バカと個性は使いよう
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会話が途切れ、しばし無言の時間ができた。
耳を澄ましてみたが、部屋の外の音が何も聞こえない。
防音になっているのか、ここは静かな郊外なのだろうか。
時計もなく、窓の外も見えないこの状態では、時間の流れが分からない。
捕えられて何日も経っているのか、はたまた数時間しか経っていないのか。
それすらも分からない状況で、気が狂ってしまいそうだ。
「あいつ、遅いな…」
なかなか戻ってこないマネルに対して、イライラしたように女が言った。
「まさかバックれたんとちゃうやろうな」
ガジガジとマニキュアの塗られた爪を噛んだ。
「ああもう、イライラしてきた。クスリなんや待ってへんと、殺してまおうか」
カツカツとヒールを鳴らして、夏季の前に立つ。
その時だった。
「そこまでや!!!!」
バァン! と扉が蹴破られた。
まん丸フォルムに、トレードマークの黄色いパーカーと目元のマスク。
「ようやくヒーロー様のお出ましやな」
ニタリ、と女は口角を上げた。
入口には、普段の姿からは想像できないほど険しい顔をしたファットガムが立っている。
「今すぐその子を放せ!!」
「嫌やって言ったら?」
「お前を捕まえるまでや!」
飛びかかろうとしたファットガム。
それよりも早く、女は懐から拳銃を抜いて夏季の頭に突き付けた。
「そこから1歩でも動いてみな。この女の頭が吹っ飛ぶで」
ツゥ、と夏季の背中に冷たい汗が流れる。
銃口が個性の自分が銃口を向けられているというのは、なんとも皮肉な話だ。
「卑怯な……」
ギリリと拳を握り締めた。
「ファット、私のことなんかどうでもいいから、早くこの女を!」
「どうでもいい訳ないでしょう!!」
瞬間的に怒鳴ったファットガム。
しかし、夏季は違和感を覚えた。
その違和感の正体はすぐに分かった。
「そこまでや!!!!」
先ほどと同じセリフを叫んで、一人の青年が飛び込んできた。
2メートルはある大きな身体に、ふわふわのくせっ毛。
脂肪を蓄えてないローファットのほうの姿だ。
夏季も女も、一度はこの姿の方も見ているので、突然入ってきた青年がファットガムだということは分かった。
ぜえぜえと肩で息をしながら、部屋の中をにらんでいる。
と、先に入って来ていたファットガムを見つけた。
まるで幽霊でも見ているかのように、口をパクパクとさせる。
「何で……、俺がおるん……?」
震える指でノーマルファットを指さして、夏季に尋ねた。
「あたしに言われても……」
夏季も、訳が分からないというふうに首を傾げる。
「どっちが本物なん?」
女の拳銃が、迷うようにノーマルファットとローファットに向けられる。
「どっちもヒーローに変わりありませんよ!」
ノーマルファットが、そう言いながら銃を奪おうと女に飛びかかる。
すかさず女は引き金を引いた。
バン! と乾いた発砲音。
銃弾がノーマルファットの肩を撃ち抜いたと同時に、ボフンと煙が上がる。
「あんた……!!!」
「完全さん!!」
個性によって、ファットガムに変身していたのだ。
撃たれたものの、女の腕を取り銃を叩き落とす。
そのまま体を反転させて、押さえ込む。
「ぐッ……! あんた、こんなことして許されるとでも思ってへんやろな!?」
「俺はもう既に、許されないことをしてますから」
マネルは自嘲気味に笑った。
盛大に舌打ちをした女は、個性を発動させた。
「もう、傍に置く価値もあらへんわ! 精々私の駒になれ!」
ガクガクと身体が痙攣し、マネルの瞳から光が消えた。
「あの女をやりな」
命令されたマネルは、女を押さえていた腕を離し、ゆらりと夏季に近づいた。
「完全さん! しっかりしてください!」
夏季の叫びも虚しく、マネルは椅子ごと夏季を地面に押し倒し、馬乗りになった。
隠し持っていたナイフで、夏季を拘束していたロープごと、シャツを引き裂いた。
露わになった白い肌と下着。
「んなッ……!!!」
青ざめるファットガム。
しかし、本人は一切表情を変えなかった。
「完全さん。あなたは強い人です。こんな個性なんかに負けないでください」
そういうと、夏季は右目に銃口を発現させ、BB弾を発射した。
「グッ!!!」
痛みにマネルの押さえる力が緩まった。
その隙に、夏季は自由になった上半身でマネルを突き飛ばす。
身をよじってマネルの下から抜け出したものの、またすぐに捕まえられる。
今度は背中の方に乗られてしまった。
まずい。
手錠は残ったままでこの体勢では、反撃ができない。
「夏季! おい、止めろ!!! 夏季にこれ以上手ェ出すな!!!」
ファットガムが泣きそうな声で叫ぶ。
彼は、女に銃を向けられていたのだ。
脂肪がないせいで、迂闊には動けない。
「なあ、ファット。取引せえへん?」
女は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「取引……?」
裏組織の人間が持ちかける取引など、ロクなものではないだろう。
ファットガムは疑いの目を向けた。
「あんたたちは、今この関西圏で蔓延しとるAXの流通を阻止したいんやんな?」
コクリと頷く。
女は銃口を逸らさないようにして、夏季を顎で指した。
「東堂組の力を持って、AXの全回収と撤廃をしたる。その代わり、この女は新しいクスリの被験者としてウチがもらう。どうや?」
「そんなん受け入れられるわけあらへんやろ!!!」
間髪入れず、ファットガムの怒声が穿つ。
「お前らが、取引を守るっちゅー保証はどこにもあらへん!」
「裏組織の人間ほど、約束事に厳しいモンはおらへんけどなぁ」
「そもそも、AXの流通を防いだところで、新しいクスリを作るんやったら意味ないやろ!!!」
女はほくそ笑んだ。
そのことにファットガムは気づいていない。
しかし、夏季は置かれた立場を理解しているようだ。
「バカ! 新しいクスリは、まだ完成してないし、するかも分からないような代物よ! そんなものに賭ける命として、一人の警官と大勢の市民、どっちが大切かなんて分かり切ってるでしょう!!」
「分からへん!! 俺にはどっちの命も大切や!」
「分かりなさいよ!! この状況で、誰も死なければいいなんて、甘いこと言うんじゃないでしょうね!」
「そら、誰も死なへんかったらいいに決まっとるやろ! 俺は、誰一人俺の目の前で死なせへんために、ヒーローになったんや!!」
「あたしは警察官よ! 踏み台にするくらいしなさいよ!!」
意地と意地とのぶつかり合い。
それを制したのは……、
「好きな女を死なせるバカがどこにおる!!!!」
まるで怒っているかのような、荒々しい告白。
一つ間を置いて、
「はああ!!!?」
ボッと夏季の顔が熱くなった。
「こんな時に何をふざけてんの!!」
「ふざけてへんわ!! 俺は本気や!!」
「ちょ……、こっちのこと忘れてへん?」
突然始まった茶番劇に、見兼ねた女が口を挟んだが、
「うっさいねん!!!!」
プチパニックを起こした夏季から、関西弁が飛び出した。
女にとって、この状況は全く面白くない。
「ホンマ腹立つわ」
女は、ポケットに忍ばせていたケースをマネルに投げて寄こした。
「そのクスリ飲ませな!」
依然として操られたままのマネルは、ケースを開けて、白い楕円形のクスリを取り出した。
「まだ人間には投与したことないクスリやねんなぁ。モルモットだと、ちょーっと気ぃ狂ったくらいや」
有難くもない女の補足が入る。
マネルは、夏季の口にグイグイと押し込んで飲ませようとするが、夏季も必死に抵抗して口を閉じる。
「おい! それ飲ませたら許さへんからな!!」
ファットガムが前に出ようとしたところ、女の銃が火を噴いた。
ガキン、と足元に弾が打たれる。
ファットガムはここから先には進めない。
「早う飲まさんかい!!」
鋭い声に反応したように、マネルは夏季の身体を反転させた。
手に持っていたクスリを口に咥え、両手を夏季の頬に。
「おい、やめろや……!!」
ファットガムの、掠れた叫び声。
そんな声が届くはずもなく、マネルは夏季の口を強引にこじ開け、咥えていたクスリを押し付けた。
ぐちゅりと舌がねじ込まれ、夏季の喉が溜飲する。
愕然とその光景を見ていたファットガム。
ワナワナと、怒りで拳が震えている。
「お前……、俺より先に、夏季の唇奪いよって……!!!!!」
半べそ状態のファットガム。
この一件が終わったら気の済むまで殴り飛ばそうと心に誓う。
ただ、ここを無事に切り抜けられる保証はない。
そうこうしているうちに、
「ぐっ……あ゙あ゙!!!」
クスリを飲み込んだ夏季が、苦しそうに身をよじった。
足をバタバタと動かし、息を吸おうと必死に口を開ける。
呼吸が上手くできないのか、ヒューヒューと喉が鳴っている。
「お前!!!! よくも夏季を!!!!」
目の端に涙をためたファットガムが、腕を振りかぶって突進してくる。
威嚇射撃はなんの意味もなさず、弾を撃ち切った。
ファットガムはまるで巨大な弾丸のように、一直線に襲いかかる。
窮地に陥った女は、すぐさま個性を発動させた。
「止まれ!!」
ビタリ、とファットガムの動きがその場で固まった。
そして、だらりと振り上げていた腕を下ろす。
きっちりと個性にかかったことを確認した女は、動かなくなった夏季に歩み寄った。
「やっぱり人間にも毒やったか」
マネルに退くように命令して、夏季の顔をのぞき込む。
あれだけ苦しがっていた割に、静かに目を閉じていることが妙だ。
それに気付いたときには遅かった。
夏季の目がパチリと開かれ、BB弾が飛び出す。
「ギャッ!!!」
目を押さえて後ろによろめく。
その間に、夏季の見事な回し蹴りがキマった。
「うーん、我ながらいい演技だったわ」
誇らしそうに言う夏季の声が遥か遠くに聞こえるようだ。
ガツンと地面に頭から倒れて、ぐわんぐわんと視界が揺れる。
その上に馬乗りになって、夏季は女の口に手をあてがった。
「あんた……クスリ、飲んだ…はずじゃ……?」
揺らぐ視界の中、夏季に焦点を合わせようと睨むように見上げる。
「残念だったわね。私は、体内に取り込んだものを弾丸として貯えておくことができるのよ」
この意味、分かるかしら?
夏季は、ニタリと笑った。
これではどちらが悪党なのか分からない。
「や……、やめて!!!」
怯えた表情で、ブンブンと首を振る。
「そうね……。じゃあ、私と取引しましょう」
パッとにこやかに笑った夏季は、女の口から手を離した。
女は、力なく取引に応じたかのように見えたが、
「完全! この女を殺れ!!」
鋭い声で命令を飛ばす。
しかし、マネルはその命令には反応しなかった。
「どないしたん!? はよ殺れや!」
こちらを向いたマネルの瞳には、光が戻っている。
「最後くらい、俺もヒーローでありたいんです」
そうしてゆっくりと歩み寄って来たマネルは合鍵を使って夏季にかけられていた手錠を解いた。
「お前、いつから解けてたんや……」
「弾さんにクスリを飲ませたとき、思いっきり舌を噛まれました」
苦笑いで、ヒリヒリとする舌を出した。
そして、マネルは、夏季に頭を下げる。
「すみません。弾さんには、ホンマに酷いことしたと思います。後で気の済むまで殴ってください」
「どうして謝るんですか? おかげで、この女を捕まえることができたのに」
夏季は、どうってことないよ、と笑う。
「さすがですね。でも、ファットには殺されそうです」
マネルは、アハハと空笑い。
「あ、でも」
と、ここで夏季は少し厳しい顔付きになった。
「罪はちゃんと償ってくださいね。麻薬取締班として、そこは見逃すわけにはいきませんから」
「……あなたは、本当に素晴らしい警察だ」
「ありがとうございます」
さて、と夏季は押さえつけている女を見下ろした。
「改めて、私と取引をしましょう」
今度こそ、女は力なく頷いた。
夏季は満足気に頷く。
「じゃあまず、ファットガムにかけた個性を解きなさい。それから、東堂組の拠点を教えること。それと、あなたたちがクスリを密売していた組織を全て吐きなさい」
「交換条件が多すぎやろ……」
夏季は、ガシャリと手の銃口の口径を広げた。
「クスリ以外のものもブチ込まれたいかしら?」
「……取引成立や」
夏季は女の口から手を離した。
油断することなく、腰に下げていた手錠を取り出す。
いつものように腕時計を見ようとしたが、あいにく今は着けていなかった。
「えーと……、あなたを麻薬所持の容疑および公務執行妨害で現行犯逮捕します」
カシャン、と小気味よい音がした。