THE BOY MEETS GIRL
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朝、目覚ましの音で目を覚ます。
テレビをつけて、好きなニュース番組を見る。
食パンをトースターに入れて、洗面所で歯を磨く。
顔を洗って化粧水をパシャパシャと与える。
ちょうどいい具合に焼けた食パンにブルーベリージャムをたっぷり塗ってぱくりと食べる。
お天気お姉さんの予報によると、今日は一日中晴れのようだ。
食器を水に漬けてから、夏季はクローゼットの中の服を眺めた。
いくつか手に取って、姿見の前で合わせてみる。
納得がいくと、次は数個のポーチを出して、服に合ったコスメを選ぶ。
弾夏季の誰にも言ったことのない秘密。
それは……
黒いハイヒールがカツンと鳴る。
黄色いスカートがふわりと風に揺れる。
白いパスリーブの袖には花柄の刺繍が。
短い髪からのぞく耳にはゴールドのイヤリング。
アイボリーの小さめバッグを手に持って、振り回しそうになるのを抑えて歩き出す。
オレンジ系のチークに、アイライナーはブラウンでツリ目のように跳ね上げる。
ブラウンのアイシャドウでライナーを軽くぼかしてやった。
ケバケバしくならならいように、唇はコーラルピンクのリップで。
さあ、今日はどこへ行こう。
同僚には絶対に言いたくない夏季の休日。
もし、こんな女らしい姿を見られでもしたら、笑いのネタにされることは明らかだ。
まあ、出くわしたところで彼らは自分だと気付かないだろう。
そう思った矢先、
「あれ、夏季やん。今日はオフやねんな」
背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「ファッ……!!!!?」
振り向かなくとも分かる。
ファットガムだ。
──見られた!!!!
夏季はハイヒールであるにも関わらず、完璧なスタートダッシュを決めた。
しかし、すぐにバランスを崩して転倒……する前に腰を支えられた。
「ちょお、危ないやんか。気ぃ付けや。怪我したら大変やろ」
軽々と夏季を片腕で抱えるファットガムに、手足をバタバタと動かした。
「放してください……」
「おお、すまんかった」
慌ててパッと下したファットガム。
夏季は綺麗に着地を決める。
しかし、中々顔が上げられない。
「あの──」
このことは黙っててもらえませんか。
そう言おうと、決心し顔を上げたところ、
「えっと……ファットだよね?」
「せやで。ファットさんやで」
片手に肉まんを持ってニカッと笑うその男。
昨日より体型が少し丸くなっているが、まだ本来の姿は取り戻せていない。
「なんか、見た目が……日に日に変わるね」
夏季は言葉を選んだが、ファットガムはかなりあけすけだった。
「せやろー。脂肪取り戻すためにめっちゃ食べなあかんねんけど、この段階じゃただの小太りじいさんやで。もう食費でお財布が寂しくなってもうたわ」
そう言って、少し出てきたお腹を叩く。
ポヨンと付きかけのお肉が揺れた。
「ファットは今日お休み?」
「まあ、この体型やとあんまり力発揮できへんしなぁ。それに、まだこの姿は非公開やねん。だから今日は臨時休業や!」
そこで、ファットガムは今一度夏季の格好を見つめる。
お願いだからあの単語は言わないでね。
と、内心でビクビクする。
しかし、夏季の願いは届かなかった。
「夏季は今日は……デート?」
穴があったら地中深くまで掘り進めたい。
なんならそのまま地球の裏側まで行ってしまいたい。
こんな張り切ったようなオシャレをして、ただのおひとり様だなんて。
そうして追い討ちをかけられる。
「あっ、もしかしてただのお出かけ?」
ただの、タダノ 只の。
夏季はガックリと項垂れた。
夏季の反応を見て、ファットガムはまずったことに気がついたようだ。
「べ、別に一人でお出かけもいいやん! 俺かて一人で食べ歩きやで!!」
手に残った肉まんを食べて、慌ててフォローを入れるが、完全に的外れである。
なんとか機嫌を取り戻そうと、ありったけの褒め言葉を並べる。
「そんな可愛いカッコしてたら、デートかな? くらい思うやんか!」
ピクリと夏季が反応する。
こんな女らしい格好、知り合いに見られたら一発で笑われると思っていた。
「あたしの格好、変じゃないの?」
本心かどうか探るように、ファットガムの瞳の奥を見つめる。
「変なわけあるか! 可愛いに決まっとるやろ!!」
かなり食い気味に返事が返ってきた。
どうやら、本心のようだ。
「あ……りがと」
目をそらすようにしてお礼を言った。
「せや、夏季も一人なんやったら、一緒に遊ばへん??」
「え?」
突然のお誘いに思わず聞き返す。
「あ、もしかしてどっか行く予定あった? いや、そりゃあるか! ごめんな、今のは忘れてや!!」
「ううん。特に行くところは決めてなかったからいいよ」
「ホンマ?」
とたんに目を輝かせたファットガム。
「もちろん。どこか行きたいところある?」
夏季が訊ねると、ポケットからスマホを取り出し、何やら操作して差し出した。
「あんな、ここ行ってみたかってんけど……」
画面をのぞき込むと、SNSで話題になっているケーキバイキングの店が表示されていた。
夏季も行ってみたいと思っていた店だ。
「いいよ。あたしも行ってみたかったし、行こうか」
「ホンマに!? よかったー。さすがに俺一人じゃこの店は入られへんかったわ」
確かに、ケーキバイキングに男一人ではためらうだろう。
加えてこのフォルムだ。
「よっしゃ! 食べまくるで!!!」
と、意気込んだファットガム。
夏季は、
「食べすぎてお店潰さないでよね」
と、笑うのだった。
ファットガムのナビを頼りに、目的の店へと歩く。
何度でも言うが、ファットガムは2m越えの大男。
いくら脂肪が無くなろうと、その背丈は変わらないのだ。
だからどうしても、一般人とは歩幅が合わない。
しかし、普段のパトロールは一人なので、誰かと歩幅を合わせて歩くということがない。
したがって、いつものペースで歩くファットガム。
その半歩後ろを夏季が歩く。
そのことに、彼は気づいていないようだ。
それで夏季が困ることはないのだが、伝えたほうが彼のためか。
そう思い、ファット、と呼び止めた。
「どしたん?」
と、立ち止まって振り返ったファットガム。
「余計なお世話かもだけどさ、自分より小さい人と歩くときは、もう少しペース合わせたほうがいいと思うよ」
しばらくキョトンとした表情を浮かべていたが、理解したようだ。
「あー! ごめんな! 気づかへんかった!!」
申し訳なさそうに手を合わせる。
「俺、あんま女の子と歩くことってなかってん」
「いや、あたしは全然平気なんだけどね。いつかファットが困らないようにって思って」
サイドキックと歩くこともあるだろう。
それにいつかはきっと可愛らしい彼女の隣を歩くだろうから。
「ごめん、お節介だったよね」
「そんなわけあらへんで。俺は教えてもらってよかった」
ニカッと笑ったファットガム。
夏季はホッと胸をなで下ろした。
「それはよかった。あたし、よく余計なこと言っちゃうから」
「そうなん? でも、ちゃんと伝えられるってすごいことやと思う。俺は好きやで」
ファットガムの言葉で、ぼふんっと同時に赤面したふたり。
互いにそっぽを向いたのでその表情には気づいていない。
「ほ、ほな、行こか」
「う、うん!」
彼らは手が触れない微妙な距離で歩き始めた。
店に着いたふたり。
その入口の前で動けないでいた。
その理由は店の前に置かれた立て看板である。
『本日カップル限定デー。恋人と素敵な時間をお過ごしください』
ポップなチョークアートで描かれたそれは、店の宣伝としては文句なしだが、ふたりにとってはありがた迷惑もいいところだ。
なんっでそんな日を作るのよ!!!
カップルを特別扱いしてんじゃないわよ!!!
夏季は内心で悪態をつく。
しかし、いつまでも入口に突っ立っているわけにもいかない。
「えっと……どうする?」
と、ファットガムを見上げる。
「ど、どないしよか……」
やはり彼も戸惑っているようだ。
「……ほかの店でも探そか!」
だが、すぐに笑顔を取り繕った。
「だけど、ここはファットが行きたかった店でしょ」
あんなすぐにスマホの画面を見せれたのだ。
ずっとマークしていた店に違いない。
それに、夏季だって1度行きたかった店だ。
「カップルの証明書なんてないんだし、堂々と入れば絶対大丈夫だと思うんだけど、どうかな?」
「夏季が俺と入るん嫌やないんなら……」
ファットガムは自分の体型を客観的に思い浮かべる。
もし、自分が女だったら。
こんな小太りの男の近くにいたいと思わない。
しかし、夏季は即答した。
「嫌って思うわけないじゃん」
惚れてまうやろー!!!
と、叫び出したい気持ちを抑えて、
「おおきに!」
とびきりの笑顔で返した。
だが、簡単に店に入れないのは展開上仕方のないことである。