急転直下
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「荻野巡査部長!!!」
ファットガムを乗せたパトカーを見送った夏季は、荻野巡査部長に向かって怒鳴った。
どこにやればいいか分からない怒りを、ぶちまけるように。
「分かってる」
感情を露わにする夏季に対して、荻野巡査部長はさすがに冷静だった。
「事務所に監視カメラは?」
サイドキックに訪ねる。
「1階の入り口付近になら……!」
「あるだけマシや! 1班は監視カメラで怪しい人物がおらへんか、2班はファットの交友関係を探ってヤクに関わりがある人物がおらへんか調べろ! 」
素早く指示を出していく。
「はい!」
「弾は……」
ギラギラとした目を向ける夏季に、荻野巡査部長は静かに告げた。
「署で待機や」
「何でですか!?」
噛みつきそうな勢いに、荻野巡査部長はあからさまに嫌そうな顔をした。
「そんなヴィランみたいな顔したやつを現場に送り込めへんやろ。1回頭冷やしてこい」
全く納得がいかないが、上司の手前、そこまで反論ができない。
そういった表情を浮かべている夏季。
荻野巡査部長はただっ子に言い聞かせるように言った。
「俺らは、法に則って善悪を判断するって前にも言うたやんな。いくらファットと仲良うしてても、疑いがかけられた以上、ファットに肩入れすることは許されへん」
荻野巡査部長の言葉は、警察としては正しい。
だが、今まで共に戦ってきた仲間を簡単に見捨てているようでモヤモヤするのだ。
割り切れない自分が、ただ子どもなだけなのだろうか。
そんな夏季の心を読んでいるかのように、荻野巡査部長は言った。
「こういうとき、どうするか前にも教えたやろ?」
夏季の脳裏に、過去の言葉が蘇ってきた。
「死ぬ気で、証拠を掴む……!」
夏季は自分の手のひらを見つめて、グッと握り締めた。
その手の中に確かな決意を込めて。
************
警察署に着き、パトカーから荒々しく降ろされたファットガム。
両隣に屈強な警察官が待ち構えており、逃げられないようにガッチリと脇から腕を抱えられた。
「こんなんせーへんでも、俺は逃げへんよ」
穏やかに言ってみたが、警察官は怖い顔のままファットガムを引き連れる。
「なぁ、これからどこ行くん? 取り調べ? カツ丼とか食べれるん??」
矢継ぎ早なファットガムの質問に、警察官はギロリと一睨み。
そうやってヘラヘラと気丈に振舞っていられるのもそこまでだった。
警察署に入った途端、たくさんの視線が向けられたのが分かった。
署内にいた全員が、ファットガムを見ている。
不安そうな顔の者や、好奇の目で見てくる者。
様々な視線だが、ファットガムはその視線が怖かった。
容赦ない無数の目に射殺されるかのようだ。
いっそ、本当に罪を犯して捕まっていたほうが堂々としていられるだろう。
「ほら、入れ」
後ろから押されるようにして、暗く冷たい取調室に入った。
ドラマで見るのと同じように、部屋の真ん中に長机。
それを挟むようにパイプ椅子。
部屋の隅には会話を記録するためのデスクか置かれている。
「座れ」
ようやく追いついてきた現実に、足が動かないファットガムを無理やり座らせる。
その正面に、ドカリと強面の男が座った。
「ファット。残念なお知らせや」
強面の警察官は、言うのを躊躇うように息をついた。
「押収した薬物の袋から、ファットの指紋が検出された。もう、言い逃れは出来へんで」
直ぐには言葉が出てこなかった。
「ウソや……」
やっとの思いで絞り出した言葉も、警官の言葉に飲み込まれる。
「ホンマや。地に落ちたもんやな、ヒーロー様」
冷たい言葉が、ファットガムの心の奥底まで突き刺さった。
──時を同じくして、
「はぁ!? ファットの指紋が出た!!!?」
署内に響き渡るような夏季の怒りに満ちた声。
「そんなに怒鳴らんでも聞こえるわ!」
荻野巡査部長の言葉を無視するように、夏季は更に声を被せた。
「何で指紋が出てくるんですか!?」
「俺に言われたって知らへんがな。出てきたもんはしゃーないやろ!」
夏季の勢いに押されて、荻野巡査部長も勢いだけで言い返す。
「嘘に決まってる! 誰かが、ファットを陥れるために偽装したのよ!」
「指紋をどうやって偽装すんねん」
「どうって……、何かスパイ映画とかであるじゃないですか! 指紋を写し取るやつ!!」
「弾とは思えへん考え方やな……」
荻野巡査部長は、いっそ呆れたように呟いた。
「巡査部長!」
そこへ、監視カメラの映像を確認していた警官が入ってきた。
「おお、どやった?」
「それが、特に不審な人物は映っていませんでした」
「映ってた人物は?」
「ファットガム事務所に出入りしていたのは、他事務所のヒーローと、立ち寄った近隣の住民、それと近くの小学校の児童だけです」
確かに、それだけでは不審な人物とは言えないだろう。
「けど、状況からするとその中に犯人がおるってことか」
「透明になれる個性を持った人間が侵入したのかもしれないですよ」
「あー、それは厄介なこった」
超人社会の特徴を上げるとしたらそれは、コミックもびっくりなことが起こりうる、ということだ。
スパイ映画の技術を実践するのは難しいだろう。
しかし、“個性”ならばその壁を簡単に超えていける。
そして夏季は、ある一つの可能性を思いつく。
「……ちょっと待ってください。透明になれる個性があるのなら、指紋を写し取れる個性があってもいいんじゃないですか? ほら、コピー能力とか!」
「それは……調べてみる価値はある。おい、今度は個性登録の中にコピーに関係する奴を全員調べ上げろ!」
荻野巡査部長は、防犯カメラを調べていた警官に、新たな任務を与えた。
「ぜっ、全員ですか……!?」
関西地方だけならまだしも、全国となると膨大な量のコピー能力者がいるはずだ。
一口にコピーと言っても、他人の容姿を真似る者から、“個性”を真似る者。
はたまた別の物体を真似る者など、様々なコピーの個性が存在する。
彼らをピックアップし、尚且つ事件と関係がありそうな人物に絞り込むのは、相当時間も手間もかかるだろう。
「そう言ったやろ。事件が起きた場所と個性使用者の出身が一致するとも限らん」
しかし、荻野巡査部長は当たり前のような顔をして命令を下す。
「それ、私もやります」
少し億劫な表情を見せた警官に対して、夏季が名乗りを上げた。
「最初からそのつもりや」
「個性登録ってどこに行けば見れるんですか?」
「市役所・区役所で管理してるはずやで」
しれっと言うが、彼は市役所が全国に一体どれだけあると思っているのだろうか。
「……結構無茶ですよね」
「無茶をやるのも警察の仕事や。手が空いとるやつら全員にも回すから、安心しぃや」
ほら、早く行け。とでも言いたげに手を振った荻野巡査部長。
「全く安心できないのは俺だけですかね……?」
「大丈夫、私もです」
こうして、麻薬取り締まり班の大きなヤマが動き出す。