強個性とは呼ばないで
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その日の夕方。
業務を終えて帰ろうとした夏季に、上司が声をかけた。
「弾〜! 今晩飲みに行くで」
「何で決定事項なんですか」
「どうせこのまま帰るだけやろ? 上司命令や。付き合え」
「何で暇って決めつけるんですか……」
とは言え、このまま帰るだけなのは事実だ。
タテ社会における上司命令ということもあり、夏季は所属する班の皆と飲みに行くことになった。
「カンパーイ!!!」
行くまでが面倒だが始まってしまえば楽しい、というのは、この飲み会においてはあり得ない。
何より先輩警官の絡みが鬱陶しいこと極まりないのだ。
「弾今日は良くやったな〜!!」
酒が入って数十分。
程よく酔った上司が、ぐりぐりと夏季の頭を犬のように撫でくり回す。
「ちょっと、止めてください。セクハラで訴えますよ」
「褒めてんねんから、素直に受け取りや~」
どれだけ夏季が嫌な顔をしようとも、わしゃわしゃと髪をかき乱す手は止まらない。
「じゃあもっと普通に褒めてくださいよ」
「夏季はツンデレやんな~」
「はあ!? どこがですか!!」
叫んだ夏季に同僚からの冷静なツッコミ。
「そういうとこやん?」
──彼らが呑み始めて1時間と30分。
夏季はお酒は好きなのだが、弱い。
調子が良ければ4杯、悪いときは2杯でダウンする。
今日は調子が悪い日だった。
「だぁかぁらぁ! 何で毎回毎回あたし一人で応戦しなきゃいけないんですか!!!」
そして、酔った夏季はかなり面倒くさい。
「あたしの個性が制圧能力が高いから? ふっざけんな! あんた達も警察官でしょう!!?」
「だって俺らは没個性やねんから。仕方ないやろ」
まともに取り合うと面倒なので、適当にあしらおうとする同僚たち。
「あたしだって没個性ですよ!!!」
“個性”自体は銃口が作れるだけなのだ。
強固性とは程遠い。
「そんなことあらへんがな。警察ン中じゃ十分強いで」
警察には、いわゆる弱個性の者や無個性の者がほとんどだ。
夏季のように、対人向きの個性を持つ者は少ない。
「せやで弾。自信もってこ!」
同じくへべれけの上司がガッツポーズを作る。
「なんの慰めにも解決にもなってないんですよぉ!!!」
もうこのまま酒で沈めてやろうか、だがこいつを連れて帰るのは面倒だな、と皆が思い始めたころ、夏季のスマホにメールが届いた。
ポヤーっとした頭のまま、送られてきた文章に目を通す。
それは、ファットガムからだった。
『お疲れさん』という件名に、
『今日はお疲れさんです!
ちゃんと連絡入れてくれてたのに気づけへんくてごめんなぁ!!
お詫びと言っちゃあアレやねんけど、今度メシでも行かへん?』
という簡潔な文章。
ふと、今日の出来事が脳裏に浮かび上がる。
この没個性をカッコイイと褒め称えてくれたヒーロー。
それがどれだけ嬉しかったことか。
ウフフ、と普段の夏季からは想像も付かないような笑みが零れる。
その気持ちのままにメールの返信ボタンをタップする。
……先に言い訳をしておこう。
この時夏季はかなり酔っていたのだ。
記憶などほとんど残っていない。
なので、
『いいですよー(^-^)』
と、顔文字付きで返信してしまったことに、翌朝夏季は非常に後悔することになる。
*************
「ファッ!!!?」
先ほど送ったメールに、秒で返信が来てファットガムは目をまん丸にした。
「どうしたんですか、変な声出して」
サイドキックは、うるさいとでも言いたげな目で、ファットガムを見上げる。
「返信来てん! 夏季から! それもOKの!!」
「へえ。良かったじゃないですか。あんだけ唸りながら送るか迷った甲斐ありましたね」
そう、メールを送る前にファットガムは鬱陶しいほどサイドキックにメールの内容を確認してもらっていたのだ。
「なあ、なんて返したらええと思う?」
ファットガムはゆさゆさとサイドキックの肩を揺さぶる。
「うわああぁ、それくらい自分で考えてくださいよ」
「だってこんなん送るん初めてやねん!」
ベソかき顔になるファットガムに、サイドキックは呆れ顔だ。
しかし、どこか憎めない愛嬌が彼にはあるのだ。
「じゃあ、すぐに日時決めたほうがいいですよ。女性の心変わりは恐ろしく早いですからね……」
暗い笑顔になったサイドキックに、ファットガムは心底不安になった。
「……辛い事あるんならファットさんに言いや?」
サイドキックとの付き合いはまだそこまで長くない。
だからこそ、コミュニケーションは大事にしていかなければならない。
「いえ、すみません。大丈夫です」
「そか。ほんなら、いつにしたらええと思う?」
サイドキックを頼るのもコミュニケーションのひとつ。
ただこれは頼ると言うより、丸投げと言う。
「……そろそろ自分で決めはったらどうです?」
本気で怒られそうなので、とりあえず案を出してみる。
「ほな、明日とか?」
「そんな急だと逆に警戒されますよ」
「ええ〜、じゃあ1週間後?」
「そんなに長く空けると、ドタキャンされる可能性があります」
容赦ないサイドキックの返答に、ファットガムは不貞腐れたように呟く。
「どないしたらええねん……」
──かくして、ファットガムは4日後に食事の約束を取り付けたのである。