強個性とは呼ばないで
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大阪府警がファットガムと協力要請を結んでから3日目のことだった。
「ファット! 何寝てはるんですか! 出動要請ですよ!!!」
「ふぁっ!!?」
サイドキックの大声で、社長椅子で爆睡していたファットガムの大きな鼻ちょうちんが弾けた。
「ケンカか? 場所はどこや?」
寝ぼけ眼ながらも、身体は既にドアに向かっている。
「ちゃいますよ! 薬物取り締まりの要請です。繁華街の3丁目に急いでください!!」
「よし来た!!!」
ファットガムはその巨体からは想像もつかない速さで現場へ急行した。
繁華街3丁目は、ファットガム事務所から歩いてもせいぜい 20分程度だ。
走れば10分とかからない。
着いてみると、警官が十数人、ある通りを塞ぐように立っている。
「遅なってすまん! ファットガム到着や!!」
ただでさえ大きい声をさらに張り上げると、警察官の一人が怒鳴り返してきた。
「ファット! 何しとったんや!! 」
すんません! と謝る前に警官が畳み掛けた。
「今弾が一人で応戦中やから、早よ行ったって!!」
急に夏季の名前を出されて、胸がザワつくのを感じた。
返事もそこそこに、通りを走る。
日々のパトロールで、この辺りの地形は大体頭に入っている。
この道は確か行き止まりになっていて、通り抜けることは不可能だ。
入口を塞いでしまえば犯人が逃げることはできない。
警察の判断は賢明だが、この通りはさほど狭くない。
それなのに、夏季一人で犯人と対峙しているというのは少々気がかりだ。
と、「府警」の文字が目に入った。
「夏季!!」
所構わずお得意の大声で呼んだ。
その声に驚いたのは、他でもない犯人だ。
「ファットガム!!? 何でヒーローがここにおんねん!!!?」
「ファット!? ……よかった」
首だけ振り返った夏季はホッと安堵の表情を浮かべた。
「夏季! ちょい伏せとき!!」
ファットガムは大きな拳を振りかぶった。
「堪忍しぃや!!!」
ギラつく目は、普段のファットガムを払拭させる。
ファットガムの振り抜いた拳は、残念ながら犯人には効かなかった。
「……おかしいわ、何の個性や?」
武闘派のファットガムは、パンチには自信を持っている。
それが効果なし、というのは気に食わない。
そんなファットガムの表情を読み取った犯人は、態度を大きくした。
「俺の身体は盾みたいに頑丈やねん! ファットのパンチなんか効かへんわ!!」
自分の個性をわざわざ言ってしまうところが、下っ端らしい。
チラリ、と夏季の位置を確認して、
「どけ!!!」
犯人は盾のような身体のまま、夏季に突進した。
正面から攻撃をモロに受けて、地面を転がる。
「夏季!!」
ファットガムは叫んだ。が、彼の心配は無駄に終わった。
綺麗に受け身を取った夏季は素早く身を起こして声を張る。
「待ちなさい! あなたを危険薬物所持、及び公務執行妨害で現行犯逮捕します!!」
警察官は“個性”の使用による逮捕を禁じられている。
だが、例外もある。
公務執行妨害がそうだ。
「ポリ公が偉そうに言うなや!!」
「警察なめんな!!!」
夏季は片手をピストルの形にして、脱兎のごとく逃げる犯人に向けた。
BAN! BAN!! BAN!!!
乾いた音が数発。
同時に、
「いってぇ!!!」
と、犯人がその場に倒れ込んだ。
ファットガムにとっても一瞬の出来事で、何が起こったのか分からなかったが、夏季の鋭い声で我に帰った。
「ファット! 今よ!!」
「お、おお!!」
すかさず捕まえて、脂肪に沈める。
満足気な顔をする夏季に、ファットガムは恐る恐る訊ねた。
「今……こいつ撃ったん?」
「はい」
「死んでへんのん?」
沈めておいてなんだが、死体を腹に持っておくのは少々気分が悪い。
「違いますよ。さすがに実弾では撃ちませんって。BB弾です」
へっ? と間の抜けた声が出る。
「でも今、どうやって?」
夏季は先ほどと同じように手をピストルの形にした。
こちらを向いている指先は銃口になっている。
「……これが私の“個性”です。身体のどこにでも自由に銃口を作れるんです」
ファットガムは心の底から言った。
「めっちゃええ個性やん!!」
今まで、そんなふうに褒められたことはなかった。
派手でカッコイイ個性でも、実用的な個性でもない。
所謂、没個性。
個性が発現してからずっとそう思われてきたし、自分自身もそうだと思っていた。
だから、個性を褒められることがこんなに嬉しいことだとは知らなかった。
その後はファットガムの質問攻めだ。
「銃口ってほんまにどこにでも作れるん?」
「はい。例えば……」
袖をめくると、ガチャリと夏季の右腕に銃口が現れた。
「こことか、ここにも……」
手のひらや首元にも発現させる。
そして最後に右目を銃口に変化させた。
「ざっと、こんな感じですかね」
「出せるのは1個だけなん?」
「いいえ。最大10個までは出せます。ちなみに口径も自由ですよ」
夏季は手のひら大の銃口を作って見せた。
「へぇ! ほんで、弾はどこで充填してるん?」
この質問には少しだけ躊躇った。
「えーっとですね……。私の体内に取り込んだものが弾になるんです」
「ふぅん?」
首を傾げたファットガムに夏季は眉を下げた。
「たぶん、見せたほうが早いですね」
そう言うと夏季は地面に落ちていた石をパクリと飲み込んだ。
「!!?」
驚きに言葉も出なかったファットガムを尻目に、夏季は手のひらの銃口を地面に向けた。
BAN!!
あの乾いた音が響いて、先ほど夏季が取り込んだ石が出てきたではないか。
「感覚としては、胃袋が複数あるって感じですね。ちゃんとした胃とは別に、弾を蓄えておくための袋があるんです」
要するに食べたものを吐き出しているのだ。
女性があまり誇れる個性ではない。
だが、
「カッコええやん! 銃口!! 俺もそんなカッコええ個性欲しかったわ!」
ファットガムは手放しで褒めちぎった。
「あ、ありがとう…ございます」
夏季は少し照れたように目を伏せた。
と、ファットガムの腹に沈んだままの犯人に気付いた。
「ちょ……、この人このまま死んだりしませんか?」
「おお、忘れとった! 死にはせーへんけど、早よ出してあげよか」
二人は通りを引き返した。
こうして、初の協力逮捕は無事に終わった。
──かのように思えた。
***************
「ファット、おかえりなさい。出動お疲れ様です」
事務所に戻ると、すぐにサイドキックが労いの言葉をかけた。
「おお、ありがとさん。アメちゃんやろか?」
「遠慮しときます。それより、スマホ忘れて行ってましたよ」
「あ、ほんまや」
ファットガムは机の上に置きっぱなしのそれを手に取った。
寝起きのまま飛び出したので、存在を忘れていた。
電源を入れて、待ち受けに現れた通知に目を疑った。
着信が6件。
そのうち2件はヒーロー仲間からで、残りは全て夏季からだった。
規則だなんだと言いつつ連絡を入れてくれたことを嬉しく思いつつも、1件も気づかなかったことを申し訳なく思う。
と、夏季のセリフがフラッシュバックしてきた。
「ファット! ……よかった」
この「よかった」は、応援が来たことではなく、ファットガムと連絡が取れなかったことで、何かあったのではと心配していたからではないだろうか。
何より、この予想を今になるまで悟らせなかった夏季の気遣いに涙が出る。
「最っ低やん、俺……」
ぼそりと呟く。
そのあまりの絶望的表情に、
「いつものことやないですか」
とは決して言い出せなかったサイドキックである。