白くて、私は下を向き、隠すようにしてくすくすと笑う。牧君との一連のやりとりで満足した二人組は、私にも律儀にペコリと頭を下げて、また波打ち際まで戻っていった。そんな彼らを眩しく見ながら、牧君と話を続ける。
「バスケ部って面白い人もいるんだね。全国行くような部だから、ゴツくて勝気な人ばっかりかと思ってた。」
「あいつらが変なだけだ。ったく、オレが彼女といるのを冷やかしたいだけだろ。」
カノジョ、、、ああ、それって私のことか。私、彼女らしいことを何もしていないけど、あの後輩君達には私が牧君の彼女だときちんと映っているらしかった。どうも肩書きだけが一人歩きしているような気になって、手に持つカフェラテも焦るように結露の汗をかいているのを静かに拭った。
「それ、カフェラテ?さっきガムシロ結構入れてたろ。」
「うん。私、甘くないと飲めないの。」
「一口。」
そう言って、私の了承を待たずに、牧君は私のカップを持つ手ごと、自分の方に寄せてストローでズズズっと吸った。
「甘っ、、、、。」
「そう?」
「うん。甘い。名前からも甘い匂いがする。」
牧君は私の顔を覗き込むように目を合わせてきたので、ぐっと二人の顔が近付く。至近距離に恥ずかしくなって、顔を伏せる。照れた口元がピクピクする。泳ぐ目線を悟られないようにと、牧君の腕におでこをくっつけて、愚痴るように言った。
「やだ、牧君の方が甘ったるい、、、。」
「甘ったるいって何だよ。」
二人でクスクスと笑い合い、私は海側に体を向き直す。反射して、砕けた太陽が海面でチカチカと揺れる手前で、バスケ部のあの二人が砂浜に座り込んでいた。やたら視線を感じるなとはさっきから思ってはいたのだけど。こちらの様子が気になって仕方ない様子で振り向く彼の事を牧君に伝える。
「なんか、あの清田って、一年生?さっきからチラチラこっち見てるけど。」
「あいつ、ほんっとバカだな。」
牧君は、座っていたその場から立ち上がり、
「神!」
と言って、あの大人しそうでいて、面の皮が二枚も三枚もありそうな、二年生の名前を呼びつけた。神と呼ばれた彼は、小走りで牧君の元へ駆け寄る。牧君は部活の時もこんな風に、後輩を呼ぶのかなあ。
「何ですか、牧さん。」
「お前、チャリどこ置いてるんだ?」
「あっちの海浜公園側の駐輪場ですよ。」
「よし、鍵貸せ。ステップついてたよな?」
「え?マジですか。うわ、怒ってます?牧さん。」
「怒ってはいないが、清田を連れてまでここに来るお前のそのシュミの悪さに呆れているよ。」
「ははは、参ったなあ。乗り捨てだけは勘弁して下さいよ。」
「さあな。」
神君は、ポケットから自転車の鍵を取り出し、牧君に手渡す。まるでカツアゲのような光景に見えて、私はつい心配になって神君を見た。神君も私を見る。どうぞ、お納め下さい、と冗談交じりに私に言うから、牧君はまた呆れて遠ざけるようなため息で返した。私は牧君に促されて、立ち上がってもと来た道へと歩き出す。
「えっ、牧さーん!もう帰っちゃうんスかーっ!?」
神君から事情を聞いたらしい清田君が、海側から私達の方に向かって大声で叫ぶ。両手をぶんぶん振って牧君に呼びかけてくる。あれ、知り合いだと思われると、結構恥ずかしいレベルだ。
「ねえ、なんか叫んでいるよ?清田君。」
「知らん。ほっとけ。」
***
道路向かいの、海浜公園の入口に駐輪場がある。神君達が乗ってきた自転車を見つけて、牧君は慣れた風に鍵を外す。
「後ろ、乗って。」
「えー、重さでタイヤがパンクしないかなあ。」
「ははは。いいよ、オレの自転車じゃないし。」
牧君、そこはまず、私の体重でパンクするか否かについて言及して欲しいの。そして、そんなことないよって否定して欲しいんだけど。ねえ、そこまでがこの会話のワンセットなの。と表情だけで訴えた私を無視して牧君は、ホラ早く、と急かす。
「もう!そうじゃないんだよ、牧君。」
「ん?」
「もう!」
絶対に私の言わんとすることは通じてるはずなのに、軽くスルーするスキルも最近の牧君は会得してきている。こういう時の私との会話は長くなると思うのか、牧君はわざととぼけるか、傾斜のある返答で私との会話を滑り切り、別の話にすり替えたりもする。ねえ、私だって牧君のこと、ちゃーんと分かっているんだからね。
「どこに行くの?」
と目的地を尋ねた私に、牧君は地面を蹴ってペダルを踏む。そして、
「あの二人がいないところ。」
と回答して私を笑わせた。牧君の肩に掴まって、自転車で二人乗りをしたのも初めてだったし、海沿いを走ったのも初めてだった。後輪のステップに足を掛け、地面から数十センチ離れたところで立ち乗る。それだけで見える景色がガラリと変わる。全身が浮き上がったように気持ちも弾んだ。
「うわあ!牧君、もっとスピード出して!気持ちいい。」
「危ないぞ。」
「大丈夫だよ、しっかり掴まってるもん。あー、でももっと牧君にギュってしたい!」
「なんか急に積極的だな、名前。」
「あはは、テンション上がってきたらこうなるみたい。」
前を向く牧君の表情は分からない。だけど、牧君の背中が、やれやれ、と言って甘えさせてくれる。私の気持ちは、牧君がペダルを漕ぐたびに、回転数を上げていく。私達の隣を走り去っていく自動車のエンジン音に掻き消されないように、いつもより声を張り上げて、いや張り上げたくなって牧君に伝えた。
「ごめんね、牧君!こんな私で!」
「まあ、こんな彼女だから、楽しいな。」
牧君は私を否定しない。ついつい自分に自信のない私は、こうやって牧君に甘えて承認されることで自分を肯定する。
「ねぇ!富士山がはっきり見えるよ。」
「天気が良いからか?いつもあんなもんじゃないか。」
牧君の身長とほぼ同じこの自転車からの私の目線は、普段の牧君から見える世界なのだと気付く。それだけで嬉しかった。牧君を通じて得られるもの全てが愛おしく見える。自転車を降りたら、手を繋いで歩こう。あ、牧君とクレープを食べたい、なんて言ったらベタすぎるって笑われちゃうかな。次の信号がもし赤だったら、牧君の耳元で話しかけてみようか、そんな、これまたベタな悪ふざけも考える。でもきっと照れちゃって出来ないかもね。私は、牧君になったつもりで、頬にえくぼのある優しい微笑みをイメージしつつ、口元を綻ばせた。
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