バカと個性は使いよう
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パチリと目を開けた。
身体に痛みはないが、頭はまだボーっとしていて、記憶がハッキリとしない。
もう一度ゆっくりと目を閉じて、夏季はそれ以前のことを思い出そうとした。
ファットガムが逮捕されて、その真犯人を見つけようと奔走。
たどり着いた犯人は、ファットガムのサイドキック。
逮捕状を手に事務所に乗り込んだものの、彼の銃に撃たれて…….、
バリチと目を見開いた。
私、生きてる……?
本当に死んでないの……?
どうやってそれを確認すればいいのか分からないが、とにかく頬を抓ろうとして、ようやく自身が拘束されていることに気がついた。
安っぽいパイプ椅子に、後ろ手に手錠がかけられていて、胴体がロープで巻かれている。
部屋の様子を見てみると、打ちっぱなしのコンクリートが剥き出しになった質素な部屋。
家具などは何も置かれておらず、夏季を監禁するためだけに用意されたようだ。
窓には厚いカーテンがかかっており、時計もない。
これでは今が何時なのか、捕まってから何時間経ったのか分からない。
少しでもロープが緩まないか身をよじっていると、正面のドアが開いた。
「おはようございます、弾さん。すみません、手荒なことしちゃって……」
言葉のわりに表情からは全く申し訳なさが見えない。
するとマネルの後ろから、別の人物が現れた。
「あらぁ、お似合いの格好やないの」
長い髪を豪勢に巻いた、化粧が少し濃い女性。
「あなたは、東堂組の……!」
「あのときはよくもやってくれたわ。あんた警察の人間やったんやな。落とし前は付けさせてもらうで」
ギロリと憎悪に満ちた目が夏季に向けられる。
しかし、そんなものに怯える夏季ではない。
自分の考えが正しかったのだと、冷静に判断する。
「やっぱり、AXには東堂組が絡んでたのね」
「だったら何だって言うん?」
「貴女たちを逮捕するまでです」
淀みなく言い切ると、女性は高笑いをした。
「あんた今の状況分かってへんの? ここは東堂組のシマやで。あんた一人で何ができんねん」
夏季は、待ってましたと言わんばかりに、ニヤリと笑った。
右目を銃口に変化させ、弾を撃つ。
いつものBB弾ではなく、実弾である。
「警察なめんじゃないわよ」
女性の右頬から、鮮血が流れ落ちた。
「こンの……!!!」
ズカズカと歩み寄ってきた女は、右手一閃、裏拳を夏季の頬に叩き込んだ。
殴られた方向に顔が振り切れ、その勢いのまま椅子ごとぐらりと傾く。
拘束された身体では受身などまともに取れるはずもなく。
夏季は顔面から地面に倒れた。
「ぐっ…うぅ」
殴られた方の視界がぐわんぐわんと揺れていて、激しい耳鳴りがする。
口の中には血の味が広がり、鼻からはツゥと血が流れていくのを感じる。
女は容赦なく夏季の髪を掴んで引き上げた。
「調子に乗るのもええ加減にせぇよ。ここがどこで、あんたは誰に楯突いたんか、その身体に教えたる!!!」
「あなたこそ、今度は本気で頭撃ち抜きますよ」
「そのふてぶてしい態度、いつまで続くんか見物やな」
パッと手を離され、再び顔を地面に打ち付ける。
その痛みにも耐えて、夏季は反抗的な目を向けた。
「何をされようとも、私はあなたになんか屈しませんから」
これだけ強気に出ているが、しかして彼女の本心は真逆だった。
バカ言わないでよ。
こちとらもうとっくの昔にビビり倒してるっての。
殺されるかもしれない状況で挑発してしまうのは、本当は泣き出しそうなくらい怖いからだ。
そうでもしないと、恐怖に体が支配されてしまう。
死に急ぎの悪い癖だとは思うが、無様に震える姿を見せるよりマシだ。
それに、このほうが幾分か冷静になれる。
女の向こうに視線をやると、マネルと目が合った。
薄ら笑いを浮かべるも、どこかぎこちない。
「なぜ、ファットガムを狙ったの?」
夏季はギロリと女に視線を合わせた。
「そんなん簡単や。お前らに復讐するためや。前にウチの事務所で大暴れしたバカはお前らやんな」
女はフンっと鼻を鳴らして、指を突きつける。
「弾と豊満って名前の人物を徹底的に調べ上げたら、あんたに辿り着いた」
「だったらどうして、あたしを狙わない!?」
「まだ話の途中や!」
話を遮られたことが気に食わなかったのか、女は足元の夏季の腹を蹴った。
一瞬、息が止まりガハガハと激しく咳き込む。
「調べていくと、警察とファットは協力関係を結んどった」
ニヤリと笑う女に対して、夏季の顔は強ばっていく。
まさか。
隠し通せたと思っていたのに。
そんな夏季の心の内を見透かしたように、女は告げた。
「豊満ってのはファットガムなんやろ。姿は違ってたけど」
サアッと血の気が引くのを感じた。
してやったり、という顔で女は言う。
「ヤクザなめるんとちゃうぞ」
悔しくて、悔しくて、夏季は涙が溢れそうになったが、拳を握りしめ唇を噛み締め、何とか堪える。
「なぁ、復讐するのに最適な方法って何やと思う?」
突然、女は話題を変えて言った。
いきなり何を、とは思ったが、答える。
声が震えないように、言葉の節々にトゲをつけた。
「抵抗できない状態にして痛めつけること」
すると、女は嫌な笑顔になった。
人を見下し嘲笑う、嫌な笑顔だ。
「違う。互いにとって大切な相手を傷つけることや」
「……さすがは悪党ですね」
夏季を傷つけるために、ファットガムを狙い、ファットガムを傷つけるために夏季を狙ったというわけだ。
「じゃあ、どうして完全さんを巻き込んだんです!」
「二人を陥れるための協力者が必要やった。弱個性のためのクスリの話をしたら、ホイホイ着いて来よったわ」
バッとマネルの方に目を向けると、彼は視線を背けて合わせようとしない。
「そらクスリに頼りたくもなるやんな。人を真似るだけの弱個性! ヒーローになれたことが奇跡やな!」
ブツン。
夏季の中で、何かの音がした。
「今の言葉、訂正してください」
怒気をはらんだ声が、夏季の腹の奥底から溢れてくる。
「弱個性だとか強個性だとか……、個性に区別なんかありません! 個性は、使い方ひとつで強くなれるんです」
夏季は、マネルに届くように怒気を殺す。
「個性は使いよう。あなたの上司が、そう私に教えてくれましたよ」
フルフルと、マネルの肩が震えているのが見えた。
「……すみません、弾さん。俺はやっぱり……、個性の区別ってあると思うんです」
そう絞り出したマネルは、酷く、酷く辛そうな顔をしていた。
「残念やったな」
クスクスと笑われて、夏季は女の方に視線を戻した。
「この男を改心させようとしたんかもしれへんけど、一度ヤクに手ぇ出した人間は、そう簡単に戻られへん」
「それでも、真っ当な道に戻させるのが、麻薬取締班……警察です」
「警察ごときが調子に乗んなや」
女のその言葉は、夏季が最も嫌いな言葉だった。
何が“警察ごとき”だ。
警察のことを、あたしの想いを知らないくせに、知ったような口を聞くな。
あたしだって、本当はヒーローになりたかった。
でも、あたしにはヒーローの素質がなかった。
かつての仮免試験で、敵と対峙したとき、体が震えて動かなくなった。
ここから逃げ出したいと思った自分に気が付いた。
弱い自分に気づいたから、あたしはヒーローの道を諦めた。
だけど、人を守る道は一つじゃない。
「あたしは、あたしのやり方で人を守るって、決めたのよ!!」
ヒーローのように個性を使って敵を倒すわけではない。
個性を活かして人を守るわけでもない。
それでも。
置物と揶揄されながらも、人々のために、と在り続けた警察。
──かつて、荻野巡査部長に尋ねたことがある。
「どうして、ヒーローがいるのに、警察は存在し続けているのでしょうか?」
「そら、ヒーローだけじゃ捜査に限界があるからや。お誂え向きの個性持ったヒーロー様が気持ちよく逮捕するためのお膳立てしたってんのが俺らや」
「恩着せがましい言い方ですね」
生意気な夏季の言葉にも、荻野巡査部長は豪快に笑った。
「俺たちは、傍から見ればヒーローのなり損ないや。弱個性の集まり」
夏季がムッとしたのを見逃さなかった。
急に、荻野巡査部長は真面目な顔になる。
「俺らはヒーローが活躍するための土台。決して日の目を見いひん。それでも、この国のことを思って働けるか? 弱さを味方に、法に乗っ取って善悪を判断する。それが警察の仕事や」
“弱さを味方に”
その言葉が、夏季の胸を強く突いた。
「あたしは、こんな弱い自分でも人を守る仕事がしたかった! 自分の弱さを知っている、警察官になろうと思った! これは、あたしが自分で選んだ道よ!」
女はガシガシと面倒くさそうに、頭をかいた。
「あーもー、そういうの、ウザいねん」
ついでに大きなため息をひとつ。
「ファットへの復讐として生かしててんけど……」
女は腕を組みをしたまま、倒れている夏季の周りをゆっくりと歩いた。
2周したところで、ピタリと夏季の正面で足を止めた。
襟元を掴んで、荒々しく椅子ごと引き起こす。
ボタボタと、血が地面に流れ落ちた。
「あんたを拉致してから数時間が経ったけど、助けなんかこーへんし」
「警察は、私一人捕まったところで助けになんか来ないわよ」
「そら薄情な組織やね」
「守る命は他にもありますから」
命に順位はない、と怒る人もいるだろう。
しかし、これは警察官としての覚悟だ。
「可哀想なあんたに、死に方くらいは選ばせたるわ」
スルリと女の指が夏季の輪郭をなぞった。
「銃で撃ち抜かれるか、ナイフでメッタ刺し。生きたまま海に沈めるか……、クスリで狂って死ぬか」
ニタリと女の口角が上がった。
「自分が取り締まってきたもんで死ぬってのは、なかなかおもろい話やんな」
結局、あなたが死に方を決めてるじゃない。
女の矛盾した発言に、もはや何に対するものか分からない怒りが湧いたが、何も言わなかった。
夏季の内心を知らない女はマネルに指示を出した。
「あんた、下に行ってクスリ取って来な」
「……分かりました」
下、ということは、ここは東堂組が所有しているマンションか何かか。
こんな時でも、冷静に状況を判断することは忘れない。
「クスリが来るまで、最後の言葉でも聞いたるわ。誰に何を言いたい?」
「別に、これが最後とは限らないので」
「ほんっと、ふてぶてしい女やな。ホンマは怖くてしゃーないんやろ?」
うるっさいわね。
怖いに決まってんでしょうが。
銃もナイフも海もクスリも、どれも願い下げだ。
だが、怖がっているだけでは何の解決にもならないのだ。
誰かが助けに来てくれる。
そんな甘い考えは、この世界には通用しない。
「私は、あなたたちになんか屈しませんから」
「早くあんたの泣きっ面、拝んでやりたいわ……!!!」