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「ただいま帰りやした!」
高田はドアを開けつつ言った。
事務所のソファに座る人物を囲むように、男たちが立っている。
社長の笠井も輪の中にいることから、ソファに座る人物との関係性が伺える。
今、この部屋の中でヒエラルキーが体現されているようだ。
「お、遅なってすんません!!」
ソファに向かって、高田は、土下座しそうな勢いで腰を折って謝った。
「遅い! 何でこういうこと予想してもっと早く帰って来ーへん!?」
笠井も焦っているのか、怒り方がめちゃくちゃである。
怒鳴る笠井を制するようにして、ソファに座っていた人物が立ち上がった。
「笠井、そんなに怒らなくてもいいんやで。この私が、たかが10分待たされたくらいで、殺さへんわ」
明らかに怒りがこもった声の主は、意外にも女だった。
「な、何で姐さんがここに? 東堂さんは……?」
「あの人は別件で来れんくなってん。それより、その後ろのふたり……」
姐さんと呼ばれた女が、夏季とファットガムに視線を合わせた。
ブラウンのアイシャドウにくっきり引かれたアイライナー。睫毛は長く上向きにカールしている。
そして1番目を引く深紅のルージュ。
濃いめの化粧だが、彫りの深い顔には逆に馴染んでいる。
「また随分と若いのが入ったわねぇ」
妖艶な笑みを浮かべて女が近付いてくる。
ふわりと品の良い香水の香りがした。
この美貌でヤクザ者とは、見た目だけなら到底思わない。
女はふたりの前に立ち、その顔を交互に見た。
「いいわァ。とくにあんた。綺麗な顔してるわァ」
そう言って、女がするりと指を滑らせたのは夏季の頬だった。
まじでか、とファットガムは心の中で絶句した。
まさか男の自分ではなく、男装した夏季が選ばれるとは。
「ありがとうございます」
そうは言うものの、夏季も複雑な気持ちなのだろう。
少し笑顔が引きつっている。
そして、ファットガムを気にするようにチラチラと視線を寄越してくるが、今はそっとしておいて欲しい。
これはアレや。
女子校なんかでカッコイイ女の子がモテる原理と一緒や。
心の中でそう理由を付けて、ファットガムは心を落ち着けた。
そんな傷心中のファットガムを他所に、
「このすべすべモチモチの肌! 羨ましいわァ。あんたほんまに男なん?」
女はツツツと人差し指で夏季の輪郭をなぞった。
「もちろん男ですよ」
だが、いくら夏季の男装が完璧でも、流石にこの距離はまずい。
離れようと距離を空けるのだが、女はピッタリとくっついてくる。
「いいわねぇ。それに、私好みの顔だわ」
熟れた実のように赤い唇が近づいてくる。
思わず身構える夏季。
顔を覆い隠すファットガム。指の隙間から目が覗いているが。
「どう、今夜食事でも?」
耳元で女が色っぽく囁いた。
「ちゃうかった」
と、誰も聞こえないくらいの声で、ファットガムが胸を撫で下ろした。
「せっかくのお誘い嬉しいのですが、今日は予定がありまして」
夏季が丁寧に断ると、頬を撫でる指が止まった。
怒らせたか、と思って女の顔を見ると、彼女の目はギラリと鋭くなっている。
それは怒りというより、裏切り者を見るような目だ。
「あんた、ホンマに男なん」
先ほどと同じセリフだが、これは疑問系ではなく断定的な言い方だ。
「……男ですよ」
それでも、夏季は男のフリを貫き通す。
が、しかし。
「しらばっくれるのもいい加減にしぃや! 自分でも分かってんねんやろ! さっさと白状したほうが身のためやで!」
女は夏季の胸ぐらを掴み、激しい剣幕で怒鳴る。
この啖呵の切り方は、さすが裏社会の住人だ。
「ちょっと、落ち着いてくださいよ。俺のどこが女なんです」
自分の変装に不備はないのだ。
そう簡単に見破られるはずがない。
嘘をつき続けていればいつかは折れるだろう。
とぼける夏季に痺れを切らした女が叫ぶ。
「教えたろか! 私の個性はな、異性相手にしか効かへんねん!」
そうか。
耳元で囁いたとき、あれは個性を使っていたのだろう。
聡い夏季はすぐに気づいた。
しかし、それに気づいたところで、事態はひっくり返らない。
組員たちが、武器を持って立ち上がった。
どうやらもう、言い逃れはできないようだ。
ジリジリと後退して、出口を開けようとしたファットガム。
「逃がさへんで! お前らどこの組のモンや!!?」
しかし、それよりも先に男がドアの前に立ちはだかった。
「……豊満!」
「おう!!」
腕まくりをして右の拳を左の手のひらに打ち付けた。
だが、
「逃げて!」
夏季の言葉は予想外のものだった。
「へっ?」
意図せず間抜けな声がもれた。
「聞こえなかった!? 逃げろって言ってんの!!」
素で怒鳴る夏季に、ムキになって言い返した。
「そんなわけにはいかんやろ!」
ヒーローが敵を前にして逃げるなど、一生の恥だ。
「だけど、私はあなたに怪我させるわけにはいかないんです!!」
だが夏季は夏季で引き下がろうとしない。
「怪我が怖くてヒーローが務まるか!」
ファットガムが強気に言うと、夏季はやれやれと頭を抱えた。
「あなたって人は……」
せっかくヒーロー・ファットガムであることを隠そうとしていたのに。
案の定、現場は一層殺伐とした空気になった。
「へぇ。あんたヒーローなん? 見たことない顔みたいやけど……」
そんな中で、女がニヤリと口角を上げた。
飾り付けた魅惑的な瞳がファットガムを射抜く。
「ヒーローを手玉に取るのも、おもろいやんなぁ」
ゾクリと冷たいものが背筋を走る。
「なぁ、お兄さん。こっち側も案外悪くないもんやで」
女の囁きに、ファットガムの身体が文字通り硬直した。
なんやこれ……!?
そう思ったのもつかの間、目の前が真っ暗になった。