急転直下
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ファットガムの体型はすっかり元に戻り、夏季からの事件の協力要請はトンと音沙汰がなくなっていた。
以前の潜入捜査で暴れ回ったお陰で、AXの転売ヤーも息を潜めているのだろう。
しかしながら、それはつまり夏季に会えないということで。
お互いに多忙の身だ。
プライベートで誘おうにもなかなか予定が合わず、かれこれ1ヶ月ほどが経とうとしていた。
「どないしよか……」
ファットガムは事務室の大きな椅子に身を預けていると、1階から子どもたちの声が聞こえてきた。
ファットガム事務所は地域密着型のヒーロー事務所だ。
それゆえ、事務所のロビーには地域の人々が気軽に出入りをしている。
夏の暑い日には涼みに、冬の寒い日には暖を取りに。
子どもからお年寄りまで、老若男女が訪れる。
今日は、学校帰りの子どもたちが立ち寄ってくれたのだろう。
ファットガムは大きな体を揺らしながら1階へと降りる。
ロビーでは数名の子どもたちが、図工の授業で作ったような紙の剣でチャンバラごっこをしている所だった。
「コラ、チビたち! そんなん振り回したら危ないやろ!!」
そんな子どもたちにファットガムは一喝した。
「おかんみたいなこと言うなや!!」
すぐさま反論の声があがる。
しかし、負けじと言い返すファットガム。
「俺はこの街を守るヒーローや! おかんみたいなもんや!」
「むちゃくちゃ言うやん!」
子どもと同じレベルで言い争っていたところに、珍しい人がやって来た。
「あれ、夏季やん。連絡せーへんで来るとか珍しいやんか。どないしたん?」
突然会えた嬉しさにニコニコとするファットガム。
だが、夏季は彼の質問には答えずに、チラチラと遊んでいる小学生を見ている。
何か言いたげだが、事務所の子どもたちを気にしている様子だ。
「チビたち、ファットさんこれから大事なお仕事やねん。家帰って宿題しぃや」
物言いは柔らかいが、その目は真剣さを含んでいる。
ヒーローの目だ。
不満そうな子どもたちだったが、ファットガムの仕事を尊重して大人しく帰って行った。
「またな! 仕事頑張れよ!」
大きく手を振って帰る子どもたち。
「生意気やなァ」
ファットガムも手を振って見送った。
「ほんで、どないしたん?」
くるりと振り返ると、グッと何かを堪えるように夏季は低い声を出した。
「豊満太志朗、ヒーロー名“ファットガム”。あなたに違法薬物“AX”所有の容疑がかけられています」
「はぁ?!」
想像だにもしていない容疑に、ファットガムは短く叫んだきり言葉が出なくなった。
永遠にも感じられるような長い長い沈黙。
ようやく声を絞り出した。
「……身に覚えがあらへんなぁ」
アハハ、と軽く笑ってみたが、夏季は全く表情を変えない。
ファットガムと目を合わせないように下を向きながら、
「事務所を調べさせていただきます」
肩の無線に連絡を入れる。
恐らく外で待機していたのだろう、麻薬取り締まり班のメンバーがズカズカと事務所内に入ってきた。
その中には顔見知りの荻野巡査部長もいる。
だが、彼もファットガムとは一切目を合わせようとはしない。
「ちょお……嘘やろ……?」
ファットガムが呆気に取られているうちに、警察の捜査が粛々と進められていく。
「ちょっと、何なんですか!?」
と、そこへ、パトロールから帰ってきたサイドキックが異常な状況に非難の声を上げる。
「俺がAX持っとると疑われてんねん」
何も答えない警察の代わりにファットガムが自ら言った。
「はぁ?」
サイドキックが怪訝な表情を浮かべた時、
「怪しい袋を発見しました!」
ファットガムのデスク周りを調べていた警官が言った。
夏季が見に行くと、不自然なほど堂々と、引き出しの中に白い粉の入った袋が置いてあった。
「……鑑識、お願いします」
明らかにおかしいが、見つけてしまったものは調べなければ。
袋を慎重に切って、粉を鑑識キットの中に入れる。
カッチコッチ、事務所の時計の音がやけに大きく聞こえた。
鑑識の結果は陽性。
つまり、これは──
「これでハッキリしましたね。……あなたをAX所持の容疑者として現行犯逮捕します」
ガシャリと夏季の手によってファットガムに手錠がかけられた。
「え? え……?」
突然の出来事に思考回路が停止してしまったファットガム。
抵抗する暇もなく、警察のなすがままだ。
動けないファットガムに代わり、サイドキックが必死に抗議する。
「ちょっ……、何かの間違いですって!! ファットが薬物なんかに手ぇ出しはるわけないでしょう!!」
そんなことくらい、あたしだって分かってる。
「では、この物的証拠をどう説明するのですか?」
「そっ、それは……!」
何も言い返せないサイドキック。
自分の無力さに、グッと拳を握った。
悔しさに震えるサイドキックは気が付かない。
夏季も同じように悔しさを押し殺していることに。
どれだけ信じられない現実だとしても、今の夏季は警察官。
公私混同は許されないのだ。
ファットガムの巨体を送検するため、普通のパトカーではなく、ワゴン型のパトカーが止まっている。
夏季はドアを開けて、ファットガムに入るように促した。
だが、証拠が出てきても、身に覚えのないファットガムは中々乗り込もうとはしない。
「早く乗りなさい」
今まで見たこともない険しい表情に、ファットガムは絶望的な気持ちになった。
「夏季……!! 俺はホンマに知らへんねん! 夏季を裏切ったわけじゃないねん!!」
惨めだろうと何だろうと、これだけは伝えなければ。
「言い訳は署で聞きます」
しかし、夏季は静かに言い放つ。
相変わらずファットガムの目も見ようとはしてくれない。
「違うねん……。俺は、こんなこと……」
アカン。
泣きそうや。
さすがにここで涙を流してしまうのはヒーローとしても男としても恥ずかしい。
ファットガムは爪が食い込むほど手を握り締めた。
「……行きますよ」
夏季はパトカーに押し込むようにファットガムの頭を押さえる。
それで誤魔化すように、彼の耳元で囁いた。
「絶対に、犯人見つけるから」
「……!!」
驚いて目を見開いたファットガム。
感激のあまり声が出なかったが、その一言で十分だった。
暗黒だったファットガムの心にスッと光が差す。
大丈夫、俺は信じられている。
それだけでもう何も怖くはない。
「任せたで」
他の警官に聞こえないように、ファットガムも小さく返した。