真実は誰の手に
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ここでひとまず、刑事事件における逮捕後の流れを説明しなければならない。
逮捕されると警察署へ連行され、簡易的な取り調べを受ける。
これが今のファットガムだ。
それから、48時間以内に釈放か検察への送致かが判断される。
48時間以内に検察へ送致されると、検察は24時間以内に勾留か釈放かを判断する。
しかし、ここでの釈放は無実ということではなく、犯行を認め証拠が揃っており、身元がはっきりしていて逃亡の可能性がないなどと判断された場合である。
起訴するかどうかは釈放後に検察で検討され続け、一方で勾留となれば本格的な取り調べが始まる。
現時点で、ファットガム以外の容疑者は上がっていない。
彼の指紋の付いた薬物も検出されている。
つまり、48時間以内にファットガムの無実を証明できなければ、冤罪になってしまうのだ。
現在、ファットガムが逮捕されてから35時間が経過している。
夏季たちに残された時間は、あと23時間。
猶予は1日もない。
しかし現在、これといった個性の持ち主を見つけられないでいるのだ。
「本当に、指紋までコピーできる個性って存在するんでしょうか? もしかしたら、この捜査は全部空振りだったりして……」
一睡もせずに調べ続けている警官が、思わず最悪のパターンを口にした。
夏季の手がピタリと止まる。
「そういうのは、全部調べてからにしてください」
ジロリと睨むような視線で、警官を黙らせる。
夏季も夏季で、焦っているのだ。
「すみません……。でも、そんな個性あったら犯罪に使い放題じゃないですか。ヴィラン向きって言うか……。過去の犯罪履歴には該当者ナシでしたし」
警官の失言に、夏季は激昂した。
「滅多なこと言わないでくださいよ! ヴィラン向きの個性を持った人みんながみんな、犯罪に手を染めるわけないでしょう! そもそも、ヴィラン向きの個性って何なんですか!!」
あまりの剣幕に、返す言葉を失った警官。
夏季は手元の資料に目を落としながら言った。
「個性は使い用です。私たちの使い方ひとつで善にも悪にもなるんですよ」
その言葉は、ファットガムの受け売りによるものだということに気付いて、夏季は唇を噛み締めた。
それから更に1時間が経過した。
いよいよ夏季も、自分の考えが外れていたことに覚悟を決め始めた時だった。
「弾さん! これ……!!」
警官が震える手で見せてきたのは、一人の男性の個性登録票。
「個性“完全模倣”。一定時間、触れた相手になりきれる……!」
書かれている文面を読み上げて、夏季は自分の声が震えるのが分かった。
どこまで相手になりきれるのかは載っていないが、可能性としては十分に有り得る。
タイムリミットが迫っていることもあり、夏季は息巻いて警官を急かした。
「すぐに、この人のことを調べてください!」
「はい!」
警官も、希望の一手に懸けるがごとく、すぐにパソコンに向かう。
データベースに、必要なデータを打ち込んだ。
検索をかけて数秒。
検索結果が、モニターに映し出される。
数秒間、静寂が訪れた。
「これって……」
唇が、わなわなと震える。
「嘘、でしょ……?」
絞り出すようにして、ようやく出た声。
映し出された画像を、警官と夏季は、ただ唖然と見つめていた。
*************
「もういい加減認めたらどうや?」
「認めるわけあらへんやろ。俺はやってへん!」
これが、留置所での最後の取り調べだ。
ここで釈放されなければ、次にファットガムが呼ばれたときは、裁判にかけられるときだ。
「だけどもう、証拠は上がってんねん。罪を認めたほうが刑は軽くなるんやで」
「そういうのって、強制自白って言うんとちゃいます?」
「俺のどこが強制してんねん」
この警官は、どれほど腐ってんねや。
ファットガムは、心の中で吐き捨てた。
夏季があまりにも警察官のお手本のような人間だから余計に、この警官が間違って見えるのだ。
「もう、いい加減このやりとり飽きへん? ちょっといいたこ焼きの店の話でもどや?」
「誰がするかいな!」
「やったらせめて何か食べさせてや。俺もう何時間も食べてへんねん」
「ファット、ちょっと厚かましいんとちゃうか?」
ゆらり、と警官が立ち上がった。
あ、これもしかしてマズいやつちゃう……?
心の中の冷や汗を流していると、
「何が食べたいんや! たこ焼きか!? ベタにカツ丼か!?」
怒鳴りながらも要望を聞いてくれた。
「はぇっ、じゃ、じゃあ、カツ丼で……」
突然の展開に付いていけないながらも、ファットガムは希望のものを答える。
「そこはたこ焼きとちゃうんかい!」
警官は、マジックミラーの向こうで控えているのであろう警官に言った。
「おい! カツ丼ひとつ! 大急ぎで持ってこさせろ!」
数十分後、ファットガムの目の前にはホカホカのカツ丼が用意された。
「何やこの急展開……」
ポカーンと口を開けるしかできないファットガム。
警官は、目を合わせないようにして言う。
「はよ食えや! 冷めてまうぞ!!」
そのぶっきらぼうな言葉の裏側に隠された意味を、ファットガムは理解した。
「俺、めっちゃ愛されてるやん」
誰もがファットガムの無実を信じている。
頼んだで、夏季!
ファットガムはカツ丼を一気にかき込んだ。