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急に動かなくなったファットガムを見て、思わず名前を叫びそうになった。
ダメよ、まだファットガムであることは知られていない。
私が絶対にファットを守らなきゃ。
「彼にかけた“個性”を解きなさい」
ギロリと睨みながら命令する。
だが、女は話を全く聞いていない。
「こっちがヒーローなら、あんたもヒーローなん?」
「ご想像にお任せします」
「ま、そんなんどうでもええわ。どうせあんたはここで死ぬんやねんからな」
やっちまいな! と女が命令すると、
「了解」
と、背後にいたファットガムが動く。
予想外の攻撃に、成す術もなく首を締めあげられた。
身長差のこともあってか、夏季の足が地面から離れる。
「うぐっ……!! ちょっ……放しな、さい!!」
夏季は必死に腕から逃れようともがくが、力が緩まることはない。
「そのか弱そうな首、折れたらどんな音がするんやろなぁ!!」
ギリギリと腕にこもる力が強くなっていく。
異性を意のままに操る。
これが女の個性のようだ。
酸欠により、頭がくらくらしてきたが、こんな所でくたばるわけにはいかない。
「放せって、言ってんでしょ!!!」
浮いた足を振り上げて、膝の部分に銃口を発現させる。
その際にスーツが破けるのは仕方がない。
そこから発射するのはお馴染みのBB弾。
見事ファットガムの顔面に直撃した。
「痛ってぇ!!」
痛みで力が緩んだ隙に、夏季はするりと腕を抜け出す。
「何があったんや!?」
涙目で額を押さえるファットガム。
「……何も覚えてないんですか?」
「体が動かんようになったんは覚えてんねんけど……」
「そうですか」
覚えていないほうが好都合だ。
「俺、なんかやらかした?」
「いえ──」
何も、とはぐらかそうとしたのだが、
「あんたは、その女殺そうとしたんや!」
夏季は大きくため息をついた。
真実を知ったファットガムはあんぐりと口を開ける。
「嘘……やろ?」
ああ、彼にこんな顔をさせたくなかったのに。
「余計なこと言わないでくれませんかね、おばさん」
その言葉には夏季の確かな怒りが感じられた。
一方で、
「弾、お前無個性とちゃうかったんか?」
夏季の大立ち回りを見た男たちは唖然とした表情を浮かべ、
「あんた、よくも私を……オバ、オバサンやて……」
女は額に青筋を浮かべている。
そしてファットガムはというと。
「なあホンマなん? 俺が夏季を殺そうとしたって。ちょお、夏季!」
オロオロと、巨体を縮こませるようにしてことの真相を知ろうとしていた。
「あーもう! 私のことはいいから、さっさと倒して逃げるよ!!」
面倒になった夏季は、ファットガムの尻を叩くように、先陣切って相手の中に飛び込んでいった。
「あ、待ってや夏季!!」
ファットガムの静止など意味は無い。
夏季はジャケットを脱ぎ、両腕に銃口を発現させて周囲の敵にBB弾を浴びせる。
だが、BB弾の威力はさほどなく、精々相手を怯ませる程度。
と、そこへ。
「あやふやなままやったら、俺夜しか眠られへん!!」
後から来たファットガムが拳を叩き込んで撃沈。
「それはよかったね! そんなことより、今重要なのはふたりともここを無事に切り抜けること!」
振り向きざまにファットガムの背後にいた男に数発。
「だったら、その後でもええから!」
相手を見ないまま、ファットガムの裏拳がキマる。
「しつこい男は嫌われるよ!」
「それは嫌や!!」
ただ痴話喧嘩をしているようにしか見えないのに、見事な連携プレーであっという間に鎮圧した。
「あんたら……ホンマに何もんなん」
唯一残った女がワナワナと唇を震わせる。
「あれ、もうあなただけですか?」
夏季が、いっそ清々しいほどのキョトン顔で訊ねた。
「……豊満と、弾って言ってたやんな」
逃げ場のなくなった女が、低い声で呟く。
「名前は覚えたで! 次会ったとき、あんたら絶対に許さへんからな!!」
そう叫ぶと、ヒールの音を甲高く鳴らしながら事務所を出ていった。
「やっすい捨て台詞ね」
呆れたように夏季が言った。
「追いかけへんくていいん?」
せっかくの手がかりなのに、とファットガムはしょぼん顔。
しかし夏季は不敵に笑う。
「ちゃんと手がかりなら手に入れてますよ」
********
「ただいま戻りました」
「おう、弾。おかえり。初っ端から大変やったみたいやな」
萩野巡査部長が労いの言葉をかける。
「私もまさか戦闘になるとは思いませんでした」
「お前、個性使ったんとちゃうよな?」
ニコニコとしているのだが、そこには確かな圧がある。
「……正当防衛の範疇です」
「ホンマか?」
少々やり過ぎたとも言いきれないが、あれは紛れもなく正当防衛だ。
ただ、味方にも使いました、とは言えなかった。
色々な考えを全て飲み込んで、
「本当です」
と、一言でまとめた。
ふぅん、と萩野巡査部長は疑いの視線を向ける。
が、すぐに普段の顔に戻った。
「それより、何か収穫は?」
この質問には即答した。
「バッチリです」
あの短時間で情報を入れてきたことに、萩野巡査部長は目を丸くした。
「AX流通には東堂組が絡んでいます」
一息ついて、夏季は断言した。
同時に、萩野巡査部長の顔が曇る。
東堂組。
アメリカ製薬物の密輸に加担していたり、賭博場を秘密裏に経営していたり、挙句の果てには殺し屋家業も営んでいるという。
何かと悪い噂の絶えない、闇社会のトップに君臨する存在だ。
警察も警戒はしているのだが、彼らはシッポを出すようなヘマはしない。
警察は未だに東堂組の実態を捕えられていないのである。
「証拠は?」
「ありません。でも……確信はあります」
夏季は、今日の一部始終を簡潔に話した。
なるほどな、と萩野巡査部長は頷く。
「せやけど、俺たちは証拠がないと何も動かれへん。悔しいけどそれがルールや」
萩野巡査部長の言葉はもっともなのだが、無意識のうちに不機嫌な顔になる。
「あちらさんにはあちらさんの正義ってもんがある。そら、正義を謳って人を殺すのはアカンけど、先入観で物事を決めつけるのはご法度や。俺らは、善と悪の線引きを国の決め事に乗っ取って判断するのが仕事なんとちゃうか?」
年長者の言葉を素直に聞けないくらいには、夏季はまだ若い。
「そんな顔する暇があるんやったら、死ぬ気で証拠掴んでこい!!」
「ッはい!!」
夏季は前のめりに返事をした。
「ま、今日はお疲れさんってことで、報告書書いたら上がってええで」
この報告書というのが恐ろしく面倒なのだが、これを越えると久々の休日が夏季を待っている。
「ありがとうございます! すぐに仕上げます!」
飛ぶようにデスクに向かった夏季。
彼女の波乱の休日はまた別の機会に。