THE BOY MEETS GIRL
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「ひったくりよ!!! 誰か捕まえて!!」
店に入る直前、女性の金切り声が響いた。
脅威の反射神経で、ふたりは同時に声の聞こえた方向を向いた。
視線をぐるりと巡らせて、群衆の中を掻き分けるようにして進む人影を見つけた。
「いた!」
そう叫ぶや否や、駆け出したのは夏季だった。
「あ、夏季!」
ファットガムが呼び止めようとしたが、遅かった。
お忘れではないだろうか、彼女は高いヒールを履いているのだ。
ズッデェンと派手に転けた。
言わんこっちゃない、と目元を覆った。
「大丈夫か夏季!?」
ファットガムが手を貸そうと駆け寄ったが、
「いいからあいつを追って!!!」
厳しい声で人影を指差した。
「お、おう!」
あまりの剣幕にファットガムは慌てて夏季の指差す方向へ走った。
「あーもう、邪魔ね!!!」
1人で叫んだ夏季は、その場でハイヒールを脱ぎ捨てた。
そして、ファットガムの後に続くように、まだ遠くない犯人の背中を追いかけた。
人影がハッキリしてくると、犯人は男だということが分かった。
「そこの兄ちゃん! 待てや!!!」
「待つわけないやん! 小デブが偉そうに言うなや!!」
「誰が小デブや! ファットさんやで!!」
「そないな見た目でファットを名乗るなや! ファットはもっとデブやアホンダラ!!」
「それただの悪口やん!!!」
もう怒ったで! とファットガムは拳を握りしめた。
と、早くも追いついた夏季が叫んだ。
「ファット、しゃがんで!」
何をするのか分からないが、ファットガムは彼女の言葉に従った。
「私たちの貴重なオフの時間を奪った罪は重いわよ!」
夏季は人差し指と中指でピストルの形を作っている。
「あなたを引ったくりの現行犯で逮捕します!」
BAN!
鳴った発砲音は一つだけ。
夏季の指から飛び出したのはいつものBB弾ではなく、両脇に重りがついた捕縛用ロープ。
ロープは男の足に絡まり、そのまま顔面から地面に倒れた。
「いっでぇ!!!」
「さあ、盗ったものを返しなさい」
男の上に馬乗りになった夏季は銃口になった指を突き付ける。
「公共での個性使用は禁止のはずやろ……!」
「残念、私は警察官よ」
がっくりと脱力したかと思うと、
「ウオオォォォ!!!」
という唸り声とともに身体が巨大化し始めたではないか。
「え、ちょっと……!」
どんどん膨れ上がる身体の上で、なんとかバランスを保っていた夏季だが、ついに転がり落ちた。
「夏季!!!」
コンクリートに激突する寸前、ファットガムが夏季の身体を抱きとめた。
モフンッ
ふかふかのクッションに包まれたかのような柔らかさ。
お日様のような香り。
なんて心地がいいのだろう。
これがファットガムの腕の中だということに気づくのに、数秒はかかった。
「大丈夫か、夏季!?」
心底焦った顔で訊ねるファットガムに対して、
「大丈夫! だから降ろして!」
少し赤らんだ顔で夏季は叫んだ。
そこでファットガムも、今の状況を俯瞰的に見たようだ。
「おお、すまんかった」
慌てるあまり、パッとその場で手を放してしまう。
だが、夏季は難なく着地。
スカートのしわを伸ばすように撫でつける。
ついでに手にもっていたハイヒールを投げ捨てた。
「こいつ、変形型の個性みたいやな!」
ファットガムと夏季は男との距離を取る。
縦も横もファットガムよりも大きくなったヴィラン。
捕縛ロープも引きちぎれている。
「警察なんかに捕まってたまるか!!!!」
何重にも重なったような声で怒鳴る。
彼がファットガムであることには気づいてないようだ。
「あんなこと言ってるけど、どうする?」
「そら戦う一択やろ!」
俺に任しときィ、と夏季をかばうように前に立つ。
「男は拳で勝負や」
バキボキと指を鳴らす。
一触即発、いつ攻撃をしかけようか、相手の呼吸をうかがっているときだった。
「そこまでや!!」
ザラザラした拡声器越しの声。
この声には聞き覚えがありすぎた。
「荻野…巡査部長……」
後ろを振り返らなくとも、誰のものだか分かる。
きっと善良なる府民の誰かが警察に通報してくれたのだろう。
だが、なぜ麻薬取り締まり班の彼がここにいるのだ。
「そこの若いやつ、理由はどうあれ公共の場での個性使用はご法度やで!」
どうやら荻野巡査部長は、夏季たちに気づいていないようだ。
このまま知らんふりを貫き通せば誤魔化せるだろうか。
なんて、淡い期待は打ち砕かれる。
「あ、お前……弾か?」
拡声器越しの声は、夏季に絶望を与えた。
そんなことは露知らず、デリカシーのない上司はニタニタとした表情を浮かべる。
「なぁお前弾やろ? どないしたん、そんな格好して? あ、もしかしてデートか? すまんなぁ、邪魔して! せやけどまずはそこの兄ちゃん大人しくさせなアカンな!」
1人で勝手にベラベラと喋る荻野に、夏季は堪らず怒鳴り返した。
「何であなたがここにいるんですか! これはヤク関連の事件じゃないでしょう!!!」
「そないに怒るなて。俺かて好きで出動しとるわけやあらへんで。どーしても人手が足らへんから、強制出動させられてんねん」
パワハラやでー、と泣いたふりをする荻野。
夏季は、射て殺すような視線を送った。
「何で人手が足りてないんですか」
「別件でみんな忙しいんやって」
聞きたいことはまだあったが、このままでは埒が明かない。
それにこのままだと、ファットガムのこともバレてしまう。
「とにかく、ここは巡査部長に任せます!」
行くよ、と夏季はファットガムの腕を取った。
「え、ちょ……夏季!?」
「その姿、世間には非公開でしょ! ここで戦ったらばれるわよ」
ずんずんと進む夏季だが、ファットガムはピタリと足を止めた。
ガクンと腕が抜けそうな衝撃が来たこともあり、夏季はイラついたように振り返った。
一方、ファットガムはニコリと笑っていた。
「心配してくれてありがとうな。でも、ここで敵前逃亡してもたら、俺何のためにヒーローになったんか分からへんわ」
劣勢の状況でもなお、誰かのために戦おうとする自己犠牲の精神。
これが、ヒーローがヒーローたる所以なのだ。
あたしには備わっていなかった能力。
手に入らないと諦めてしまったもの。
「……ごめん」
「俺こそごめんな。せっかく気ぃ効かせてもろたのに」
ううん、と夏季は首を振った。
あたしが謝っているのは、ヒーローの本質を踏みにじろうとしたことに対してだ。
だが、きっと彼は気にするなと笑うのだ。
「早く捕まえて、ケーキ食べに行こうか」
「せやな! はよ終わらせるで!」