アルカイックスマイルをおかわり(牧)
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「付き合ってくれないか?」
と牧君が言ったから、私はてっきり買い物か何かにお付き合いすれば良いのかと思っていて。
「いーよ。私でよければ。」
なんて軽々しく言ってしまったのだった。
***
どうして私なのかな、と未だ答えの出ない期末テスト最終日。テストは午前中でおしまいだったけれども、テスト問題よりも私の頭を悩ませるのは、牧君の存在である。牧君とは二年の時に同じクラスで、出席番号の並びからよく日直のペアになっていた。クラスの中ではまあまあ会話する男子、という位置付けだったけれど、それは学校でのみ成立する関係で、学校の外で二人で会ったり、出掛けたりするなんてこともなかったし、ましてや誘われることも。だから牧君が私に好意があるなんて、これっぽっちも感じたことはなかったし、私自身、人生で一度だってモテた記憶はないのだから、この類のアンテナの低さには定評がある。いや、こんなこと自慢してどうするの、私。チビでぽっちゃり気味だし、顔だっていたって普通だと思うんだよね。そんな私をどうして牧君は好いてくれたのか。これは今日の数学のテストよりも難解。
「で、牧君、いつ付き合えばいいの?」
「え?いつ、、、とは?」
「うん、日を決めてもらわないと、私だって予定あるもん。」
「いや、えっと、あのな、、、。」
牧君に告白されたと思ってもいなかった私は、このように非常にとんちんかんな返答をしてしまった。牧君があの時、狐につままれたような、どうしてよいか分からず唖然としていた顔が忘れられない。あれを思い出すと、(私のせいであることは棚に上げて)あまりにも可笑しくて、今でも吹き出してしまうくらい。思えば牧君は最初からとても根気強い人だった。
「付き合うって、意味分かってるか?」
「、、、?買い物か何かの付き合って欲しい用事があるんだよね?単発の。」
「単発じゃない。ずっとだ。」
「ずっと?」
「言い方変えるぞ。好きです。彼女になって下さい、だ。」
「えーーーー!!!」
そんなわけで、牧君の彼女、というポジションをゲット。ベンチ入りを果たし、見事レギュラーとして活躍させて頂くことになりました。
***
「名前!牧君に告られたってホント?なんでっ!?」
「、、、分かんない。私が聞きたいよ。」
仲の良い女友達数人に囲まれる。皆一様に興味津々で聞いてくるが、私はため息で返した。
「遊ばれてんじゃないの?」
「でも遊ぶ価値ある?名前と。」
「だよね、、、。牧君、何考えてんの?」
ちょっと!みんな私のこと何だと思ってんの。
「牧君に聞いた?名前のどこが好きなのかって。」
「そんなこと聞けないよ。恥ずかしいじゃん。」
私は口を尖らせて頬杖をつきながら言う。男の子と二人きりになったり、話したりすることにはもともと抵抗はないタイプだ。それはなぜかというと異性として意識しないし、されないという強い前提が私にあったから。あくまでも友達だったりクラスメイトという枠の中でなら、私は自由に泳ぐことができていたのだ。それがなぜだか牧君からバキバキに女の子として意識されていたということを知り、私は息継ぎすらもやり方を忘れてしまった。
「名前って、男子とも気軽に話せるじゃん。そういうところ?」
「ごはんたくさん食べるとこじゃない?」
「あはは、そうかもね!牧君、体育会系だし!」
「なにそれ、ウケるんだけど!」
友達は私のぽっちゃりネタを持ち出しては、口々に好き勝手なことを言うもんだから、私はアドバイスを求めることを諦めた。恋愛って難しいもんだな。もし自分から好きで、すごく好きで、念願叶って付き合えることになってたとしたら、両想いであるという事実だけで胸いっぱいになっているのかなあ。牧君は決して悪い人ではないし、話しをしてて嫌な感じもないので、軽い気持ちで彼の気持ちを受け取ってしまったことに、軽く罪悪感が芽生える。これは逆に牧君に失礼だったのかな?どうしてこういうことはテストに出ないのだろう。みんなは、牧君は、いつ、どこで、この気持ちを学んで自分のものとするのだろう。私がこうやって悶々と一人教室で居残って考え事をしていると。後ろの扉が開く音がして、ふわっと教室の空気が動いた。待ち人来たる。牧君だ。
「すまん。遅くなった。先生と打ち合わせしてた。」
「いいよ、いいよ〜。お疲れ様〜。」
「何してた?」
「ん、お腹空いてお菓子食べてた。」
私は残り少なくなった、スナック菓子の袋を牧君に見せる。
「名前、昼メシは?」
「えっ」
「昼メシ。」
「たっ、食べてない、、、よ。」
今、サラリと言ったけど。牧君は今、私のことを名前で呼んだ。こないだまで苗字で呼ばれていたのに。こういった二人の関係の変化に私は準備が出来ておらず、言葉が止まる。えっと、えっと、、、呼び方なんて考えてなかったよ、、、!牧君って、見た目を裏切らないよね。どうしてこんなことまでスマートにこなしちゃうんだろうな。一方で私は胸がパチパチしている。ドキドキと表現することすら気恥ずかしい自分が間抜けに思えて仕方がない。ただ名前で呼ばれただけなのに。私は自分の子供っぽさが余計に強調された気がして、うつむいて、菓子袋に手を伸ばした。
「お昼、牧君がどうするか聞いてなかったからさ、、、。だから、コレ食べてた。ははは。」
私はまだ下を向いたまま、スナック菓子を頬張った。噛み砕く音がやけに私の内側に響く。牧君を見れないんだけれど、なんだかずっとこちらを見ているような気がするのを、私は口をもぐもぐさせながら感じていた。
「あぁ。すまん!悪かった!」
牧君は、両手をぱちんと合わせて頭を下げた。あまりにも牧君が大袈裟で、心からお詫び申し上げます、と言わんばかりの姿勢に驚いて、こちらも自然と身振りと声が大きくなってしまう。
「え、どうしたの、牧君。そんな、気にしなくっていいってば!」
「いや、実は、名前の友達の、ホラ、髪が長い、、、」
「ああ、みーちゃん?」
「そう、みーちゃん?、、、にこないだ言われたんだ。「名前はお腹が減ると不機嫌になるから、気をつけないと嫌われるよ。」って、、、、。」
私の友達は、私の知らぬところで牧君にいらないことを吹き込んでいた。絶対それ、言わなくていーやつ。
「あのね、牧君、、、。いや、うん。私もそういうとこ、、、コホン。悪い癖だっていうのは自覚してるのね?うん、、、だからさ、牧君のせいでもなんでもないしさ、、、。ホラ、だからこうしてお腹空いたら勝手に食べるし。」
そしてまた私はもぐもぐしながら、なんでこんな言い訳。自分で言っててこの癖、いかにも子供っぽくて、情けなくなってくる。そう、私って空腹になるとイライラしちゃうらしい。これ、自分では全く気付いてなかったんだけど、友達に言われてから意識するようにしている。だから痩せないのか、というのは愚問です。
「ねえ、牧君。みーちゃん、他に変な事言ってないよね?」
話しかけて顔を上げると牧君が、鞄から菓子パンを取り出すところで、私はそれを指差して聞いた。
「え。ちょっと、何それ。」
「えーと。餌付け?名前の。」
クエスチョンマークをわざとらしく付けて、私に向かって笑う牧君のジョークは全然面白くない。
「みーちゃん?が結構な勢いで釘刺してきたからなあ。はは。ちゃんと食べさせておかないとな。嫌われたくないんでな。」
「もお、やめてよー。」
「すまん、すまん。これ、要る?要らないならオレが、後で食べる用に取っとくぞ。」
「うん、そうして。あ、部活は?もう行く?」
「午後から。まだ時間ある。」
牧君は私を見てにっこりと微笑む。大人のスマイルだ。牧君は大会前だし、いや大会前でなくても、うちのバスケ部は毎日遅くまで練習している。それを知ったのは、牧君と付き合ってからで、こうして二人で会う時間って、実は全然無いということを知った。
「テスト明けで部活久しぶりだし、早く行きたいでしょ?私のことは気にしなくっていいよ。」
「気にする、気にしないの問題じゃない。俺が名前に会いたいし、話したいだけだ。」
そんなセリフをこれまたさらりと言ってのける牧君。これが全然気取った風でもないし、わざとらしくもない。なんの衒いもないストレートな言葉は私の胸をパチパチと叩いて、頰を熱くする。その熱を払うかの如く、だからつい私は露骨に聞いてしまったのだ。
「どうして?」
「ん?」
「どうして私なの?」
「何が?」
牧君は自分の頬杖に少し体重をかけて身を乗り出し、机を挟んで位置する私との距離を詰めた。私の言葉に進んで耳を傾けるその姿もまた、余裕を感じさせるから、余裕のない私は常に焦って答えを探そうとする。
「私、どう見ても、平凡だし、スタイル良いわけでもないし。」
それなのに牧君は、スポーツやってて、背もめちゃくちゃ高いし、バスケ部だし、キャプテンだし、落ち着いているし、大人だし、あと黒いし、私と共通するところなんて何一つないのに。なんて心の中でブツブツと違いを列挙すればするほど、悄然と身をすぼめて私の声は湿っていく。
「どこが?言うほど太ってないだろ。痩せたいの?」
「牧君、体重どれくらいある?」
「体重か?80ないくらいだ。」
「ふうん。」
良かった、、、。私の方がまだ軽かった。と安堵するのは、牧君との身長差を度外視しているので哀れではあるけれども。牧君は続けて私と会話する。
「名前は?体重。」
「言うわけないじゃん、、、!」
「数字は気にする必要ないぞ。要は見た目だろ。筋トレしたら?筋トレ。何?どこが気になるんだ?」
「二の腕とかぁ、、、。」
そりゃ、部活してて、毎日運動している牧君は、簡単に筋トレと言われますけれども〜、私のようなちんちくりん体型はホラ、そういう努力が継続できないから現状、こうなってしまっているわけでぇ、、、。と、言い開きの代わりに、袖を捲し上げ、重力に全く抗うことない、たぷついた二の腕を確認するようにさすった。
「全然許容範囲だろ。女子って気にしすぎだな。」
そうして、牧君は言いながら手を伸ばし、私の二の腕をつまんだ。
ぶにっ。
ひっ!引き攣るように息を吸って、私の心臓は一気に氷点下へ。そして次の発声に備えるように自分の呼吸の仕方を再確認して、牧君に訴えた。
「えー!!!やだっ、ちょっと!何で触るのお?!」
「名前が見せてくるからだろ。そういうとこだぞ。」
「何!?そういうとこって!」
「全然男の目を気にしてない。ユルい。警戒心がない。」
「誰も私のこと、そんな目で見てないってー。ははは、牧君、お父さんみたいなこと言う!」
「むっ。お前な。ちゃんと見てる奴、いるだろう?」
「どこに?」
「ここに。」
きょとんとした顔の私に牧君はがっくりした顔をして、嘆息を受け止めるように顎に手を当てた。そして明後日の方向を見ながら、淡々と話し始めた。
「例えば、名前ってさ、暑いからってスカートめくって、教室で平気で扇いだりするだろ?消しゴム拾おうとして、胸元気にしないでしゃがむよな?それから、友達と喋りながら肩のブラ紐よじれてたりするの、直したりしてる。」
「ひえっ、、、、!」
やだっ!牧君!なんでそんなところ見てんのっ。牧君に見られてる。み、見られてた。恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしいーーー!私が赤面してプルプル震えているのを牧君は、横目で確認し、多少フォローめいたことを言う。
「あ、そういうの全部を批難しているわけじゃないぞ。ただ見てる奴は、見てるから気を付けるんだぞって、話。」
「見てる奴って、、、それって、牧君とか?」
私は探るように目を光らせ、訴えるように牧君に言う。
「ははは。好きな人のことは目で追ってしまうよな。」
ほら、また牧君はそういうことをさらさらと言ってケラケラと笑う。素直に喜んでこそ可愛げがあるというのに、こんな時の私といったら、未経験の戸惑いや驚き、少しの嬉しさといった感情が複雑に化合して、あいまいな表情を作ってまごついた。そんな私を置き去りにして、牧君はまた私の二の腕をぶにぶにと面白そうにつまんだ。
「これ、マズイな。」
自分の意識から遠くかけ離れたところで、牧君にされるがままだった二の腕。私の意識はこの牧君の一言で引き戻され、心には強張りの波が走る。えっ、さっき、許容範囲って言ってくれたじゃん。ちょっとホッとしてたのに。
「やだやだ、もう牧君!そんなこと言わないでよ!さすがに傷付く!」
牧君に言われるのが、と付け加えるのはなぜだか躊躇ってしまう。彼女というポジションに未だ据わりの悪い自分が頭をもたげた。
「逆だ、逆。名前のココ、柔らかくてずっと触ってられるかも。ハマる。」
「、、、も、もう!牧君!」
「はははははっ。」
恥ずかしい、という気持ちでいっぱいなのは、牧君によく思われたいからなのだと思う。どうやったらもっと私を好きになってもらえるのか、先程からそればかり気にしている私がいる。付き合っているのに、まるで片思いをしているみたいに、牧君を想う。
「学食行くか。俺も昼メシまだなんだ。」
「うん。何食べようかな!日替わりあるかな。テスト明けの学食行ったことないかも。」
「部活生ばっかりだもんな、この時間。」
他愛のない会話をしながら教室を二人で出る。牧君との会話はテンポよく進むから、楽しい。
牧君には、姿勢も、話し方も、雰囲気にも、余裕あるあそびの部分が存在しているからか、少しとぼけたことも言う。これが、たとえ私の方がギクシャクした受け答えだったとしても、全体として二人の会話の風通しを良くしてくれているのだと思う。だけども。
「あ、名前さ、、、」
「何、何〜?」
「手、繋いでみる?」
こうやって、突然牧君から突風が吹いてくることにはやはり慣れない。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたであろう私を見て、牧君は私を上から見下ろして、まるで薄日が差すような微笑を洩らした。牧君が制服のポケットから差し出した手は大きくて。私は牧君の顔と手を交互に見やる。この提案は、真面目に言っているのか、私をからかっているのか、そんなジャッジすら私には難しすぎる。
「ここ、学校だよ、、、?」
「廊下くらいいいだろ。誰も見てない。」
どうする?とでも言わんばかりに、牧君は手のひらを私に向けて待つ。牧君はやっぱり根気強くて、私のためらいの時間も急かさないで待ってくれる。
「ん!」
「ん?」
こんな牧君に翻弄されるのも悔しくて、左手の人差し指を差し出す。牧君は一瞬不思議な顔をして、だけど私の意図するところを理解したらしく。
「え?一本だけ?」
「うん。」
ふっ、と笑いながら私の人差し指を、きゅっと包むように握った牧君の仕草に、私の胸はきゅっと驚く。
「これ、いずれは繋いでくれる指、増えてくシステムなのか?」
「うん。そう。そういうことにしとく。」
牧君から顔を背けた廊下側に視線を移した。私の頰は赤く膨れる。もしかしたらこの熱で少しはカロリー消費も可能なんじゃないだろうか。なんてもはや見当違いなことを考え始めた。私の指をプラプラと揺らしながら、軽やかに握る牧君は少し吹き出して。
「ははは!先が長いな。」
「そんなに簡単に言わないでよ。牧君に追いつけないよ。」
私は牧君を見上げて、牧君は私を見下ろして、目が合う。
「大丈夫だ。置いてかないから。」
言い聞かせるような牧君の喋り方は私の心を優しく温める。一方で、牧君の手に力が込められたのが、繋がれた指先から伝わる。それを合図に、温まって準備万端と言わんがばかりに、私の心のポンプが圧力を与えて血流を勢いよく全身に送り出して、ドッドッドッと、強いリズムで私の内側を叩いた。この心のさざめきを抑えるように、私は胸に手を当てて牧君に言った。
「私、牧君といたら痩せられるかもしれない。」
「どういうことだ?それ。」
「えへへへへ。」
こんな牧君といたら、動悸は収まらないし、体の内側から燃焼して、良いダイエットになりそうだよ。なんて言ったらきっとまた「そんなこと言ってないで、筋トレしろよ。」なんて言われるに決まってる。だから今日は牧君にヘラヘラと笑いかけるだけにしておこう。
「牧君、何食べる?」
「A定食とカツカレー。」
「ええっ!カツカレーもいっちゃう!?めっちゃ食べるじゃん。」
「これでも減らしてる方だぞ。この後、動くからな。」
「うーん、私もA定食にしよっと。あー!でもどうしよう。牧君カツカレーだもんなあ。トンカツもいいなあ。唐揚げミニセット追加しちゃおうかなあ。」
「揚げ物ばっかりだな。」
「あ、ほんとだ!」
日当たりの良い外階段を下りて、私達がいた教室とは別棟にある学食に向かう。一旦校舎の外に出ると眩しさが目を射る。太陽の位置を確認するように空を見上げた。本格的な夏に向かって、勢いにあふれる真っ白な入道雲が沸き立つ。輪郭のはっきりした青と白を背負って学食棟が見えてくる。ああ、もう少し牧君と繋がって歩いていたい。繋いだ私の人差し指は、指一本のくせに、大変往生際が悪い。あの入口の階段まで。いや、食券機の手前まで。心の中で、もう少し、もうちょっと、と唱えた。
と牧君が言ったから、私はてっきり買い物か何かにお付き合いすれば良いのかと思っていて。
「いーよ。私でよければ。」
なんて軽々しく言ってしまったのだった。
***
どうして私なのかな、と未だ答えの出ない期末テスト最終日。テストは午前中でおしまいだったけれども、テスト問題よりも私の頭を悩ませるのは、牧君の存在である。牧君とは二年の時に同じクラスで、出席番号の並びからよく日直のペアになっていた。クラスの中ではまあまあ会話する男子、という位置付けだったけれど、それは学校でのみ成立する関係で、学校の外で二人で会ったり、出掛けたりするなんてこともなかったし、ましてや誘われることも。だから牧君が私に好意があるなんて、これっぽっちも感じたことはなかったし、私自身、人生で一度だってモテた記憶はないのだから、この類のアンテナの低さには定評がある。いや、こんなこと自慢してどうするの、私。チビでぽっちゃり気味だし、顔だっていたって普通だと思うんだよね。そんな私をどうして牧君は好いてくれたのか。これは今日の数学のテストよりも難解。
「で、牧君、いつ付き合えばいいの?」
「え?いつ、、、とは?」
「うん、日を決めてもらわないと、私だって予定あるもん。」
「いや、えっと、あのな、、、。」
牧君に告白されたと思ってもいなかった私は、このように非常にとんちんかんな返答をしてしまった。牧君があの時、狐につままれたような、どうしてよいか分からず唖然としていた顔が忘れられない。あれを思い出すと、(私のせいであることは棚に上げて)あまりにも可笑しくて、今でも吹き出してしまうくらい。思えば牧君は最初からとても根気強い人だった。
「付き合うって、意味分かってるか?」
「、、、?買い物か何かの付き合って欲しい用事があるんだよね?単発の。」
「単発じゃない。ずっとだ。」
「ずっと?」
「言い方変えるぞ。好きです。彼女になって下さい、だ。」
「えーーーー!!!」
そんなわけで、牧君の彼女、というポジションをゲット。ベンチ入りを果たし、見事レギュラーとして活躍させて頂くことになりました。
***
「名前!牧君に告られたってホント?なんでっ!?」
「、、、分かんない。私が聞きたいよ。」
仲の良い女友達数人に囲まれる。皆一様に興味津々で聞いてくるが、私はため息で返した。
「遊ばれてんじゃないの?」
「でも遊ぶ価値ある?名前と。」
「だよね、、、。牧君、何考えてんの?」
ちょっと!みんな私のこと何だと思ってんの。
「牧君に聞いた?名前のどこが好きなのかって。」
「そんなこと聞けないよ。恥ずかしいじゃん。」
私は口を尖らせて頬杖をつきながら言う。男の子と二人きりになったり、話したりすることにはもともと抵抗はないタイプだ。それはなぜかというと異性として意識しないし、されないという強い前提が私にあったから。あくまでも友達だったりクラスメイトという枠の中でなら、私は自由に泳ぐことができていたのだ。それがなぜだか牧君からバキバキに女の子として意識されていたということを知り、私は息継ぎすらもやり方を忘れてしまった。
「名前って、男子とも気軽に話せるじゃん。そういうところ?」
「ごはんたくさん食べるとこじゃない?」
「あはは、そうかもね!牧君、体育会系だし!」
「なにそれ、ウケるんだけど!」
友達は私のぽっちゃりネタを持ち出しては、口々に好き勝手なことを言うもんだから、私はアドバイスを求めることを諦めた。恋愛って難しいもんだな。もし自分から好きで、すごく好きで、念願叶って付き合えることになってたとしたら、両想いであるという事実だけで胸いっぱいになっているのかなあ。牧君は決して悪い人ではないし、話しをしてて嫌な感じもないので、軽い気持ちで彼の気持ちを受け取ってしまったことに、軽く罪悪感が芽生える。これは逆に牧君に失礼だったのかな?どうしてこういうことはテストに出ないのだろう。みんなは、牧君は、いつ、どこで、この気持ちを学んで自分のものとするのだろう。私がこうやって悶々と一人教室で居残って考え事をしていると。後ろの扉が開く音がして、ふわっと教室の空気が動いた。待ち人来たる。牧君だ。
「すまん。遅くなった。先生と打ち合わせしてた。」
「いいよ、いいよ〜。お疲れ様〜。」
「何してた?」
「ん、お腹空いてお菓子食べてた。」
私は残り少なくなった、スナック菓子の袋を牧君に見せる。
「名前、昼メシは?」
「えっ」
「昼メシ。」
「たっ、食べてない、、、よ。」
今、サラリと言ったけど。牧君は今、私のことを名前で呼んだ。こないだまで苗字で呼ばれていたのに。こういった二人の関係の変化に私は準備が出来ておらず、言葉が止まる。えっと、えっと、、、呼び方なんて考えてなかったよ、、、!牧君って、見た目を裏切らないよね。どうしてこんなことまでスマートにこなしちゃうんだろうな。一方で私は胸がパチパチしている。ドキドキと表現することすら気恥ずかしい自分が間抜けに思えて仕方がない。ただ名前で呼ばれただけなのに。私は自分の子供っぽさが余計に強調された気がして、うつむいて、菓子袋に手を伸ばした。
「お昼、牧君がどうするか聞いてなかったからさ、、、。だから、コレ食べてた。ははは。」
私はまだ下を向いたまま、スナック菓子を頬張った。噛み砕く音がやけに私の内側に響く。牧君を見れないんだけれど、なんだかずっとこちらを見ているような気がするのを、私は口をもぐもぐさせながら感じていた。
「あぁ。すまん!悪かった!」
牧君は、両手をぱちんと合わせて頭を下げた。あまりにも牧君が大袈裟で、心からお詫び申し上げます、と言わんばかりの姿勢に驚いて、こちらも自然と身振りと声が大きくなってしまう。
「え、どうしたの、牧君。そんな、気にしなくっていいってば!」
「いや、実は、名前の友達の、ホラ、髪が長い、、、」
「ああ、みーちゃん?」
「そう、みーちゃん?、、、にこないだ言われたんだ。「名前はお腹が減ると不機嫌になるから、気をつけないと嫌われるよ。」って、、、、。」
私の友達は、私の知らぬところで牧君にいらないことを吹き込んでいた。絶対それ、言わなくていーやつ。
「あのね、牧君、、、。いや、うん。私もそういうとこ、、、コホン。悪い癖だっていうのは自覚してるのね?うん、、、だからさ、牧君のせいでもなんでもないしさ、、、。ホラ、だからこうしてお腹空いたら勝手に食べるし。」
そしてまた私はもぐもぐしながら、なんでこんな言い訳。自分で言っててこの癖、いかにも子供っぽくて、情けなくなってくる。そう、私って空腹になるとイライラしちゃうらしい。これ、自分では全く気付いてなかったんだけど、友達に言われてから意識するようにしている。だから痩せないのか、というのは愚問です。
「ねえ、牧君。みーちゃん、他に変な事言ってないよね?」
話しかけて顔を上げると牧君が、鞄から菓子パンを取り出すところで、私はそれを指差して聞いた。
「え。ちょっと、何それ。」
「えーと。餌付け?名前の。」
クエスチョンマークをわざとらしく付けて、私に向かって笑う牧君のジョークは全然面白くない。
「みーちゃん?が結構な勢いで釘刺してきたからなあ。はは。ちゃんと食べさせておかないとな。嫌われたくないんでな。」
「もお、やめてよー。」
「すまん、すまん。これ、要る?要らないならオレが、後で食べる用に取っとくぞ。」
「うん、そうして。あ、部活は?もう行く?」
「午後から。まだ時間ある。」
牧君は私を見てにっこりと微笑む。大人のスマイルだ。牧君は大会前だし、いや大会前でなくても、うちのバスケ部は毎日遅くまで練習している。それを知ったのは、牧君と付き合ってからで、こうして二人で会う時間って、実は全然無いということを知った。
「テスト明けで部活久しぶりだし、早く行きたいでしょ?私のことは気にしなくっていいよ。」
「気にする、気にしないの問題じゃない。俺が名前に会いたいし、話したいだけだ。」
そんなセリフをこれまたさらりと言ってのける牧君。これが全然気取った風でもないし、わざとらしくもない。なんの衒いもないストレートな言葉は私の胸をパチパチと叩いて、頰を熱くする。その熱を払うかの如く、だからつい私は露骨に聞いてしまったのだ。
「どうして?」
「ん?」
「どうして私なの?」
「何が?」
牧君は自分の頬杖に少し体重をかけて身を乗り出し、机を挟んで位置する私との距離を詰めた。私の言葉に進んで耳を傾けるその姿もまた、余裕を感じさせるから、余裕のない私は常に焦って答えを探そうとする。
「私、どう見ても、平凡だし、スタイル良いわけでもないし。」
それなのに牧君は、スポーツやってて、背もめちゃくちゃ高いし、バスケ部だし、キャプテンだし、落ち着いているし、大人だし、あと黒いし、私と共通するところなんて何一つないのに。なんて心の中でブツブツと違いを列挙すればするほど、悄然と身をすぼめて私の声は湿っていく。
「どこが?言うほど太ってないだろ。痩せたいの?」
「牧君、体重どれくらいある?」
「体重か?80ないくらいだ。」
「ふうん。」
良かった、、、。私の方がまだ軽かった。と安堵するのは、牧君との身長差を度外視しているので哀れではあるけれども。牧君は続けて私と会話する。
「名前は?体重。」
「言うわけないじゃん、、、!」
「数字は気にする必要ないぞ。要は見た目だろ。筋トレしたら?筋トレ。何?どこが気になるんだ?」
「二の腕とかぁ、、、。」
そりゃ、部活してて、毎日運動している牧君は、簡単に筋トレと言われますけれども〜、私のようなちんちくりん体型はホラ、そういう努力が継続できないから現状、こうなってしまっているわけでぇ、、、。と、言い開きの代わりに、袖を捲し上げ、重力に全く抗うことない、たぷついた二の腕を確認するようにさすった。
「全然許容範囲だろ。女子って気にしすぎだな。」
そうして、牧君は言いながら手を伸ばし、私の二の腕をつまんだ。
ぶにっ。
ひっ!引き攣るように息を吸って、私の心臓は一気に氷点下へ。そして次の発声に備えるように自分の呼吸の仕方を再確認して、牧君に訴えた。
「えー!!!やだっ、ちょっと!何で触るのお?!」
「名前が見せてくるからだろ。そういうとこだぞ。」
「何!?そういうとこって!」
「全然男の目を気にしてない。ユルい。警戒心がない。」
「誰も私のこと、そんな目で見てないってー。ははは、牧君、お父さんみたいなこと言う!」
「むっ。お前な。ちゃんと見てる奴、いるだろう?」
「どこに?」
「ここに。」
きょとんとした顔の私に牧君はがっくりした顔をして、嘆息を受け止めるように顎に手を当てた。そして明後日の方向を見ながら、淡々と話し始めた。
「例えば、名前ってさ、暑いからってスカートめくって、教室で平気で扇いだりするだろ?消しゴム拾おうとして、胸元気にしないでしゃがむよな?それから、友達と喋りながら肩のブラ紐よじれてたりするの、直したりしてる。」
「ひえっ、、、、!」
やだっ!牧君!なんでそんなところ見てんのっ。牧君に見られてる。み、見られてた。恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしいーーー!私が赤面してプルプル震えているのを牧君は、横目で確認し、多少フォローめいたことを言う。
「あ、そういうの全部を批難しているわけじゃないぞ。ただ見てる奴は、見てるから気を付けるんだぞって、話。」
「見てる奴って、、、それって、牧君とか?」
私は探るように目を光らせ、訴えるように牧君に言う。
「ははは。好きな人のことは目で追ってしまうよな。」
ほら、また牧君はそういうことをさらさらと言ってケラケラと笑う。素直に喜んでこそ可愛げがあるというのに、こんな時の私といったら、未経験の戸惑いや驚き、少しの嬉しさといった感情が複雑に化合して、あいまいな表情を作ってまごついた。そんな私を置き去りにして、牧君はまた私の二の腕をぶにぶにと面白そうにつまんだ。
「これ、マズイな。」
自分の意識から遠くかけ離れたところで、牧君にされるがままだった二の腕。私の意識はこの牧君の一言で引き戻され、心には強張りの波が走る。えっ、さっき、許容範囲って言ってくれたじゃん。ちょっとホッとしてたのに。
「やだやだ、もう牧君!そんなこと言わないでよ!さすがに傷付く!」
牧君に言われるのが、と付け加えるのはなぜだか躊躇ってしまう。彼女というポジションに未だ据わりの悪い自分が頭をもたげた。
「逆だ、逆。名前のココ、柔らかくてずっと触ってられるかも。ハマる。」
「、、、も、もう!牧君!」
「はははははっ。」
恥ずかしい、という気持ちでいっぱいなのは、牧君によく思われたいからなのだと思う。どうやったらもっと私を好きになってもらえるのか、先程からそればかり気にしている私がいる。付き合っているのに、まるで片思いをしているみたいに、牧君を想う。
「学食行くか。俺も昼メシまだなんだ。」
「うん。何食べようかな!日替わりあるかな。テスト明けの学食行ったことないかも。」
「部活生ばっかりだもんな、この時間。」
他愛のない会話をしながら教室を二人で出る。牧君との会話はテンポよく進むから、楽しい。
牧君には、姿勢も、話し方も、雰囲気にも、余裕あるあそびの部分が存在しているからか、少しとぼけたことも言う。これが、たとえ私の方がギクシャクした受け答えだったとしても、全体として二人の会話の風通しを良くしてくれているのだと思う。だけども。
「あ、名前さ、、、」
「何、何〜?」
「手、繋いでみる?」
こうやって、突然牧君から突風が吹いてくることにはやはり慣れない。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたであろう私を見て、牧君は私を上から見下ろして、まるで薄日が差すような微笑を洩らした。牧君が制服のポケットから差し出した手は大きくて。私は牧君の顔と手を交互に見やる。この提案は、真面目に言っているのか、私をからかっているのか、そんなジャッジすら私には難しすぎる。
「ここ、学校だよ、、、?」
「廊下くらいいいだろ。誰も見てない。」
どうする?とでも言わんばかりに、牧君は手のひらを私に向けて待つ。牧君はやっぱり根気強くて、私のためらいの時間も急かさないで待ってくれる。
「ん!」
「ん?」
こんな牧君に翻弄されるのも悔しくて、左手の人差し指を差し出す。牧君は一瞬不思議な顔をして、だけど私の意図するところを理解したらしく。
「え?一本だけ?」
「うん。」
ふっ、と笑いながら私の人差し指を、きゅっと包むように握った牧君の仕草に、私の胸はきゅっと驚く。
「これ、いずれは繋いでくれる指、増えてくシステムなのか?」
「うん。そう。そういうことにしとく。」
牧君から顔を背けた廊下側に視線を移した。私の頰は赤く膨れる。もしかしたらこの熱で少しはカロリー消費も可能なんじゃないだろうか。なんてもはや見当違いなことを考え始めた。私の指をプラプラと揺らしながら、軽やかに握る牧君は少し吹き出して。
「ははは!先が長いな。」
「そんなに簡単に言わないでよ。牧君に追いつけないよ。」
私は牧君を見上げて、牧君は私を見下ろして、目が合う。
「大丈夫だ。置いてかないから。」
言い聞かせるような牧君の喋り方は私の心を優しく温める。一方で、牧君の手に力が込められたのが、繋がれた指先から伝わる。それを合図に、温まって準備万端と言わんがばかりに、私の心のポンプが圧力を与えて血流を勢いよく全身に送り出して、ドッドッドッと、強いリズムで私の内側を叩いた。この心のさざめきを抑えるように、私は胸に手を当てて牧君に言った。
「私、牧君といたら痩せられるかもしれない。」
「どういうことだ?それ。」
「えへへへへ。」
こんな牧君といたら、動悸は収まらないし、体の内側から燃焼して、良いダイエットになりそうだよ。なんて言ったらきっとまた「そんなこと言ってないで、筋トレしろよ。」なんて言われるに決まってる。だから今日は牧君にヘラヘラと笑いかけるだけにしておこう。
「牧君、何食べる?」
「A定食とカツカレー。」
「ええっ!カツカレーもいっちゃう!?めっちゃ食べるじゃん。」
「これでも減らしてる方だぞ。この後、動くからな。」
「うーん、私もA定食にしよっと。あー!でもどうしよう。牧君カツカレーだもんなあ。トンカツもいいなあ。唐揚げミニセット追加しちゃおうかなあ。」
「揚げ物ばっかりだな。」
「あ、ほんとだ!」
日当たりの良い外階段を下りて、私達がいた教室とは別棟にある学食に向かう。一旦校舎の外に出ると眩しさが目を射る。太陽の位置を確認するように空を見上げた。本格的な夏に向かって、勢いにあふれる真っ白な入道雲が沸き立つ。輪郭のはっきりした青と白を背負って学食棟が見えてくる。ああ、もう少し牧君と繋がって歩いていたい。繋いだ私の人差し指は、指一本のくせに、大変往生際が悪い。あの入口の階段まで。いや、食券機の手前まで。心の中で、もう少し、もうちょっと、と唱えた。
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