愛の形はハートだと、一体誰が決めたのか
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「こンの……、どアホ!!!!」
個性の解けたファットガムの、渾身の一撃がマネルの脳天に叩き込まれた。
「いッッッてぇ!!!!」
頭を押さえてもんどりうつマネル。
「俺の怒りは! こんなもんじゃ治まらへんわ!!!!」
握った拳を震わせているファットガム。
そこには、怒り以外の様々な感情が込められていた。
泣きそうになる声を、大声でかき消す。
「俺は! お前と一緒にヒーローやれて、ホンマに良かったって思っててん! 事務所立ち上げてから、ずっと一緒やったサイドキックがお前で良かったと……、俺は……!!」
しかし最後には耐えきれず、ガクリと膝をついてボロボロと涙を零す。
「スマンなぁ。俺が弱いから。お前に苦しい選択をさせてもうた」
マネルはファットの前に膝をついた。
「ファット……。信じられへんと思いますけど、俺はあなたのサイドキックをやれて良かったです」
ベソベソと泣くファットガムの肩に手を置いた。
「さあ、行ってください。声をかけるべき人がいるでしょう?」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、ファットガムは夏季を呼ぶ。
「夏季……」
夏季は、女に逃げられないように、縛られていたロープを使ってぐるぐる巻きにしていた。
「?」
パッとこちらを向いた夏季の姿を見て、ファットガムは顔を赤くして背けた。
と、ここで夏季も自身の服が破かれていることを思い出した。
「すみません! お見苦しいものを……!!」
慌てて前を合わせる。
突然、バサリと目の前が暗くなり、柔軟剤の香りがした。
「そ、それ着ときや」
投げて寄越されたのは、ファットガムお馴染みのパーカー。
「大丈夫ですよ。血が付いてしまいますし」
「お願いやから! 俺のためやと思って着てほしい!」
切実な声に、夏季は素直に着た。
袖も丈もズルズルのブカブカだが、破れた服は隠せている。
すると再び、夏季の視界が真っ暗になった。
それが抱きしめられているのだと気付いたのは、頭上からファットガムのすすり泣く声が聞こえてきてからだった。
「夏季。よかった……、よかった……!!!」
ボロボロと大粒の涙を流しながら、ファットガムは夏季の肩を抱きしめる。
ぎゅうぎゅうと、逞しい腕で。
夏季の心に安堵感が広がる。
「ちょっと……、何でファットがそんなに泣くんですか」
フフっと笑みをこぼすと同時に、張り詰めていた糸がプツリと切れたようだ。
ボロボロと、夏季の目からも涙が溢れてきた。
「あれ……、すみませ……」
ぐしぐしと手で拭っても、涙は止まらない。
ファットガムは、その涙を全て受け止めるように、夏季の顔を身体に押し付ける。
「我慢せぇへんでええ。夏季はよぉ頑張った……!! 我慢することなんかあらへん!!!」
「でもッ……!」
その先の言葉が詰まって上手く出てこない。
その代わりに、夏季の喉から嗚咽が漏れる。
2人は身を寄せあって、まるで子どものようにわぁわぁ泣いた。
ああ、こんな風に泣いてしまうとは恥ずかしい。
泣くな、泣くな、と思うほど、涙は止まらない。
そんな夏季の心を読んだように、ファットガムが言った。
「いっぱい泣いてええんやで。……泣くことは恥ずかしいこととちゃう! 怖いときでも、悲しいときでも、嬉しいときでも、安心したときでも、人は泣くんや……!!」
そうか。
私は、泣いてもいいのか。
この仕事を選んだときに、泣くことは負けだと思っていた。
しかし。
それを真っ向から否定してくれる、ヒーローがいる。
その言葉に甘えて、夏季は涙を流し続けた。
*********
もう、どれくらい泣いたのだろうか。
瞼が重くなってきたとき、扉からある人物が飛び込んできた。
「おい、弾! 無事か!?」
「……荻野巡査部長!!?」
ドン! と、ファットガムを突き飛ばして、少しでも元に戻らないかと、目を擦る。
それが無駄な抵抗だということは分かっているが。
泣き腫らした顔の夏季と、彼女と同じ顔をしたファットガム。
その2人を微笑ましそうに見ていたマネルと、拘束されている女。
それらの光景を見た荻野巡査部長は、事件が解決したのだと悟る。
とりわけ、ボロボロになった夏季を見て、
「死ぬ気で証拠掴んでこい言うたけど、まさかホンマに死にかけんでもええやん」
と、くしゃりと顔を歪ませた。
「それが部下に対する労いの言葉ですか?」
夏季のいつもの生意気っぷりに、荻野巡査部長は心の中で一安心。
そうして豪快に笑った。
「ま、とにかくお前ら、よぉやったな。あとは俺らに任しときな」
荻野巡査部長が声をかけると、ぞろぞろと、麻薬取締班の皆が入ってくる。
速やかに女とマネルを捕らえると、パトカーに連行するため引っ立てた。
連れて行かれるマネルと、パチリと目が合った。
するとマネルは、その場に足を止めた。
「俺、ファットと弾さんのこと応援してるって言いましたよね?」
夏季が撃たれる前、確かマネルはそんなことを言っていたなと思い出す。
「凄く手荒なやり方だったとは思いますけど、上手くいったみたいで良かったです。終わりよければ全てよしって言いますもんね」
ケラケラと、どこか他人事のように笑う。
「……あなたもきっと、愛に救われますよ」
「そうだといいですね」
夏季の言葉は受け入れてないようだが、満足したように、マネルは2人の傍を通り過ぎた。
その背中に向かってファットガムが叫ぶ。
「俺は、お前が夏季にしたこと、絶対許さへんからな!!」
だから、と続けた声が揺れる。
「気の済むまで殴らせてもらうから、早う罪償って帰ってこい!!」
「……覚悟しときます」
そう言ったマネルの声もまた、揺れていた。