ヒーローと警察
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関西地方、江洲羽市。
陽気な気性の人々が集うこの街には、とある人気ヒーローがいる。
「ファット! うちのたこ焼き食っていきや!」
店先の店主が大声で呼びかける。
「おーきに!」
それに答える声は一段と大きい。
バクバクとたこ焼きが運ばれる大きな口。
伸縮性のある黄色いパーカーと目元を覆う黒いマスク。
森の中に昔から住んでいる生き物のように大きく弾力のある体。
関西では有名な、BIMヒーローのファットガムだ。
彼はのっしのっしと歩きながら、今日のパトロールを終えて事務所へ帰った。
ファットガム事務所は二階建てで、1階は広々とした受付で、2階が事務室だ。
2階に上がり、ファットガムの巨体でも優に潜れるドアを開けば、事務仕事中のサイドキックが顔を上げた。
「ファット、パトロールご苦労さまです。ファットにお客様ですよ」
「おう、お疲れさん。客って誰や?」
「直ぐに分かりますよ」
ふふっと笑って、ファットガムの仕事部屋への扉を指さした。
「何やその意味深な言い方は……」
ジト目でサイドキックを見ながら、仕事部屋へ入った。
ソファーに座り、ファットガムを待っていた客。
その背中にでかでかと書かれているのは「府警」の文字。
すぐに何者であるか分かった。
その警察官は、ファットガムが来たことには気付かずに姿勢を正したまま前を向いて座っている。
「お待たせしてすんません。ほんで、何の事件ですか?」
背後から声をかけると、警察官は慌てて立ち上がり、身長250cmあるファットガムを見上げる形で敬礼した。
「パトロールご苦労さまです! すみません、気付かなくて! あ、えっと……初めまして、弾と申します!」
たどたどしく挨拶をする姿に、新人警察官だろうと予想を立てた。
かなり緊張しているようで、短い髪から覗く耳は赤らんでいる。
一人で訪問しているところを考えると、今回が初の単独任務なのかもしれない。
ファットガムは緊張を和らげてやろうと気さくに話しかけた。
「えーと、弾くんやっけ? 君いくつなん?」
「えっ、22ですけど……」
「なんや、俺と同い年やん! ほなタメ口でええよ!」
「いえ、それは流石に……仕事ですから」
「ええやんええやん、男同士仲良くしようや!」
そう言うと、警察官はさらに複雑な顔をした。
「あの……すみません……。私、女なんです……」
チッチッチッと時計の秒針の音だけが部屋に響く。
30回ほど秒針を刻んだ頃、
「ホンマ、すみませんでした!!!」
ファットガムは、大きな体を少しでも小さくしようと床に縮こまった。
「いえ、よくあることなんで大丈夫ですよ」
本当によく間違われるのだろう。
不機嫌な様子はなく、むしろどこか申し訳なささえ感じる。
しかし、問題はそこではない。
「そういうことちゃうやんか! 女の子を男と間違えるとかアカンやろ!?」
ファットガムは唾が飛び散りそうな勢いで言う。
「警察は男所帯ですから。仕方ないですよ。それにほら、見た目もこんなですし」
取り乱すファットガムを安心させるように、短髪をサラリとかきあげてみせた。
気負わせないように努めて明るくフォローを入れる優しさにファットガムは、堪忍なぁ、と半ベソ状態である。
「それより、仕事の話をしましょう。だから顔を上げてください」
いつまでもしょげていては漢が廃るというものだ。
「……せやな」
ファットガムも仕事用の顔に切り替えた。
「えーと、それでは改まして。大阪府警違法薬物捜査班、弾 夏季巡査です。本日はヒーロー・ファットガムに違法薬物使用者の取り締まりの協力要請に来ました」
“個性”の使用による逮捕を禁じられている警察官は、ヒーローに逮捕協力を要請することがほとんどだ。
ファットガムも今までに何度か府警と協力して凶悪犯を捕まえたことがある。が、
「ヤク中捕まえるんは初めてやなぁ。そういうんは警察のほうで取り締まるもんやと思っとったわ」
現代で起こっている事件は全て“個性”を使った犯罪ばかりで、捜査は警察の仕事だが、実際の逮捕はヒーローが行う。
凶悪事件において、“個性”で対抗できない警察の役目は、街の規制と犯人の護送だけだ。
裏を返せば、“個性”を伴わない犯罪の取り締まりは警察の仕事である。
薬物も、もちろんその中の一つだ。
夏季は脇に置いていた鞄から、ジップ付きの袋に入った錠剤を取り出した。
それを机の上に置いて、ファットガムの方へ差し出した。
「個性増強剤、通称AXってご存知ですか?」
「いいや、聞いたことあらへんな」
「個性を活性化させる違法薬物なんですが、ここ最近、関西圏で大量流出しているという情報がありまして。それで、捕物に強いファットガムに協力していただきたいのです」
「もちろん、お易い御用や!」
失礼なことをしでかしたこともあり、ファットガムは食い気味に了承した。
「ありがとうございますッ!!」
心底嬉しそうに、パッと表情を明るくした。
が、すぐに真面目な顔付きに戻す。
そして、鞄の中から今度は書類を取り出した。
「こちらが契約書類になります。ここにご署名をいただけますか?」
「ハイハイ、ここやんな」
夏季からペンを受け取り、サラサラと記入した。
捜査協力承認のサインをもらうと、夏季はパパッと荷物をまとめて立ち上がった。
「ご協力感謝します」
敬礼をして帰ろうとしたところを、ファットガムに引き止められた。
「あ、ちょお待ってや。弾……さん!」
敬称に迷っていたようなので、夏季はにこやかに言った。
「呼び捨てで構いませんよ」
もちろん、名字のことだったが、ファットガムは予想外の方向に捉えた。
「ほな、夏季。連絡先交換せーへん?」
そのセリフは全てが驚きに溢れていて、夏季はただ戸惑うばかりだった。
「えっ、あの……、えっと……要請時は事務所を通して連絡が行くと思うので……」
「そんなまどろっこしいことせんでも、俺に直接言うたほうが効率ええやん」
「ですが、規則なので……」
「俺が社長みたいなもんやし、大丈夫大丈夫! それに、ヒーローの連絡先知れるって中々出来へんことやで??」
人懐っこい笑顔で言われれば、強く断ることもできず頷いてしまった。
マスコットキャラクターのようなファットガムは、関西では大人気で、もちろん夏季もファンである。
公私混同があったことはここだけの話。
ただ、咄嗟の出来事だったので名前呼びの訂正はできなかった。
その後もお茶やたこ焼きを勧められて、厚意を無下にすることもできず、ズルズルと居座る。
「……ではそろそろ、失礼します」
チラチラと、黒い腕時計を気にしながら夏季は切り出した。
「おお、引き止めてごめんな! 気ぃつけて帰りや」
「ありがとうございます」
深々としたお辞儀の後、カチャリと静かに扉が閉められる。
夏季が出ていったドアを見つめながら、
「かぁいらしい子やったなぁ」
男と間違えたことは全て棚に上げて、ファットガムはポケーとした顔で呟いた。
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